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赤と黒、そして始まる英雄譚~人が紡ぐ絶対神話~  作者: 紫閃
episode Ⅲ その闇は蒼く深く
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2─5 これから

「ひとまず、何とかなったな……。二人とも無事か?」


 路地裏を走るアリアとアルス。その横には、シャルレスと別れた後学園へ戻ったはずのレインの姿があった。


「レイン君のお陰でかすり傷だけで済んだよ。ありがとう」

「……ありがと」


 恐ろしいほど滑らかに切り裂かれた制服とわずかに血の滲んだ肌を触りながら二人は感謝を伝える。大事には至っていなかったことにレインはほっとした。

 傷の様子や部位を見るかぎり、かなり苦しい戦いだったことは想像に難くない。もう少し到着が遅れていれば最悪の展開もあり得たのだ。


「……それにしても、レイン君は何であそこに? 学園に戻ったと思ってたよ」

「前に、あの近くでシャルレスに撒かれたことがあったんだ。詳しく探せば何かあるかもと思って来てみたんだけど……正解だったな」


 「あはは……」とアルスは苦々しく笑う。アリアもいつも以上に口数が少ない。よほど悔しい思いをしたのだろう。


「……それで? あいつらは一体何者なんだ? 見たところ普通の人間じゃない感じだったけど」


 アリアやアルスは失敗を引きずりやすい性格だ。今後に影響しないようにと、空気を変えるべくレインは話題を微妙に逸らした。

 するとアリアとアルスは。


「……大丈夫。落ち込んでる暇はないわ。次に会ったら今度こそ倒すから」

「そうだね。そのためにも情報を整理しなきゃ。走りながらだけど、聞いてもらっていい?」

「え……あ、ああ、聞かせてくれ」


 予想よりずっと冷静な二人にレインは少し驚いた。てっきり、また一人で思い詰めて苦しんでしまうのではないかと思っていたのに。いつの間にか二人が想像以上に成長していたことに、レインはやっと気付いた。

 これはうかうかしていられないなと、微かな微笑を浮かべながらレインは意識を二人の話に向けた。




「なるほど、人型の悪魔デモンか……」


 一通りの話を聞き終え、レインは小さく唸った。


「ナガル兄さんに似てるんだけど、性格は人そのものって感じだった。多少乱暴な面はあったけど理知的で、命令にも従ってたよ」


 ひとまず学園へと戻った三人。日は暮れ始め、寮への道を歩く生徒はほとんどいない。放課後になってからかなりの時間が過ぎたのだ、それも当然だろう。


「しかも……ベル? と何らかの繋がりがあった。私はいまいちその男がどんな奴なのか分からないけど、これってあまりいいことじゃないんでしょ?」

「ああ……。もしかしたら、また何かをやろうとしてるのかもしれない。しかもそれにシャルレスが関わってる可能性があるとなると……うん……」


 謎は尽きないどころか大木の根のようにどんどんと広がっていく。元はミコトに頼まれた一件だったはずが、今ではとても無視出来ない大きな問題の一端であることが分かりつつある。


 家へ直接帰らない不可解なシャルレスの行動、彼女と繋がりのある人型の悪魔、奥に見えるベルの影。

 そしてシャルレス自身の謎。これらがどう繋がっているのか、どこに関連しているのかは分からないが、少なくともあまりいい状況とは言い難い。


「何はともあれ、シャルレスに聞いてみなきゃだな」

「うん」


 幸いにもシャルレスと話すための口実は出来ている。そこで全てを語ってくれるとは思えないが、まずは話してみるしかないだろう。


「明日シャルレスが学園に来たら放課後にでも聞いてみるよ」

「あ、なら私も――」

「うん、分かった。じゃあアリアさん、僕たちは学園長のところに報告に行こう。じゃあね、レイン君!」


 何か言いたげなアリアを遮って、アルスは無理矢理に彼女をミコトの方へ向かわせた。

 シャルレスとアリアを一緒にしたくないという考えは何となくレインにも理解出来る。何というか、あの二人は「混ぜるな危険」な感じがするのだ。真正面からぶつかれば周囲にどれだけの影響が出るのか分からない。物理的にも、精神的にも。


 その辺りの事情を察して動いたであろうアルスに心中で感謝しながらレインは足を寮へと向けた。考えることは山ほどある。少しずつ解決していかなければならない。


 ――シャルレス……お前は何者だ?


