5─2 希望をもたらす絶望
「さあ……始めよう」
レインの明確な殺意を孕んだ言葉が不思議なほどはっきりと場に響いた。
その殺意が向けられている訳ではないシャルレスですら、かつて経験したことのない……それこそ眼前の男に向けられたものよりも恐怖を感じる。知らず強張った体を悪寒が撫でた。
レインはゆっくりと男に向かって歩いていく。その背からは瘴気が漏れ出ているようにすら思えた。
「……はっはっ! 面白い、この儂をして萎縮させるとは。正直たかが生徒と侮っていたが、少しは楽しめそうだ」
口ではそう言いつつも男の目は微塵も笑っていない。少しでも攻撃の挙動を見せれば即座に対応出来るように神経を尖らせているのだ。
一方レインは、傍からすれば緊張どころか集中さえしていないような無防備さで立ち止まった。
だというのに放たれる殺気は全く弱まらない。その不均衡な様相に、男も迂闊に攻撃は仕掛けられず観察に回っている。
レインは言った。
「一応確認だ。シャルレスをあんな体にしたのはお前か?」
「……? ……ああ、なるほど」
男が一瞬呆けたように目を見開く。しかし意図を察したのか、にたりとあの歪な笑みを浮かべた。
「貴様は怒っているのか。どんな得体の知れぬ人間かと思えば、どこまでも人間くさい人間ではないか。……ああ、その通りだ。そこのシャルレスに悪魔の血を取り込ませ、半悪魔にしたのは儂だよ。今思い出しても心地よい。人間が極限の苦痛にもがき苦しむ様はなぁ!」
「ひゃひゃひゃ!」と感情をあらわに下卑た高笑いを上げる男にシャルレスの体が熱くなる。出来ることならこの手で男を葬りたい。友人たちの無念を晴らしたい。しかしそれは敵わなかった。
だが彼なら。そう思い、シャルレスがレインを見た時。
「……そうか。なら良かった、久しぶりに暴れたがってるんだ」
――ヒュ、と明確な死の気配が肌を撫でた。
「全てを壊したいってな」
レインの瞳にはもはや光などなく。何か別のモノが宿っていた。
「―――」
男は察する。
自分は何か、とんでもない間違いを犯したのではないかと。
「貴様……本当に人間か? その底無しの気配、先程の腕の再生……貴様はまるで――」
余裕を消して真剣な表情になった男がそう言いかけた時。
「――あ?」
――男の左腕が飛んでいた。
男のすぐ横に闇を纏った漆黒の剣を持つレインが立っていた。
「…………ッ!?」
男がレインを警戒し、話しながらも密かに展開していた障壁を、一息で詰め寄ったレインが一瞬で消去した上に返す剣で左腕を肩口から断ち斬った。
言葉にすればそれだけ。ただ、男ですら認識出来ない速度でそれをやるのがどれだけのことかは言うまでもない。
――しかし。
キラッ、と男の視線の先の木陰で何かが光り。
放たれた光線がレインの胸を貫いた。
「質問には答えてもらおうか。〈反撃の光〉」
これもまた男が密かに組んでいた術式。レインの背後の森で魔素を凝縮し、光球をつくっておいたのだ。察知されないように限界まで規模は小さくしてあるが、一点に集中させれば決して無視できない威力を持つ。
レインが俯き、力なく倒れる――。
「……この程度か」
――直前、首だけを微かに回したレインの黒い瞳が男をぎろりと睨み付けた。
「……っ!?」
そして同時に、男の右腕が吹き飛ぶ。どす黒い鮮血が空を染めた。
支えを失った杖が地に倒れた時、レインは男の背後に立っている。
胸に空いたはずの穴は綺麗に塞がっていた。
「貴様……やはり……!」
振り返り両の腕を再生しながら男は忌々しげに吐き捨てた。
対してレインは、男ではなくどこか遠くを見つめて呟く。
「……シャルレスは半分だったか。そう、俺は――」
レインは口の端を吊り上げる。不気味に笑いながら、少年は男の言葉を補完した。
「――全部悪魔だよ」
途端、レインを中心におぞましい邪気が辺りに広がった。
「……っ」
間違いなく上位級に位置する悪魔が放つ邪気。生物が本能的にその場にいることを拒否するほどの濃密な闇の気配。
