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赤と黒、そして始まる英雄譚~人が紡ぐ絶対神話~  作者: 紫閃
episode Ⅲ その闇は蒼く深く
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5─3 序章

「一帯の悪魔の掃討に成功した。団員は速やかに集合し、辺りの被害確認と隠れ家付近の探索に移れ。まだ何かが隠れている可能性もある、警戒は怠るな」


 神王国ゴルジオン第二街区、〈フローライト〉の路地裏にあった悪魔の隠れ家前。激戦によって一面が焼け野原も同然の様相と化した中で、“王属騎士団”の面々が詳しい調査に当たっている。


 体力的にボロボロのアリアとアルスは“王属騎士団”が建てた簡易天幕テントの中からそれを見ていた。


 神王の守護を第一の目的とする神王国最強の騎士団、それが“王属騎士団”だ。なれるのは王国の中でも一握りの実力を持つもののみ。十を優に越す神器使いが所属しており、下級の騎士ですら強化聖具を使いこなす。

 騎士団は一人の騎士団長とそれを補佐する三人の副団長、そして副団長それぞれが複数個の隊を指揮する構造となっている。絶対数としては多くないが、個の力と熟練の連係は他に類を見ないほどの域となっており、この騎士団だけで小国を落とせるとも噂されるほどだ。


 基本的には、有事に備えて修練をこなすのが仕事である。今回はそんな彼らがアリアとアルスの万が一の時のために待機していた。


 アムとイムの討伐に当たったアリアとアルスは見事にその任務を達成してみせたが、まさか隠れ家内であれだけ危険な悪魔を育てているとは思ってもみなかった。身体能力だけで言えば上位級と遜色なく、力任せに殴られるだけでも致命的なダメージを受けていたことだろう。

 しかし“王属騎士団”はそんな不測の事態にも慌てることなく対応した。未確認の悪魔の出現と共に戦闘態勢を整え、アリアとアルスの救出を素早く行うや否や討伐に移行し、こうして掃討に成功した訳である。

 多少の傷を負った者はいたものの、見回しても重傷者はいない。大半の団員は神器なしだが、その状態であの数の悪魔に相対し一人も犠牲を出さずに終えられたのは、やはり習熟した連係の賜物だろう。


「…………」


 彼らがいなければアリアもアルスも恐らく死んでいた。そのことについては感謝するべきだ。べきなのだが。


「……何か納得いかない」

「もう四回目だよ、それ言うの。無事助かったんだし良しとしようよ」


 アリアの愚痴ととれなくもない呟きにアルスは苦笑する。とは言いつつもアルスもそんな思いはなくもない訳で。


 ――二人の視線の先にあるのは騎士の先頭に立って指揮する白髪の男。


 ヘルビア・ドロニシティア。アリアやアルスと同じクラスに所属する神騎士学園ディバインスクール〈フローライト〉の生徒だ。そして同時に、“王属騎士団”副団長。つまり選ばれた者のみが所属する騎士団の四本の指に入るということ。


 先程アルスを救ったのが彼だった。副団長という立場でありながら果敢に前線へ赴き、結果としておよそ半数の悪魔は彼が討伐したのではないだろうか。それも、こともなさげに〈顕神デュオライズ〉を用いて。


「今の段階で勝てると思う? ……あいつに」

「…………多分、無理だね」


 ――ヘルビアは。


 ヘルビアは恐らく、次元が違う。同年代ではあるが、その実力には現段階ではアリアやアルスでさえ一歩劣ると言わざるを得ない。〈制限解除・祖リミットオフ〉を発動したレインと同等……或いはそれ以上の実力を彼は持っている。

 だからこその副団長という立場。アリアたちが納得出来ないのは、自分たちはヘルビアにはまだ敵わないと半ば強制的に理解させられたからだ。あの戦闘を見ていれば、嫌でも思い知らされる。


「まだまだ強くなれる。ならなきゃいけないんだ、僕たちは」

「分かってるわよ。じゃなきゃ何も出来ないわ」


 内に秘める静かな闘志と渇望。慢心という言葉は二人にはない。


 まだ始まったばかりだ。二人が踏み出したのはようやく一歩。この先には果てしない道と進行を阻む障害があることだろう。それでも、突き進むしかないのだ。

 各々の願いを叶えるために二人はそう決意した。


 と、その時。


「……なるほど、君たちか。あの二人組の悪魔を倒したのは」


 二人の前に近づいてきたのは青みがかった黒髪の男。


 銀に輝く重厚な鎧を身に纏い、腰には一振りの長剣を吊っている。胸に輝くのは、王冠とそれに集う剣をモチーフにした“王属騎士団”の徽章。この徽章の色によって騎士団内での階級が分かるのだが、この男が持つ金の徽章が表すのは――。