 声には出さず。青髪の少女を思い浮かべて、一人レインは呟いた。


  ***


「まだミコトは殺せないのか?」


 応接間の椅子に座っていたシャルレスに投げかけられた問いかけは、シャルレスの視線を机上のティーカップから上げさせることに成功した。

 シャルレスの視線の先、奇妙な造形の机の向かいに座るのは、この館の主。


「ごめんなさい、お父さん。色々と難しくて」


 視線以外は微動だにしないシャルレスに、父と呼ばれた男は「そうか」とだけ短く呟く。落胆でも失望でもない。ただ現状に対して理解したのだということを示すための呟きだった。


「殺すだけなら多分簡単。けど、気付かれた後の処理が面倒」


 男はまたしても「そうか」と返事する。


 神騎士学園ディバインスクール〈フローライト〉の学園長、ミコト・フリル。男も、その力がはたしてどれだけのものなのかは分かっていない。しかしシャルレスが「殺せる」と言うのであれば殺せるのだろう。そもそもシャルレスが得意とする暗殺術であれば、どれほどの上位者であろうと気付かれることなく殺すことが可能だ。

 問題はその後だ。学園長が消えたとなれば捜索が始まるのは想像に難くない。下手をすれば王都からも人員が回されることだってありえる。その中で隠し通すのは骨が折れるだろう。


 それらのことを理解した上で、男は「そうか」と返したのだ。


「まあ焦ることはない、冷静に機を窺えばいずれその時は来る。……だが、正直あの女が最も厄介なのも事実。あれを仕留めない限り、計画を実行に移す訳にはいかん」


 男たちにとって今一番の障害はミコトだった。能力は未知数な上に神王との繋がりがある。計画が発覚すればどんな手をとるか読めない。


「お父さん。全てが順調にいったとして、計画を実行出来るのはいつ?」


 そんなシャルレスの言葉に男はわずかに眉を潜めた。


「ミコトを排除出来たとしてか? であれば……一週間ほどで準備は終わるはずだ。調整もほぼほぼ終わりかけておるしな」

「分かった。じゃあそのつもりでいて」

「何?」


 男は訝しげな声を上げる。何故なら、シャルレスの言葉の真意は。


「今日でミコトは学園からしばらく離れることになる。それに乗じて殺せば、ミコトが死んだことがバレるまで時間を稼げる」


 ――近く、ミコトを殺す。そうシャルレスは告げたのだ。


「……学園から離れる、だと?」

「知ってるのは一部の教官と私だけ。生徒たちは知らないし、知らされることもない。もちろん、情報の拡散を防ぐために」


 男を真っ直ぐに見るシャルレスの瞳に曇りはない。幼い頃からシャルレスを見てきた男には分かる。

 シャルレスは真実を述べている。そう断言出来るほどには、シャルレスの瞳は澄んでいた。


「……分かった。では、殺しに成功したならば報告を頼む。それを以て儂らは計画を実行する」

「うん」

「くれぐれも焦るなよ。失敗すればまた悲願の成就が遠のく」


 椅子から立ち上がったシャルレスに、男は念押しの一言を伝える。シャルレスは小さく頷き、外に出るための扉に近付いた。

 しかしそれに手をかけようとした時、その扉が開いた。


「悪い親父、鼠に逃げられた……って、いたのか、シャルレス」

「……兄さん」


 入ってきたのは二人の男、アムとイム。この館の警護を受け持つシャルレスの兄たちだ。

 警護役とはいえこの館に人が近付くことは滅多にない。この奥まった場所故に辺りの家々は例外なく空き家だし、そもそも狭い路地裏にわざわざ入る者がいるはずもない。普段はやることもなく遊んでいるのだが、どうやら今日は違ったらしい。