男でさえも一時、言葉を失う。それだけ強烈な邪気をレインは放っていた。
「有り得ん……。これだけの力を持つ悪魔などいるはずが……!」
そう言いかけた男の眼前にレインは距離を詰めていた。
光なき瞳が男を捉えた時、男の体は射すくめられたように動かなくなった。
レインは何もしていない。ただ威圧しているだけだ。だが男の本能が「動けば殺される」と叫んでいる。どうしようもない状況にあるのだと理解させられる。
「な、何故……貴様ほどの悪魔がここに……!」
強張る口を何とか動かした男の言葉に、レインは言った。
「――俺のことを忘れたか、マーム」
「……!? 何故儂の名を――」
男の名を知るものはこの世にはもはや片手で数えられるほどしかいない。遥か昔の大戦で、それぞれの名を知り合うほどの仲間たちは既に滅んだ。アムやイムにさえ男は自身の名を伝えていない。
では男の前に立つ少年は。得体の知れないこの悪魔は一体何故。
「儂の名はかつてあの方に与えられたものだ! どうやって貴様はそれを知った!?」
その時、ちりっ、と一つの推測がマームの脳裏を過った。しかしそれはあまりにも馬鹿げていて、とても真実とは思えない。ないはずなのに、一度過った推測は消えることなくマームの脳内を巡る。
有り得ないと、そんなはずはないと否定しようとしたマームの詰問にレインはどこか遠くを見つめて呟く。
「……遥か昔、神と人と悪魔が全ての世界を巻き込んで起こした大戦。序盤は拮抗していた戦況は、徐々に神と人間が結ぶ共同戦線に傾き、悪魔の軍勢は少しずつ劣勢に追い込まれていった。生まれたばかりの悪魔でさえ戦場に駆り出され、血で血を洗う戦いへと加わる外なかった」
ぽつりぽつりと語られる物語は、かつてシャルレスが男に聞かされたものにどこか似ていた。学園の授業でも聞いたことがない……いや、それどころか信じられる話ですらないが、決しておとぎ話の類いではない真剣さがレインにはある。
そしてマームの顔にも、冗談や演技ではない驚きの表情が表れていた。
「その中で、ずば抜けた魔法能力を持つ妖術魔種の子が現れた。とある悪魔はその潜在能力を見出だし、“名”を与える――が、その後すぐに大戦は終結。悪魔の追放によって幕は閉じた。……違うか?」
レインが語り終えた時、しばしの沈黙が場を包んだ。
しばらくしてそれを破ったのはマームの途切れ途切れの声。
「嘘だ……有り得るはずがない。……何故なら……何故なら、あの時貴方は…………!」
震えるマームに、レインは静かに呟いた。
「――〈制限解除・転〉」
一陣の風――いや、闇がレインを覆い、その真の姿をあらわにする。闇がかき消え、レインは。
――全身を包む黒の装衣。頭から足の先まで、対比的に白い顔の肌以外におよそ黒でない部位はない。握られた神器でさえもが漆黒の剣。
それだけを見れば、その姿はまさに話に聞く“漆黒の勇者”。だがシャルレスには、少年がそんな存在でないことが容易に分かった。
剣を握る手。そこに生える爪が、小ぶりではあるが、とても人のものとは思えないほどに鋭く黒光りしていること。
そして頭部から、黒髪に紛れて後ろに伸びる確かな角が二本生えていること。
そこにいたのは、紛うことのない悪魔だった。
「俺の“名”は――レイン」
たかが名前。たかが三音。しかし今のそれは何かが違った。誇示するかのように、存在を証明するかのように、歴然とした事実として彼が「レイン」というものであるのだと世界が認めざるを得ないような重さが含まれていた。
「馬鹿な……嘘だ、こんなことがあるはずがない! 貴方はあの時死んだはずだ! 憎き神によって殺されたんだ! 貴方は……一体――」
「俺は俺だ。お前にマームという“名”を与えた悪魔だよ」
黒髪の少年は躊躇いなく言った。
「…………ッ!」
その肯定が、全てを示していた。
マームの前に立つのはマームに“名”を与えた悪魔であること。マームが崇め敬っていたあのレインであること。
マームの馬鹿げた推測が、何一つ間違っていないことを。
