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3―2 クラス戦、開幕

 翌日はよく晴れた日だった。燦々と輝く太陽が、夏が終わることをまだまだ認めずにいるかのような晴天だった。暦の上では夏の盛りは過ぎ、いよいよ涼しくなろうとしているところだというのに、この日に限っては久しぶりの暑さを肌で感じられるほどだ。


『今日は以前より連絡していたクラス戦の一日目となる。各自組み合わせは確認してきたな? 明日以降もその流れにしたがって進めていくから忘れないように』


 校章から聞こえるノルンの声に、二学年の生徒が揃って返事をした。一体となった音はだだっ広い校庭を縦横無尽に駆け巡る。


 火曜ファイの二時限目、戦闘実技の時間。いよいよ今日から本格的に校内戦に向けた授業が始まる。


 木刀使用とはいえ、正式な対人戦闘はクラスのうちのほとんどが初体験だ。これまでの授業で各種の技術は訓練を積んできているはずだが、実戦でそれらを生かせるかどうかは全くの別問題。そもそも「戦う」という行為に慣れなければまともに剣を振ることすらできないだろう。


『試合は事前に確認した規定通り行う。判定については私を含め教官方が判断し、万が一の場合に備え看護教官にも用意してもらっているから萎縮せず試合に臨むこと』


 校庭の中央に整列した生徒たちの返事はいつもより幾分か小さかったが、恐怖に打ち克たなければ到底悪魔デモンと戦うことはできない。これは、神騎士ディバインとして活躍するための最初の試練なのだ。


 クラス戦はこのクラスの生徒全員参加でのトーナメント戦で行われる。校内戦、そして“騎王戦”本戦での形式に沿ったものであり、一律で木刀を使うこと、そして魔法の使用を禁ずること以外は試合規定レギュレーションもまたそれらと同様の内容である。


 一時限だけでは到底クラス全員が試合を行うことは厳しいので、特別日程により今週は必ずどこかのコマに戦闘実技の時間が入るようになっている。今日を含め四日、計四時限分の時間でクラス一位を決めるということだ。


 ノルンの指示に従い、生徒たちが校庭の各所に散っていく。準備が整いしだい一試合目が始まるのだ。


 試合は校庭を広く使って造った特設舞台リング――魔鉄ストレイル製のブロックを組んだものだ――上で行われる。計三つの舞台が設置されており、同時進行で順次試合が行われていくことになる。試合に参加していない生徒は観戦か修練をして待つように指示があった。


「これほど大掛かりだとは思わなかったよ……。緊張するなぁ……」

「俺らが終わった後は三年生も同じようにクラス戦やるらしいからな。まあ、大掛かりってとこは全く同感だけど」

「神器ありなら壁とかもっと大掛かりになるはず。まだマシな方」


 レインたち四人は第一特設舞台の近くで試合を観戦することにしていた。修練をしてもよかったのだが、最初くらいは試合を見て雰囲気をつかんだ方がいいという判断の下だ。クラスの中では実力は頂点に位置する四人とはいえ、例え誰が相手でも油断は禁物だし、何よりこのクラス戦にはヘルビアも参加する。安易に試合に臨めばあっという間に負けるだろう。


 レインやシャルレスと談笑しながらアルスはちらりとアリアを横目に眺める。


 昨日、ミコトを訪ねるという提案を断ってから――いや、その前にアリアの問いにレインが「何でもない」と答えてから、アリアの様子はどこかおかしかった。レインとは頑なに目を合わせようとしないし、会話などもっての外だ。あの様子では女子寮に帰ってからもまともに接していないに違いない。

 その理由はアルスとしても薄々察してはいるが、素直にレインに口に出して伝えてしまうのも違う気がした。そもそもレインも気付いているのかもしれない。その上でアリアの問いにあのように答えたということは、つまりそうするべきだとレインが考えたということなのだ。

 ならばアルスが口を出すのは論外だ。シャルレスもまたそのことは分かっているだろう。


 ただいずれにしろ思うことは。


「――寂しいな」

「ん? 何か言ったか?」

「……ううん。何でもないよ」


 小さい呟きはアルスの精いっぱいの自己表現だ。レインに届くかなんて分からない。届いたとしても考えを改めてくれるかは分からない。分からないが、せめてできることはそれだけ。

