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4─5 覚醒

 代々神王にのみ伝えられてきた書庫。そこにある本はそのほとんどが、神王国ゴルジオンが生まれる前の歴史を記した物である。

 初めて神に認められた人間である初代神王オリガ・エルド=レイヴンによって書庫が発見されたが、内容を解読出来た者は彼を含めて、永きに渡って本を受け継いできたゴルジオンの神王の中で誰一人としていない。だが、そこに記されているのは紛れもない神の時代の歴史であり、秘められた情報は神器の根幹にも関わるものとされてきた。

 事実、神王になってこの書庫に訪れた後、神王は例外なく己が持つ神器の力を飛躍的に上昇させる。これを体験することによって初めて正統な神王と認められ、先代から王位を継承されるのだ。


 かくの如く異質な空間である書庫だが、その中には一般人でも読める本もごくわずかに存在する。歴代の神王が記したゴルジオンの歴史である。大広間の最奥にある小さな部屋にまとめられ、こちらも代々大切に保管されてきた。

 その中の一冊。そこにはこう記されている。




 神王の中には、この書庫に来ることで特に異常な進化を遂げる者がいる。十数代に一人といった非常に稀有な可能性であるが、彼らは我のようなただの神王とは本質が異なるのだろう。敬意も込め、真なる神王と便宜上呼ぶことにする。

 歴代の神王によって残された歴史書を見ると、真なる神王たちが現れる時代は決まって歴史の変革が起こる。それが真なる神王によって引き起こされるものなのか、或いは変革が起こると定められた時に真なる神王が生まれるのかは我には分からない。しかしいずれにしろ、真なる神王はそんな時代をも生き抜き我らへと血を繋げてきた。


 ゴルジオンは間違いなく、彼ら真なる神王によって保たれてきた。我はその繋ぎに過ぎない。恐らく世界が悪魔の脅威から放たれる日は、真なる神王がもたらすに違いない。


 真なる神王は例外なく金の髪と金の瞳を持つ。初代神王オリガ・エルド=レイヴンもまたこの姿であることから、真なる神王は彼の血を強く受け継いだ者なのだろう。おこがましいようだが、後の神王のため、真なる神王をこう呼ぶことを提言したい。


 神に選ばれた者――“神の子リジェル”と。


  ***


 ――何だ、あれは。


 剣を構えるアルスを見てナガルは思う。


 あれ・・は違う。あれはアルスでいてアルスではない。そう本能的に理解していた。姿そのものは何も変わらずとも、決定的に何かが違う。

 アルスから放たれる覇気が何よりもナガルの推測を肯定している。


「もう一度言う。レイン君から離れろ」

「……ッ!」


 アルスの言葉に全身が強張る。敵対してはいけない存在だと体が訴える。自分とは対極に位置する――しかしより上位の存在だと理解する。


 認めたくはなかったが、ナガルは確信した。アルスはやはり「真たりえる者」だったのだと。


 何しろ、感じる覇気は“漆黒の勇者”以上。出来損ないだと否定することすら今のナガルには出来ない。大広間を塗り潰していた自らの邪気がアルスの聖なる覇気に完全に押し負けているのだ。少なくとも先程までのアルスとは次元が違うことは確かだった。


 抑えきれない怒りが溢れだす。自分より劣っているはずのアルスに、そして何よりアルスを恐れている自分自身にナガルは怒った。知らず邪気が勢いを増す。


「黙れ……! 貴様如きが……俺に命令するなァッ!」


 悪魔であるナガルの全力。目にも留まらぬ速さでアルスとの距離を零にしたナガルは爪を――。


「……神能“鳴奏シンフォニー”。〈超共鳴メガレゾナンス〉」


 ――振るう直前で右腕と左足が爆ぜた。


「なっ……!」


 体勢を崩すナガル。何が起きたのかを理解するのには少し時間がかかった。


 打ち抜かれたのだ。堅い外殻をものともせず、刹那の内に閃いた〈アポロン〉がナガルの腕と足を貫いた。超振動を起こす神能によって、剣が触れた部位を中心に全てが吹き飛んだのだろう。