「……では、何故刃を向けるのですか。神と人間を滅ぼすという悪魔の悲願を叶えようとしたこのマームを、どうして邪魔するのですか!」
そんな疑問の叫びはマームの最後の足掻き。そんなはずはない、これは何かの間違いだといういまだに捨てきれない望みを必死に声にした抵抗。
答えてくれるはずだ。マームが望む答えと共に、もう一度同じ方向を向いて戦える。戦ってくれる。きっとそうに違いない。今度こそ、悪魔の悲願を叶えられる――。
「――俺はもう、あの頃の俺じゃない。いや……多分、あの頃がおかしかったんだ」
しかし、返ってきた答えはマームが望むものとはかけ離れていた。
「俺はお前ら悪魔を敵に回す。俺の大切なものを壊そうとしたお前を――壊す」
告げられたのは、死の宣告。絶対的上位者たるレインからの約束された死の贈呈。
かつての悪魔軍において三本の指に入る強者の執行を避ける術はない。
「は、ははっ、はははははは!」
マームは笑った。大きな高笑いを上げた。
「そうか、これは夢だ。レイン様の復活など有り得るはずがない。レイン様に似た何者かが儂に語りかけているに過ぎん。そうだ、そうでなければいけない。レイン様が儂を殺すなどあってはならない。儂は本当のレイン様のためにこの命を尽くすのだ。こんなところで死んでいる暇はない……」
長年信じ続けてきたレインが自分を見捨てる。その事実にマームは耐えられなかった。大きすぎる敬愛は愚かな現実逃避を産み、ただぶつぶつと自己の精神を守るための独白を続ける。
レインはそれを表情を変えることなく黙って聞いていた。
――だが、その背後に。
ゆらりと、影が伸びていた。
マームの特異体質“模倣”による“影”。呻くような独白をしながら行使したそれは、当然レインからすれば死角であり直接気付くことは出来ない。
硬質化し巨大な剣となった影は、鎌首をもたげるかのようにゆらゆらと漂う。恐ろしく冷静……いや、もはや本能と言えるほどに極められた理知的な判断が、マームですら半ば無意識のままに影を操る。ここではないどこかにいるはずの真のレインへの崇拝がマームの全てであり、それを揺るがしかねない眼前の存在を消さなければと訴えてくる。
だから殺す。
「そうだ、そうなのだ。儂は生き残る。生き残らなければならない。儂が生きていること、それこそをレイン様も望んでいてくださるはずなのだから。故に――死ね」
刹那、影は何の予兆もなく貫いた。
「……おぽぇ?」
――マームの胸を。
レインとは逆、マームの背後から伸びた影がマームを貫いていた。
「特異体質“影”――。本物に勝てるとでも思ったか?」
レインはゆっくりとマームに近付いていく。レインの背後にあった影の剣は、より上位の行使者による命令の上書きによって霧散していた。
「馬、鹿な……。だが、まだ…………!」
吐血しながらもマームの目に宿る執念の色は消えない。レインの影は確かにマームの核を正確に貫いたが、“蒼淵”が解けた自前の核と“同一化”を利用した後付けの核の計二個の核がまだ動いている。これらが相互に作用しあえば、例え一つを完全に破壊されたとしても残りが生命を維持しつつ核の修復を行える。マームの命はまだ終わっていない。
しかし、レインは言った。
「執念だけは認めてやる。よく頑張った。だから、安心して壊れろ」
すれ違う瞬間にその右肩をポンと叩き。
「――〈影送り〉」
行使された、真の特異体質“影”。
マームの体を、十数の影が一斉に貫いた。
腕も足も首さえも。頭部以外の全てを影が貫いていた。
残っていた核は二つとも即座に破壊された。
「…………あ、が……………………」
魔素再生を行う余裕などあるはずもなく、マームは即死した。数多の影に貫かれ、横たえることすら出来ずに俯いて死んでいるその姿は、奇妙なオブジェのようにも見えた。
それを振り返ることもなく、一人……いや、一体の悪魔だけが悠々と歩いていた。
***
レインはシャルレスに向かって歩きながら自身への制限を施行した。黒い装衣はたちどころに消え、学園の制服姿へと戻る。