 我ながら女々しい意思表示だと自覚はしながらも、その程度のことしかできないのもまた事実だった。


「それではこれより第一特設舞台の第一試合を始める! 両者、武器を!」


 かなりの巨躯を持つ男性教官がよく通る声で宣誓する。今回は試合の数が数だけに、呼名と試合参加への確認、及び試合規定の通知は省略されることになっていた。三ヶ所の舞台それぞれで教官の指示が飛ぶ。


 アルスたちが目を向けている第一特設舞台では初戦を行う二人の男子生徒が武器を構えた。多少の緊張の色こそあれ、萎縮している様子はなさそうだ。

 それを確認してから、教官は頷いた。


「よし、準備はすんだな。では、用意……」


 高く手を掲げた教官の動きがぴたりと止まると同時、観戦に来ている他の生徒たちの声も一瞬にして止む。試合直前の独特な緊迫感が時間をかけてゆっくりと高まり、そして。


「「「始め!」」」


 三人の教官の揃った声が、二学年のクラス戦、その開幕を告げた。


  ***


「うおおおお!」

「はああああ!」


 二振りの木刀が鈍く低い音を立てて激突する。くぐもった打撃音は、むしろ金属がぶつかり合う音よりもリアルに衝撃を伝えてくるように思えた。相反した方向に弾かれた木刀はすぐさま引き戻され再び激突する。


 第一特設舞台初戦に臨んでいる二人は“国境騎士団”の応援要請に応えて公域に赴くほどの実力を持つ騎士だ。普段は強化聖具を操り、下位級ロウ程度ならば十分に対処できる。実際に悪魔デモンと対峙した経験を持つだけあって剣の操作に迷いがない。迷いがなければ剣はより速く、より強く応えてくれる。


 他の二舞台ではほぼ初試合の生徒たちが剣戟を繰り広げており、特別見るべき試合はなさそうだ。ひとまずレインたちは目前のこの試合を最後まで観戦することに決めた。


「木刀だとやっぱり軽いな……。感覚を掴むまで時間がかかりそうだ」


 支給された木刀を軽く振るレインの呟きの意味は、眼前の試合を見れば明らかだ。剣を操ることに慣れているはずの彼らが度々木刀を握り直すのだ。普通、剣を握り直すことはすなわち隙をつくることに外ならないので剣戟の最中にすることはないはずだが、今の彼らは一撃放つごとにわざわざ木刀を握り直すのである。


 当然の話だが、金属製の剣と木刀には重さに圧倒的な違いがある。重さが違えば振る感覚も異なり、普段聖具を持つ者が同じような感覚で木刀を振ればどうなるかは想像に難くない。

 さらに言えば聖具と神器にも重さには大きな隔たりがあるので、普段神器を持つ者にとっては木刀はかなりのハンデになりそうだ。


「はあっ!」


 レインが舞台から目を離している間に、長らく均衡を保っていた試合がついに動いた。つい大振りになってしまった生徒が木刀を握り直すより早く、素早く体勢を立て直した対戦相手がその木刀を弾いたのである。普通なら滅多にないことだが、しっかりと握られる前の木刀はするりと滑り、生徒の手を離れて宙へと舞い上がった。


 試合規定では、選手が舞台から落ちればその瞬間に敗北となる。つまり木刀が舞台から落ちれば――このクラス戦では魔法の使用も禁じられているため――実質的に負けが決定するということだ。

 しかし幸いと言うべきか、弾かれた木刀はそこまで大きく吹き飛んではいない。落下するとしても舞台上であることは軌道から明らかだ。


 ただ――木刀を失った生徒がすぐさま反転し、剣の落下予測位置へと走り出そうとするには、その隙はあまりに大きすぎた。がら空きの背面へと、冷静な一撃が放たれたのだ。


 ビシッ! という鈍い音と共に、木刀は強かに男子生徒の背を捉えた。


「そこまで!」


 教官の制止の声が響き渡り、第一試合の終了を告げた。


 同時に、観戦していた生徒の歓声と拍手が沸き上がる。負けた男子生徒は、悔しそうに頭をかきながらも、対戦相手と笑顔で握手をして舞台を下りた。見た目よりも痛みはなさそうだ。


