2―3 四席会議
重々しい沈黙が、その部屋には満ちていた。
ここは騎士城の一角にある議事室の一つ。居住棟とは別の実務棟の最奥にある、“王属騎士団”でも選ばれた者のみが入ることを許される特別な部屋だ。
広さはそれほどではなく、学園の普通教室一つ分といった程度だ。高さもおよそ教室と同じで特別不自然な形状をしている訳でもない。
むしろ不自然なのは、その内装だ。
出入り口となる扉はたった一つ、そしてそれが描く長方形の境界線以外に壁や天井、床には一切の模様がない。部屋を構成する面は全てが白。絵画も窓も時計も、さらには照明器具までもが存在しないまさしく無機質な部屋だ。
目が疲れそうなほど真っ白い壁が発光しており、それが照明代わりとなっている。ゆえに窓がなくとも明るいのだ。
そんな異質な空間の中央には円形の卓がある。脚は部屋の四隅と同じような配置で四本あり、卓の中央は外縁との同心円によって切り抜かれている。上から見れば輪のようになっていた。
そして脚と脚の間に置かれた四つの椅子。つまり、椅子に座れば卓を挟んだ向こうの壁と真っ直ぐに向かい合うような並べられ方だ。
今は、その四つの椅子の内三つが埋まっていた。
唯一の扉がある壁と向かい合う席が空席であり、そこから時計回りに大柄な男、白髪の青年、細身の女性が椅子に腰かけている。その三人の間に会話はない。
空席の隣に座る大柄な男は太い腕と足を組み、椅子に深く背を預けて瞑目していた。とても整えられたとは言い難い乱れた褐色の髪は、粗雑というよりも、男の静かな覇気も相まって獅子の鬣のようにも見える。一文字に引き結ばれた口元や頬に縦に走る傷痕がそんな印象を強くしていた。
“王属騎士団”の制服を着ているが、広い肩幅や逞しい上半身によって皺はよらず、かえってその雄々しさを可視化する。
空席のもう一方の隣の女性は、すらりとした細身を制服に包み、静謐と呼ぶべき雰囲気を漂わせながらたおやかに座していた。卓の上に伏せられた視線はいかなる感情をも窺わせず、同時に見るものの心を奪う。小さく頭を動かすと時折光る片眼鏡が彼女の表情をますます隠していく。
無駄がないスタイルながら女性らしさを主張する部分は確かな曲線を描いていて、ともすれば怜悧な雰囲気とのアンバランスさが見る者の視線を釘付けにするだろう。艶やかな唇や、さらさらと揺れる紫紺の長髪もまた彼女の魅力を引き出していた。
そして空席の向かいに座る青年。背筋を伸ばし、ぴしりとした姿勢で微動だにせず待っている姿はまるで冷たい石像のようだ。左目を覆い隠すほどの白髪はその赤い目を引き立てるようでありながら、しかしその役割を果たしていない。赤い瞳は輝いて光を放つというよりも、淀んで光を吸い込むようであった。
座っているため分かりづらいがかなりの上背がある。立って上から直視されればどんな者でも萎縮してしまうだろう。鋭い眼光で空席を睨むように直視していた。
彼らこそが“王属騎士団”の副団長を務める者たち。当然のように全員が神器を携え、並大抵ではない気配をみなぎらせている。
男の名はアムル・ネヴェル。「豪腕」と形容される騎士団の最古参で、主に実戦指揮を担当する。
女の名はミカ・ケルメリア。「賢臣」の異名を持つ切れ者で、作戦立案、諜報を担う。
青年の名はヘルビア・ドロニシティア。「新星」と期待される新人にして、団長の補佐、戦闘時の準指揮官を任せられている。
そして、最後にその空席に座るはずの者こそが彼らの長。
――そのとき、軋む音をたてることなく扉が開く。
実力者揃いの空間に臆する気色を微塵も見せずに入ってくる男。それは自らの力を上回る存在がこの場にはいないと暗に示していることに他ならず、長としての威厳を保つと共に敵対心をさえ未然に刈り取ってしまう彼の業だ。
もっともこの場に集う三人は自身の力を過信するような愚者ではない。自負はあっても反抗する理由は持ち合わせておらず、長が席につくのを静かに待っていた。
