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epilogue 赤と黒、そして始まる英雄譚

「色々と大変だったようだな、二人とも」


 巨大な執務机の上で指を組むミコトは、前に立つ二人――アリアとレインに微笑みながら言った。



 翼獣魔種討伐の三日後――。学園は既にいつも通りの日常を取り戻していた。いや、そもそも悪魔の来襲に動じなかったと言うべきか。一般の生徒たちには、今回のようなことには馴れているのだ。


 だが、討伐直後はいつもよりもざわめきは大きかった。というのも。


「俺は何もしてませんよ。アリアが全部片付けたんですって」


 アリアの横に立つレインは何ともない顔で言う。


 ――翼獣魔種が出現した。そんな噂が広まったからである。


 学園長であるミコトにはもちろん、既に学園全体にも伝わっていると見ていいだろう。討伐に参加した生徒たちは確実に知っているのだから。

 しかし実際に戦闘を見たものは誰一人としていないのだ。


 レインが“漆黒の勇者”であることを知られる訳にはいかない。そこで、翼獣魔種を屠ったのはアリア、ということにしていた。レインも場に駆けつけたが何もしないままにアリアが片付けたという筋書きだ。


「私は別に何も…………」


 アリアはどこか釈然としない様子で口ごもる。


 罪悪感というよりか、レインが評価されないことへの苛立ち、というべきだろうか。翼獣魔種を倒したのはレインであるのに、あたかも功績が踏みにじられたような気がするのだ。

 あまつさえ、討伐が自分の手柄であるかのようにされている。実際は何も出来なかったというのに。


「……ふふ、演技が下手だな、アリア」

「…………え?」


 ミコトは全てを見抜いたかのように言った。


「まあ、気持ちも分からなくはないがな……。ではせめてここでは正当に礼を言おうか。今回は助かった――“漆黒の勇者”」


 ミコトはアリアではなくレインを見て言った。


「え…………!?」

「……はあ。一応最後まで付き合って下さいよ。どこに目や耳があるのか分からないんですから」


 レインは別段驚く様子もなくため息を吐く。

 アリアはそれに絶句した。


「そう思うならアリアの演技をどうにかした方がいいと思うが。少し勘がよければすぐに気付かれそうだ」

「…………割と本気で不安になるのでやめて下さいよ」

「演技を教えてやればいいだろう。伊達に、この数年間ひた隠しにしてきた訳ではあるまい?」


 さも当然であるかのように話を続けるミコトとレインにアリアは思わず叫んだ。


「が、学園長も知ってるんですか!?」

「ん? ああ、もちろん知っているさ、レインの正体くらい。そうでなければあんな危険な戦場に行かせるものか」

「というか、そもそも俺の正体を知ってるからこそ学園に推薦したんだろ」

「…………」


 正論すぎる返答にアリアは黙ることしか出来ない。ミコトはふふっ、と笑った。


「まあそれでも、レインが“漆黒の勇者”だと知るものは私たちだけだ。十分留意したまえよ、アリア。うっかりバラそうものなら――」

「わ、分かってます! いくら何でもそんな馬鹿なことはしませんよ!」

「不安だけどなあ……。ま、どうにも出来ないけどさ」

「な…………!」


 レインがため息を吐きつつ言った言葉に、アリアはカチンときた。


「何よレインまで! 考えようによっては私があんたの弱みを握ってるのよ! こっちからバラすことだって……!」

「ほーん、なら俺もお前が泣きながら言った言葉全部喋ってやろうかな。背中にしがみついて子供みたいにしてた時の」

「…………! そ、それは――」


 ぼんっ、と途端にアリアの顔が赤くなる。アリアからしてみれば思い出したくもない恥ずかしい記憶だ。

 意外にも食いついたのはミコトだった。


「へえ、少し興味があるな。アリア、是非レインが“漆黒の勇者”だと周りに暴露リークしてくれ。そのかわり君の珍しい一面を聞かせてもらおう」

「なんなら今聞かせますよ。えーと、確か――」

「バラさない、バラさないからやめて――!」


 涙目になりながら、アリアは懇願した。


  ***


 こほん、とミコトは咳払いをした。


「ふざけるのはここまでとして……とりあえず、改めて礼を言おう、レイン。本当に助かった。君がいなければ、事態がどうなっていたか分からない」

 

 レインはミコトの言葉に、わずかに首を横に振った。


「謙遜することはない。やはり君は私が思っていた以上に優れているよ。心も、力もな。君を〈フローライト〉に迎え入れて良かった」


 ミコトの言葉は嘘偽りない本音だ。彼がいなければ、今回の悪魔来襲によって少なからず被害が出ていただろう。“漆黒の勇者”の力があってこそ、全員が無事に帰ってこられたのだ。

 

 しかし――。


「――だが、当然次も同じように行くとは限らない。もしかしたら“漆黒の勇者”ですら敵わない悪魔が出現する可能性だってある。だからこそ……」


 ミコトはそこでわずかに話すのを止めて、二人を見る。


 だが、その赤と黒の瞳を見てミコトは安心した。

 何故なら。


「――強くなれ。どんな困難が襲いかかってこようと跳ね返せるほどに。自らの望みを叶えられるように」


 二人の瞳には意志があった。


 一人には、より一層強く輝く焔のような煌めきが。


 一人には、より一層静かに溢れる闇のような輝きが。


 こんな言葉は不要だったな、とミコトは微笑みながら少し後悔した。


「今から始まるのだ。君たちが、国を救う英雄になるまでの道は。とても辛く厳しい道かもしれないが、それでも君たちは乗り越えるだろう。絶対にな」


 ミコトの言葉に二人は頷いた。

 迷いなど、もはや一片もない。


 ミコトはもう一度だけ、微笑んだ。


「見せてくれ。君たちが創る未来を――」


  ***


 かつて“漆黒の勇者”と呼ばれたある少年。


 彼はその日、一人の赤髪の少女と再会する。

 初めて会った時のことを忘れるほど変わった強く優しい彼女は、しかしどこか弱く。それはまた、彼自身も同じで。


 やがて彼らは決意する。いつか必ず、願いを叶えられるほどの力を得ると。守りたいものを守れる、かつて憧れた英雄になると。

 

 ――そう、これはそんな英雄の物語。赤と黒が出会い、そして始まった、ある英雄たちの物語。


 ――神器を持った人間が紡ぐ、新しい神話。




 ――これは彼と、彼ら彼女らの物語――。

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