5─1 絶望と
「…………!?」
魔素が震えた。
かつてない異変を感じたアリアは、同時にとてつもなく嫌な予感を感じ取った。
「……気を抜かないで!」
アリアは叫ぶ。悪魔を倒し、浮かれていた生徒たちは、アリアの叫びに静かになった。近くの女子生徒が訝しげに聞いてくる。
「え……もう悪魔はいませんよ? 索敵の人も援軍はいないって…………」
「違う。まだ終わってない、きっと――」
その時だった。
カッ! と閃光が辺りを埋め尽くした。
「…………!?」
思わず目を閉じたアリア。途端に耳に、索敵班の生徒の通信が届いた。
『……新たな悪魔を確認! その数……百以上……!』
「―――!?」
目を開ければ、それはいた。
遥か先に見える黒は――優に百を越える悪魔の大軍。
不気味に蠢く悪魔がどこからともなく現れていた。
「…………はぁ……?」
茫然と、アリアの横に立っていた男子生徒が呟いた。
「嘘、だろ…………? 何だよあれ……」
「百体以上って……そんなの…………」
女子生徒が一人、座り込んだ。
――まずい。
戦況どころの話ではない。このままでは戦う以前の問題だ。今心が折れてしまえば、撤退すらままならない。
恐らく今使われたのはとてつもなく巨大な転移魔法だろう。瞬時に百を越える軍勢を出現させる術など、転移魔法以外に有り得ない。
だが、そんな芸当が出来るものが悪魔にいるとすれば、間違いなく災厄の元凶に成りうる。それだけ危険な悪魔が存在する可能性があるということだ。さらに言えばあれだけの大軍で、指揮個体がいないはずがない。
とりあえず今すべきなのは情報を確保することだ。最重要なのは敵戦力の把握、次いでその詳細。
アリアは索敵班と連絡をとる。
「索敵班、今の魔法を使った個体は特定出来る? それと、あの軍の中にいる指揮個体も」
しかし、返ってきたのは予想外の報告だった。
『だ、だめ……す! 特定……ろか、魔法……え、……ん…………』
そこで何故か、通信が途切れた。
「……!? 索敵班、応答して! 索敵班!」
『…………』
いくらアリアが叫んでも索敵班が応答することはない。時折不快なノイズ音がするだけだ。
想定を遥かに越える最悪の事態にアリアは歯噛みする。
今ここで何が起きているのか。それさえ分からなければ何もしようが――。
「…………!」
そのときある可能性を思い付いたアリアは、さっきまで行使出来ていた〈焔球〉を放つべく集中した。が――。
「……やっぱり。魔素が集まらない」
結果は不発。大気中の魔素がアリアに寄ってこないのだ。
この現象を、アリアはまさに昨日知った。
大気中の魔素を固定する魔法、〈魔素失活〉。それに似た何かが使われたのだ。ただし範囲はレインが使ってみせた時とは比にならない。
校章の無線通信も魔法の応用で出来ている。先程の索敵班の様子からするに、もう通信は使えないと見るべきだ。敵は大規模な転移魔法を終えたあとに、全ての魔法を封じる何かを使ったのだろう。
そして通信が使えなくなったということは即ち、最後の頼みの綱であったミコトとの連絡もとれなくなったということだ。仮にとれたとしても、転移先の魔素まで使用しなくてはならない転移魔法は恐らく使えない。ここから救援を呼ぶのはほぼ不可能に等しいということになる。
この魔法不可区域がどれだけの大きさなのかは分からないが、少なくともアリアたちが走って抜け出せる距離ではないのは確かだ。
「敵は百体以上で魔法は使えないって……有り得ないよ…………」
「俺たちじゃ、どう足掻いたって……」
魔法が使えないことに気付いた生徒たちが口々に漏らす。一瞬で希望が奪われた反動は大きく、しゃがみこんでしまう者もいた。
まだ悪魔たちの本格的な進攻は始まっていない。
それでもいずれ始まるのは明確だ。今の状態では、その時どうなるかは目に見えている。
「…………はぁーっ……」
アリアは一人、深く息を吐き、目を閉じた。
状況は間違いなく最悪だ。当初の予定を遥かに上回って、アリアたちは追い詰められている。黙っていれば、崩れるのは時間の問題だ。