「続いて第二試合を行う! 選手は速やかに舞台に上がれ!」


 そうして賑やかな空気が広まったのも束の間、教官がすぐさま次の試合への準備を呼びかけた。四日間を予定としているとはいえ、この人数でトーナメントを行えば時間的余裕はさほどない。できるだけ早く試合を消化しておくに越したことはないだろう。


 観戦に来ていた生徒たちもぞろぞろと移動を始める。この第一特設舞台での第一試合は他の舞台よりも長引いていたらしく、見れば既に第二試合が始まっているところもある。レインたちも準備に入らなければならない時間だ。


「僕はあっちの舞台で第三試合に出るから、そろそろ行くね。また後で」

「私もその後の試合。行ってくる」


 そう言って、アルスとシャルレスは揃って特設第三舞台へと向かっていった。あの二人なら、武器の重量差というハンデがあっても、初戦で負けることはまずないだろう。

 そちらを応援しに行きたいという思いは当然あるのだが、レインとしてはこの第一特設舞台に残る必要があった。出場の出番はまだ先だが、確認しておかなければならないことがあるからだ。


「……試合の感覚は分かったし、私は修練に行くから」


 と、レインが少しばかりの緊張感を持って舞台を睨んだとき、横からそんな言葉が届いた。レインがそちらを向いた頃には、アリアは既に舞台とは逆の方向に歩き出していた。


「……ん。自分の番には遅れるなよ」

「分かってるわよ」


 いつものように逆上する様子はなく、至極気だるげにアリアはレインに言葉を返した。反発ではなく、少しでも早くここから離れたいと思っていることがありありと分かった。


 ゆえにレインもそれ以上何も言わずに体の向きを元に戻した。今の自分が何を言っても無駄だと知っていたからだ。


 アリアが一歩一歩離れていくのを感じながら、レインは眼前の舞台に上がる一人の青年へと視線を注いだ。


 細身でありながら、かなりの上背を持つその青年。腰ほどまでもある長い白髪は日光を乱暴に反射していた。前髪が左目を覆い隠すほどに長いせいで、ちょうど彼の横顔を見るレインからはその表情があまり見えない。

 そのとき、ふいに彼はレインの方を向いた。暗く赤い瞳がレインを一瞬だけ捉える。


「…………!」


 思わず息を呑んだレイン。今感じたのは――殺気。


 レインの反応に何を言うこともなく青年はすぐに顔を戻し、舞台の上へと上っていった。そこからは一切の他意を読み取れない。


 “王属騎士団”副団長、ヘルビア・ドロニシティア。彼の実力を見るために、レインはここに残っているのだ。


「両者、武器を!」


 教官の声で、ヘルビアと、彼に相対する男子生徒が木刀を構える。


 運悪く、と言うべきだろうか、初戦からヘルビアと戦うことになってしまった男子生徒は明らかに萎縮してしまっている。木刀の切っ先が定まらず、構えに集中できていないのは明白だ。


 もっとも、ヘルビアを前にすればその反応は当たり前と言わざるを得ない。ヘルビアが無意識に放つ圧が男子生徒の体を縛っているのだ。強者と剣を交えることも、悪魔と戦うためには必要な経験とは言えど、これを通過儀礼イニシエーションとするにはあまりに酷だろう。


「では、これより試合を始める! 用意――」


 そんなことはお構いなしに教官は試合の開始を告げようとしていた。レインもすぐに視線を男子生徒からヘルビアへ戻し、その様子を観察する。


 ヘルビアがとるのはスタンダードな中段の構えだ。剣先を真っ直ぐに相手の胸へ向け、片足を一歩後ろに引いた基本的な姿勢で、特別変わったところはない。背筋は伸び、どこにも余分な力が加わっていない、まさしくお手本のような美しい構えである。洗練されたその構え一つで彼の実力が相当のものであることが窺える。

 身長との対比のせいか、やや短く見える木刀にも、全く乱れが見受けられない。かすかに揺れながらもぴたりと真正面に向けられた状態は理想そのもの。どんな攻撃にも対処できる完璧な位置だ。


