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1─3 赤髪の少女

 三十分後。

 レインは決闘の地、闘技場に立っていた。


 正方形を描く舞台リングはよくもまあ、というほどに広い。端から端までは走っても結構な時間がかかるだろうし、これならかなり派手にやりあっても大丈夫そうだ。足下の白い床を軽く叩いてみるが、固さも申し分ない。


 ……まあそれでも、神器使いの威力に耐えられるかは分からないが。


 舞台の周りには、観客用の席が設けられていた。

 舞台を囲むようにあり、中心から離れるほどに高くなっていて、外側の席でも舞台の様子が見えやすくなっている。


 ――そして今、観客席はほぼ満員となっていた。 


「…………」


 予想以上の盛り上がり方に、レインは思わず言葉を失う。


 そもそも、今の時間帯は本来なら授業が始まっているころらしい。故に、もし人が集まってもさほどではない……とレインは思っていたが、ふたを開けてみればこの騒ぎ。


 どうやら授業を中止してまで試合を見るように学園長が謀ったようだ。アリアの試合となれば、見学するほどの価値があるらしい。

 余計なことを――とレインが思ってももう遅い。賽は振られたのだ。あとはやるしかない。


 決心したレインの前に、赤髪の少女が立った。

 神器使い――アリア。


「よく逃げなかったわね。その気概だけは認めてあげるわ」

「まあ、こっちとしてもすぐには諦められないんでね……。俺はどうしてもここに入らなきゃいけないんだ」

「……へえ。つまり、私に勝てると?」

「簡単じゃないだろうな。けど、だからって俺が負けると決まった訳じゃない」


 「あくまで負けるつもりはない」というレインの言葉に、アリアは笑った。


 決してレインを侮っている訳ではない。アリアとしてはミコトが嘘をついているようには思えないし、彼女が誰かを騙すような人物ではないと知っている。たが、アリアの絶対的な強者としての余裕がそうさせた。


「面白いわね。私に向かって正面からものを言ってきた人なんて数えるぐらいしかいないのに」

「俺だって自分に驚いてるよ。お前みたいな奴に、ここまで言えるなんてな」


 アリアとレイン。互いに一歩も退かず相手を見る彼らに油断や恐怖といった感情は微塵もない。唯一あるのは相手の思考や行動を探る、力を持つ者特有の冷静な勘。

 結果、二人は同時に相手のことを正しく認識する。


 ――ああ、相手は紛れもない強者なのだ、と。


 レインはアリアへの警戒をさらに一段階上げ、アリアはレインへの評価を根本的に見直した。観客からは分かるはずもないが、お互い、相手の本気に火がついたことは察知した。


「さっきも言ったけど、期待してるわよ。学園長すら認めるほどの実力を」

「そりゃどうも。期待に応えられるよう頑張るよ」


 軽い皮肉の応酬を交わした後、二人は後ろを向いて歩き、距離をとった。試合を開始する時の開始線ラインに足を揃えて向き直り、再び互いを見る。


 審判役の男性教官が二人の間に入った。試合の際の形式にのっとって、両者への同意、並びに確認を行う。


左者レフト、アリア。右者ライト、レイン。共に試合に関して異論はないな?」

「ええ」

「ありません」


 短い返事だけを返し、試合が始まる寸前まで集中を高める。それだけでも、二人が普通からかけ離れた次元にいることが分かる。


 教官は軽く頷くと、一歩だけ下がり高く右手を挙げて宣言する。


「ではこれより、アリアとレインの試合を開始する!」


 教官の宣言と共に沸く観客。しかし観客の大音量の叫びすら、今のレインたちには届かない。レインたちにとって必要な情報以外は、一切耳に入らないほど、神経を集中させているのだ。


 ――勝つ。勝てるか分からなくても、勝つ。絶対に。


 人知れず決意しながら、レインは試合開始を待つ。

 

