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2―2 カイル・ジークフェルト

 ガタガタと揺れる馬車の窓から見える王都の景色。一様な高さの家々が立ち並ぶ様は第二街区〈フローライト〉と似ているようでもあるが、異なるのは、家々のはるか奥から突き出るような一際巨大な建造物の数。

 〈フローライト〉の居住区には基本的に家以外の建物がないため、地上から見上げる分にはほぼ高さが揃っている。しかしこの王都においてはゴルズ城を始めとして特に中心部に巨大な建造物が多く存在し、しかも大抵それらは独特な外観であるために、こうして歪なシルエットを描くことになるのだ。


 そしてその突き出た建造物の内の一つが今回の目的地。


「…………」


 客屋キャビンの固い椅子に腰かけるのは制服姿のアリア、アルス、シャルレスの三人。学園の休み時間とは様子が異なり、三人の間には沈黙が満ちていた。


「あと十分ほどで着きますよ。馬車では門前までしか行けませんので、そこからはご自分でお願いします」


 御者の言葉に「分かりました」とアルスが頷く。

 しばらくすると、またしても沈黙が広がった。


 カイルからの招待状を渡された週の週末。

 アリアたち三人は、揃って“王属騎士団”の拠点、騎士城ギルドに向かっていた。目的はもちろん入団の誘いに対する返事を伝えるためだ。ノルンやレイン、ミコトにも報告は済んでおり、各々が答えを用意してきた。


 午前中に〈フローライト〉を発ち、王都で馬車を拾ったため、現在の時刻は正午を少し回ったところ。意図した訳ではないが、ちょうどお昼時、騎士団の面々がほっと一息ついている頃合いだろう。カイルも少しは時間ができているはずだ。


 それぞれが一体どうするつもりなのかは敢えて聞かないでおいた。聞いてしまったら自分も影響されてしまうと三人とも思っていたからだ。まだ十七才の彼らにこの選択はあまりにも難しかった。


 乗り合いの馬車は幸いにも途中で他の客を乗せることなく、スムーズにアリアたちを目的地へと送り届けてくれた。御者の言葉通り、およそ十分で馬は足を止めたのである。


「着きました、騎士城前です。どうぞお降りください」


 急かされるように三人は一つしかない扉から順に客屋を出た。御者はすぐに御者台を降りて三人の前に回り込み、丸々とした体躯の上に乗った顔に満面の営業スマイルを浮かべていた。その表情とは裏腹に、乗り逃げは許さないとでも言いたげな雰囲気がびんびんと伝わってくる。

 もちろんそんなことをするつもりは全くない。予め準備していた代金を三人ともきっちりと払うと、御者は今度は心からの笑みを浮かべて「ありがとうございました!」と言い、さっさと御者台に乗り込んで馬を走らせた。よく調教された馬は無駄に嘶くこともなく走り始め、一つ先の角を曲がって見えなくなった。


 残された三人の前にあるのは巨大な門。両端には全身を鎧で覆った騎士が身じろぎ一つせず直立している。

 彼らも“王属騎士団”の一員らしく、胸に“王属騎士団”を示す徽章があった。王冠に集う剣のモチーフはまさしく“王属騎士団”の名に相応しい。腰に吊るのは聖具――いや、強化聖具。“王属騎士団”は最低でも強化聖具を扱える騎士から構成されており、彼らも相当な猛者であることが窺える。


 王国随一の騎士団の拠点という点から騎士城の警備は非常に強固だ。一般人は敷地に足を踏み入れることすら叶わず、この門でまさしく門前払いをくらうことになる。基本的に中に入れるのは事前に連絡をした王族や一部の高位貴族、そして招待状を持つ者のみ。


