prologue 金色の少年
「神というものは……本当に存在するのでしょうか」
薄暗い部屋の中。
その金髪の幼い少年はぽつりと呟いた。
「もちろんです。そうでなければ、これら神器とは一体何を以て神器と言われているのか分からないでしょう」
答えるのは、少し離れて少年を見る男。齢は五十を過ぎているように思えるが、放たれる覇気は若く勢いのある神騎士でも圧倒されるものがある。
それも当然だ。彼は、王族である少年の傍付きの騎士兼教育係なのだから。
「そういうものなのですか…………」
少年はどこか釈然としない様子で辺りを見回した。
――そこにあるのは、優に三十を超える神器たち。
薄暗い宝物庫の中では、さすがに一つ一つの細かい装飾まで見ることは出来ない。しかしそれでもなお放たれる輝きや、場の異様な力を感じれば、それらが神器であるということは簡単に分かった。
少年は迷うようにゆっくりと歩く。
「焦ることはありません。恐らくこの先、永く使うことになるであろう神器です。じっくりと、自分が納得いくものをお選び下さい」
「はい…………」
少年は答えるが、その金の瞳はやはり揺れていた。
神王と呼ばれる絶対王が統治する大国、神王国ゴルジオン。
この国において、神器が使えない者に王位継承権が与えられることはない。幼少の頃から傍付きの教育係をつけられ、勉学だけでなく戦闘技術も教わるのだが、そこで適性がないと判断された場合は即座に王位継承権を失うことになる。
弱者は国を統べる王になどなれないのだ。
そして数々の試練を耐え抜き十歳になった子供は、初めて神器を使えるかどうかの試験を受ける。
“神認の儀”――。自らが選んだ神器に認められるかどうかを確かめるのだ。認められなかった場合、当然その子供は王位継承権を失う。
しかし、国が起こってから永きに渡る歴史の中で、王位継承権を失った者はほとんどいない。王の血はそれほどまでに偉大であり、そんな事実自体が神王という存在を証明していた。
しかし少年は――。
「神がもしいたとして……僕などに力を貸してくれるのでしょうか……」
少年――神王国ゴルジオン王子、王位継承権第三位、アルス・エルド=レイヴンは再び呟いた。
彼の二人の兄は既に“神認の儀”を終え、試験に合格した。
歴代の中でも有数と言われるほど優秀な兄たちであり、アルスの傍付き騎士の男もそのことはよく知っていた。反面アルスは兄たちと常に比較され、自分でも自らの無力さを嘆いているのだろう。
確かにアルスの兄たちは優秀だ。しかしそれはアルス自身も同じ――いや、それ以上だと彼は確信している。
アルスに秘められた本当の力は、恐らく兄たちをも遥かに凌ぐ。アルスは自らの力を自覚していないだけなのだ。
「……神は、強い願いを持つ者にその力を貸すと言います」
男はゆっくりと言う。
アルスには、自分で自分の力に気付いてほしい。そう思い、敢えて事実は伏せた。
「貴方が願うことを、望むものを思って下さい。願いが正しければ、神は必ず力を貸してくれるでしょう」
「僕の願い…………」
男の言葉に、アルスは立ち止まる。
静かに目を瞑ると、自分が願うことを考えた。
――僕が願うのは…………。
アルスが願いを思い浮かべたその時。
「あ…………」
アルスは感じた。漠然とした何かの息吹を。
ゆっくりと目を開けた先に、一振りの神器が仄かに光っていた――。




