1─5 少女と少年
アリアが目を開けると、そこは保健室だった。
視界を埋めるのは真っ白な天井。微かに漂う消毒液の匂い。柔らかなベッドの感触と、掛けられた毛布の心地よさ。
そこまで感じることが出来れば、体を起こして周りを見ずともここが保健室であることはすぐに分かった。実際に入るのはもしかしたら初めてかもしれない。
何でこんなところに? と考えた途端に、脳裏に直前の記憶が蘇る。
「そっか……〈ヘスティア〉を壊放させちゃったんだっけ……」
話を聞いたことは幾度もあった。神器を使用する時に、最も注意しなければならないことの一つだ、と。とはいえアリアが神器を壊放させてしまったことはこれまでに一度もない。いや、なかった。さっきまでは。
そもそも、アリアが神器で全力を出してなお勝てなかった相手というのがほとんどいないのだ。そういう意味では、アリアの全力を凌駕しつつ〈ヘスティア〉の壊放にすら負けなかったあの少年は、一体何者なのか――。
「あ…………レイン……」
と、そこまで無意識に思い出してから、アリアはやっと少年のことに思い至る。
神器使いである自分に、聖具だけで勝利したレイン。
思えばアリアは、初めて彼を見たときに何かを感じたのだ。だからこそあんなにむきになって戦ったのだろう。もちろんそれ以前の諸々に対する怒りが無かったとは言わないが、それよりも、純粋にレインに惹かれたという方が正しい。
例えば、その容姿。
黒髪に黒い瞳。まるでアリアを救ったあの人と同じ姿。
「まさか……ね」
頭に浮かんだ推測をアリアは笑って却下した。そんなことがあるはずがない。いまだに行方も何も分かっていないのだ。
あれは誰だったのか、もしくは何だったのか。ずっと悩んでも答えが出る訳もない。それでもアリアにとっては、遥か昔の、強い強い思い出の一部として残った欠片だった。忘れることのない数少ない記憶の一つとして。
――そういえば、レインは今どこにいるんだろう。
アリアはふと思った。
当然だが、アリアに気を失った後の記憶はない。自分よりは体力も残っていたと思うが――いや、怪我の度合いで言えば間違いなく自分より酷い。治療は受けたはずだがどうなったのだろうか。
とりあえず保健室を出ようと、アリアは体を起こそうとした。が、案の定鈍く強い痛みが体を走り、起き上がれない。思っていた以上にダメージを負っていたようだ。これではしばらくまともにすら動けないかもしれない。
「はあ…………」
と、思わずため息を吐く。
(レインのことは後にしよう……)
色々と話したいことや謝りたいことはあったのだが、動けないのでは仕方ない。
少しがっかりしながら、アリアは何気なく顔を横に向けた。
だが。
「…………っ!?」
――そこに、レインがいた。
寝ているのだろうか。アリアのベッドのすぐ横、左側に隙間なく置かれたベッドに横たわり、静かに目を閉じていた。呼吸の度に掛けられた毛布がわずかに上下する。
「…………」
つまり――彼もここに運ばれたようだ。
眠っているレインの横顔は、改めて見るとどこか幼く感じられた。この少年のどこに力があるのだろうと思えるほどレインは線が細い。痩せ細っているという訳ではないが、どこか頼りなく見えるのだ。
抜けるように白い肌もまた、弱々しい印象を強くしていた。
もちろん外見は弱々しくても自分よりはずっと強い。なのにアリアは不思議と、レインを守らなければ、という気持ちになるのを抑えられなかった。
無言でただレインを見つめる。
「あ……」
しかし、アリアがレインを見つめてしばらくした時、レインの少し長めの黒い前髪が閉じられた目にかかった。
自然に、ごくごく自然なことのように、アリアは無意識に手を伸ばす。前髪を直してあげようと思ったのだ。
――が、その時に忘れていた痛みが肩と腕を駆けめぐった。
「っ! …………あっ……」
まずい、と思った時にはもう遅い。
ほんの少しだけ起き上がり、傾けていた上体のバランスが崩れた。そのままぐらりと――。