 三人はおずおずと右の騎士に近付き、代表してアルスが話しかけた。


「あの……すみません、騎士団長に用件があり参りました。これを……」


 見せたのはノルンから手渡された招待状。紙面とカイルその人の署名を確認すると騎士はゆっくりと頷き、門へと手をかけた。


「確認した。これより門を開く。内部でも招待状による確認が行われる、くれぐれも紛失しないように」


 アルスたちが頷くと同時、門が微かに発光し、やがて地響きのような音を立てながら門が開かれていく。大質量の門が動いているカラクリは騎士の腕力ではなく門そのものが魔法具アイテムであることに起因するようだ。現に騎士は既に手を離しており、待機時と同じように直立している。


 待つこと十秒あまり。完全に開いた門は三人を迎え入れるようであり飲み込まんとするようでもある。勝手に閉まることはないだろうが、ここで時間をかける必要もないだろうと、三人は門を潜った。


「うわ…………」


 思わず声を上げたのはアルス。


 門から真っ直ぐ奥に伸びるのは街と同じく石畳で舗装された道。分かれたり曲がったりすることのない一本道だ。その両側にはいっそ清々しいまでに何もなく、ただ芝生が広がっている。

 もっともここは騎士団の拠点だ。見栄えに拘る理由もないだろう。ゴルズ城のような豪華な前庭を想像していたアルスはそのギャップに驚いてしまったのである。


 そして何より特筆すべきは騎士城の大きさ。


 馬車から見えた段階でそれなりの大きさがあるのは分かっていた。しかし実物を前にしてみればそんな予想すら霞んでしまう。

 高さは街にある一般的な家屋の二倍を越え、もしかすれば三倍に至ろうかというところだ。横幅も同じほどはあり、さらに恐ろしいのはその奥行き。ここに来るまでに馬車は騎士城を覆う塀に沿って走ってきたのだが、そこから察するにかなりの距離があった。一体どれだけの床面積があるのか推し量るのも難しい。


「大きいわね…………」

「うん……」


 さすがに王国有数の巨大さを誇るゴルズ城には敵わないものの、十分に驚くに値する大きさだ。遠くからでも目立つのは当然と言えよう。


 招待状を制服の胸ポケットに丁寧にしまった三人は騎士城の迫力に気圧されないように気を引き締めた。客人とはいえ無礼な真似は許されない。制服を身に纏う今、三人の行動は学園を代表すると言っても過言ではないのだ。


「……行くわよ」


 アリアの言葉にアルスとシャルレスも頷く。横並びに、三人は固く冷たい石畳の道を歩き始めた。


  ***


 騎士城そのものの門を通るのに一度、さらに入ってすぐの広間の最奥に座る受付からの確認でもう一度招待状を提示した三人は、しばしの間この広間で待機するように伝えられた。二人いる受付係の内のアリアたちに対応した方の男が耳に手を当てて何かを話しているところからして、“王属騎士団”でも無線の通信方法があるようだ。

 ちなみに受付は鎧を着ておらず、学園に視察に来たときのカイルとヘルビアが纏っていた、修道服にも似た白い衣服を身に付けていた。有事のとき以外はあれを着るのが決まりらしく、時々城の奥から現れる団員たちも同じものを着ている。一種の制服のようなものなのだろう。


 用意されていたソファに腰かけて待つこと数分。受付係の男がしずしずと三人のもとへ歩いてきた。


「お待たせしました。団長との面会を許可いたします。案内しますので、どうぞこちらに」


 言われるがまま、三人は男の後を追った。


 外観の大きさから内部はどれほど複雑なのかと思っていたが、実際は意外と整然とした造りだった。考えてみれば、騎士団の拠点であるこの騎士城には学園のような多様な施設は不要なのだ。

 廊下を進めど進めどあるのは一様な部屋の扉だけで、特別目新しい設備は見当たらない。恐らく団員に割り振られた部屋なのだろう、扉には名前らしきものが書かれたボードが貼られている。


 大広間のような部屋はどこか別の棟にあるらしく、完全に居住棟と思われる光景の中、何度か角を曲がり階段を上ってさらにしばらく歩いたところで、ようやく男の足が止まった。


