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赤と黒、そして始まる英雄譚~人が紡ぐ絶対神話~  作者: 紫閃
episode another とある夏の日に
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4 結末

「…………」

「…………」

「……いい加減諦めようよ、二人とも。僕たちじゃまだ無理だよ」


 太陽は天頂を通り越し、今はおよそ午後一時。四人はコテージの中で昼食をとっていた。

 シャルレスが無言であるのはいつも通りであるが、レインとアリアがここまで何も喋らないのは珍しい。二人ともどこか一点を見つめ、じっと考え込んでいるのだ。買ってきた食材を使ってアルスがささっとこしらえたサンドイッチは、まだ三つほどバスケットに残っている。


「はあ……。二人とも、まだ課題やってないんでしょ」


 ギクリと動いた二人はアルスから目を逸らす。アルスはもう一度ため息を吐いた。


「あ、あんなに量があるんじゃ仕方ないじゃない!」

「そうだそうだ! それに俺はこれでも半分くらいは……」

「それは嘘。多分、三分の一もやってない」

「シャルレスッ!」

「レイン君…………」


 アルスの呆れと哀れみがちょうど半分ずつ混ざった視線がレインを刺した。アリアまでもが自分を棚に上げレインに白い目を向けている。

 するとレインは俯き、静かに語り始めた。


「違う……違うんだよ。別に自分の課題やってないからミコトさんを追いかけてるんじゃないんだ。そんなことのために命を賭けてる訳じゃないんだ!」

「…………」

「考えてみろよ……こんなことで簡単に諦めていいのか? これからどんな困難に立ち向かうことになるのかも分からない俺たちが、『今は無理だから』って逃げていいのか? なあ!」

「それは…………」

「俺は課題のために立つんじゃない。俺はこれからの俺のために――」

「課題っていう困難からは逃げたくせに」

「シャルレスぅぅぅ!」


 レインの悲痛な叫び声だけがコテージに響き渡った。


  ***


「え、それじゃあこのコテージってもう取り壊すの?」

「うん。そもそも特別新しいってほどでもないし、本土側の船の発着場が変わっちゃったからね。森を挟んで逆側の浜辺に造り直すんだって。この白金週間プラチナムウィークが終わったらすぐに取りかかるってナガル兄さんが」

「少しもったいない気もする。こんなに綺麗なのに」

「確かに僕もそう思うけど……そもそも、この島に来ることもあまりなくなったからなぁ。小さい頃は結構来てたからそれなりに思い出もあるんだけど、しょうがないよ。別に思い出がなくなる訳でもないしね」


 昼食をとり終えた四人。手早く片付けをしながら三人はなごやかに談笑する。ちなみにレインは脱け殻のようになっていた。


 どうやらこのコテージはすぐに取り壊されるらしい。造り自体は非常に簡単で、教室より一回り小さい程度のリビングにカウンターを隔てたダイニングキッチン、トイレとベッドルームが設けられ、二階はない。ダイニングキッチンと向き合う面の壁には大きな窓、そこからテラスに出ることができる。