制服を隙なく纏い、ウェーブのかかった青みがかる黒髪をなびかせながら空席の横に立った男。優雅な動きで椅子を引き、この世でたった一人しか座ることの許されていないその椅子へと腰かける。
男が座ると、わずかな間、再び沈黙が広がった。視線だけを動かして三人の顔を捉え、一つ頷くと、男は自らその沈黙を破る。
「――急な呼び掛けに応えてくれたことに感謝する、諸君」
その一言がきっかけであるかのように空気がピリッと張り詰める。アムルが瞼を開き、ミカが視線を男へ向け、ヘルビアがぴくりと動いた。
「三人とも揃っているようだし、早速始めるとしよう――四席会議を」
男――“王属騎士団”団長、カイル・ジークフェルトの宣言により、臨時の四席会議が始まった。
***
四席会議とは、“王属騎士団”の最上層部である団長と副団長の計四人によって行われる会議である。月に一度開かれ、騎士団としての方針や、直近の時勢を考慮した優先事項などを決定する重要な場となっている。“王属騎士団”は名目上は王直属の騎士団となっているものの、実質的には他の騎士団同様に独立しており、自分たちで活動方針を決めることになっているのだ。王直属という文句が使われるのはあくまで国を揺るがす規模の有事が起こったときのみである。
“王属騎士団”と似た立ち位置にある騎士団として、国の四方を覆う神壁付近を警備する“国境騎士団”があるが、あちらは国の防衛という直接的な理由から王との結びつきが強い。激励や指示を受けることもあり、平時の場合はそちらの方が王直属と言えるだろう。ちなみにこの広大な神王国ゴルジオンを囲む神壁を警備する立場上、“国境騎士団”に所属する騎士の数は王国最大であり、人数だけで見れば“国境騎士団”の総数は“王属騎士団”の百倍以上となる。
しかしながら総戦力は同等どころか“王属騎士団”に軍配があがる。これだけでも“王属騎士団”の異常性が分かるだろう。
大規模な騎士団であれば意向の決定、伝達も容易ではないが、“王属騎士団”の真価は小数であるがゆえの身軽さにある。つまり迅速な方針決定とその周知が可能であり、不測の事態に速やかに対応できるのだ。
国民に広く王直属の騎士団と称されるのはむしろこちらの利点によるところが大きい。有事の際に素早く現場へ駆けつけ、圧倒的な戦闘力をもって瞬く間に脅威を排除できるのである。
四席会議とはそうした“王属騎士団”の在り方の原点にある重要な会議なのだ。
「……全く、急も急だな。王国内で何か起こったという話は一切俺の耳に入ってきていないが、一体何の件だ。騎士どもを扱いてる最中なんだ、くだらない話なら俺は抜けるぞ」
カイルが言葉を発するより早くアムルが不満を素直に口にする。
カイルと同期の最古参であるアムルは実力も騎士団の第二位、つまりカイルに次ぐ強者だ。普段はカイルとも親しく、時間があれば飲みに行くほどの仲で、騎士団でも数少ないカイル相手に敬語を使わない男である。
考えるよりも動く方が得意ないわゆる「脳筋」で直情的な彼の文句は今日に限ったことではなく、カイルは笑って受け流す。アムル自身もあくまで口にしただけであり本気で敵対するつもりはない。彼は純粋に、後進を指導する時間が奪われるのが嫌いなだけなのだ。
「今日のところは連絡だけで手早く終わらせるつもりだ。ただ、内容を聞けば君も興味を持つと思うが?」
アムルは「ふん」と鼻を鳴らすとさらに深く椅子にもたれかかった。いつも通りのアムルを別段気にする様子もなくカイルは話を再開する。
「今日集まってもらったのはある情報を把握してもらうためだ。ただし先に言っておくが、このことを外部には絶対に漏らすな。下手に情報が流出すれば取り返しのつかないことになる可能性がある。現段階ではあくまで推測であり、確定的な根拠のない内容であることを念頭においてほしい」
ぴくりとカイルの言葉に反応したのはミカ。片眼鏡が微かに光を反射する。