 廊下の突き当たり、丁字路の交点に位置する壁に座する大きな扉。明らかにこれまで見てきた部屋のものとは一線を画すそれが三人の眼前に構えていた。


 三人が漂う緊張感に気を引き締めると同時、男は躊躇なく扉を叩く。


「お客様をお連れしました。よろしいでしょうか?」


 すぐに中から「入れ」という応えがあった。以前も聞いた声だが、纏っている雰囲気が違う。今のはまるで、毅然とした支配者たる者の声だ。


 三人の緊張などいざ知らず、男が扉を開ける。


「では、どうぞ」


 促されるまま、三人はその部屋へと足を踏み入れた。


 騎士団長の部屋は思っていたよりも狭かった。とはいえ女子寮の一室の二倍は優にありそうだが、〈フローライト〉の学園長室よりは明らかに小さいだろう。天井も特別高い訳ではなく、少し広めの部屋といった感じか。

 加えて装飾も控えめだ。国賓が度々訪れるゴルズ城の王の間とは比べるまでもない。最低限の家具のみが置かれた空間は、誰もいなければあまりに質素すぎるようにも見えるだろう。


 しかしそれでも、この部屋の主はその凄絶たる気配で来客者の油断を打ち消してみせる。


 部屋の奥にある大きな机。そこに乗る数多の書類の内の一つを手に取り検分する男。

 受付係の男が着ていた制服と同じものを身に付け、静かに書類の文字へ目を走らせるその姿は、武官というよりも文官と呼ぶ方が適切にも思える。いや、彼の正体を知らなければ恐らく誰もがそう思うだろう。しかしながら、アリアやアルス、シャルレスの感覚が彼の凄みを無意識に察する。

 こんなにも無防備に見えるのにその所作にまるで隙がない。実行するはずはないが、今三人が同時に飛びかかっても瞬く間に制圧されるだけだと確信できるほどに、男は静かな覇気を放っていた。


 アリアたちの背後で男が後ろ手に扉を閉めた。どうやら話が終わるまでここで待機しているようだ。


 三人が部屋に入ってから数秒。

 きりのいいところまで確認を終えたらしく、男は書類を机上に置いた。瞳を真っ直ぐに三人へ向ける。


「待っていたよ、三人とも。手間をかけさせてしまってすまなかったね」


 “王属騎士団”団長、カイル・ジークフェルトの声は、一段と深く部屋に響いた。


「……お待たせして申し訳ありません。決断に時間がかかってしまいました」

「ああ、いやいや、そういう意味ではないさ。時間がかかるのも当然だ。むしろ、どれほど時間をかけても、君たちが納得のいく選択をしてくれたのならそれが一番だよ」


 アリアたちを寛容する優しい声は先程のものとはまるで違っていた。気を抜くと取り込まれてしまいそうになる穏やかさは、上に立つ者だからこそなせる業だろうか。


 カイルはソファを手で示し、そこに座るよう無言で促した。この棟にあることからここがカイルの私室だということが窺えるが、机の前に置かれたソファなど、部屋の配置はまるで応接室のようだ……というアリアの思考を読んだかのようにカイルは言う。


「ここは私の私室兼客間でね。もとはただの私室だったんだが、書類を片付けるときはもっぱらここにいることが多いから、どうせならと模様替えしたんだ。……君、お茶を彼らに」


 三人が腰かけると、カイルは扉の近くに控えていた男に指示を出す。男は「はっ」と返事をして淀みなく部屋を出た。


「執務室もあることにはあるが、広い部屋は集中に欠く。この部屋だって、これでも広すぎると文句を言ったら副長たちに『長が見栄を張らずしてどうする』と言われてしまった。どうも私は吝嗇な性分のようだ」


 お茶が届くまでの間、カイルはそんな他愛もない話をして静寂を寄せ付けなかった。もっとも三人にとってはありがたいことでもあった。もし沈黙していたらますます体が強張っていただろうから。


