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2―3 持たざる者が持つもの

「さて…………次は?」


 舞台リングの上でミーシャが団員たちを見回す。相変わらず名乗り出る者はおらず、ミーシャはため息を吐いた。


 舞台下の団員の中には神器を持つ者も当然いるが、実力でミーシャに敵う者はいない。副団長補佐の肩書きは伊達ではなく、強化聖具持ちに限定すればミーシャは“王属騎士団”で最強とすら言われる。神能や異能に頼らない純粋な戦闘力で、彼女は神器使いと対等、あるいは優位に斬り結べるのだ。


 一対一の模擬戦において、予測不可能な外的要因は極限まで排除されている。つまりは実力がそのまま結果に直結しやすいため、格上に勝つことは難しく、格下に負けることはほとんどない。

 この訓練における格上はミーシャに他ならず、剣を交えれば負けるのは必定。おまけに敗北すれば手痛い一撃をもれなく頂戴することが決まっている。意気揚々とミーシャとの手合わせを所望する者はほとんどいない。


 ミーシャ自身も、アムルのように団員に手厳しく指導したい訳ではない。たまに舞台に上がるのは訓練に対して緊張感を持ってもらいたいから――「弱ければ痛い目を見る」ことを実感させるため――であり、延々とミーシャが団員の面倒を見る形式ではないのだ。


 むしろミーシャが舞台の上に居座っては訓練の妨げになる。いつものように誰も手を上げないことを確認してから舞台を下りようとしたミーシャだったが。


「……あの。私、いいですか」


 たった一人、手を上げる少女がいた。


 先程まで見学していた赤髪の少女、アリア。すぐ最近までは学生であったため、神能まで行使自由の模擬戦には慣れていないはず。神器使いと言えど、対人での戦闘は悪魔デモン相手とはまた違うものだ。


「あー、アリアさんは今日はまだやめておいた方が…………」


 いきなり訓練に参加させるのはアリアの負担になるし、危険性の問題もある――そう思い、断ろうとしたミーシャ。しかし、アリアの瞳を直視した瞬間、考えが変わった。


 餓えた獣が発する底無しの貪欲さ。アリアと視線が合った瞬間にミーシャが感じたのは、まさにそれだった。

 先程までの、未知の環境に戸惑う年相応の少女の面影はどこかへ消え、ただただ目の前の全てを食い尽くさんとする狂暴な雰囲気がアリアを包んでいた。それはもはや、ある種の狂気にすら見える。一体何があれば、まだ二十にも満たない少女がこれだけの気配を放てるというのか。


「……分かった、いいよ。おいで」


 久しぶりに感じる肌がピリつく程の気迫。疑問と共に、ミーシャは期待を抱いていた。彼女はどれほどのものなのかと、試したくなったのだ。


 ミーシャに促されるままにアリアは舞台へと上がり、神器を抜き放った。炎のように赤い剣は、実際に熱を帯びているのか、陽炎の如く時折揺らめいている。ミーシャが持つ聖具とは明らかに異なる、絶対的な力の象徴だ。事前に聞いていたその神器の名は〈ヘスティア〉。

 とはいえ、ミーシャは自らの手に収まる強化聖具を卑下するつもりは毛頭ない。例え神が宿っていなくとも、この剣は確かに自分と共にあり、困難を乗り越えてきた。剣に寄せる信頼は神器使いにも劣らないと自負している。


 そんなミーシャだからこそ分かる、アリアと神器の間にある強い結び付き。アリアの構え一つで彼女らがどれだけの困難を経験してきたのかが察せられる。そしてそれはそのまま、騎士としての確かな実力の証明となるのだ。


「準備はいいね? じゃあ…………」


 訓練では久しく感じることのなかった興奮に胸を膨らませながら、ミーシャは模擬戦の開始を告げた。


「始め!」


 空間を斬り裂く鋭い横薙ぎが、ミーシャが開始宣言を言い終えるや否や放たれていた。


 上体をそらして回避したミーシャは、その勢いのまま後ろに飛び距離を取った。開始早々の強烈な一撃に思わず口角が上がる。


 大股で十歩はあったはずの距離は無視され、アリアが真正面から小細工なしの一撃を放ってきたのだ。移動、そして攻撃の速度自体は別段驚くほどのものではない。それなりに修練を積んだ神器使いであれば、この程度の力は出せて当然だろう。むしろミーシャが驚いたのはその躊躇のなさ。


 他人を傷付けられる武器を容易く振り回せる胆力というべきか。ミーシャが避けることを予期してはいたのだろうが、だとしても「もし当たってしまえば」という考えが過るのが普通だ。戦闘経験の少ない学生ならば尚更に抵抗があるだろう。

 しかし、アリアは微塵も躊躇せず剣を振り抜いた。それも、攻撃が当たれば致命傷は免れない首めがけて、だ。寸止めする準備はあっただろうが……いや、それさえ確信が持てない。


