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3─3 ミコトの決断

 休日はあっという間に終わりを告げ、二日ぶりの学園。教官の声など上の空でじっくりと案を練っている内に、いつの間にか授業は全て終わっていた。幸いにも不真面目な授業態度のせいで呼び出されることはなかったようだ。

 それをいいことに、放課後になるや否やレインはすぐに学園長室へ向かう。

 もちろん黒幕探しの件で学園長と話すためである。


 学園長室までの道を気持ち早く歩きながら、レインは改めて状況を整理する。


 まず、恐らく犯人の目的は王子全員の殺害。王族の血を絶やし、時間はかかるがいずれ弱体化した王家を潰すつもりだろう。逆に言えば、今すぐに城が攻められるようなことはないはずだ。今は秘密裏に音を立てず動き回り、情報を集めているところだろうか。


 既に第一王子ラムルは殺されており、次にいつ誰が襲われるか分からない。しかも襲ってくるのは、国でも随一の実力者と言われていた第一王子をすら殺せる尋常ではない力を持つ者だ。中途半端な護衛などあってないようなものである。アルスやナガルを一人にさせるのは危険すぎる。

 神王がレインをアルスにつけさせたということは、恐らくナガルにも誰かがついているのだろう。そこはレインにはどうしようもないことなので任せるしかない。


 ラムルが殺されたのは、アルス曰く王族しか知らない僻地の屋敷であり、故に目撃者も現場の痕跡も見つからない。犯人の直接的な情報は何もないということだ。しかし、隠されていたはずのラムルの居場所、それも王族しか知らない場所を狙ったということは、犯人は王国側の情報をかなり深い位置まで知っていると見るべきだろう。最悪、城の中に侵入している可能性もある。

 唯一安心出来るのは、犯人が極端に自分の情報を悟られるのを恐れているために大きな動きは出来ないことだ。城の中にいたとしても、現神王がいる限り、騒ぎを起こすほどの何かをするのは“千里眼ルノウ”によって察知されてしまうため不可能に近い。というより、神王がいる城の近くにいれば、アルスたちもある程度は安全であるということだ。

 だがそれは同時にこちらも犯人を探れないことになる。何しろ情報を悟らせないという犯人の思惑は見事に成功している訳だから、探しようがないのだ。


「…………はあ」


 考えてみると、思わずため息が出てしまうほどこちらが不利だ。戦闘能力云々の前に、敵の姿が全く見えないのが既にして大きすぎる差になっている。あちらはどこからでも狙えるが、こちらは護衛に徹するしかないのが現状だ。

 普通に考えればレインたちが勝てる可能性などほとんどない。


 しかしアルスは微塵も諦めていないし、勝率は絶望的だとしてもいずれにしろこのままでは埒が明かない。そこで、アルスがレインと共に自ら屋敷に赴く。


 レインはアルスに、神王から言われた“アルスの力”とやらの話は全くしていない。だがそれでもアルスは何かを察しているのだろう。馬車の中で屋敷に行くと言った時のアルスの瞳には、確かな意思があった。

 それに、もしそれが見つからなくても、二人の神騎士が行けば何か分かることがあるかもしれない。あくまで希望的観測に過ぎないが、希望がない訳ではないということが重要だ。ならば行く価値はあるだろう。


 問題は――その道中だ。


 アルスが屋敷に向かうということは、護衛の数は激減し、何より神王の視界から外れることに等しい。殺す側からすればこれ以上ない好機であるため、アルスの出発を察すればすぐにでも襲撃してくるだろう。

 或いは敵方もレインたちが屋敷を目指すのは想定内のはず。無闇に移動中を狙うのではなく、屋敷周辺で待ち伏せているかもしれない。もしそうであれば出し抜くのはほぼ不可能だ。

 正面からぶつかって勝てる相手なのかが分からない以上、無策に突っ込むのは危険だろう。


 だが一方で、完全に敵に気付かれず終わってしまうのも困るのだ。探す術がないため多少の危険を背負ってでも犯人の正体は暴いておきたいが、あちらが傍観すればレインたちが打てる手はない。長期間潜伏されれば、警護し続けられる時間にも限界がある。


 つまり目標は、屋敷を調べつつ敵の情報を得ること。最上の結果としては犯人を特定、何らかの方法で排除してから屋敷を調べられればよいが、そう上手くはいかないだろう。

 そもそも敵に見つかった時点で戦うか逃げるしかとれる手段はない。仮に戦うことを選んでも危険であることに変わりはなく、万が一の時はレインが囮となりアルスを逃がすことになるだろう。