 レインの学園入学をかけた試合が、今始まる――。


  ***


「両者、武器を」


 武器の展開を許す審判の言葉。アリアは腰に吊られた鞘から伸びる柄に手をかける。


 そして――詠唱。


「――燃え盛る灼熱の焔を体現せし神器よ。汝の力を我が手に与えよ。汝の力をこの場に示し、抗うことの出来ぬその焔で、あらゆるしがらみを滅せ。神臨――神器〈ヘスティア〉」


 詠唱が終わると同時に、神器を固定していた鞘鍵ロックが外れた。縛るものが無くなった神器、本体である剣をアリアは勢いよく抜き放つ。


 途端に、鈍い鞘走りの音と共に、閃光が辺りを染めた。



「……っ」


 眩しさは聖具の比ではない。聖具よりもなお強い閃光に襲われ、あまりの眩しさに思わずレインは目を瞑った。


 ――やっと光がおさまった頃に、レインはゆっくりと目を開ける。

 レインの瞳に、赤が映った。


 それは、まさに焔。


 煌々と燃える焔のごとく赤い刀身。いや、刀身だけではない。ガードやポメル、グリップまでもが焔を彷彿とさせる赤。

 やや細身の刀身は、一目見ただけで分かるほどの凄まじい斬れ味を孕んでいた。かつて感じたことのない赤い輝きがレインを覆う。


 ――美しい、剣。


 思わずレインは言葉を失った。

 赤き光と共に、神器は確かな存在感を辺りに放っていた。


「私の神器……〈ヘスティア〉。これを見てなお、私に立ち向かえる?」


 アリアは超然と笑う。


 自信があるのも当然だろうとレインは思った。正直レインですら、ここまでのものだとは想定していなかったのだ。

 神器の力だけではない。強大な力を持つであろう〈ヘスティア〉を扱えるのであれば、アリア自身もかなりの実力を持つはず。


 ――けれど。


「……ああ。俺だって、中途半端な覚悟で来た訳じゃないからな」


 レインは動じず、自らの武器を解き放つ。


「〈魔法解除ディスペル〉」


 レインが行使したのは、既に行使し、今の今まで効果を発揮し続けていた魔法を解除する魔法。

 背にかなりの長さの白い鞘が現れた。



「……へえ。今まで隠してたってことね」


 態度には出さず余裕の表情をしながら、アリアは内心で驚愕する。


 神騎士は、例外なく高い魔法適性を持つ。即ち、魔法に対する高い耐性をも合わせ持つということだ。アリア自身も異能“無属”によって、自らに対する魔法については絶対的な耐性を持っている。