 レインはそのテラスに座り、日光を浴びながら灰になっていたのだ。


「レインくーん、そろそろ海行こうよ。どうせ今からじゃ課題も終わらないんだし、朝の時点で覚悟した上でここに来たんでしょ?」

「…………絶対的に敗北が決まっているときに突然目の前に希望がぶら下げられたら、人はどうなると思う」

「…………」

「俺は今そんな状態だ。いや、正確にはその希望さえ奪われた」


 見たこともないほど落ち込んだレインにアルスも言葉を失う。というよりも呆れていたのだが、レインに助け船を出したのは、珍しいことにシャルレスだった。


「……ミコトを捕まえる手がない訳じゃない」

「え!?」


 かすかな希望を見出だしレインは目を輝かせた。アリアもまた素知らぬふりをしながら聞く耳を大きくする。


「ただ、全員の協力が必要。協力してくれるなら準備に時間はかからないと思うけど」

「アルス…………頼む。少しだけ、少しだけ力を貸してくれ。お前の力が必要なんだ」

「…………」


 アルスの横ではアリアがそわそわと視線を向けてくる。レインは相変わらず懇願をやめないし、シャルレスはいつも通りの無表情だがやたらとアルスを見てくる。

 いたたまれなくなり、ついにアルスは折れた。


「……分かったよ。ただし今回だけね。失敗したら今度こそ諦めてよ」

「……! ありがとうアルス!」


 もはや勝利を確信したかのようなレインの喜び方だが、まだ何一つ決まっていないのだ。シャルレスの案も、それがどのような結果を結ぶのかも。その辺りのことを聞こうとしたアルスに先んじて、シャルレスは言った。


「それじゃあアルス、今すぐこのコテージを壊してもいいか、然るべき人に確認して」

「……え?」


   ***


 然るべき人に確認をとるためにコテージを出たアルスが疑わしい目つきで戻ってきた。


「一応許可はとれたけど、何する気? 二回くらい聞き直されたよ」

「まずはミコトについてから。それが分からないと作戦の意味が共有できない」


 あくまで自分のペースで話を進めるシャルレス。カウンター近くに配置された椅子に座ってアルスは不本意ながら了承する。


「ミコトの神器〈クロノス〉の神能は“時操ディアル”。と、異能は“視知アンノウン”。詳しいことは省くけど、ミコトは他者の数十倍の早さで動けるし、未来と過去を視ることができる」

「……は? いや、ちょっと待て、それってどういう――」

「詳しいことは省くと言った。だからアリアが追い詰めたと思った瞬間に剣を振ったことで暴風を起こせたし、レインとアルスの剣を見切って対処できた」

「…………」


 シャルレスの口から放たれたのは、どう考えても攻略不可能に思えるミコトの尋常ならざる強さ。それだけの力があれば神器使い四人を容易にあしらうのも頷ける話だ。


 そもそも、未来と過去が見えるということは。


「じゃ、じゃあ、どれだけ作戦を練っても無駄じゃない。未来を見透かされたら罠や囮の類いは一切通用しないってことでしょ?」

「それだけじゃなく、私が今話していることも次の瞬間には過去になる。もしかしたら視られてるかも」

「ならどうやって!」


 思わず声を荒らげたアリアに、しかしシャルレスはどこまでも冷静に告げた。


「問題ない。罠だと分かっても・・・・・・・・来ざるを得ない・・・・・・・ようにすればいい」

「……?」


 真意を読めない三人を無視するようにシャルレスは立ち上がった。


「ミコトに視えるのは、あくまでも未来に起こり得る選択肢だけ。必ずしも一つの未来が視える訳じゃない。なら、誘導は可能」


 ますます意味の分からない発言。だが、シャルレスの中では既に説明は終わったようだ。


「アリア、アルスは外に出て、テラスが見えるところにいて。そして、合図したらコテージを思いきり燃やしてほしい。私とレインは気にしなくていい」

「シャルレスさん!?」

「……分かった」

「ホントにか!?」


 一人驚愕するレインはさしおいて、二人は外に出ていってしまった。納得できないまま入れ替わるようにレインはリビングに戻る。テラスを囲う柵はそれなりに高いため、アリアやアルスからは部屋の中は見えないだろう。

 ――その状態でコテージごと燃やされて、レインはどうすればいいのか。


 シャルレスが一体何をする気なのかまるで分からない。コテージを燃やすというのはミコトを捕まえるための策なのだろうが、どうしてここにミコトが来ると断言できるのかが全くの謎だ。未来が視える視えない以前に、ここまで狭く何が仕掛けられているか不透明な場所に乗り込んでくる者はいないだろう。