「……確定的な根拠がない、とは? 噂程度の情報を知らせるためだけに集めたということですか?」
背筋が凍るような極低温の声。ただの疑問ではなく、言外に明確な不満が含まれているのがありありと分かるその声に、しかしカイルは動じない。
「もちろん全く根拠がない訳でもない。それに、多少の不確定要素があろうと伝えるべきだと私が判断した。異論は話を聞いてからにしてもらおう」
ミカの反論は許さず、カイルは視線を正面――ヘルビアへと向ける。
「ヘルビア。詳細を」
「……はっ」
途端、アムル、ミカの視線もまた一斉にヘルビアに注がれた。二人が意図していなくとも自然と場の緊張は高まり、常人ならば取り乱すほどの重圧の中、ヘルビアは表情を少しも変えずに立ち上がる。
カイルの指示にしたがって、落ち着いた様子でゆっくりとヘルビアは告げた。
「――“漆黒の勇者”と思わしき男を発見しました」
「……ほう?」
アムルがそう漏らした。ミカもまたわずかに片眼鏡を光らせる。
“漆黒の勇者”。あの忌まわしい〈大厄災〉が起こった日に、誰よりも多く悪魔を屠り国を救ったとされる神騎士。
黒い装衣に黒い神器、黒い髪と黒い瞳を持つという半ば伝説じみた存在。姿を現したのはあの日のみで、それ以降は痕跡すら残していない。幾分か歳月を経た今日では死亡説さえもが流布している。
ただそれでも、“漆黒の勇者”の存在自体を否定する者はいない。歳月を経た今日でも、あれは架空の人物だなどと言う者はいない。
なぜなら確かに見たのだから。あの日、目の前で悪魔を屠るその姿を多くの人が目の当たりにしたのだから。とても現実には思えないような光景を見て、理解不能の恐怖と同時に、希望を与えられたのだから。
〈大厄災〉の混乱がひとまず収まったときから捜索は行われていた。しかし目撃者はあの災厄に飲み込まれ生き残ることに必死だった者のみ、当然ながら有力な情報などあるはずもなく。足どりどころか目撃情報以外の手掛かりも得られないまま時は過ぎ、やがて捜索にかけられる人員も減って、いつしか“漆黒の勇者”はおとぎ話の英雄のような存在となった。
「俺も初期の捜索には加わったが、これまで大した手掛かりも見つけられなかったはずだ。今になってどうして急に見つけられたのか聞かせてもらおうか」
アムルの問いに、元々そのつもりだったヘルビアは視線を送ることもなく事務的に語る。
「先日、町で黒髪黒瞳の男を見かけました。もっとも黒髪黒瞳である者は数多いますが、妙な既視感を覚えたため、“希憶”による〈追想〉を確認した結果、本人の可能性が高いと判断しました。姿形、声、重心位置等を総合的に比較しましたが、恐らく間違いないかと」
完全記憶を可能にするヘルビアの異能“希憶”。生まれた瞬間から今このときまでを完全に記憶し脳内に留めておける力だ。意図するしないに関わらず、目にした光景、耳にした音、感じた気配や当時の思考までも再現することができ、〈追想〉と呼ばれる一種のトランス状態に入ることで事象を追体験することを可能にする。
ヘルビアが追体験したのは〈大厄災〉の日の記憶。何度も何度も見返し、その度に人知れず復讐の念を強くしてきた忌まわしい記憶だ。しかし皮肉にも、仇敵の姿を幾度となく見たおかげで気づくことができた。
ヘルビアにとってあれは勇者などではない。自分から全てを奪った簒奪者だ。
「……あくまで推測というのはそういう意味ですね。確証はいまだない、と」
「はい。これから確認し、暴いていく必要があります」
「暴く」という言葉を使ったヘルビア。反応したのはアムル。
「仮にそいつが“漆黒の勇者”だとしてどうするつもりだ。今さら褒章でもやるってのか? だいたい、今まで隠れてきたのならそれなりの理由があるんだろ、無理に調べる必要は――」
「あります。奴を放置するなどもっての外だ」