 しかしアリアですら看破出来ないということは、今の魔法は他者に対する魔法ではないということになる。恐らく鞘自身を物理的に見えなくする類いの魔法だろう。


 しかし、そういった種類の魔法は難易度が遥かに高くなる。それをいとも簡単にやってのけるだけでレインの魔法の実力が察せられた。


 アリアですら絶対に成功するとは言えないほどの難易度の魔法だ。だがレインは、そんな魔法を恐らく日常的に行使している。

 つまり、レインの魔法能力がアリアをも上回っているということに他ならない。


 ――少なくとも魔法能力で言えば、認めざるを得ない。


 寮での魔法といい、今の魔法といい、レインの魔法能力が群を抜いていることは確かだ。

 しかし、だからといって魔法能力の優劣が試合の結果に直結する訳ではない。有利にはたらくことはもちろんあるが、魔法が使えるから勝てるということはあり得ないのだ。


 アリアがレインの魔法への警戒を高めた時、レインが鞘から伸びる柄に手をかけた。


 神器使いであるアリアを上回るほどの実力者なら、使う武器も当然質の高いものになるはずだ。神器である可能性もなくはない――。

 アリアが思った時、レインはついに自らの得物を抜いた。


「…………え?」


 ――現れたのは真っ白な剣。


 普通の剣よりも少し長いだろうか。輝きから察するに聖具ほどの力はありそうだが、アリアの〈ヘスティア〉には遠く及ばないだろう。装飾等も一切見当たらない。


 言ってしまえば、なんの変哲もない剣だった。


「……それがあなたの武器?」


 わずかに拍子抜けしたようにアリアは聞いた。レインの実力からすれば、少し貧相すぎる気がするが――。


「ああ。ずっと使ってる大事な剣だ」


 レインは調子を確かめるように剣を見ながら答えた。どこか安心さえ含まれたような姿に違和感はなく、レインの言葉は本当なのだとアリアは確信した。


「そう。なら準備は出来たわね?」


 だからこそ、アリアは気を引き締める。 

 レインはアリアに勝つと言った。使う武器が神器でもないのに、だ。


 ――そこまで言えるほどの実力、見せてみなさい。


 アリアは白い剣を持つレインを見ながら、〈ヘスティア〉を握る手に力を込めた。

 

「両者、武器の展開は済んだな。では始めるぞ」


 静かな審判の声。レインとアリアは頷き、限界まで集中を高める。


「制限時間三十分、行動不能にするか降参させた方の勝ちだ。勝者の判定は審判の私が行う」


 最後の確認を、二人は黙って聞いていた。いや、聞いているのかは分からない。相手より強い方が勝者であり強者なのだから、そんな説明は不要だった。


「よし……では、構え」


 二人は互いに自らの剣を構える。


 アリアは両足の踵をつけたまま、つま先だけをわずかに開く。左足のつま先はレインに向け、剣は中段へ。


 対するレインは足を肩幅に開いた後に左足をアリアに向け、完全に半身になった。剣は右足に沿うように下げられている。


 お互いの小さな動作から二人は考える。


 相手が何をしようとしているのか。何を考えているのか。初撃はどうくるのか。どう対処するべきか。自分は動くのか、留まるのか。


 一つの構えによって無数のパターンが生まれ、中でも最も確率や優先度が高いものを精査し、検討する。結果、二人は試合開始時にどう動くのかを決定した。


 審判が、試合を開始するべく手を高く上げて言う。


「……用意」


 ――場が静まった。


 とても大勢の人がいるとは思えないほどの沈黙が辺りを包んだ。

 沈黙が二人の緊張を高めていく。ゆっくり、ゆっくりと。砂時計の中で落ちていく砂のように静かに。


 長く短い時間をかけて高まった緊張が最大に膨れ上がった瞬間。


「……始め!」


 ついに、試合が始まった。


 ドンッ!


 ――次の瞬間には、地を蹴る音と共に、アリアはレインの目の前にいた。


「……ッ!?」


 開始と同時のダッシュ。まさにあっという間・・・・・・にアリアはレインとの距離を詰めたのだ。


「速……っ」


 レインはアリアの構えから、いきなりの接近はないと踏んでいた。普通なら、足を閉じた体勢から走り出すことなど出来ないのだ。故にレインは相手の様子を探りつつ攻撃も仕掛けられるよう狙っていたのだが――。


「せああああっ!!」


 裂帛の気合いと共に、恐ろしく速く、鋭い突きがレインを襲う。


「くっ!」


 レインは反射的に剣を斬り上げるようにしてアリアの剣を弾いた。しかし的確に体の中心線を狙っていた突きを完全に回避することは出来ず、〈ヘスティア〉は軌道を変えてなおレインの頬を浅く裂く。


 わずかに宙を流れる血。


 だがこれでアリアの体勢は崩れた。必殺の一撃であったが故に、外れた時の代償は大きい。今ならがら空きの腹を狙える――。


「……――!?」


 ――はずだったが。


「……ふっ!」


 勢いあまって後方に流れたはずのアリアの剣が、一瞬で動きを変えてレインを襲った。視界の端で、〈ヘスティア〉の煌めきがレインの首を刈り取ろうと迫る。


「な――」


 凄まじい速度の切り返し。反射的にこんなことが出来る訳がない。間違いなく、ここまで読んでいたのだろう。


 開始早々の神速の突きをレインはかわすと読み、かわした瞬間の油断をつく。レインの行動を読んでいなければ、こんな芸当は到底不可能だ。

 用意周到な二段攻撃。やはりただ者ではない。間違いなく、戦闘に慣れた玄人のセンスだ。


 だが今は、アリアを評する前に――黙っていれば、死ぬ。


「くあっ……」


 ――間に合え!