――アリアはレインの胸に倒れこんだ。
「…………!!」
不思議な温かさと心地よさが伝わった。
レインの鼓動が聞こえる。いや――自分の、だろうか。アリアの心臓はバクバクと脈打ち、顔が真っ赤になる。突然の出来事にアリアは何も考えられなくなった。
「あ……あ…………?」
自分のせいとはいえ、こんな――。
と、その時。
「ん……んん……」
レインが目を覚ました。
ゆっくりと開けられた黒い瞳が、近距離でアリアを見つめる。
「アリ……ア……?」
―――。
「――きゃああああああああ!!」
「ぐはあっ!?」
アリアの会心の平手打ちが、レインの頬を強打した。
腕の痛みを無視した一撃は、容赦なくレインに致命的なダメージを与える。
「俺……何かした……?」
ゆっくりと、レインは再び意識を失った。
レインが意識を取り戻したのは、それからさらに十分ほどしてからだった。
***
「痛ぇー……。俺、何もしてないよな……?」
「……わ、悪かったわよ、急に」
いまだに熱を持って傷む頬をさすりながら、レインはアリアに問いかけた。対するアリアはほんの少しだけ謝意が混じった微妙な返事を返した。
「……てか、何であんなことに? アリア――さん」
「別にアリアでいいわよ。さっき呼び捨てにしてたでしょ」
「は、はあ。……で、何故……?」
「……特に何も理由はないわ。偶然、たまたま、他意なんてなくああなっちゃっただけ」
「…………そうか」
果たして偶然であんな体勢になるのか――? ともレインは思ったが、まあ多分事故の類いだろう。このような流れにさらに突っ込めば、後々被害が大きくなることをレインは経験則的に知っていた。
追及はせず静かにしておこうと目を瞑る。
しかしそんなレインの耳に、アリアの声が聞こえてきた。
「……ごめんなさい。酷い怪我を負わせてしまって」
さっきよりも小さな声は、ともすれば消えてしまいそうなほどか弱かった。
試合中のアリアとは別人のような声に、レインは別段何も変わらずに答える。
「いいよ、そんなの。それよりあのまま壊放が続かなくてよかった。もしそうだったら、それこそお前の方が危なかっただろうしな」
神器の壊放は確かに避けるべきことだが、だからといって完全に防ぐというのも難しいことだ。壊放の前に勝負を終えるということは、自分の本当の限界を前にして諦めることに等しい。
神器を扱うほどの実力を持つ者にとっては何にも代えがたい屈辱だろう。レインにも、アリアの気持ちは少なからず分かる。
「死ななきゃ何でもアリだ。次に同じことを繰り返さなきゃいいだけだろ」
だからこそ、レインはアリアを咎めない。もとよりアリアに対する怒りなどないし、レインとしては自分の力不足を嘆くばかりだ。
「……ありがとう」
「ん。そんなことより、お前の方こそ大丈夫か? 大分ダメージが残ってるはずだけど」
「そっちの怪我に比べれば大したことはないわよ。少し休めば良くなると思う」
アリアの言葉にレインはホッとした。
神器の使用には尋常ではない体力と精神力を必要とするが、そのことを自覚するのはなかなか難しいのだ。試合が終わった途端に急に倒れてしまうということも少なくはない。現に自分たちがそうであったように。
「なら良かった。じゃあ、しっかり休めよ」
レインは会話を止め、アリアの休息を邪魔しないようにしようとした。
しかし。
「待って。その前に聞きたいけど……あなたはどうしてそんなに神器に詳しいの? 見たところ、あなたは神器使いじゃないでしょ?」
――アリアのそんな質問に、レインは一瞬沈黙する。
それでも持ち前の思考の速さで、ほとんど時間差なくレインは答えた。
「俺に剣を教えてくれた師匠が神器使いだったんだ。おかげで、知識もしっかり頭に残ってる」
「へえ。もしかして、騎士団にも属してない神器使いかしら。その人は今どこに?」
アリアの質問に、ちりっ、と記憶がレインの脳裏に蘇る。
どこか乱れた、ざらざらとした映像。記憶の不完全さは、忘れてしまったからなのか、それとも思い出したくないからなのかは分からない。