 分かったのはアリアの覚悟と経験。「殺らなければ殺られる」死線を幾度もくぐってきたのだろう。ほんの一瞬の躊躇や迷いが死に直結する環境をアリアは知っているのだ。


「…………滾るね!」


 不安でも恐怖でも、ましてや嫌悪でもなく、純粋な興奮を感じてミーシャも地を蹴る。


 ミーシャの接近に対して無闇に反撃せず、互いの得物の間合いまで引き付けたアリア。戦闘慣れした冷静な判断に好感を抱きつつ、ミーシャはお返しとばかりに、アリアの左肩から右脇下へ抜ける軌道の袈裟斬りを放つ。

 加減はしたが、それでもゆっくりと捌く余裕はないミーシャの一撃に、アリアは完全に同調させた対称な軌道の袈裟斬りで対抗した。


 ギャリィィィン!! と派手な音を立てて二振りの剣は激突する。武器の格で劣るミーシャは、膂力の勝負になる鍔迫り合いを嫌って〈ヘスティア〉の力を横に逃がした。あわよくばアリアの体勢が崩れることを期待していたが、流石と言うべきか、アリアは咄嗟に対応し、受け流された力を流れるように回転運動へ変換した。


 一瞬、〈ヘスティア〉がアリアに隠れて見えなくなる。剣の軌道が読めなくなりミーシャは攻撃に転じるのを躊躇った。回転の勢いを乗せた真横からの一撃をまともに弾くのは聖具への負担が大きいため、攻撃の高さを見極めて回避を選択しようとしたのだ。


 しかし、残り九十度の回転を残しミーシャに対して半身になったアリアがミーシャに向けたのは、〈ヘスティア〉の刃ではなく切っ先・・・


「――!」


 アリアは回転の軸足である右足とは逆の左足を思い切り踏ん張る。回転運動はそのまま直線運動――神速の突きへと変換された。


 予想外の攻撃、しかし突きならば回避はむしろ容易。切っ先の一点さえ外させればいい――そんなミーシャの思惑は次の瞬間に否定される。


「神能“神之焔ブレイズ”」


 ピリッ、と場の緊張が高まる独特な感覚がミーシャを包んだ。何度も感じてきた神能が起こる予兆だ。


 行使される神能“神之焔”。神器から溢れ出るように発現した焔が刀身を覆い、瞬く間に焔の槍が完成した。


「〈焔突槍フレアランス〉!」


 攻撃が突きであることは変わっていない。しかし焔が発する莫大な熱量は、例え掠めただけでも服を燃やし皮膚を灼くだろう。加えて聖具では弾いただけで砕かれる可能性すらある。


 ギリギリでの回避は不可能。聖具で受けることも不可能。聖具使いであるがゆえの限界がそこにはある。


 ――だからこそ、その限界を超えるミーシャは異常なのだ。


「〈散斬チギリ〉」


 一閃。

 速度以外には何の変哲もないはずのただの剣閃が、焔をかき消し、アリアを真後ろへと弾き返した。


「…………っ!?」


 予想外の反発にアリアが眉をひそめる。アリアの手に衝撃は伝わらなかった。そのかわり、まるで突きの威力をそのまま反転させたかのような反発のみがアリアの体を後退させたのだ。

 不可解な現象だがアリアは理解を後回しにする。全神経を体勢制御に注ぎ、ミーシャの追撃よりも早くアリアは後ろへ飛ぶことに成功した。


 一方でミーシャは、戦闘中の動揺を即座に圧し殺したアリアに驚きつつも、アリアとの距離を詰めようと流れるように体重を前に傾ける。彼我の距離は大股で五歩、アリアが着地し迎撃の準備を整えるより早く、間合いまで詰められる自信があったからだ。


 グッ、と足に力を込め、聖具使いとはいえ常人を遥かに凌ぐその脚力で地面を蹴った瞬間に、ミーシャは己の判断の不備に気付いた。


 辛うじて地に足を付けたばかりのアリア。その背後で、揺らめく焔から生み出された九つの頭を持つ巨竜があぎとを開いていることに。


「〈竜頭雫焔フレアヒュドラ〉――焼き尽くせ、〈九竜焔砲クリアカノン〉」


 九つの顎の先に凝集された熱量が、ミーシャに向けて放たれる。


 威力はまさしく規格外。生半可な武器では防ぐどころか、この焔に晒しただけで燃え尽きるだろう。それは強化聖具とて例外ではなく、ミーシャの剣も触れれば灰すら残らず消え失せてしまうことは容易に想像できる。

 それほどの熱量だというのに、焔は寸分の狂いもなくミーシャに向かい来る。熱を集束させるために神能の制御に要する集中は相当のものだ。それを戦闘の最中に平然と行えるアリアの技量は既に“王属騎士団”の一般団員と同等、あるいはそれ以上だろう。


「参るね……ここまでとは」


 ――一体どこの誰が彼女を「大成する可能性のない者」などと貶められるというのか。この程度のことは、どこぞの副団長も分かっていただろうに。

 アリアに秘められた可能性は恐らく……いや、間違いなく自分のそれよりも大きい。いつか自分をも追い越し、英雄となる素質が確かにアリアにはあるのだ。ミーシャはそう確信した。