「なあ、これから何を――」


 そう、レインがシャルレスを振り返ったとき。


 トン、と胸に軽い衝撃。

 シャルレスが抱きついてきたのだ。


「…………ッ!?」


 顔はレインの胸に埋められていてよく見えない。ただ、手はしっかりと背に回されていた。シャンプーだろうか、柑橘系の香りを仄かに感じる。


「シャ、シャルレス、さん?」

「……ずっと、こうしたかった。こうなれることを待ってた」


 いつものシャルレスとは少し違う優しい声。熱っぽい吐息が聞こえるようで、レインの鼓動が速まっていく。


 思考が拡散する。これまでのどんなときよりもレインは緊張していた。いつもの冷静さなどどこかに吹き飛び、ただただ動揺するしかない。


「ドキドキしてる……。私が、こうしてるから?」

「バッ……そ、そんなことある訳――」

「……嘘。私には分かる。いつもより心が乱れてる。……嬉しい」

「っ……。こんなときまで心の中読むなよ…………」


 どうしようもない羞恥にレインがそんなことを言うと、シャルレスはゆっくりと顔を上げた。いつも通りの無表情、けれど明らかにいつもよりも頬は赤くて、これまでで一番――


「……ありがと」

「……まだ何も言ってないけど」

「分かるから。あなたのことは何でも」


 そう言って、シャルレスはほんの少しだけはにかんだ。


「ね……しようよ」

「……っ、な、何を?」

「あなたも、今のは分かったでしょ? だから……ん」


 シャルレスはゆっくりと目を閉じて顎を上げる。そう、それはまるで“何か”をねだるように。


 レインの脳裏を痺れるような欲求がよぎった。どうにも抗いがたい衝動がレインを突き動かす。こんなことをしてしまっていいのか――そんな自制心という枷は、シャルレスの吐息が溶かしてしまった。


「シャルレス…………」


 心の奥底が理性の制止を振り切り、体を縛っていた一切合切が解かれ、レインが静かに唇を重ねようとしたとき――


「…………来た」


 ピクッとシャルレスが動き、次の瞬間、レインは突き飛ばされていた。


「え?」


 そしてさらに次の瞬間、目の前を高速で通り過ぎた物体。


 凄まじい轟音とともに家具を破壊しながら着地したのは、小柄な少女――に見えるミコトだった。


「間に合ったか……レイン、無事ですむと思うなよ」

「ミコ――」

「アリア!」


 刹那、戸惑うレインを尻目にシャルレスが叫ぶ。レインの脳裏に蘇ったのは寸前にシャルレスがアリアに告げた要望。


「なっ……ちょ待――」


 かすかに聞こえたのはアリアの声。


「――〈不死鳥檻フェニックスジェイル〉!」


 途端にレインを襲ったのは、轟音と高熱、煙の匂い。

 まさしく一瞬でコテージは焔に包まれたのだ。


 木造とはいえ立派な家屋、それをものともせずに燃やし尽くす焔の檻。レインの視界は瞬きの間に地獄へと様変わりした。


「熱っ……」

「神能“蒼淵アビス”〈氷零牢獄ジェイル〉」


 いつの間にか抜かれていた〈ミツハノメ〉。シャルレスが生成した水がシャルレスとレインを巻き込んで凍結し、焔を遮断する。あっという間に内部に大きな空間を持つ不思議な氷の部屋ができあがったのだ。


 一方、ミコトは四方を焔に包まれているにも関わらず涼しげな顔をして辺りを見回していた。よく見ると体の周りを膜のようなものが覆っている。外部からの影響を阻害する何かしらの魔法なのだろう。


「なるほど……これが私が選ばされた・・・・・未来という訳か。見事と言うほかあるまい」

「出入口は全部塞いでるし、ここら一帯に氷を創る用意はできてる。その気になれば水蒸気爆発にも蒸し風呂にも使えるけど」

「ふふ、随分と物騒なことを。……だが、確かにここから無傷で抜け出すのは骨が折れそうだ。仕方あるまい」

「えっ? じゃ、じゃあ…………」


 ミコトは微笑みながら言った。


「降参だ。ノルンに伝えろ、今日の夕暮れまでには戻ると」

「――! やった……!」


 レインが喜びをあらわにすると同時、シャルレスがアリアに焔を止めるように指示した。するとすぐに焔は消滅、それでもなお燃え続けるコテージには真上からシャルレスの創った大量の水がかけられ、残り焔まで即座に鎮火する。