「初めてお目にかかるね。私は“王属騎士団”団長、カイル・ジークフェルト。有望な若者に会えて光栄だ。今後、よろしく頼むよ」


 ――騎士団長。この男こそが、“王属騎士団”の頂点。


 物腰は柔らかで威圧される感じは全くない。思っていたよりもずっと若く、三十半ばといったところか。微笑みを浮かべた表情も、威厳こそ保ちながら適度に砕けた雰囲気も、ただの一般人とさほど変わらない。

 しかし二人の直感が告げている。男の奥底にある得体の知れない力を。ミコトを前にした時と同じような、無意識に体が緊張する感覚を覚える。


 二人の様子に男は小さく笑った。


「そんなに緊張することはないよ。私はただの一騎士に過ぎない。今回は、一つお願いをしに来ただけさ」

「……お願い?」


 アリアが訝しんだ声を上げた。アルスもまた首を捻る。


「噂は聞いていたけど、今日直に見て確信した。〈顕神〉をも使える者をただ腐らせておくのはもったいない」


 カイルは言った。


「君たちも、“王属騎士団”に入らないか?」


  ***


 神騎士学園〈フローライト〉を含めた街全体を一望出来る、小高い丘の頂上。

 そこに、外套を纏いフードを被った一人の男が立っていた。


「アム、イム、マームは殺されたか……。まあ、保った方だな。いい目眩ましになっただろう」


 聞く者の心を揺り動かす不快な声。背後の森が風でざわざわと揺れる。小動物たちは既に森の奥へと逃げ込んでいた。


 〈フローライト〉をじっと見下ろしながら、男は口角を吊り上げる。


「では……始めようか」


 ゆっくりと左手を前へ伸ばす。直線上にあるのは〈フローライト〉。手のひらを下へと向けて、その先に魔素が集まり――。


「…………――」


 と、そこで男は動きを止めた。吊り上がっていた口角が下がる。


「……不可解だな。何故貴様がここにいる? ミコト・フリル」


 振り返りもせずにそう言った数秒後。


「何故、と言われてもな。強いて言うなら学園を守るためだ」


 森の中から、ゆっくりと〈フローライト〉の学園長ミコトが現れた。


 芝のような草が密に生える上をさわさわと歩き、少女のような外見のミコトは男に近付く。腰に吊った剣の間合いの一歩手前で歩みは止まった。

 その様子はまさに静寂。どこにもささくれだった違和は見えず、どんな感情を抱いているのかさえ分からない。ただ、どうにも表現し難い圧があった。あまりに静かすぎる故の不自然さと言うべきか。


 男は背を向け手を伸ばしたまま言う。


「……確か今は学園を離れ、どこかに身を隠しているはずだったが」

「隠れていたさ。今日この時のためにゴルズ城の中で息を潜めていた」


 ミコトは左腹を軽くさする。しかし痛みはない。直接見ることは出来ないが、服の下の傷は完全に塞がっていた。


「生憎と『読み合い』には自信があるんだ。今日、ここにお前がいる未来が視えた。そしてそれを放置した場合、学園に大量の悪魔がなだれ込む未来もな。シャルレスを囮に学園を壊滅させようとしたあの悪魔たちでさえ囮だった訳だ。――ベル」

「…………」


 男はしばし沈黙する。


 しかしやがて深く息を吐くと、手を下ろして振り返った。


「そこまで見通されていれば誤魔化すことも出来ないか。その通りだ。貴様だけでなくレインも学園から引き剥がせた時点で勝ちは揺るがないと思っていたが、見立てが甘かったな」