 だがしかし、それは今ではない。今だけは、彼女にとって自分は壁たりえなければならない。


 加減はせず、眼前の隔絶を思い知らせるためにミーシャは剣を振るう。


「〈散斬チギリ燦千サンゼン〉」


 剣閃は、冗談のように熱線をかき消した。焔を斬り裂いてミーシャはアリアに詰め寄る。強力な一撃の反動を受け、アリアはまともに動けない。


 パカァン! と、いっそ小気味いい快音が修練場に鳴り響いた。


  ***


 陽が暮れ始め、西日が修練場に射し込むようになった頃、修練場の中央で、アムルが訓練の終わりを告げる号令をかけた。


 各所で訓練を行っていた団員が駆け足でアムルのもとへと集まり、ぴしりと整列する。アリアもそれに倣い、隊列の端に並んだ。全体に向けたアムルの総括を聞いている今も、手痛いミーシャの一撃を受けた感覚がまざまざと思い返される。


 あの後、結局アリアが模擬戦に参加することはなかった。頭部に受けた一撃の衝撃は凄まじく、ミーシャから大事をとるように言われたからである。幾度の戦闘を経験し、文字通り死にかけたこともあるアリアからすれば、この程度は屁でもない――そもそもミーシャが加減すれば良かったのでは、と思わなくもない――が、入団したばかりの自分が反抗しても他団員がやりづらくなるだけだろうと、やむなく自制したのだ。

 見学していただけでも分かるほど模擬戦のレベルは相当に高い。ミーシャ以外にも、神器使いを始めとしてかなりの腕前の騎士が当たり前のように剣を振るっている。王国最強の騎士団の肩書きは伊達ではないとアリアも改めて思い知らされた。


 そんな訳で、正直アリアとしては不完全燃焼のまま訓練が終わってしまった。アムルの総括も終わり、団員たちは各々解散していく。課された課題の解答期日は六日後だ。ミーシャも言っていた通り、今からアムルに直談判しても何かが変わるとは思えない。


「……このまま修練場って使えるのかしら」


 訓練が終われば一日の騎士の業務は終了となる。第一部隊においては基本的に自由時間となるが、事務仕事が残っていればその処理、そうでなくても修練に時間を費やすのが一般的だ。

 夕飯まではまだ時間があるため、余った体力を少しでも使おうと考えたアリア。しかし、使用許可を誰に確認すればいいものか迷っていると、背後から「アリアさん?」と声をかけられた。


 振り返れば、立っていたのはミーシャ。


「どうしたの? 部屋に戻らないの?」

「あー……その、残って修練できないかな、と。でも、誰に許可を取ればいいのか忘れてしまって……」

「それなら総務課に言えばいいよ。騎士城ギルドの施設の利用は基本的に全部そこが担当してるから。でも、大丈夫? 慣れない環境で疲れてない?」

「一晩寝れば疲れは取れますし、大丈夫です。それに、じっとしてると余計なことばかり考えてしまうので」


 部屋に戻っても別段やることはない。事務仕事も何とかノルマは終わらせられるペースで進んでいるし、持ち帰る程ではないだろう。むしろ、体を動かしていないと、自分が何のためにここに来たのか分からなくなってしまう。

 そう思ってアリアは答えたのだが、ミーシャはそれを聞くとじっとアリアを見つめてきた。どうにも居心地が悪くてアリアが目をそらすと、しばらくしてから「よし!」とミーシャが声を上げた。


「私も一緒していい? 個人的に聞きたいこともあるし」

「え……いいんですか? 是非お願いしたいですけど、副団長補佐も忙しいんじゃ……?」

「補佐なんて名ばかりで、仕事は一般団員と大して変わらないよ。あの副団長、脳筋のくせに仕事の要領はいいからね。雑務までこなしてこっちを頼らないの」


 遠回しにアムルの悪口を言っているような気もするがアリアは聞かなかったことにする。そんなことより、ミーシャが修練に付き合ってくれるのは望外の幸運だ。模擬戦を見るかぎり、やはりミーシャはあの中で一番強い。学べることは多いだろう。


 アリアが了承すると、ミーシャは手早く総務課と連絡を取り、修練場の使用許可を取った。夕飯前のこの時間、居住棟との距離もある大修練場には他に使用者はいないようだ。


「じゃ、ここ使おうか」


 訓練のときとは違う舞台に上がるミーシャ。アリアも後を追って上がると、障壁がひとりでに展開された。


 どうやら日中に蓄えた魔素を消費して自動で障壁を展開できる舞台らしい。空間の魔素総量には限りがあるため、一日で蓄積できる魔素量も限界がある。そのためこの型の舞台の数は少なく、大修練場でも三基しか設置されていない。


「何か特別したいこととかある? こうしてほしいとか、これを見てほしいとか」

「いえ、訓練のときと同じく、模擬戦形式でお願いします」

「いいよー。時間も限られてるし、さっさと始めよう」


 ミーシャが強化聖具を構える。神器使いを相手にしたときのような強烈な威圧感はない。しかし同時に、隙も全く見えない。


「……行きます」


 独特な緊張に速まる拍動を抑え、アリアもまた〈ヘスティア〉を構えた。

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