ヘルビアがアムルを遮る。無礼と謗られても無理はない行動だが、強められた語気がただならない理由を匂わせていて、アムルが何かを言うことはなかった。
「ヘルビア、落ち着け。座りなさい」
「……失礼しました」
かわりにカイルがヘルビアを制する。座るように促すとヘルビアはアムルに小さく礼をしてから座った。
ヘルビアの言動を見て、アムルがふと気付いたようにヘルビアを見た。ミカが同時に呟く。
「まさか……あなたもなの?」
ヘルビアは答えない。しかし口を引き結んで座るその姿が質問に肯定していた。
カイルは深く息を吐くと、ゆっくりと言った。
「……まあ、そういうことだ。諸君らも話は聞いたことがあるだろう。この王国には“漆黒の勇者”を憎む者たちがいる」
カイルが言ったのは、王国内に潜む、大きくはない、しかし決して消えることのない悪意のこと。あの日から燻り続けている負の記憶のこと。
一介の騎士団ながら、“王属騎士団”はその戦略的重要性から国の至るところに派遣される。もっとも多いのは“国境騎士団”からの応援要請を受けて神壁に赴く依頼だが、大きな殺人事件や暴動などが起こったときには救援を指示されることもあり、そうした事情から“王属騎士団”には全国土から情報が集まってくる。
地域の治安、統治貴族の代替わり、災害や事故の被害状況等は当然のこと、ときには現地に赴いて直接調査したりもするのだが、それらによって得られた情報の中には、嘘か真かも分からないような噂話が紛れ込むことが稀にある。“漆黒の勇者”を憎む者というのもその一つだった。
「ヘルビアを含め、騎士団内には他にも何人か同じ意思を持つ者がいる。彼らは皆一様に『“漆黒の勇者”は人殺しだ』と言っているようだ。曰く〈大厄災〉の日に、悪魔もろとも狂ったように人を斬り殺す姿を見たらしい」
「…………」
ヘルビアがいる手前、迂闊に発言することはできない。副団長二人はしばらく口を動かすことはなかった。
見間違いだろう――と思わなくもないのがアムルとミカの本心だ。“漆黒の勇者”についての情報はかなり不確かで、あの混乱に乗じた殺人鬼が黒い服装で近隣の村々を回れば、後々それが“漆黒の勇者”だと思われても不思議ではない。
しかし同時に、“漆黒の勇者”を善人だとする証拠が何一つ存在しないのも事実。“王属騎士団”にも“漆黒の勇者”を直接目にしたという者は少なく、あくまで目撃者――この場合、目撃者がどちらの“漆黒の勇者”を見たのかも分からないが――の情報を信じるしかないのだ。
そして何より、自分たちの長であるカイルがこの問題を危険視している。それには恐らく何かしらの懸念があるのだろうと、二人はひとまず否定を試みることをやめた。
「ならもう一度聞くが、“漆黒の勇者”を見つけてどうする。いや、さらにそいつが王国にとって善なのか悪なのかを判断したあとで、と聞くべきか」
時間を置いてアムルが投げかけた問いにカイルはすぐに答えた。
「善であれば問題ない。可能であれば“王属騎士団”に招き入れたいところだが、まあ放置してもいいだろう。ただし、悪であった場合は――断罪しなければならない」
「断罪」という単語がやけに大きく部屋に響いた。誰もが動かず静かだったからか、カイルがその部分を意図的に言ったからなのかは分からない。
ただ、いずれにしろその言葉が意味するところはたった一つ。
そしてカイルにそうできるだけの力があるのは明白だ。
「……“漆黒の勇者”について調べるというのは理解しました。それで、肝心の“漆黒の勇者”と思わしき男はどこにいるのですか?」
少しの時間を空けてカイルはゆっくりと答える。
「〈フローライト〉だ」
「え?」
「第二街区の神騎士学園〈フローライト〉。彼はそこに在籍している。先日私とヘルビアで訪れ、彼を直に見てきた」
「…………! なるほど……ミコトが気がかりということですか」
〈フローライト〉にいるということの意味に即座に気付いたミカにカイルは頷く。アムルも数秒遅れて気付いたようだ。