 祈りながら、レインは振り上げた剣を全力で制御し〈ヘスティア〉の軌道上に割り込ませる。普通なら間に合うはずもないが、レインの超人的な反応によって、すんでのところで白い剣は〈ヘスティア〉の軌道に割り込む。


 ガキイイン! と鈍い金属音を響かせて、二人の剣は同時に弾かれた。


 生まれるほんの一瞬の間。同時にアリアが素早く剣を引き返す。


「……ッ!」


 アリアの動きを察知したレインは、全く同じ動作で剣を制御し――。


「はああっ!」

「せああっ!」


 完全に同調した二人の剣撃が激突した。


 ドンッ! と激突点を中心に、衝撃の余波が広がる。当然二人にも相反した力が加わり、吹き飛ばされるように後ろに飛んだ。しかしどちらも空中で体勢を整え、転ぶことなく着地する。


 沸き上がる歓声の中、アリアはレインを見つつ言う。


「……正直驚いたわ。まさかここまで攻撃が防がれるなんて」


 対するレインもアリアを見据えつつ答えた。


「まあ何とかな……。ってか、本当に手加減なしだな」


 レインとしては、いつ死んでもおかしくない状況だった。恐らくアリアにはあの速度でも寸止めする自信があったのだろうが……いや、それすら確信が持てない。現に今のアリアは笑っていた。


 アリアは静かに告げる。


「手加減なし? そうだと思う?」

「……え?」

「……なら、死になさい」


 アリアが消えた。 


「――ッ」


 レインが感じたのは紛れもない殺気。発生源は――背後。


「…………っあ!」


 振り返り、直感でレインは腹を守るように剣をかざした。数瞬後、まさにそこに〈ヘスティア〉が激突する。


 一瞬で回り込まれたのだ。油断はしていなかったはずだが、単純にアリアの速度がレインの予想を上回っている。


 そのまま鍔迫り合いに移行する。いつの間にかレインの背後に現れたアリアは、男であるレインの力にも負けず剣を押し込んでいた。


「へえ。今のにも反応するとは思わなかったわ」

「くっ……。まだ本気じゃなかったのかよ……?」


 剣を震わせながらレインは驚愕する。今、アリアは一瞬だが完全にレインの反応を超えた。動きどころか、予備動作すらレインには追えなかった。


 それ以上に――この殺気。


 今の攻撃には一切容赦というものがなかった。もちろん殺そうと思っている訳ではないだろうが、アリアがそこそこに本気を出せば、正直それだけでレインは重傷を負う可能性がある。


 なら――。


「……はっ!」

「ッ!?」


 だがその時、唐突にアリアの〈ヘスティア〉の圧力が増した。レインの剣が押し負け、体勢が崩れる。


「やばっ……」

「はああああッ!」


 レインに迫り来るアリアの剣撃。まともに当たれば、あるのは死。


「……ッ!」


 レインは――。


  ***


 時間は少し前後する。


「学園長……何故あの少年をアリアと戦わせたんですか?」


 舞台を一望出来る一番外側の特等席に座って試合を見ているミコトに、彼女の補佐を務める女性教官が聞いた。


 眼下の舞台では、今まさに二人の激しい試合が行われている。黒髪の少年は確かに凄まじい能力を持って攻撃をいなしているようだが、相手が悪い。アリアを前にしてこれだけの時間耐えているということが既に奇跡的なのだ。


 アリアがあと少し本気を出せば終わるということは、教官でなくても分かった。


 見たところ、少年は今の段階でもはや限界が近いように思える。対してアリアはいまだ実力の片鱗しか見せていない。彼女自身の力も、神器〈ヘスティア〉の力もだ。もしアリアがその気になれば、簡単に決着がつくだろう。