 どうやっても貫通出来るはずのなかった外殻。それが事もなさげに破壊されたのを目の当たりにして、ナガルは怒りを増す。


 辛うじて無事な左腕を床に着いてから強く突っ張って体を宙に浮かせ、決して軽くはない体を独楽のように回転させてアルスの側面に回り込む。〈アポロン〉は脅威ではあるが、その刀身に直接触れなければ問題ない。故にアルスの右側、〈アポロン〉側に回り込み、剣を振りづらい位置に移動したのだ。

 空中で体勢を整える間に魔素再生が腕と足を再生させたのを感じて着地。幸いにも追撃はなく、大きく飛び退って距離をとる。


 顔を上げれば、アルスは動じることなく平然として立っていた。外見は何一つ変わっていないのに、もはや先程までの軟弱さは欠片もない。


 それはまさしく王の風格。現神王に勝るとも劣らぬ絶対的な威圧感。華奢な体格など関係なく、ただ純粋にそこに在り続ける存在感と感じる重圧。


 もはや疑いようもない。アルスは遂に覚醒した。自らの血に宿る力を制御した。


「何故貴様が選ばれたのだ……“神の子”に……!」


 失せぬ怒りを隠すことなくナガルは言った。


  ***


 体が軽い。思考が冴える。いつもより景色がよく見える。


 アルスに秘められていた“神の子”としての力。本人も自覚しないままにそれを完全に制御したアルスは、そんなことを思う。


 体の感覚は、以前のもう一人のアルス。しかし今、アルスは自らの意思で体を扱う。血に刻まれた力の体現であるもう一人のアルスを制御し、遂に唯一のアルスとなったアルスは、自らの想像をも超える力を手に入れた。


 ――戦える。僕にも皆を守れる。僕が願う王になれる。


 ならば今成すべきことはただ一つ、ナガルの凶行を止めることだ。悪魔と化したかつての兄を止め、ゴルジオンを救う。


 殺すのではない。アルスには、どうしてもナガルが悪だとは思えないのだ。

 半年前に豹変したナガルに何が起きたのかをアルスは知る必要がある。自身の全てを制御出来る今ならば、殺さずに無力化することも或いは不可能ではないのかもしれない。可能性があるのならアルスはそれを追い続けるまでだ。


 もちろん一人で簡単に成し得ることだとは思っていない。いくら強くなったと言えど、そこまでアルスは愚かではなかった。


 だからこそ、あることに気付く。


 ――……レイン君? 君の全力は――。


  ***


 怒りに燃えるナガルは、しかし一方で冷静に現実を見ていた。


 アルスとの力の差はそう易々と覆せるものではないと理解していたのだ。自らの成長能力があればいずれ倒せるとはいえ、あの攻撃力を見れば、即死しないとは言い切れない。

 最悪の場合には最後の手段を取らざるを得ないが、それなりに危険もあるために使いたくはないのが本音だ。可能ならばこの姿のままで殺したい。


 そのために、ナガルは一つの策を練る。単純と言えば単純だが、アルス相手には効果は十分あると思えた。


 微動だにしないアルスを前に、歪に笑ってナガルは言う。


「ああ、腹立たしい。この上なく不快だ。まさか貴様に勝られる時が来るとは」

「だったら降参した方が賢明だ。素直に諦めるなら僕にも都合がいい」


 アルスが強い口調で降参を勧める。だがもちろん、ナガルにそんなつもりは毛頭ない。


「馬鹿なことを言うな。ああそうだ、確かに貴様は強い。だがしかし……それで本当に、全てを守りきれるとでも思っているのか……?」

「何…………?」


 ナガルの真意が見えずアルスが訝しんだ時、ナガルは唐突に動いた。

 アルスにではなくその真逆、壁へと。


 そこにいたのはいまだ項垂れたままのレイン。ぴくりとも動かない首にナガルは鋭い爪を向ける。


「…………!」

「はははッ! 黙って剣を捨てろ! 断れば……どうなるかは分かるよな…………?」


 醜悪な笑みを浮かべてナガルは爪を首に近付ける。あと少しでも動けば爪はレインの首を抵抗もなく両断するだろう。


「いくら貴様でもこの距離を一瞬で詰めるのは不可能だ。怪しい動きをすればすぐにでも殺すぞ。民を守る神王なら、やることは一つだろう! はははははは!」

「…………」


 アルスは沈黙する。


 ナガルの言葉は事実だ。アルスが全力で走っても、これだけの距離を一瞬で走破することは出来ない。ナガルであれば余裕で反応してレインを殺すだろう。となれば、アルスに出来るのは、ナガルの言葉に従うことだけだ。