魔法は使えない。敵の数は百を越える。おまけに救援を呼ぶことすら不可能だ。かといって逃げ出すのはもっと不可能だろう。敵がそれを許すはずが無いし、もし逃げることが出来ても街に被害が出る。
――必敗の状況。きっと誰もがそう思う。
アリアすら心のどこかで思っているのだから。
でも。きっと。
彼ならば、きっと。
アリアは目を開けた。
赤い瞳には、かつて無いほどの意思があった。
「…………」
無言のまま、アリアは歩き出す。向かうは悪魔の大軍の中心だ。
「アリアさん……? 何を…………」
「あれを倒してくる」
アリアが歩き出したのに気付いた女子生徒の問いに、アリアは短く答えた。
「……無理ですよ。いくら何でも、あれだけの数を」
少女は俯いたまま投げやりに言う。
「そうかも知れないわね。でも行かなくちゃ。ほら、もう何体かは先走って向かってきてる」
アリアの視界には、こちらに駆けてくる五体ほどの邪犬種が映っていた。待ち切れなかったのか、或いは大軍とは関係無いのか、いずれにしろ対処しなければならない。
「…………」
「戦えとは言わないわ。あなたたちはもう十分に戦ってくれた。おかげで体はほぼ万全の状態だし――ここからは私の出番よ」
怖くない訳が無い。一人であれだけの敵を相手どるのがどれだけ難しいか、どれだけ厳しいか、分からない訳でもない。
だとしても、やらなくてはならないのだ。自分のために、国のために、そして――懸命に戦ってくれた仲間たちのために。
最後にアリアはわずかに振り向き、笑った。
「神器使いの力、見せてあげるわ。後学のために見てなさい」
邪犬種がついに攻撃の間合いに入り、勢いのままアリアに飛びかかった。大人を優に越える大きさの邪犬種がアリアに噛みつく――その直前。
今ここでは魔法は使えない。それは魔法に必要不可欠な魔素が固定されているからだ。しかし、ならば。
魔素を使わなければ――。
〈ヘスティア〉が瞬いた。
「神能──“神之焔”」
〈ヘスティア〉から燃え盛った焔が、邪犬種を五体まとめて飲み込んだ。
「…………!」
〈ヘスティア〉を一振りして焔を消したアリアは、後ろで息を呑む女子生徒に振り返ることなく言った。
「もう失敗なんてしたくない。けど、それでも失敗した時には支えてくれる仲間がいる。励ましてくれる人がいる。なら私は、そんな人たちのために戦いたい」
アリアは。
「……あなたたちのような人のために、私は戦う」
「――っ、アリアさ――」
しかし女子生徒が何かを言う前に、アリアは走り出していた。
自分が成すべきことを成すために。
***
ミコトは静かに、閉じていた瞼を開けた。
「…………」
椅子に寄りかかり、窓から外の方を向いていたミコトの他に、学園長室には誰もいない。動くのはミコトだけだ。
静寂に満ちた空間の中で、しかしミコトはそれを感じ取った。遥か遠くから伝わった、何かしらの変化。
『…………』
ふと思い付き通信を繋いでみるが、案の定、返答は無い。ミコトの予想は正しかったようだ。
「…………君も気付いたか。レイン」
ミコトは外を見たまま言った。
「はい。今、きっと戦場で何かが起きようとしています。魔素の固定など比ではない何かが」
執務机の前には、いつの間にかレインが立っていた。
いつ現れたのかも分からないレインに、しかしミコトは驚きもせず言う。
「ここへ来て、どうするつもりだ?」
「俺もあそこへ行きます。アリアや、皆が戦っている戦場へ。俺を行かせて下さい、学園長」
予想通りのレインの反応にミコトは椅子を回転させ、レインを正面から見た。
「勝手に行こうとしなかっただけでも、少しは分別がついたようだな。まあそんなことはさせなかっただろうが。……私が許可を出せると思うか? 編入して間もない、ましてや神器使いでもない生徒を戦場に送るなど」
「例え許してもらえなくても俺は行きます。誰に何と言われようと、それが俺のしたいことだから」
「…………」