「ど、どうなった!?」


 コテージから抜け出たシャルレスたちに詰め寄ったアリアとアルス。報告せずともレインの様子から結果は察したらしくアリアもガッツポーズをしかけたが、周りの視線を感じ、コホンと咳払いをして平静を装う。


「結局……今、何が起こったの? レイン君」

「さ、さあ……正直、俺も理解が追い付いてない。色々あって何が何だか……?」


 疑問符を浮かべるしかない二人と目の前で起こった一連の出来事がまるで理解できない一人を無視するように、シャルレスは何を言うこともなく〈ミツハノメ〉を鞘にしまう。レインが見るかぎり、そこに動揺や羞恥は微塵もない。


 ――つまり、直前のアレはミコトを誘き寄せるための演技ということだったのだろう。ミコトの過保護ぶりを見れば最も効率的、そしてレインにはとても思いつかない――仮に思いついたとしても提案できるはずがない――策だったという訳だ。

 レインはそれにまんまと引っ掛かったのだ。


「…………」


 すごく――恥ずかしい。できることなら今すぐ穴を掘ってそこに隠れたい。シャルレスが変に思っていなければいいが……とレインが思ったときに、シャルレス本人と目が合い。

 フイ、と顔を背けられ、まさしく変に思われたのだと、レインはひどく傷ついたのだった。


「あれ、学園長は?」


 アルスが辺りを見回す。しかし、気付けば、いつの間にかミコトの姿はどこにもなくなっていた。まさか崩れたコテージの中にいるはずもないし、すぐに抜け出て去っていったのだろう。


「もう帰ったと思う。夕方までには学園に戻ると言ってた」

「夕方までにって、人の足で……? そもそも、学園長はどうやってここに来たんだろ。朝の船には乗ってなかったよね?」

「…………ま、あの人なら何か方策があるんでしょ。それより遊ぶわよ! 白金週間は最後まで楽しく過ごさなきゃ!」

「すごい元気になってるし……。はいはい、じゃあ行こっか! レイン君も行こうよー!」

「おー…………」


 こうして何とか成功した対学園長捕獲用作戦。その結果として少年は、課題の提出免除と決して小さくはない心の傷を負ったのだった。


 じりじりと照る、とある夏の日の太陽が、無邪気に駆け出す三人と、やや疲れ気味の一人を照らしていた。


  ***


 シュパーン、シュパーンと軽快に水の上を走る――否、跳ね跳ぶミコトは、寸前までに視ていた光景を思い出していた。


 確かにコテージに突入しようとしたあのとき、焔に包まれる光景は視えていたのだ。一度入ってしまえば負けるのは確実だと分かっていた。

 しかし、レインたちに付き合うのはお遊びのようなものと考えてはいたものの、簡単に負けてしまうのは性に合わない。事実、コテージに入った場合はいずれ負ける、という未来だけが視えていたのであれば、ミコトがわざわざコテージに入るはずはなかった。演技が失敗し、策がバレたのだと気付かれるのを待っただろう。

 だが、そうできなかった理由はただ一つ。


「……まさかシャルレスが、本気でいたとはなあ……」


 コテージに入らなかった場合――シャルレスがレインを拒まない・・・・未来もまた、ミコトには視えていたからだ。

 つまり、それが意味するのは。


「人の心……レインがもたらしたのは、紛れもなくそれだったということか」


 ふふ、と微笑みながら、ミコトは過去を視る。


 コテージを抜け出たシャルレスがレインと目を合わせる。そっけなく目を逸らしたシャルレスの頬は――確かに、赤く染まっていた。

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