「早く捨てろ! 友達とやらを殺されたいか!?」


 “神の子”の力を以てしても、神器なしでは高位級ハイの悪魔と戦うのは厳しい。ナガルはレインを盾に、アルスを殺そうとしているのだ。

 しかしだとしてもアルスに断るという選択肢はない。アルスはやむを得ず剣をゆっくりと地面に下ろす。コトリと静かに剣を横たえさせた後、手は離さずに一度だけレインを見る。


「……やっぱり、そうだったんだね」


 それを見てアルスは安心した。

 何故なら。


「ねえレイン君……いつまで寝たふりしてるの?」

「何?」


 ナガルが訝しげに声を上げた時。

 もう一人の声がした。


「――今この瞬間まで、かな」


 刹那。

 レインの姿はかき消えた。


「――ああッ?」


 ナガルが間抜けな声を上げた時にはレインはアルスの隣にいた。重傷を感じさせない動きで――さらに言えば戦闘時よりも速くレインはナガルの爪から逃れたのだ。


「全く、んな力があるなら教えてくれれば良かったのに。おかげで無駄な時間使っちまった」


 ナガルなど気にしない素振りでレインは話す。


「僕だって知らなかったよ。それより、レイン君こそどうして寝たふり何かしてたのさ?」

「お前がいる時に本気でやったら巻き込むかもしれなかっただろ。ま、今なら大丈夫だろうけど」


 緊張感など全くない会話をする二人に、呆然としていたナガルはようやく我に帰った。


 つまり全ては――演技だったということ。


「なっ……何故だ、貴様は瀕死だったはず! “漆黒の勇者”の力でも……本気でも俺には――!」


 ナガルの叫びにレインはちらりとそちらを見る。

 体をナガルに向け、首を鳴らしながらレインは答えた。


「“漆黒の勇者”の力……本気……ね。誰がそんなの・・・・・・使ったんだ・・・・・?」


「は…………?」


 平然と。淡々と。

 本気など・・・・一度も出していない(・・・・・・・・・)とレインは言った。


「〈魔法解除ディスペル〉」


 呟くと同時、そのからくりが明らかになる。


 レインを包んでいた漆黒の外套やそこについた傷、果てはレイン自身の体が負っていたはずの傷さえもが霧散した。持っていた剣はいつの間にか真っ白になっている。

 そこにいたのは、学園を出発した時と同じ制服姿のレインだった。


 ――偽装魔法。背中の鞘を隠すのと同様にして、事実とは異なる認識をさせる魔法。今回は物質を物理的に異なる姿に見せるよう行使しているので、難易度こそ高くても相手の耐性には影響されない。精神干渉はアリアのような特殊な能力を持つ者には通用しづらいことから、敢えてレインはこちらを使用した。


「とはいえ、もう出し惜しみする必要もないからな。ここからは加減なしで行くぞ。……〈制限解除・祖リミットオフ〉」


 途端、空気が震える。


 発生源はレイン。どこからか現れた闇に身を包んだレインから放たれた覇気が、辺りに浸透したのだ。


「―――ッ」


 ゾクリとナガルの背を冷たいものが走った。

 有り得ない。こんなことが有り得るはすがない。何故なら。


 レインの覇気は、神の血を覚醒させたアルスの覇気さえも飲み込まんとする。即ち、単純に考えて――レインはアルスよりも強い。


「目覚めろ〈タナトス〉」


 レインが呟くと同時、白かった剣は一瞬で漆黒に染まる。誰が見ても分かるほどに異様な気配を纏うそれは、間違いなく神器の域に達する武器。


 一体どこが”勇者“なのだとナガルは叫びたくなる。レインが放つ気配はまさしく闇。どんなものであろうと飲み込もうとする底なしの漆黒。どこまでも傲慢に、貪欲に求め続ける、“勇者”とはかけ離れた恐ろしい力の具現。