 ならばどうするか。その方法をレインはひたすら探っていたのだ。


 と、そこまで考えた時、前方に学園長室の扉が見えた。さらによくよく見れば、その横には一人の男子生徒――というかアルスが立っている。

 どうやら考えていたことは一緒だったらしい。扉の前にたどり着くと、レインは素知らぬふりをしてアルスに話しかける。


「あれ、お前も学園長に用があるのか。さっさと入ればいいのに」

「いやあ、何か緊張しちゃって。でもレイン君が来てくれて助かったよ。一緒に入ってくれる?」


 恥ずかしそうにはにかみつつアルスは言った。

 が、その実レインが来るのを待っていたのだろう。普段から神王と顔を合わせているアルスが学園長に会うのに緊張するはずがない。


 そう密かに思いながらも、レインは黙って扉をノックする。

 直後に「入れ」という可愛らしい声が返ってきたのを確認して、レインは扉を開けた。


「失礼します」

「失礼します」


 レインが学園長室に入るのにアルスも続いた。背後で扉が閉まる。


 やはり広いが、ゴルズ城に入った後では心なしか小さく感じてしまう学園長室。一見すればただの部屋、学園内にあるとはいえあまりにも無防備に見えるが、実際は学園内で――いやもしかすると第二街区〈フローライト〉内で最も厳重に警備されている部屋かもしれない。

 何しろここで取り扱われるのは国レベルでの機密情報。学園長ミコトによって部屋の周りには幾重もの情報遮断結界が張られていて、盗聴や盗撮、魔法による透視なども完全に無効化するらしい。つまり周りに秘密であることを喋るには最適、という訳だ。


 前に入った時と何も変わらないが、学園長はいつも通り執務机の上で指を組んでいる――訳ではなかった。

 椅子ごと窓の方を向き、空を見ていたのだ。


「全く、いつ入ってくるのかと思っていたぞ。レインはいいとしてアルス、君は少し臆病すぎる」


 レインたちを見ることもせずミコトはいきなりそう言った。言葉から察するに、どうやらレインたちが来ることを予測していたらしい。アルスが思わず苦笑する。


「あ、あはは……。……で、でも、何で僕たちが来るって分かってたんですか?」


 アルスが尋ねるとミコトはようやくレインたちに向き直る。


 レインが初めてこの学園長室を訪れた――というより連行された――時も、ミコトはまるで全てを見透かすようにレインがアリアの部屋に入った意図を見破ってみせた。異能か、或いは神能の類いだろうが、その力の詳細を教えてくれたことはない。

 今回もそれは同じようで、ミコトはアルスの質問に答えようとはしなかった。


「私のことはいい。――まあ、ある程度君たちの事情は察しているつもりだ。奴からも連絡があった」

「え…………? 奴って、まさか…………」


 レインは、そしてアルスも同様にミコトが示す人物を察して――しかし有り得ないと思った。

 そもそも、この話を知っていて外部に知らせることが出来る権限を持つのは一人しかいない。だがどうして学園長がその人物と連絡をとりあえる関係なのかが分からなかった。

 その人物とは……。


「ああ。ウルズだ」

「…………!」


 かくして二人の予想は的中する。


「昔、王属騎士団に入らないかと誘われたことがあったのでな。その時は断ったが、神騎士学園の学園長になる関係もあって奴と繋がった。王国の情報が入るのは何かと便利だぞ?」

「な、なるほど……。というか、仮にも現神王を“奴”呼ばわりはさすがに…………」


 レインが顔をひきつらせつつ言った。が、ミコトは気にするそぶりを見せるどころか平然と、


自分の弟子・・・・・を奴と呼んで何が悪い。私が剣を教えていなければ、神王になどなれなかったろうに」


 そう、のたまった。


「……はあっ!?」


 レインは思わず叫んでしまう。ミコトの鋭い視線に射抜かれすぐに口を閉じるが、内心では絶叫を今なお抑えられていなかった。


 確か現神王ウルズは齢三十をとうに過ぎているはず。剣を覚えたのはいくら遅くとも十代のころだろうから、二十年以上が経つことになる。

 つまり神王に剣を教えるとなれば、少なくとも二十年前には剣を教えられる年齢でなければいけないということだ。


 となるとレインの眼前にいる少女――に見える女性――は果たして何歳…………?


「一応これでも私は女の端くれだぞ。無遠慮な視線は少し照れる。――今すぐに止めろ」


 ミコトは一切の感情がこもっていない棒読みでそう言った。何一つ具体的な情報はないが、本当に言いたいことは何故かレインにはすぐ分かった。


 ――妙な邪推は止めろ、止めなければ……分かるな? と。


「と、とりあえず今日ここに来た用件なんですが!」


 ミコトの威圧に、レインは些か無理矢理な話題転換を図った。

 幸いそれを止める者はいない。ミコトが「うむ」と、アルスが「う、うん」と頷くのを見てレインは本題に入った。


「明明後日……木曜ツリの日、俺とアルスは学園を休ませて下さい。どうしても、やらなきゃないことがあるんです」


 真っ直ぐにミコトを見て、レインは言った。


「何をする気だ――と聞くのは愚問か。ラムルを殺した者を見つけるつもりだな?」

「はい」


 答えたのはレインではなくアルスだった。金の髪を持つ少年が、ミコトもかつて見たことのない表情で肯定したのだ。


 アルスが抱く意思。そこにあるのは使命感と信念と、言葉では言い表せない強い何かだ。心の奥底に揺らぐ灯火のような、或いは胸に静かに湧き続ける純水のような。傍から見ればか細くとも、決してなくなることなく存在し続けていた、アルスの核。