「ミコト……あの女か。確かにあれが絡んでるとなれば見過ごせないな」
「件の彼がミコトと何かしらの関係があることは既に分かっている。何しろ彼を学園に引き入れたのはミコト本人らしいからね」
ミコト・フリル。神騎士学園〈フローライト〉学園長にして現神王に剣を教えたとも言われる存在。しかしながらその素性は“神騎士学園”の情報網をもってしていまだ探れていない。
王の剣の指南役を担ったことから、王国に仇なす存在ではないのだろうが、その出自に関しては不思議なほどに記録がないのだ。そも戸籍が見当たらず、年齢も出身地も全く分かっていない。突如として現れ王族と深い関わりを持ち、今は学園長としてやっている訳で、王国の守護を任される“王属騎士団”としては見過してはおけない人物である。
どうやら神王が言うには「決して敵ではない」らしいが、王自身も敵でないということ以外は分からないという。代々神王に継がれてきた伝えにより存在を保障されているようで、つまりは王国の在り様に根本から関わっている人物であるということだ。正体を知るのは彼女自身のみ、そしてそれを明かすのも彼女の意思次第なのである。
そのような訳で、ミコトが絡んでいる“漆黒の勇者”と思わしき男を疑うのは当然のことだった。
さらに言えば、その男が“漆黒の勇者”本人であり、かつ悪であった場合、ミコトもまた王国にとって不安要素となる可能性がある。直接言葉にせずとも、カイルが警戒する理由がそこに繋がっていることを察したミカは、少しだけ意欲的に問うた。
「……どうやって調べるつもりですか? 相手もそう簡単に尻尾は見せないと思いますが」
「ヘルビアを学園に送ろうと思っている。幸いヘルビアは目撃者の一人、しかも“希憶”という優れた異能の持ち主だ。学園との繋がりもあるし、探らせるには最適だろう」
カイルはヘルビアへと視線を向ける。ヘルビアは頷きこそしなかったが、同じくカイルに視線を向け返し、肯定を示した。
確かに今回の調査にはヘルビアが最適だろう。あの日の鮮明な記憶を持っているとなればこれ以上うってつけな者はいない。かつて学園に在籍していたために、学園を伺うことについて怪しまれもしないはずだ。
いや、多少疑われたとしても強引に調べるべきだ。それほどの重要性がこの件にはある。
しかしながら、ヘルビアが向かうということについて疑問も残る。果たして“漆黒の勇者”に強い恨みを覚えるヘルビアが冷静な判断を下せるのかと。
そのことを危惧したアムルとミカの思考を読んだかのようにカイルは言った。
「もちろん、処置についての最終的な判断は私が下す。ヘルビアが行うのはあくまで情報収集のみだ。分かっているな?」
ヘルビアは静かに頷いた。その瞳からは先程のような荒々しさは感じられず、二人はとりあえず納得することにする。
本来情報収集はミカ及びミカが指揮する諜報部隊の役割だが、今回においては状況が状況ゆえに手出しはするべきでないだろう。迂闊に関われば事態がどう転ぶか分からない。それゆえにカイルも最初に「口外するな」と釘を刺したのだ。
副団長として長く動いているアムルとミカには、状況を見渡せる力が確かに備わっている。下手に功を得ようとして焦るようなことはなく、その点においてカイルは二人に全幅の信頼を置いていた。
「よし、では、今日の四席会議はこれで終わることにしよう。何かあればまた連絡することになる、その時は可及的速やかに集合してほしい。私たちが扱っているのは王国そのものに深く関わる可能性のある問題だ。最優先事項として頭に入れておいてくれ」
とりまとめたカイルに各々が頷く。カイルもまた微笑んで頷き、それをもって会議は終わった。
各員がそれぞれの持ち場へと戻っていく。アムルは修練場へ、ミカは執務室へ、カイルは自室へ。
最後に部屋を出たヘルビアの瞳に宿る仄暗い炎に気付く者は誰一人としていなかった。