それでも確かに、残っている。
闇と炎に包まれる国。その空を、地を、悪魔が染めている。不気味に蠢く大群は、まるで大きな意思を持った一体の災厄だ。
神壁の上に立ち、眼下の光景に茫然とするレインの横には、男が立っていた。
夜の闇に隠されて顔を見ることは出来ない。だが、辛うじて見える口元は、歪な三日月のように歪んでいた。
『よくやったよ、お前は。私ですらここまでは想定していなかった。思い通り……いや、それ以上の結果だ』
まだ若い男の声は、悪魔たちの不快な叫びの中でも不思議とよく聞こえた。堪えがたい悦びに満ちた言葉に、レインは何かを言い返すことなど出来なかった。
ただ、ぽつりと、
『なん……で………………』
そんな呟きだけが、漏れた。
『何でだと? お前が望んだことを叶えてやっただけじゃないか。いや、正確にはその機会か』
さも心外そうに男は言う。そこには、何故分からないのだという嘲りさえも含まれていて。
『俺の…………望み…………?』
『その通り。お前が望み、叶えようとしたことだよ』
男はさらに口元を歪ませ、言った。
『舞台は用意してやったぞ。さあ――“勇者”になってみろよ、レイン』
ヒャハハハハハハハハ!! という狂ったような笑いと悪魔の叫びだけが、辺りに響いていた――。
「……さあな。『大厄災』の日からどこかに消えた。生きてるのかも分からない」
刹那の想起を無理矢理止めたレインは、事実だけを告げた。
「あ……ごめんなさい、そんなこと……」
アリアが謝るのをレインは遮る。
「別にいいよ。珍しい話でもないしな」
珍しい話でもない。それは果たして誰に言い聞かせたかった言葉なのか。自嘲しながらも、レインは毛布の下で拳を密かに握りしめた。
俺は――今度こそ。
「……どうかした? レイン」
突然耳朶を打ったアリアの声に、レインは我に返った。隠していたつもりだったが内心の機微を気取られたようだ。
「ああ、いや、何でもない。ちょっと昔を思い出してただけだ」
「ふうん……。ならいいけど」
上手く誤魔化せただろうか。というか一応事実ではあるのだが。
そんなことを考えながら、心の中でレインはふと思う。
(そう言えば……“無属”、だっけか。こいつの異能は……)
自らに対するあらゆる異常を無効化する異能。もしかしたら対象となる異常には、「自分に吐かれた嘘」すらも含まれるのかも知れないな、と内心で笑いながらレインはアリアの方を向いた。
改めて見てみても、やはりアリアは美しかった。試合の最中とはまるで違う、可憐な花のような美しさ。
しかしどこかあどけない顔は、何故かレインに妙な既視感を抱かせた。
(――? 俺は……こいつに……?)
――いや、そんなはずはない。
浮かんだ推測をレインはすぐに否定する。きっと、疲れが生んだ錯覚だろう。
「……ねえ、レイン。あなたはどうしてここへ来たの?」
レインに、アリアは天井を向いたまま聞いた。
驚きながらもレインは顔を戻して聞き返す。
「……どうして、って?」
「言ってたでしょ? “そのためにここに来た”とか何とか」
アリアが下手にレインを真似て言った言葉に苦笑しながら、レインは答えた。
「ああ、そのことか……。そんなに立派な理由じゃない。ただ、強くなりたかったんだ」
ぽつり、ぽつりと。
「昔から俺は弱かった。守れなかった人がいた。その日から、ずっと後悔してるんだ」
そのことを忘れた日などない。いつまでもいつまでも消えない記憶は、レインを縛る枷のようだった。己の無力を何度も思い知らされる呪言のようだった。
けれど。
「だから、今度こそ守りたい。自分が本当に守りたいと思った人を、人たちを」
それはレインの覚悟。あの時に誓った、心からの願い。
「次にまた、同じように大切な誰かが苦しくなった時に、後悔しないように。どんな奴が相手でも負けないように。――強くなるために、俺はここに来た」
「…………ふうん」