 もしかしたら、この核の正体を知るために自分はいるのではないかと、アルスは一人思い始めていた。


「神王国を統べる王族の一人として。民を守るべき義務を持つ者として。そして何より僕自身が探すべき“何か”のために、僕は行きます」


 だからこそ、例え危険だとしても行かなければならない。命を狙われていようが逃げるつもりはなかった。

 アルスは自分アルスを知るために行くのだ。


「君も犯人からすれば標的の一人に違いないだろう。その目の前にむざむざ姿を晒すのか?」

「負けるつもりはありません。それに、僕が敵に姿を晒すことは、同時に敵が僕の前に現れることでもあります。むしろ好都合です」

「……自分を餌に敵をおびき寄せようという訳か」

「はい」


 危険なことは百も承知だ。何しろ餌は豪華でも、食い付いた獲物を釣り上げる術が限られる。可能なら上手く制圧して殺すことなく話を聞きたいが、そんなことが出来る敵かも分からない。


 アルス一人なら恐らく不可能だった作戦。だがそれを行うことを出来るのは――否、実行する勇気を持てたのは。


「だから、俺も行きます。アルスを一人向かわせる訳にはいきませんから」


 アルスの横に立つレインが一歩前に出た。


 聖具使いにしてアルスと互角以上の力を持つ不思議な少年、レイン。彼とならば、どれだけ危険な賭けであろうと乗ることが出来るとアルスは思う。

 レインの実力を知っているからではない。きっとレイン自身に、人を動かす何かがあるからだ。暗闇の中で足が止まってしまった時に行き先を照らしてくれるような、そんな力があるからだ。


「お願いします、学園長。僕たちを行かせてください」


 アルスとレインは同時に頭を下げた。


「…………はぁ」


 ミコトはしばらく沈黙したあとに、いつものように可愛らしいため息を吐いた。


「頭を上げろ。懇願されて結論を変えるほど私は優しくない」

「え…………?」

「答えを言おう。あまりにも危険すぎる。君たちの行動を認める訳にはいかない」


 ミコトはそう言った。


「…………っ」

「そんな、学園長……!」

「――だが」


 アルスとレインの抗議をミコトは遮る。


「生憎その日は私も出かけなければならない。生徒の出席確認は行わないことにしよう」


 どこかの虚空を見上げながらミコトは芝居くさく言った。


「…………え?」

「それって…………」

「休みたいのなら勝手に休め。諸教官には風邪だとでも言っておけばよい。ただし……翌日はまたいつも通り登校するようにな」

「あ…………」


 “勝手にしろ”と。“止めはしない”と。

 ようやくミコトが言わんとするところを悟った二人は。


「「……ありがとうございます!」」


 やはり同時に大きく頭を下げ、揃って感謝の意を告げた。


  ***


 そして迎えた木曜の日。


「もうすぐだよ、レイン君」


 ごくわずかにごろごろと振動する馬車の客屋キャビンの中。アルスとレインは向き合うように静かに椅子に座っていた。

 予定通り水曜の夜に学園を出て約半日が経ち、馬車は第二街区でも“西”の神壁に近い地域に差し掛かっていた。辺りに建築物はもはや見られず、広大な平野が広がっている。畑として使われている訳でもなさそうで、確かにこんな場所では人もいないだろう。何しろ馬が歩いている道すら鋪装されていない土の上なのだ。


 そんな中で窓から見える唯一の特異なものは――遠くに朧気に見える巨大な森。


「僕たちの目的地はあの森の中にあるんだ」

「かなりでかいな……端が見切れない。奥にも広がってるんだろ?」

「“西”の神壁すれすれにまで広がってるよ。馬車で近付ける入り口まで回り込まなきゃいけないから、少し時間がかかる」


 幸いにもここに来るまでの間に襲われることはなかった。屋敷までまだ遠いこの辺りでは待ち伏せはないと見ていいだろう。

 しかし逆に言えばそれは、屋敷に近付けば近付くほど敵に遭遇する危険性が高いということ。


「気を引き締めてかないとな。いつ襲ってくるか分からないぞ」

「うん」


 お互い無駄な話は一切しない。感覚を研ぎ澄まし、常に周りの動きに集中する。有り得ないとは思うが、唐突に包囲されればそれだけで詰んでしまう可能性もあるからだ。


 でこぼこな道の振動をかすかに感じながら、レインとアルスは少しずつ森に近付いていた――。

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