 一分ほどで男が四つのカップを銀のトレーに乗せて持ってきた。アルスの傍付き騎士、ガトーレンにも劣らない優雅な所作で配り、トレーを手にしたまま、そっと元の位置へ戻る。


 「ありがとうございます」と小さく会釈し、アリアは緊張をほぐすためにもそれを一口含んだ。ゴルズ城の書庫でガトーレンが淹れたものと似た香りを感じる。客をもてなす分には贅沢を厭わないのか、ゴルズ城のものと同じ茶葉を使っているのかもしれない。


 ほっ、と一息ついたとき、カイルは言った。


「……さて、そろそろ落ち着いたかな?」

「はい。お気遣い、ありがとうございます」


 素直に礼を述べたアリア。カイルは微笑んで頷く。


「では本題といこう。君たちの返事を聞かせてくれ。“王属騎士団”に入ってくれるのかどうか、その意思を」

「…………私は」


 言うべきことは決まっている。悩んで悩んで悩み抜いて、その結果出した答えだ。今さら迷う余地はない。


 “王属騎士団”に入団するということはすなわち、毎日の生活が騎士団での活動を第一に優先したものになるということだ。ヘルビアと同じく学園の授業に出ることはなくなり、寮を出て、この騎士城の部屋で寝ることになる。時間のほとんどを徹底的に修練に当て、ひたすらに自身の力を高めることに集中し、万が一何かが起きたときには命を懸けて任務に向かわなければならない。

 自由な時間などほとんどないだろう。もっとも、その点に関してアリアが不満に思うことなどあるはずもない。強くなれるのならばそんなことは些細な問題だ。


 我慢すれば――会えなくなることさえ我慢すれば、強くなれる。


 そう思った瞬間に感じたほんの少しの疼痛を秘めながら、アリアは決意を口にした。


「私は、入団したいと思っています。よろしくお願いします」


 そう言って、アリアは深々と頭を下げた。


「僕も同じ気持ちです」

「私も」


 続くようにアルスとシャルレスもまた深く頭を下げる。


 強さを求めるのはアリアだけではない。何よりも実力を追い求める彼らにとって、この誘いを断ることはできなかった。


 やがて頭を上げた三人に、カイルは優しげな笑みを向けていた。


「……そうか。ありがとう、三人とも。この決断は簡単なものではなかったはずだ。それでも“王属騎士団”を選んでくれたことに心から感謝したい」


 しばらく安堵するような笑顔を見せていたカイルは、少しして「……呆けている場合ではないな、すまない」と表情を引き締めた。


「焦る必要もない、詳しいことはまた後で話そう。さしあたっては、いつから騎士団に合流するかだけは決めておきたい。何か希望はあるかい?」


 三人は顔を見合わせる。入団を決めたとはいえ、さすがに明日明後日という訳にはいかないだろう。諸々の準備や整理が必要だ。

 また、およそ一ヶ月後には大きなイベント――校内戦も控えている。当然三人も出場を予定しており、あまり余計なことで時間をとられたくはない。さらに校内戦が終われば、そのすぐ先には本番となる“騎王戦”が待ち構えている。


 その辺りのことも考慮して、アリアが代表して答えた。


「では、“騎王戦”を終えた頃に正式に。それまでは私たちの力を試させてください」

「うん、分かった。詳細は追って伝えるよ。今は校内戦に向けて鍛練に励むといい」


 三人は頷く。生徒たちにとっては校内戦が目下の目標であり、それは三人も同じだ。自分の力を確かめるために――そして、もしかすればレインとも正式な試合を行えるかもしれない機会だ。いやが上にも気合いが入るのは自然なことだった。


 肝心の一件を終えた後は、しばらくお茶を楽しみながらの会話となった。用件が終わったからとすぐに帰るのもおかしいだろうという三人の思いと、カイルの話術に半ば引きずり込まれた結果であった。三十分にも満たない時間ではあったが、三人のうち誰も、さして苦痛には思わなかった。