座り込んだまま呆然とするシャルレスのもとに着くと、しゃがみこんで目線を合わせ、少し躊躇いがちにレインは聞いた。
「……体、大丈夫か?」
「……あ、うん」
シャルレスはその声で我に帰り、どこかぼんやりとした空返事をした。実際、体はレインの治癒魔法によってそれなりに回復している。完全でないとはいえ痛みは引いたし、多少動くことも出来るだろう。
だが、シャルレスがまだどこか上の空だった理由は、レインの瞳。今真っ直ぐ合ったレインの瞳は、何というか、とても悲しそうだった。
「…………」
「…………」
話すこともなければ答えることもない。シャルレスの返事の余韻が消え、沈黙が二人を包んだ。
しばらくして、レインはやはり躊躇いがちに聞いた。
「……聞かないのか?」
「? 何を?」
シャルレスが聞き返すとレインは視線を逸らして言った。
「俺のこと。俺が何者なのかとか、何を知ってるのかとか、目的は何だとか。後は……あんまり近寄ってほしくないとか、そういうことも」
寸前の鬼気迫るような気迫を出していた少年と同一人物とは思えない弱々しい声は、何となくシャルレスに自身を見ているかのような錯覚を起こさせた。
だから、答え方は決まっていた。
「別に。あなたが誰なのかとかどうでもいい。少なくともあなたは私を助けてくれたから、私にとっての二人目の恩人」
レインから恐怖や死の気配を感じたことは否定しない。多分レインはこの世界における化け物というものなのだろう。だが、今ではそれが不思議と心強く感じる。そんな存在が自分を守ってくれたということに、かつてミコトに存在を肯定された時と同じ感覚を覚える。
悪魔だろうが人だろうが、或いは神だろうが関係ない。そんな言葉の意味が漠然と理解出来た気がした。
ただ、シャルレスは思った。きっとレインは恩人なのだと。
「……そっか。うん、ありがとな」
礼を言われる立場であるはずのレインが小さく笑って礼をする。違和感あるやりとりにシャルレスもまた、久しぶりに笑った。本当に久しぶりに笑った。
存在を肯定してくれる人がいる。それがどんなに嬉しいことなのか、シャルレスはよく知っている。ミコトに、そしてレインや他の色んな人に認められた自分は、胸を張って「私は人なのだ」と言えるはずだ。
だからシャルレスは決断した。
「レイン。私の最期のお願いを聞いて」
「ん?」
「……私を、殺して」
――再び、場が沈黙した。
改めて口にするとやはり苦しい。だがずっと考えていたことだ。きっとこうするべきだと決めていた。
「私は人間。でも、この体が悪魔のものである限り、何が起こるか分からない。何かが狂ってしまうかもしれないし、皆を巻き込むかもしれない。それに……私は人を殺しすぎた」
男を倒したら、我が身も滅ぼす。シャルレスはそう決めていた。それが最後に課せられた贖罪だ。
孤独であるなんてもう思わない。しかし、この体が他と違うことはどう足掻いても変えられない事実。人の精神と悪魔の体という違和にいつか限界が来てしまうことだって否定は出来ない。
これまで起こしてきた数々の罪も考えれば、ここで命を断つのが最もいい判断だ。
「助けてくれた命を捨ててしまうことは謝る。けどこれは決して無駄な死なんかじゃない。あなたたちが助けてくれたおかげで、私は人として生涯を終えられる。勝手で傲慢でも、私は……そうしたい」
言っている最中で少しだけ声がくぐもった。呼吸するのが辛かった。喉の奥が何かで詰まったように思った。
それでも、シャルレスは最後まで言い切った。
「…………分かった」
しばしの沈黙の後、レインはそう返事をして漆黒の剣を横に構えた。あれが薙がれればシャルレスの首は飛ぶ。レインであれば、その後に再生させないほどの一撃を核に叩き込めるはずだ。
剣が目前に構えられていてもシャルレスは目を閉じようとはしなかった。怖くても、最期の瞬間だけは逃げないと誓っていたから。自らの死と真っ直ぐに向き合おうと決意したから。
「じゃあ――行くぞ」
レインの腕に力が込められ、ついに剣がシャルレスを殺すのに十分な力を蓄えた。