レインの決して逸らさない瞳を見てミコトはため息を吐く。その瞳は、先程見た赤髪の彼女と全く同じ瞳だ。
「なら何故ここに来たのだ君は…………はぁ。…………私には君を許すことは出来ない。しかし、勝手に自分の足で行くという生徒を止めることも出来ない。残念だがな」
執務机の上で指を組み、呆れながら言うミコト。レインはミコトの言葉を黙って聞く。
そんなレインに、ミコトはただ一つだけ問う。
「覚悟は出来ているのか?」
ミコトの問いは、これ以上無いほどに単純であり、レインにとってはこれ以上無く難しいものだった。
「今戦場で何が起きているのかは分からない。敵が単なる下位級の悪魔だけとも限らないし、何体いるのかも分からない」
ミコトの言葉は事実だ。
短い期間での二度の襲撃という異常な今回の事態。何が起きているかなど、今までと同じ基準では計れないだろう。常識という固定観念だけを持つ者は早死にするのがこの世界だ。
しかしミコトの言葉の真意は、「いくら君といえど危険だ」――ではなく。
「全てが終わったあと――君は自分の行動を後悔しないと断言出来るか?」
ミコトの一言は、レインの迷いを的確に貫いた。
「…………分かりません。まだ俺には、そこまで言い切ることは出来ないです」
レインは下を向いて小さく言った。
無言のまま、レインは思う。
自分の行動は間違っていないと誰が言い切れるだろうか。そんなことが言えるのは、せいぜい未来を知っている者だけだ。少なくともレインには言えない。言えるほどの勇気は無い。
けれど、分かるのだ。
今自分がどうしたいのか。何をしたいのか。例え全てが終わったあとにどんなことになろうとも、ただ黙って見ていることだけは、絶対にしたくない。
レインの意思は、アリアの言葉と全く同じものだった。
「……アリアが言ってました。『黙って見ていることだけは、絶対にしたくない』って。俺も……同じです」
「…………」
「もしかしたら俺の行動は間違ってるのかも知れない。また後悔するのかも知れない。結果的に失敗するのかも知れない。それは確かにものすごく怖いけど……でも」
レインは顔を上げる。
もう間違いたくはない。
もう負けたくはない。
もう去りたくはない。
それでも、根幹にあるのはたった一つの願いだ。
「守りたいんです。せっかく俺を迎えてくれたこの場所を、彼らを、アリアを。それだけは断言出来ます」
きっとそれこそ、自分がここにいる意味なのだから。
レインが力を得て守りたいのは彼らなのだと、レインは気付いた。
「…………ふっ」
ミコトは小さく笑った。いつもより大人びた優しい瞳がレインを見つめた。
「ようやく見つけたか。自分の願いを」
「はい。はっきりと」
迷いを捨てたレインの顔を見ながら、ミコトは最後に一つ。
「ならば今一度問おう。君は何のためにここに来た?」
問われたのは、レインがこの学園に来た時にもミコトに聞かれた問い。
あの時は漠然とした答えだったが、今ならはっきりと答えられる。
「強くなるためです。強くなって、守れるように。俺が守りたいと思った――アリアたちを」
「…………ふふ。うん、いいだろう、君がしたいようにすればいい」
やがてミコトは、やはり微笑みながらそう言った。
「本来ならこんなことは言ってはいけないんだが……皆を頼む、レイン。君なら出来るはずだ」
「はい」
短く返事をして、レインは学園長室を出ようとした。転移魔法は使えないが、全力で行けば間に合うはずだ。
「ああ、待てレイン」
しかし扉を向こうとしたレインをミコトが止めた。
「こちらからの方が早い。どうせ回り道などする気はないのだろう?」
ミコトが、パキン、と指を鳴らすと。
バタッ! と大きな音と共にミコトの背の大窓が開いた。風を受け、閉じられている両端のカーテンが勢いよくはためく。
「ちょうどここから真っ直ぐだ。文字通りな」
レインは頷く。
「分かりました。では、失礼します」
直後。
凄まじい突風が起こり、ミコトの髪やカーテンを暴れさせた。