 一時でも勝てると思った自分が愚かだったと思わざるを得ないほどに、レインという存在はナガルと隔絶していた。


「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿なァッ!」


 ナガルの体を動かしたのは怒り故か、或いは堪えきれぬ恐怖のせいか。いずれにしろ異常なまでの速度で向かい来るナガルに、レインとアルスは。


「――いくぞ、アルス」

「うん」


 二人同時にナガルの視界から姿を消した。


「――ぁ」


 何が起きたのかはもはやナガルには分からなかった。


 ただ次の瞬間には、ナガルは外殻の一切を破壊され、壁に埋まっていた。


 傷口から黒い液体がおびただしく吹き出す。口からも血を吐き出し、激痛が身体中を走る。刹那の出来事に思考が止まる。


「……ぐ……あ…………」


 自分の口から漏れる呻きが信じられない。自分は強いはずだったのでは。誰かに敗北するなど有り得なかったのでは。ましてや、たかが人間如きに為す術なく負ける訳はなかったのでは。

 負ける、敗北するという言葉で飽和した脳内は、ついに爆ぜた。


 ――ああ、もういい。この身がどうなろうが構わない。後のことなんてどうでもいい。


 限界まで追い詰められたナガルは、遂にそれを決断した。いや、自暴自棄になり思考を放棄した末に、たった一つの衝動に突き動かされた。


 ――もういい。あの二人さえ、殺せたら。


 人間としての理性を完全に放棄し、本能のままにナガルは最後の手段を解放した。


  ***


「……さすがに終わりか」


 壁にめり込み沈黙したナガルを見て、レインはそう呟いた。


 あの成長能力は確かに厄介だが、今のアルスや制限を解いたレイン相手では焼け石に水だ。恐らく二人で総攻撃を加えれば、再生や成長が始まる前に絶命させられる。異常な強化を遂げたナガルと言えど限界があった。


 むしろレインが驚かされたのはアルスの覚醒だ。


 現神王が仄めかしていたことからも何かしらの力が秘められていることは知っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。今のアルスならばレイン相手でも容易には勝てない――或いは負ける可能性すらあるかもしれない。少なくとも一方的に倒すことは無理だろう。

 神王として恥じないどころか、その実は神王に最も相応しい力を持っていたということだ。


「レイン君。相談があるんだけど」


 と、そんなことを考えていたレインにアルスが話しかけてきた。


「あいつを……ナガル兄さんだった悪魔を、殺さずに無力化することは出来ないかな……?」

「無力化?」

「うん。ナガル兄さんに何があったのかを知りたい。僕には、ナガル兄さんがあんなことをする人だったとは思えない」

「…………」


 これまでのいつよりも真っ直ぐに目を見るアルスに、レインは少し沈黙した。

 ほんの少し考えてからレインは言った。


「……出来なくはない。というより、俺もあいつには話を聞きたい。ただ、もし失敗すればあいつは今よりも恐ろしい化け物になるかもしれないのは確かだ。その覚悟はあるか?」


「ある」


 間髪いれずにアルスは答えた。


「例えどんな結果になっても僕が責任をとる。命を捨てても僕が殺す。だから、それまでは可能性を信じたい。どんなに小さい可能性でも簡単に諦めたくない」


 迷いなどとうに捨てた清清しい返事は、レインの期待を大きく越えていた。鋼の如く堅い意思はレインを以てしても砕けないだろう。もとより砕くつもりなど微塵もない。


 レインは小さく笑った。


「分かった。……まあ、そう言うだろうと思って殺さなかったんだけどな」


 いまだ動かないナガルを確認してから、レインは予め気絶したふりをしている間に練っていた策を話した。


「無力化と言っても、悪魔の体のまま放っておくのは危険すぎる。だから一度、あいつを人間に引き戻すぞ」

「もう一度、人間に……?」

「ああ。剣で打ち合って分かったけど、多分あいつ、右腕だけは人間のままだったろ?」

「う、うん。神器の影響か、魔素で再構築されなかったって……」

「ならまだ希望はある。体が完全に魔素に変換されてないなら、体の中心部は今でも人間のはずだ。さすがに戦闘中にぶった斬られた腕なんかは魔素で再構築されただろうが、魔素が覆ってるのはあくまで体の表面部だけだと思う。魔素の供給さえ止めれば人間の部分だけが残るはずだ」