 三人がおかわりした――実際には空のカップを見てカイルがおかわりを持ってこさせた――紅茶を飲み終えると、カイルは「あまり長く引き留めてしまうのも悪いな」と和やかな雰囲気のまま会話を終わらせた。


 自然に三人が帰り支度をする最中、カイルは思い出したように呟く。


「そうだ、君たちに一つ質問があった」

「? 何ですか?」


 席を立った三人が扉の前で振り返る。カイルはやはり雰囲気を変えず言った。


「――レイン君について、何か知っていることはないか?」


 ぴくりと三人は反応する。


 カイルの目は真っ直ぐだった。どこまでも真っ直ぐだった。どんな壁を造ってもそれすら破壊して内部へ入り込むような、加減のない真っ直ぐだった。


「……何故それを私たちに?」

「いや、授業の様子を見るに君たちが彼と最も親しそうだったからね。あくまで個人的な興味の範囲さ、深い意味はないよ」


 そう言いつつもカイルは視線を逸らさない。カイルの顔の中でその目だけが唯一笑っていなかった。


 内奥を覗き込まれる感覚。まさしく内心を探られるような違和感。最も恐ろしいのは、そう分かっていてなお危機感だけは湧いてこないという異常性。

 まともに答えてはいけないと、レインの正体を明かしてはならないと知っている。なのに、どう偽ろうとも隠蔽は不可能なことはカイルの瞳を見れば火を見るより明らかだ。きっとあの目は虚偽を許さない。


 硬直した二人・・


 しかし、残るもう一人――アリアは動じずに答えた。


「いえ、詳しくは知りません。彼はあまり自分のことを話すような人間ではないので」

「…………!」


 カイルが微かに驚く気配を見せた。しかしそれはすぐのことで、あっという間に元の表情へ戻る。


 同時にアルスとシャルレスも硬直から逃れた。


「……そうか。すまない、変なことを聞いてしまったな。今日はありがとう、気を付けて帰りなさい。君たちと肩を並べて戦える日を心待ちにしているよ」


 最後にカイルはそう告げた。三人も会釈して部屋を出る。


 来たときと同じように男が三人を案内し、しばらくすると騎士城に入ってすぐの広間へと着いた。さすがに退出時は招待状の掲示は要求されず、すぐに騎士城を出る。

 そしてあの巨大な前門も潜り、街路へ。無愛想な騎士に礼だけをして、三人は近くの馬車の寄合所へと歩き出した。


 歩くこと数十歩。角を曲がり、門が完全に見えなくなった辺りで、アルスは深く深く息を吐いた。


「……っはぁぁぁ、緊張した……。ゴルズ城に行くより疲れたよ……」


 ぐったりとしたアルスに比べ、シャルレスもアリアも平気そうだ。シャルレスは予想通りとはいえ、アリアが消耗していないのは少し意外だった。

 どうしてそんなに平然としていられるのかと視線で問うと、アリアはこともなさげに答える。


「……事実を答えるのに、緊張も何もないでしょ」


 アリアの答えはそれだけで、他に言うこともないまま歩を進める。その後を追いながらアルスはアリアの言葉の意味を反芻した。


 つまりアリアはレインのことを知らないのだ。いや、知らないと思っているのだ。実は神器を持っているとか実は“漆黒の勇者”であるとかそんなことを知っているのは問題ではなく、レインという存在を正しく理解できていないと、本心から認識している。だからこそ、あれだけの圧を前にして、乱れなく答えられる。いや、答えてしまえる。


 そんなアリアの後ろ姿は、尊く眩しいものでありながら、酷く孤独でもあった。少なくともアルスにはそう感じられた。


「レイン君は……何者なんだろうね」


 軽々しく問うていい質問ではないと分かっていながら、それでも一人呟くように提示することは抑えられなかった。アルスの言葉はどこからともなく吹いた風にかき消される。


 しかし消えゆく間際に、「……さあね」という投げやりとも自嘲とも思える答えが前から聞こえていた。

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