やがて風が収まったころには、もう既にレインの姿は無かった。
「……はぁ。一応学園長室から出るのだから、もう少し静かに出ていってもらいたかったのだがな……」
愚痴を言いつつ、ミコトが外を見れば。
もはや人とは確認出来ないほど遠くに、小さな影が辛うじて見えた。
「……頼んだぞ、レイン」
小さく、ミコトはそれだけを言った。
***
戦場では、アリアがたった一人戦っていた。
〈ヘスティア〉は焔に包まれて美しく輝き、横には顕現した〈竜頭雫焔〉が二体。
アリアと悪魔の大軍が真っ向から衝突して二十分。百体以上いた敵戦力はいまや――その半数にまで数を減らしていた。
無論、アリアは無傷である。
「ギ…………」
圧倒的な暴威を前に、さすがの悪魔たちといえども攻撃を躊躇していた。
「す、すげえ…………」
遠くからアリアと悪魔との戦闘を見ていた生徒たちも驚きを隠せない。
神器使いの実力を侮っていた訳ではない。そもそも、普段から訓練で彼らの力を見ているのだから、圧倒的強さを誇る彼らを侮ることなど出来ようもないのだ。
しかし今のアリアの力は、生徒たちの想像を遥かに超えていた。
「来ないのならこっちから行くわよ。〈爆裂焔〉」
短い詠唱で、アリアの左手の先に凝縮された“神之焔”が打ち出された。〈焔球〉にも似た球は真っ直ぐに向かい、目標地点――悪魔が密集する地点に着弾。
大爆発を起こし、周辺にいた五体もの悪魔を爆ぜさせる。
「ギア…………ッ」
距離をとっても無駄。それどころか一方的に蹂躙される。本能で危険を感じ取った悪魔は途端に自ら打って出る。
十体以上の悪魔が同時にアリアに殺到するが――。
「喰らい尽くしなさい、〈竜頭雫焔〉」
アリアの横に控えていた〈竜頭雫焔〉が鋭い牙を次々に悪魔へと突き立てる。辛うじてそれをすり抜けた悪魔たちですら、アリアの〈焔の剣〉によって両断され、その命を散らす。
――近づいても無駄。
即ち何をしても無駄だと悪魔たちが確信するほど、アリアは戦場を支配していた。
魔法は魔素を用いて現象を引き起こす。よって、術者にかかる負担は少なく、消費と威力の効率がいいと言えるだろう。
ならば神能におけるメリットは何か。答えの内の一つが――。
「消費度外視の圧倒的威力……よね、レイン」
再び〈竜頭雫焔〉が無謀な突撃をしてきた邪犬種を灰に変える。過剰とすら思える圧倒的な威力は、とても〈焔球〉に出せるものではない。
神能におけるメリットの一つが、魔法では実現が難しい強大な威力を叩き出せることだ。
自らの体力を糧にするとは、即ち体力さえあれば消費する糧に上限は無いということだ。魔素よりも濃密なエネルギー――というかエネルギーそのもの――である体力を消費することで、とてつもない威力の技を扱える。それこそが神器使いの最大の強みであり存在価値。
加えて今のアリアは――。
「〈爆裂焔〉」
左手の先に“神之焔”を凝縮させ、打ち出すという行動。それは幾度となく使った〈焔球〉と全く同じ動き。
放った〈爆裂焔〉は狙い違わず邪犬種に命中し、周りの数体も巻き込んで爆発する。
――神能の効率が上がっているのだ。以前よりも格段に。
魔法と神能はよく似ている。リソースが違うだけで、基本的に過程は同じなのだ。よって、炎系の神能を持っていたアリアが炎系魔法を上手く扱えたように、炎系魔法の技術の上昇はアリアの神能にも影響を与える。
より効率よく、より威力を高く、より行使までの時間を速く。アリアの神能は意図せずしてその力を高めていた。
尋常ではない神能という力を用いて全てを燃やすアリア。
知能をほとんど持たない悪魔といえども、さすがに理解しつつあった。自分たちはアレには勝てないと。勝つどころか全滅すると。
だがその時、彼らにある命令が下る。
アレには勝てないかも知れない。しかしだとしても、まだ勝てる相手はいる。
アリアの後ろにいる――神器を持たない騎士たちなら。
“動け、戦士たちよ”
「…………ギ!」
悪魔たちの動きが、変わった。
「…………?」