 学園長も分かっているはずだが……と、教官はミコトに聞いたのだが、ミコトは飄飄とした態度で答えた。


「何故かと言われても、特に理由などないよ。彼の力を示すのにアリアが一番適していただけだ。彼女に勝てば、いやが上にも認めざるを得ないだろう?」

「……それはつまり、彼がアリアに勝てると? 失礼ですが、私にはとても……」

「ふふ、それもそうだろうよ。私も最初は思ったものだ。どうしてこんな少年が、とな」


 ミコトは過去を懐かしむような目で黒髪の少年を見ていた。瑠璃色ラピスラズリの瞳に彼を疑う色はない。


「別にアリアを弱いと言っているのではない。彼女は間違いなく強いが……恐らく彼には敵わぬだろうな」


 微笑みながら言うミコトに、教官は素直に問うた。


「学園長がいかに彼を信じているのかは分かりました。ですが何故そこまで? どうして彼をそこまで信じることが出来るのですか?」

「…………」


 ミコトはわずかな間、沈黙していた。 

 おもむろに口が開かれたのは、ちょうどアリアとレインが宙を舞って、後ろに着地した時だった。


「人を強くするもの。何だか分かるか?」


 唐突な問い。教官は答えられない。


「……質問の意味が分かりかねますが……」

「はは、素直でいいな、君は。答えは――意志だ。武器も、異能も、知識も、本当の意味で人を強くはしない。仮にそれらを以て強くなったとしても、所詮はまやかしの強さに過ぎない」


 アリアとレインが鍔迫り合いに転じる。アリアが本気でレインに勝とうとしているのだ。決着がつくまであと幾何もないだろう。


 レインが追い詰められている光景を見ても、ミコトに焦りはなかった。


「レインは強い。彼の意志を見てきた私には、彼が負ける姿など想像できないんだよ。現に、ほら――」


 ミコトが視線で示した先にある光景。


「な…………」


 それに教官は絶句した。


  ***


「はあっ……はあっ……!」


 剣を振るいながら、荒い息を吐く――アリア・・・

 さっきから、眼前のレインに向けて、攻撃を放っているはずなのに。


「……はあっ!」


 容赦なく放った、間違いなくレインに当たるはずの全力の剣。鋭い五連撃は、反応は出来ても完全に防ぐことなど出来ないはずなのに。


 ――キキキキンッ! と音がした後に、剣は全てレインに弾かれる・・・・・・・・


「なん、で……! くっ、はああああッ!」


「――無駄だよ」


 ほんの一瞬きで放たれた数発の剣撃を、レインは見切り、予測し、防ぐ。

 有り得ない。さっきまでの動きなら、かわせるはずがなかったのに。


「ふ……あんたも、本気じゃなかったのね…………」


 ――レインは、今や本気であるアリアですら凌駕して、アリアの苛烈な攻撃をかわしていた。


 全くの無傷という訳ではない。幾多に渡るアリアの斬撃に、レインとて傷ついている。しかしレインの傷よりも、アリアが受ける負担の方が遥かに大きい。


「くっ……、はあっ……」


 アリアは追撃をやめ、距離を取る。舞台に剣を突き立てて、荒い息を吐くほどに、アリアは疲弊していた。


 神器は確かに強力な武器だが、使用者の体に大きな負担がかかる。故に、常人には扱うことが出来ないとされているのだ。そのことをレインも理解しているからこそ、わざわざ不要なリスクを負ってまで攻撃してこない。このままならレインを倒すよりも先にアリアの体力が尽きる。


 だが、だとしても限界が来るのが早すぎる。本来のアリアであれば例え全力を出そうとも、たかが十数分くらいは神器を制御出来るはずなのだ。しかし、この短時間で既にアリアの体力は底をつきかけている。


 原因は〈ヘスティア〉にまとわりつく闇。


 〈重力過多グラビティオーバー〉。レインが付与した魔法だ。鍔迫り合いの後の一撃を弾かれた時に、詠唱も陣の構築もないまま付与された。恐らく、付与した物質の重さを倍増させる魔法だろう。