アリアはレインにそんな反応だけを返した。同意とも否定ともとれない一語に何が含まれていたのかは、レインにも分からない。
それでもきっと伝えられただろう。レインは根拠なく確信した。
「逆に聞くけどさ、アリアは何でここに来たんだ?」
同時にレインは、アリアのことを知りたい、とも思った。
あれだけの強さは、生半可な想いでは手に入れることなど出来ない。ならばアリアはどんな願いを持っているのか、と。
「私? 私はね……まあ、あなたと同じよ。大切な人を守るため」
返ってきたのは、予想外の言葉だった。
……いや、それも違うだろうか。レインは試合の中で無意識に気付いていたのかも知れない。
「けど、そう思った原因は逆ね。私は……守られたの。ある人に」
「ある人?」
「そう。まさに今、悪魔に殺される、って時に。その人は私にとって、まさに“勇者”だったわ」
記憶を思い出すようにアリアは天井を見ていた。懐かしむような赤い瞳には憧憬の光が見える。
「“勇者”……か」
呟いた言葉は、レインにとって胸の痛みを思い出させるものだった。
きっと、自分から最もかけ離れた名前だろう。レインは“勇者”になどなれなかった。なりたいと何度思っても、その度に絶望を味わったのだ。
けれどアリアにとっての“勇者”は、レインとは違う、偽りない本当の“勇者”で。
「私を助けてくれた人なんて初めてだった。あの時、もう死んでもいいや、って思ってたのにね」
「え…………何で……」
「私ね、もとは貴族の家に生まれたのよ。でも、男の跡継ぎが生まれなかった。だからいつもいつも邪魔者扱いされて、生きてる意味なんてないんだと思ってた」
静かに語るアリアには悲しみなどないように思えた。しかし、簡単に言ってはいるがその裏にとてつもない苦労と絶望があったことは想像に難くない。
それでも、これが当然なのだ、という諦めだけを背負って彼女は生きてきたのか。
「だから、最初は何が起きたのか信じられなかった。てっきりここで死ぬんだと思ってたのに、助けられて。その人は何も言わなかったけど瞳だけは見えたわ。あなたみたいな黒い瞳がね」
アリアはレインを見て言った。
「でも――その瞳はすごく悲しそうだった」
「…………」
「あんなに強いのに、どうしてそんな瞳に見えたのかは今でも分かんない。けどきっと悲しかったから。理由も根拠もないけど、きっと」
アリアが誰のことを言っているのかはレインには分からない。ただ、不思議とレインはその話を知っているような気がした。
「だから私は、彼にもう一度会いたい。彼が何で悲しかったのかを聞きたい。彼を助けたい」
「……そうか」
「うん。今はまだ無理だけど、いつか彼と同じくらいに強くなって助けるために、私はここに来たの」
そこまで言い終えると、アリアは再びレインを見た。試合前のように、不敵に笑う。
「だから次は負けないわよ。あなたに勝てないようじゃ、そんなの夢のまた夢だもの」
アリアの宣言にレインは思わず笑った。二度目の宣戦布告は、レインも心のどこかで望んでいたものだった。
「ああ。けど俺だって負けない。お前に負けるようじゃ、守れるものも守れないからな」
互いの宣言を聞いて、レインとアリアは同時に笑う。
考えていたことはどちらも同じだったのだ。
お互い、わずかな痛みの残る腕を上げ――。
「逃げるんじゃないわよ?」
「そっちこそ、な」
――握った拳をコツンとあわせたのだった。
こうして、レインの入学をかけた試合は完全に幕を閉じた。
***
翌日、何とか歩けるまでに回復したアリアとレインは、学園長室へと呼ばれていた。
巨大な執務机の上でいつかのように指を組んでいたミコトは、二人を部屋に招き入れると口を開いた。
「怪我の具合はどうだ? レイン」
「まあ何とか。傷痕はほとんど消えましたよ」
服をめくり上げたレインの腕からは、痛々しい火傷の痕は既に消えていた。魔法の効果は凄まじく、例えどれほどの大怪我であろうと、特殊な術式が付与されていない限りは大抵きれいに完治させることが出来るのだ。