アリアは直感的にその変化を悟った。今までのように無闇に突撃してくるのでも、ただじっと待つ訳でもない。
無理にアリアには近寄らず、横に広がり始めた。半円のように。
アリアを囲もうとしているのか。しかしそれがどう考えてもそれが出来ないことは分かってるはず。あるいは〉
アリアがある一つの仮説を立てた時。
ギロリと、悪魔たちの視線が一斉にアリアから外れた。捉えているのは――アリアの背後、学園の仲間たちだ。
「ギシャアアアアアアア!!」
「…………ちっ!」
アリアは自分の仮説が正しかったことを確信する。
途端に雪崩のように押し寄せてくる悪魔たち。数を減らしたとはいえまだかなりの数がいる。横に広がった状態では、アリアでも対応しきれない。
悪魔たちの狙いは――学園の皆だ。
アリアはさらに〈竜頭雫焔〉を一体顕現させる。が、それでも四分の一ほどまでしか減らせない。
アリアの手が届かない横を通り、悪魔たちはついに生徒たちの方へ殺到した。
このままでは危険だ。確認する暇は無かったが、生徒たちはまだ立ち直れていないはず。戦意を喪失した状態では倒せるものも倒せない。
「くっ…………!」
危険だが、やるしか――とアリアが思いつつ振り向いた時。
「行くぞ、皆! アリアさんだけに任せるな!」
「「おう!!」」
聞こえたのはそんな声。
そして。
「ギシャアアアアア!!」
「はあああああ!!」
ガギン! と鋼と外殻がぶつかり合う音がした。
「え…………」
振り向き、目にした光景にアリアは思わず声を漏らした。
「もうビビんなよ! 俺たちも戦うんだ!」
「剣使える奴は前に来い! 魔法メインの奴は下がって出来ることを探せ!」
「無理はしないでよ! 出来る範囲で!」
そこにあったのは、剣を取り悪魔と戦う騎士たちの姿。
状況は芳しくない。如何せん悪魔の数が多すぎるのだ。魔法が使えない今は、足止めも難しい。しかし――。
「皆…………」
――戦えている。生徒たちは皆もう一度立ち上がり、先程を越える数の悪魔であっても、怯まずに正面からぶつかり合っていた。
「言ったよな! アリアさんに任せない、自分たちも戦うって!」
「今こそその時だ! 勝つぞ!」
「おう!!」という声と共に騎士たちの勢いは増す。上手く立ち回り、複数の悪魔から同時に攻撃を受けないようにしているのだ。予想していなかった士気の高さに悪魔たちはたじろぎ、浮き足立っている。
「…………皆!」
そこへ。
「〈爆裂焔〉!」
騎士に気をとられている悪魔たちの背後から、アリアの焔が炸裂した。
「…………ギ!?」
悪魔たちはさらに混乱し、攻撃の手が鈍る。わずかな隙をついて騎士たちがより激しい攻撃を加えていく。
挟撃だ。騎士の方は簡単に制圧出来ると思ったのだろうが、甘い考えが悪魔たちの窮地を招いた。前後からの攻撃に対応しきれない。
アリアが驚いたのは騎士たちの気持ちが強かったことだけではない。あの状態からでも思索し、戦術上最適な距離を保っていたことだ。
わずかに騎士たちが下がったことで、アリアとの間に悪魔を挟みつつ、神能で巻き込まれない距離を取っているのだ。おかげでアリアは味方を気にすることなく神能を使い、悪魔の数を減らしていく。
「ギ……ギ…………!? 」
二方向から挟まれ、悪魔たちは動くに動けない。こうなれば、逃げることすら出来ないだろう。何も出来ず倒されていくだけだ。
「よし、行ける!」
「頑張れ、あと少しだ! 押せえ!」
悪魔たちの数も最初の三分の一……いや、四分の一ほどまで減っている。皆の士気も高い今、この時こそが、最大の好機だ。
調子づいた勢いを象徴するように、騎士の一人、男子生徒が悪魔をまた一体倒そうと剣を振り上げ――。
「うおおおおお」
ドンッ!
その時だった。
悪魔たちの中央に、何かが着地――いや、着弾した。周りの悪魔を数体ほど巻き込んで潰し、凄まじい勢いが故に朦々と土埃が舞う。
突然の出来事に、男子生徒もろとも、一瞬辺りは動きを止めた。
そして、ゆらりと。
土埃の中から、災厄は姿を現す。