 アリア自身に付与された魔法ならば“無属”によって無効化出来るが、〈ヘスティア〉に付与されているのならばそうもいかない。“無属”は自分以外に効果を及ぼせないのだ。


 ただでさえ重い神器を数倍重くすれば、持ち上げるのすら困難なほどの重量になる。加えて、神器特有の「使用者の体力を大きく消耗させる」という特性までもが強化されているように感じる。今まで隠していた、対神器使い用の術式だろう。


 アリアが本気を出していなかったように、レインもまた、本気など出していなかったのだ。


「……ふふっ、あははは」


 明確な、ともすれば冷酷な事実に、アリアは思わず笑っていた。


 ――まだまだ自分よりも高い壁はある。


 そんな当たり前のことに気付いたからだった。


「すごいわね。確かにあなたなら私に勝てるかもしれない。その実力は認めるわ。……けど、私にも意地があるのよ。誰にも絶対に負けない、負けたくないって意地がね」

「まだやる気か? 正直、俺ももう限界なんだけど」


 レインの言葉もまた事実だった。度重なる超難易度の魔法の行使によって、体力はもちろん精神的にも大きく消耗している。これ以上の長丁場に耐えられる自信はない。


「あんたの言葉が本当かどうかは分からないけれど、私は諦めないわよ。まだ全力じゃない。まだ、戦える」


 アリアはゆっくりと息を吐き、顔を上げた。正面からレインを見る赤い瞳に、虚勢を張っているような輝きはない。


「きっとあんたなら知ってるでしょう? 神器の本当の力を」


 発せられた言葉は、レインが最も恐れていたものだった。


「……まさか――」

「そのまさかよ。〈ヘスティア〉の本当の力、見せてあげる」


 アリアがゆっくりと舞台から〈ヘスティア〉を引き抜く。まとわり付く闇の抵抗に抗って、体感で岩ほどの重さはあるであろう剣を完全に舞台から抜いた。


 そして。


「神の力の象徴たる神器〈ヘスティア〉。汝が真価を今ここに示せ」


 呟かれるのは短い詠唱。ほんのわずかな式句が意味するのは。


「まずい……!」


 レインはアリアがやろうとしていることを悟った。だがレインが何かするよりも早く、アリアは詠唱を終える。


「神能――“神之焔ブレイズ”」


 神能。その言葉の意味をレインはよく知っていた。

 直後。

 

 ――凄まじい勢いの焔が、闇を吹き飛ばして〈ヘスティア〉を覆うように顕現した。


 ぶわっ! と〈ヘスティア〉を中心に熱波が吹き荒れた。十分離れているはずのレインですら熱を感じるほどに。

 荒れ狂う焔の海の中、アリアは悠然と立っていた。


「くっ……!」


 防げなかった最悪の事態に、レインは燃え盛る焔を見ながら歯噛みする。


 神能。それは、神器が持つ神器固有の能力。神の力の体現とも言える神能は、時として一撃で戦況をひっくり返すほどの威力を発揮する。


 恐らくアリアが持つ〈ヘスティア〉の神能は――。


「久しぶりだわ、人相手にこれを使うのは。正直今は、暴れないように押さえつけるので精一杯だけど」


 今なお勢いを増す焔。制御しているのは……アリア。


 〈ヘスティア〉の神能は恐らく炎熱操作の力だ。〈ヘスティア〉自身が生み出す焔……さらに言えば、自然の炎ですら操ることが出来るのかもしれない。全てを飲み込まんとする真っ赤な焔は、美しくもあり、何より凶悪に輝いていた。


「今度こそ本気よ。私は……負けない!」


 アリアが叫ぶと同時、焔が意思を持つかのように形を変え始めた。細く枝分かれし、一本一本の枝の先端が変化する。怪しく光る双眸に、非実体ながら鋭い牙。猛々しい姿はまるで――。


「……竜……」


 ――九つの竜の首がそこにあった。


「飽くなき欲望を以て喰らい尽しなさい――〈竜頭雫焔フレアヒュドラ〉」


 竜の頭が、双眸がレインを捉える。

 大きく顎を開き。


 ――ァァァアアアアァアアアァアア!!!


「―――」


 次の瞬間、咆哮と共に、レインは爆焔に包まれた。

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