そして。
――ヒュン、と剣が空を斬った。
「…………?」
「……あれ。久しぶりの制限解除で疲れてるんだな。少し照準がズレたみたいだ」
シャルレスの首はいまだに繋がっていた。左頬に何かが流れたのを感じてそこを触ると、ピリッと痛みが走った。指先には赤い血が微かについている。
薄く頬を裂かれたのだ。
「けどさ、悪魔の体だっけ? にしては……魔素再生も起こらないけど?」
言われて気付く。この程度の傷ならすぐに再生するはずなのに、しばらく経っても傷が消えない。
周囲の魔素がほとんど枯渇しているのだ。マームの無理な魔法の連続行使のために、集められていた魔素さえも尽きている。どれほど高位な悪魔でも魔素がなければ魔素再生は行えない。
「……ここで終わりだと決めつけるのはまだ早い。『かもしれない』で諦めるのは意気地なしの象徴だ。本当に皆のことを思うなら足掻いてみろよ。お前の暴走で巻き込む人よりも、お前の力で救える人のことを考えろ。それが本当の贖罪だ」
「……で、でも、私は人を殺した。今までに何人も。自分に出来ることを忘れて、自分がいることを証明するためだけに人を殺したの!」
シャルレスの叫びに、レインは剣を背中の鞘に納めながら、空を見て言った。
「ゴルズ城の書庫でお前が暗殺者として動いてた頃の事件を粗方見た。確かにひどかったよ。お前らの存在に気付いたと思われる奴らを殺したんだろう。この辺り一帯を管理する地主や貴族が不自然なほど大量に死体として見つかってた」
「…………」
「で、そいつらは全員……領民から恨まれる、不当に税を搾取するような奴らばかりだった」
レインの言葉に、シャルレスの動きが止まった。
「お前らの地下の隠れ家、つまりここは本来の魔素濃度が極端に低い。この枯れた大木を見れば一目瞭然だ。ここらは生気がなくて空気が澱んでる。多分、十分な隠蔽魔法も使えなかったはずだ。だからこそ地下に造ったんだろうが、それにこの山を毎日行き来してた村の人が一人も気付かないとは思えない」
少し離れた大木まで近付き、その幹をぺしぺし叩いてレインはそう語った。
「不自然に思った村人は当然領主や貴族に相談する。村人には隠れ家をどうにも出来ないからな。だからお前はそんな領主たち、それもその中から領民に嫌われるような奴らだけを選んで殺した。けど、村人が殺されたって事件はほとんどなかったんだよ。……不思議なことに」
「…………」
シャルレスが俯く。もう流れきったと思っていた涙がまた溢れてくる。どうやっても収まらず、声を抑えるのが難しかった。
「……もう、いい加減赦してやってもいいんじゃないか。もちろん悪人だから殺していいなんてことは言わない。でもお前は、形はどうであれ自分がすべきだと思うことをしたんだよ。人の心を持って、故郷のためにすべきことを」
レインが俯いたシャルレスの肩を叩いた。顔を上げるとそこには、屈託のない笑顔を浮かべたレインがいた。
「うん」と答えるのは何か違う気がした。罪はどうやっても消えない。多分シャルレスが自分を完全に赦せる日は来ない。それでも、そうなれる努力だけは諦めてはいけないと思った。
だからシャルレスは答える。
「――頑張る…………!」
涙をぬぐって前を向いたシャルレスにレインは一層の笑みを浮かべた。
そしてしゃがみこみ、胸ポケットをごそごそ探した後に何かを取り出した。それは、シャルレスが初めてレインと決闘をした時に捨てるように渡した絆創膏。
「やっぱり何でも取っておくもんだな。正直、俺こそこれは必要ないからさ」
ぺりっとテープを剥がし、呆然とするシャルレスの頬の傷に貼る。随分と久しぶりの絆創膏は、少しくすぐったくて、しかしとても温かかった。
「帰ろう。皆も……ミコトさんも待ってるから」
「ん!」
生まれて初めてにも思えるほどの大きな返事をして立ち上がる。先を行くレインを追いながらシャルレスは一度大木の方を向いて。
「また来るからね」と地下の友へ心の中で挨拶をしてから、シャルレスは再び歩き出した。