 しん、と静まり返った場。ヘルビアから発せられる圧に由来する緊張が蔓延し、まるで時が止まったかのように錯覚した瞬間にその号令は響いた。


「始め!」


 刹那。


 ――木刀が、レインの目の前に迫っていた。


「……ッ!」


 ほぼ反射で動いたレインの右手が木刀の刀身を掴み、直撃を防いだ。掴んだ瞬間に痺れを感じるほどの速度だ。それも、寸分違わずレインの顔めがけて真っ直ぐに飛来してきた。


 ヘルビアのものではない。ヘルビアが弾いた・・・・・・・・男子生徒の木刀・・・・・・・だ。


 男子生徒は自分の木刀が弾かれたことに今気付いたらしい。握られていたはずの木刀がないことに驚いている。だが、そんなことに戸惑っている暇はない。

 目の前に、ヘルビアが立っていたのだから。


 ――恐らく号令が叫ばれた直後にヘルビアは男子生徒に詰め寄り、木刀の刀身を正確に叩くことで、レインへと木刀を吹き飛ばした。その正確性は言わずもがな、真に恐ろしいのはその速度。集中していたレインでさえ動きを完璧には見切れなかった。


 しかもヘルビアはそれを神器なしでやってのけた。神器の支援なしで神器使い並の動きができる人間を、レインは今までほとんど見たことがない。なぜならば、それはつまり神器を持ったときに更なる力を得るということなのだから。


「……こ、降参します」


 蛇に睨まれた鼠のごとく、男子生徒が小さい声で降参を告げた。武器を持たない以上、彼ができることは他にない。


 即座に教官がヘルビアの勝利を叫び――十秒にも満たない試合は終わった。


「「…………」」


 誰も何も言うことができない。あまりの速さに、強さに、誰一人として反応できなかった。レインや教官でやっとといったところだろう。まさしく“格の違い”を見せつけられたということだ。

 勝利したヘルビアはさっさと舞台を下り、レインへと歩み寄った。上背のせいで見下されるような姿勢になりつつもレインが微動だにせずその瞳を直視すると、ヘルビアは口を開いた。


「すまない、狙うつもりはなかった。彼に木刀を返しておいてくれ。それと……いい反応だった」

「…………」


 それだけを言うとヘルビアはレインの横を通り、一人、舞台から離れていった。最後まで、レインは何も言えなかった。


「……あの、レイン君?」

「……ん、ああ」


 いつの間にか、ヘルビアに負けた男子生徒が目の前に立っていた。我に返ったレインは自分がずっと木刀を握り締めていたことにやっと気付いた。

 刀身を掴んだままグリップの方を男子生徒へと向けると、彼は申し訳なさそうにそれを受け取った。


「ご、ごめん、俺のせいで……」

「今のは誰のせいでもないって。強いていうならこんなとこに突っ立ってた俺の責任だ。怪我もないし、気にしなくていいよ」


 レインがそう言うと、生徒はそれでも申し訳なさそうにしながら、木刀を手に他の舞台へと向かった。どこか離れた場所での修練か、あるいは友人の応援にいくのだろう。


「俺もアルスたちの様子を見に行くか……」


 そう独りごちながらも、ヘルビアの動きがレインの脳裏を離れない。あれはあまりにも強烈すぎた。嫌なイメージが刷り込まれた感覚だ。もしかしたらレインはヘルビアと戦うことになるのかもしれないというのに、今のままでは勝利を想像することすらできない。


 まずいな――とレインは自分の判断を呪った。これならば見ない方がマシだったかもしれない。いや、しかし見なかった場合、舞台の上で初めてヘルビアの恐ろしさを知る訳で、そうなればむしろ不利だっただろうか。だが脅威と分かっているから対処できるかというとそういう訳でもなく――


「……ああ、くそ」


 久しぶりに、明確に定まらない己の思考に苛立ちながら、レインはアルスとシャルレスが試合を行う舞台へと向かった。


  ***


 その後、順当に試合は進み、レイン、アリア、アルス、シャルレスは危なげなく各々の一試合目を勝利した。その結果、まずは二日目にレインとアルスの試合が行われることが確定したのだった。

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