 男が組み立てていたのは転移魔法。ここと学園を繋ぐ陣をつくろうとしていたのだ。


 ミコトは表情はそのままに男に問う。


「ベルという名を聞いてまさかとは思ったが、こうして再び相見えるとは予想もしていなかったよ。……それがお前の“名”なのだろう?」


 ぴくりとベルと呼ばれた男は反応した。じっと窺うようにしばらくミコトを見た後に、何かに合点がいったように笑った。


「……ははっ! なるほど、貴様はあの時の生き残りか! 姿が変わっていたせいで全く気付かなかったぞ!」


 「ははは!」とベルは笑い続ける。隠すのも無駄と判断したのか、笑いながらそのフードを払った。


 その額に生えているのは、黒光りする小さな角。


「そうだ、我が“名”はベル。我ら悪魔に与えられる名は偽ることも失うことも出来ぬある種の呪いだ。かつての大戦では随分と世話になったなあ、忌々しき眼の持ち主よ!」


 ベルの瞳に色はなかった。黒でもなく白でもない。黒と白にさらに透明を混ぜ合わせたような、一つに定まらない歪んだ時空のように見えた。

 吊り上がった口角、開けられたその口の奥に覗くのは鋭い牙。それだけでも、ベルが人間でないことを証明するには十分だ。


「お前があのベルであることが分かればそれでいい。後は斬るだけだ」


 ミコトは問答を打ち切り腰の剣に手をかける。しかし、一息に引き抜こうとした時、ベルはそれを制止した。


「待て。私のことを知っているのなら……レインのことも知っているのだろう? あいつの本性をさえ知っていながら、何故庇うのだ?」

「――…………」


 瞬間、ミコトの動きが止まる。


「奴の記憶はいまだ曖昧だ。自分のことぐらいは覚えているだろうが、恐らくお前のことは思い出していないのだろう。だが一度昔のことを全て思い出せばどうなるかは分からない。奴は――真の災厄になり得る存在だ」


 ベルの言葉に、ミコトは押し黙った。


 ほんの少し目を伏せる。何かを考えているようで、しかし動揺は見られない。だからこそベルも動くことはなかった。今動いても無駄だと悟った。


 やがて、視線を上げたミコトは。


「……私も何故レインを守るのかは分からない。理性は確かに彼を危険視している。殺すべきかと迷ったこともある。だが……この体が、人間としての心が言うのだ。彼を助けるべきだと」

「……ふん。まあ、奴を飼い続けてもらえるのはこちらとしても好都合だ。せいぜい後ろから噛みつかれないようにするんだな」


 ミコトの答えが望んだものではなかったのか、ベルは皮肉じみた口調でそう言った。


 ミコトとてそれは十分に理解している。レインに秘められた力は、その気になれば王国をも滅ぼしかねないものだ。レインの本性が目覚てからでは、あるいはそれに迫る何かがあってからでは遅い。

 しかし思う。彼ならば大丈夫なのではないかと。ある意味で人間よりも人間らしい彼ならば、きっと上手く行くのではないかと。

 理由や根拠などなくともミコトは漠然とそう思ったのだ。


「話は終わりだ。こちらの方もさっさと終わらせよう」


 ミコトは剣に手を伸ばした。


 途端、静かな気配がミコトから放たれる。常人には感じ取れない、空気のように自然で滑らかな覇気。全てを破壊せんとする暴力的な威圧とは違う、強者故の雰囲気。

 本当の実力者にしか感じることの出来ないそれにベルは反応した。


「まあそう慌てるな。もちろん私としてもここで貴様を消しておきたいのは事実だが、さすがに無傷で勝てるとは思っていない。多かれ少なかれ傷を負うだろう。違うか?」

「同感だな。私とてお前を簡単に屠れるとは思っていない。……だが、腕一本くらいならくれてやる覚悟はある。まさか逃げるつもりではないだろうな」


 真っ向から対立する二つの意思。お互い相手に勝てるという前提で進む話は、自信過剰と呼ぶべきものだろうか。しかし両者からは、そう言えるに十分な覇気が漏れ出ていた。


「逃げるつもりなど毛頭ないが、今は時期が悪い。ここで決着を着ける必要はないだろう。それとも、その万全でない状態で本当に私とやりあえると思っているのか?」

「…………」


 ベルは観察だけでミコトの不調を見抜いた。視線が射抜くのはミコトの左腹。

 傷は塞がっている。痛みはない。しかしこの二日未満の時間で無理に治したその代償はあまりに大きすぎた。体全体に疲労が蓄積し、とても全力は出せないだろう。ベルは暗にそう言っているのだ。