 レインが語った策にアルスは戸惑う。何故なら、魔素の供給を止めるということはつまり。


「魔素の供給を止めるって、核を壊すってこと? そんなこと、僕たちが全力で攻撃しても出来るか分からないよ。下位級ロウ程度ならまだしも、あれほどの悪魔の核がどれだけ堅いかなんて想像も出来ないし」


 しかしレインはアルスの疑問を一蹴した。


「生粋の悪魔なら確かに無理だろうな。だが、あいつは元は人間だ。核は心臓がベースになってるはず。外殻は壊される度に成長したとしても、一度も傷つけられてない心臓なら幾分か刃が通るはずだ」


 元人間のナガルであるからこそ残った唯一の可能性。核を破壊し魔素の供給を止めることで、悪魔となり強力になってしまったナガルを人間へと引き戻す。


 実を言えば、賭けとして勝率は決して良くはない。本来であれば賭けるはずはないほどだ。しかしそれでも、このアルスならば乗ってもいいとレインは思ったのだ。


「ただしさっきも言ったけど、失敗すればナガルは一層強くなる。核までもが強化されて、もう破壊出来なくなると思う」

「僕だって言ったはずだよ。もしそうなったら、僕が責任をとって殺す。僕自身のことなら何でも……それこそ命を捨ててでも。だから――」


 アルスは続きを言わなかったが、レインにもその覚悟は十分に伝わった。迷う必要はない。失敗したらその時はその時だ。


 レインとアルスは頷きあって、ナガルを見る。各々が持つ神器がほんの少し熱を帯びる。


 丁度その時、ナガルは俯いたまま壁から抜け出した。

 そこから放たれるのはこれまでで最大の邪気。同時、体が変化していく。


 元々かなりの巨躯だったナガル。いまやその体はさらに一回り以上大きくなり、水平なレインの目線では外殻に覆われた胸辺りしか見ることが出来ない。少し背が低めのアルスであれば手を真っ直ぐ伸ばしても肩ほどまでしか届かないだろう。

 悪魔化した時点で凶悪だった爪もその大きさを増す。剣どころか、両手持ちの大剣と言っても差し支えない。左右一対のそれらがどれだけの威力を誇るのかは言うまでもないだろう。

 骨格そのものが変化したのか、上体は前傾していた。翼獣魔種ガーゴイルと違って翼はない。だがそれを補って余りある外殻の堅さがあった。その輝きを見れば、堅さが増したのは一目瞭然だ。


「殺す……こ、ろす…………」


 口から漏れでるのは二人への殺意。元賊だった男たちと同じく完全に理性を失ってしまったのだろう、ああなってしまったが最後、元の人間の姿に戻ることは出来ない。逆に言えばナガルは、今まで辛うじて人としての理性を保っていたということだ。恐らく数日で力に意識を呑まれた男たちとは違い、ナガルの身に何かがあった半年前から今この瞬間までは。


「そういう意味じゃやっぱり化け物だな。だがそれなら会話出来る望みはある。理性を保ててたんなら、底には人間が残ってるはずだ」


 刀身を黒く染めた〈タナトス〉を手にレインは言った。アルスは頷く。


「核を破壊した後は俺が何とかする。核までの道も俺が造るから、お前はただ、核を壊すことだけ考えろ」


 アルスにはそう言いつつもレインは考える。あのナガルが精神を犠牲にして全力を解放したとなれば、恐らくまだ足りない・・・・・・

 もう一つ。もう一つピースが必要だ。アルスとレインが全てを終わらせるために、そのわずかな隙間に嵌まる最後の一欠片が。

 準備は出来ている。後はレインが、その最後の一欠片をどう嵌めるかだ。ただ一通りの完璧な方法で王国の未来を完成させる。


「これが最後だ。呑まれるなよ!」


 叫んで、レインはナガルへと走り出した。

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