「鼠? 何者だ」

「分からん。二人組の神器使いだ。赤髪の女と金髪の……男、か?」

「俺に聞くな。まあとにかく、そんな奴らがここに入ろうとしていた。その時に殺しておけばよかったものを兄貴が……」

「だー、うるせえ! とにかく逃げられたんだ。それなりに出来る奴らだった。……その……悪い、逃しちまって」


 兄弟の報告に男は大きなため息を吐く。


「これだからお前たちは……。どうせ自分たちが悪魔だということも晒したのだろう」

「なっ!? ……いや、その…………」

「儂が与えた剣はもう少し長かったぞ。大方”同一化モノトーン“を使った後に分離する時、寸法が狂ったといったところか?」

「……悪い…………」


 しゅんとなった兄弟。大の大人がしょぼくれる情けない光景にもう一度ため息を吐いて、男は目を瞑った。


「神器使いに嗅ぎ付けられたとなれば、この館にもそう長くは居れまい。しかし、今場所を移すのも難しい。……シャルレス」

「何?」

「計画はさっき言った通りに実行する。ここに大規模な騎士隊が到着するまでは多少時間があるはずだ、その前に全てを終わらせる。……お前にかかっているからな」

「……分かった」


 静かに頷いたシャルレス。今度こそ扉に手をかけようとした時、声がかけられた。


「そうだ、シャルレス。今こいつらが言った神器使いたちに心当たりはないか?」


 その問いに、シャルレスは。


「……ごめん、分からない。……じゃあ」


 それだけを告げて、シャルレスは外に出ていった。


  ***


 ミコトへの報告を終えたアリアは第一闘技場の舞台リング上にいた。


 王国内に悪魔がいる。そんな報告にミコトはさして慌てることもなく「分かった、神王に伝えておこう」とだけ言った。いつもの動じなさ故というよりは、全てを分かりきっているかのような冷静ぶりだった。

 アリアやアルスが伝えた悪魔の外的特徴を聞いて、ただ頷くだけだったのもそうだ。あれは了承ではなく理解――既に持ち合わせている情報と比較して、一致したからこその頷きに思えた。


 ミコトの力がどれほどのものなのか、改めて考えてみると全く想像がつかない。せいぜいが自分の遥か上、という認識程度だ。レインでさえはたして勝てるのか分からないどころか、ことによるとレインを以てしてまるで相手にならないようにも見える。

 実際に戦っているところを見たことはないが、いずれにしろ、強いと断言出来るのは確かだ。学園長だからとか神王の師匠であるから――レインがこの前呟いていた――とかといった情報からの推測ではなく、彼女自身の雰囲気が雄弁に物語っている。腰の剣を抜いた時、彼女は一体どんな剣を振るうのか……いや、彼女はどんな時にその剣を振るうのか。

 彼女ほどの高みにいる人間は、一体何のために剣を振るうのか。アリアは漠然とそう思った。


 アルスは既に寮に戻っている。時間帯は夕を過ぎ、辺りは薄暗い。舞台の上の照明はつけていなかった。

 本来なら使用時間は過ぎているのだが、ミコトに許可を貰い、特別に使わせてもらっているのだ。女子寮の門限までには終わるという条件つきで。

 照明をつけることも可能ではあるが、あえてアリアはつけていなかった。こちらの方が幾分か集中出来る気がするからだ。


「……いくよ、〈ヘスティア〉」


 鞘走りの音を立てながら抜き放った赤い神器。ぴたりと前に構え、アリアは目を閉じる。無駄な感覚が途切れ、意識が剣に集中していく。


 神器は神の宿る武器。レインはかつてそう言っていた。アルスもまた神は存在すると言っていた。

 ならばきっとこの剣にも神は宿っているはずだ。空想や伝承の産物ではなく、確かな歴史と実体をもった神が。


「お願い……声を、聞かせて」


 そして、そんなアリアの想いが、願いがついに最も深い集中の領域に達した時。


『――……』


 神は、アリアへと告げる。


 瞬間。闘技場は、照明をつけたのと見紛うほどの光に包まれた。


  ***


「ただいま、シャルレス。今日は早く帰ることが出来てよかった。明日からしばらくここを空けるからな……シャルレス? 明かりもつけずにどうした。そこにいるんだろう?」

「ミコト……私……」

「? シャルレス、どうし…………」

「……ごめんなさい」

「……っあ……? ぐ、ぅ……ぁ…………がは……っ」

「……ごめんなさい。ごめんなさい。でも、私は……」

「シャ、ルレス……っ。何故……?」

「……お父さんのところに行くから。私は……お父さんの、子どもだから。……さようなら」

「シャ……ル、レ……ス…………」


 ―――。

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