「また後でろう。その時こそ全力で捻り潰してくれる」

「……まあいい。今日のところはそうしよう――」


 ミコトの覇気が収まったのを確認してから、ベルは微笑みを浮かべ悠々と歩き出す。ミコトの横をすれ違い、そのまま深い森へ消えていく――。


「――とでも言うと思ったか?」


 その背後にミコトは飛び、距離を詰めていた。


 無駄のない動きによる最短の挙動モーション。右手は既に剣を握っている。空中で半身になり、ベルの首めがけた渾身の一撃が放たれる寸前。


 真下の地面が光った。


「――そう言うと思っていたよ」


 転移魔法。反射的にミコトは宙に障壁を展開し、それを蹴って反転した。直後に障壁ごと破壊して巨大な何かが姿を現す。


 邪人種フールに似た二足歩行の悪魔。だがサイズは桁違いだった。小柄なミコトの二倍はあろうかという背丈はまさしく怪物。

 普通の邪人種と違うのは体表を覆う鱗と背中に生えた小さな翼。目は血走り、口からは絶えず高温の蒸気のようなものが吐き出されている。

 見たこともないそんな悪魔たちが陣から次々と現れていた。


「こいつらが学園進攻のために用意した悪魔たちだ。邪人種を素体ベースに私の血を与えて強化した。生命を維持出来るのは一時間が関の山だが――」


 悪魔の内一体が飛び上がり、拳を組んで振り上げる。ミコトが退いた地点に落下の勢いを乗せた拳が叩きつけられると同時、地面はボコッ! と大きく陥没した。


「――身体能力は上位級ハイ以上。ちなみにこの悪魔の作り方はマームの脳を直接操作して伝えてある。奴は自分が造り出したと思っているだろうが」

「マーム?」

「ああ、貴様らが嗅ぎ回っていた悪魔の首魁だよ。もっとも、奴の制御能力では性能は半減というところか。人間を悪魔にするという手法も教えてやったというのに、それすらまともにこなせない低能だからな」


 その時、ベルの言葉にミコトはぴくりと反応した。


「人間を……悪魔にだと……?」

「人間素体の悪魔が完成したら面白いだろう? だから試させたんだ。私の力であれば洗脳は容易いが、体ごと完全な悪魔に出来ればより効率的だからな。しかし、中途半端に人の心を持った悪魔しか生み出せなかったんだよ、奴は」