「アリアの方も、体調は大丈夫そうだな」
「ええ。丸一日休みましたから」
アリアもところどころがまだ痛むものの、生活に支障はない。本気の戦闘は厳しいかも知れないが、そんな機会はまずないのが普通だ。
「さて、ではいきなり本題に入らせてもらうが……いいな?」
二人が頷いたのを見て、ミコトは宣言する。
「レイン・フォークス。君は、条件として提示されたアリアとの試合に勝利した。よってこの神騎士学園〈フローライト〉への入学を認めよう」
学園長の名において宣言された、レインの入学の許可。
「――はい」
レインは一歩進み、学園長の前に立つ。
「異論はないか? アリア」
外見通りのいたずらっ子のような表情を浮かべながら、ミコトはアリアに問うた。
アリアは笑いながら答える。
「ありません。彼の覚悟と強さは、嫌というほど知りましたから」
ミコトはそれを聞くと、顔をほころばせた。
「……良かったな。ちなみに、一応試合を見ていた生徒たちからも君の入学を認めるかどうかの意見を聞いたが、一人として反対する者はいなかったよ。これで君は皆の賛成を得て晴れて入学出来る」
ミコトの「手を出せ」という指示に従ってレインが右手を出すと、手のひらの上に小さな徽章が現れた。ミコトが行使した転移魔法だ。
悪魔を模したモチーフに、それを貫く剣の意匠。
「我が〈フローライト〉の校章だ。それさえあれば、〈フローライト〉の生徒だと証明出来る。後で送る制服にはもうついているから、剣につけるのが普通だな。どうせ今も背負ってるんだろう?」
「あ、はい。……〈魔法解除〉」
レインの背にあの白い鞘が現れた。威勢の良い鞘走りの音を立てながら抜剣する。
気のせいだろうが、真っ白な刀身はアリアとの試合を経てなお鋭くなっている気がした。幾多の戦いを共にしてきた剣だ。そう簡単に壊れる訳も無い。
「〈形状変化〉」
詠唱と同時にレインは刀身の腹をなでる。それだけで、そこにちょうど徽章が入るほどの窪みが出来た。本来、聖具や神器自身も魔法に対するある程度の耐性を持つが、長年の付き合いであるこの武器にレインの魔法が抵抗されたことはない。
窪みに徽章を嵌めてもう一度なでると、わずかな緩みが締まり徽章が完全に埋め込まれた。
レインは剣を鞘にしまうと、再び魔法を発動し鞘を消した。
「ああレイン、剣を隠す必要はないぞ。神騎士学園の生徒ならば、どこにいようと帯剣が許される」
ミコトの言葉に、しかしレインは首を横に振る。
「いえ、これでいいんです。こっちの方が慣れてますし」
「……そうか。ならば好きにするといい」
ミコトは小さく笑ってから、レインに下がるように促した。
レインが下がると、並ぶアリアとレインを見て、ミコトは微笑んだ。
「君たちの試合を見させてもらったよ。ありきたりだが、まずは二人とも良く頑張ったと言わせてもらおう。実に良い試合だった。互いに死力を尽くして――まあ、色々と問題はあったかも知れないが、その結果二人が無事ならそれでいい」
だが、とミコトは言葉を切る。
「分かっているとは思うが、この学園の存在意義は優れた神騎士を育てることだ。人類の希望として、悪魔と戦う術を持った選ばれた人間の一人として、より力を高めていってほしい。君たちにはその義務と可能性がある」
ミコトの話をレインとアリアは黙って聞いていた。
ある者は守るため。
ある者は助けるため。
そしてどちらも、強くなろうと願って。
「かつてこの国は『大厄災』という災いの闇に覆われた。あんなことを、もう二度と起こす訳にはいかない。起こさせてはならない」
無言であっても、考えていることは同じだ。
俺たちが――。
私たちが――。
「――君たちが、守れ。この国を、この世界を。それが、学園長である私からのただ一つの命令だ」
「「はい!」」
揃った二人の返事。それは、二人の宣言と決意の現れに他ならなかった。
――今度こそ。もう繰り返しはしない。
こうしてレインは、自らの願いを叶えるための一歩を踏み出したのだった。