「…………」


 悪魔の一撃がミコトに降り注ぐ。まるで隕石にも似たそれらをかいくぐりながら、ミコトは。


「やはりお前は絶対に殺す。シャルレスは――人間だ」


 一閃。

 直後、ベルの首が斬り裂かれた。


「……!」


 悪魔に遮られてほとんど見えないはずのベルの首めがけた剣撃が吸い込まれるように命中したのだ。


 どす黒い血が噴き出す。しかしベルは吹き飛びかけた頭を押さえ、べちゃりと強引に接着した。


「〈悪魔の号令コールオブデモニア〉」


 途端、爆発的に集まった魔素。目まぐるしく循環する魔素によって、本来重傷になっていたはずの首の傷はすぐに塞がった。


 わずかに見開いた目でベルはミコトを見る。


「は! 流石と言わざるを得んな。次に会う時が楽しみだ。では、無事でいられることを願っているよ」


 ベルの足元に浮かんだ転移陣。それが青く光り、ベルまでも巻き込んで一際強く発光した後――ベルの姿は既に消えていた。


「ちっ……!」


 珍しく感情をあらわに舌打ちするミコト。しかしその頭上には巨大な悪魔の姿。

 剣を鞘に納めつつ、凄まじいエネルギーと共に落ちてくる悪魔をミコトは辛うじてかわす。直後、ゴオオオン! と轟音が響き渡り、地面がひび割れた。


「ミコト……コロ、ス……」

「ベルサマ、ノ、メイレイ」


 不明瞭な発音でうわ言のように悪魔たちはそう呟いていた。血を与えられる際に最低限の知能も付与されたため、簡単な言葉程度ならば理解出来るのだ。


 悪魔の数は全部で十二体。神器使いであっても恐らく一人では勝利は絶望的な戦力差。

 しかしミコトに逃げるつもりはなかった。


「……悪いが、今私は非常に機嫌が悪い。憂さ晴らしの八つ当たりに付き合ってくれるか?」

「?」


 悪魔たちは首を捻った後、理解することを諦めたのか再びミコトに向かって歩き出した。


 ゆっくりとした歩みは徐々に駆け足へ、そして疾走へと変わる。身長の倍近い悪魔が自らに向かって全力で駆けてくるという状況に、しかしミコトは目を瞑った。


「異能――“視知アンノウン”」


 ぽうっと、閉じられた瞼の下の眼がかすかに輝く。


「ガアッ!」


 そんなことはお構いなしとばかりに悪魔たちは吠えた。振り上げられた拳、足、爪が一瞬遅れてミコトを襲う――。


「……〈先行する一歩フォーマーステップ〉」


 ――その一切を、ミコトは滑るような一歩でかわした。


「……!?」


 悪魔たちが刹那動きを止める。今の一歩があまりにも異質なものだったからだ。


 ミコトが踏み出した一歩。それは、悪魔たちの攻撃が到達するずっと前・・・・に踏み出されていたのだ。まるでどこに攻撃がくるのかを寸分違わず見切ったかのように。そして悪魔たちのお互いの攻撃が邪魔しあい、唯一誰からの攻撃も受けない地点へ身を置いた。


「グルアアアッ!」


 硬直から回復した悪魔たちはもう一度攻撃を試みる。しかし結果は同じ。あらゆる攻撃が、未来でも見えている・・・・・・・・・かのように・・・・・たった一歩でかわされる。


 まるで馬鹿にするような優雅な動きに悪魔たちは激昂した。感情の制御が出来るほど理知的でない怪物たちは力任せにミコトを殴ろうと殺到する。しかし、その深追いが彼らの敗因となった。


「〈交錯する一歩クロスステップ〉」


 ミコトの一歩。小さな人間を目で追いすぎた悪魔たちはお互いに衝突し、バランスを崩す。

 その瞬間、ミコトは悪魔たちの包囲を脱出し、二歩、三歩目で悪魔たちから距離をとりつつ腰の剣の握りグリップを握り締めた。


「時の全てを掌握せし神器よ。汝が力を我が身に刻め。過ぎしを照らし、来たるを見通す力で、定めに抗う愚者たる存在に希望の光を授けよ。神臨――神器〈クロノス〉」


 鞘鍵ロックが外れた神器。振り返ったミコトの開いた瞳が映す視界にはゆっくりと倒れる悪魔たち。


 全てを捉えた瞬間に、ミコトは剣を抜いた。


「〈永遠なる刹那エターナルモーメント〉」


 ――とんっ、とミコトは悪魔たちの反対側へと軽やかに着地した。


「……ァ?」


 何をしたのか分からず悪魔たちが呆けた声を上げると同時。


 その体に無数の・・・・・・・斬線が走った・・・・・・


「…………ッ……!」


 予想もしていなかった出来事に悪魔たちが何かをすることは出来ず。斬線はさらに縦横無尽に体を走り。


 大量の血を吹き出しながら、ズパッ、とサイコロ状になって悪魔たちは絶命した。


 重い音を立てながら落ちた肉塊が、地面に積み重なっていた。


「…………ふー……」


 ミコトが持つ神器、〈クロノス〉。その神能の名を“時操ディアル”。


 行使者の時間感覚を任意に操作出来る能力だ。今ミコトは自身の時間の流れ方を爆発的に加速させ、たった一瞬であり得ないほどの剣撃を叩き込んだ。優に百、いや二百を超える剣撃を放ったのである。

 そしてミコトの異能、“視知”。視界内の世界がどう変化してきたか、どう変化していくか……つまり、未来と過去を予測する力。過去の予測についての命中率はほぼ百パーセント、未来に関してはとりえる可能性がいくつか提示され、確定的な未来であればあるほど選択肢は少なくなっていく。直前のミコトに見えたのは悪魔がサイコロ状に斬られ、魔素再生すら出来ずに絶命する未来だけ。


 振り返ったミコトの瞳に映る光景そのもの。


 街を一望出来る丘に積み上がった屍体が、細部に至るまでぴったりと合致した。


 ミコトはすぐに目を背ける。いや、背けるというより興味を失って目を離したという方が適切か。

 ミコトは空を見上げて深く息を吐いた。


「…………帰るか。シャルレスも戻ってきている頃だろう」


 そう一人呟いて、ミコトは帰路へと就いた。


 静かな覇気は、完全に霧散していた。

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