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3─3 もっと強く

「…………」


 アリアが目を開けると、そこは保健室だった。カーテンから射し込む光の強さからするに昼過ぎぐらいだろうか。


「あら、起きた? アリアさん」


 聞こえてきたのは柔らかい女性の声。視界に姿を現したのは、声の持ち主と思われるまだ若い看護教官だった。


「はい……」


 起き上がって見るが、さほど体に痛みはない。少しだるい程度で、そこまで重症ではなさそうだ。


 どうしてここに――と考える必要はなかった。すぐに脳裏に直前の記憶が蘇る。


 逃がしてしまったのだ。一匹とはいえ、下位級とはいえ、悪魔を。


 今までにも何度か悪魔と戦ったことはある。しかしそれらは全て他にも神器使いがいる状況で、だ。言い換えれば、自分と同じ、いや、自分以上の強さを持つ仲間たちがいる状況でしか、アリアは悪魔と戦ったことが無かった。


 余剰戦力とすら言える状態で悪魔と戦って負けたことなど、もちろんない。アリアも当然悪魔を倒したことがあるし、班であればより上位の中位級ミドルを倒したこともある。だからこそ、と言うべきだろうか。自分一人でも倒せると高を括った。


 挙げ句、結果が――これだ。


 人によっては今回の戦果を失敗とは言わないだろう。しかし自身が納得していない以上、アリアにとっての失敗であることに変わりはない。


 アリアのそんな様子を見た看護教官は、何かを思い出したように手を打った。


「そうだ、ちょっと待っててね……と」


 白衣に身を包んだ教官は、パタパタと保健室の奥の扉へ行き、中へ入っていった。しばらくするとマグカップを片手に戻ってくる。


「はい、ホットココア。本当ならもっと体に良いものがいいんだけど……私が好きなものしか置いてないのよね」

「いえ、そんな、ありがとうございます……。……美味しい」


 両手で包み込むように持ち、一口飲むと、途端にじんわりとした温かさと甘味が広がった。心なしか、体のだるさも晴れていくような気がする。


「でしょ? 私もこのココアが特に好きなの」


 見れば教官もマグカップを持っていた。椅子を持ってきてベッドの隣に座り、幸せそうに飲む姿は、見た目よりも幼い印象をアリアに抱かせた。


「あの……私……」

「ん? ああ、体のこと? 大丈夫よ、何の異常もないわ。少なくとも外傷は一つもなかった」

「倒れたんですよね?」

「ええ。どうやら、レイン君との試合をしたときのダメージがまだ回復しきってなかったみたいね。体が神能の負荷に耐えられなかったのよ」

「……そう……ですか」


 アリアは視線を下げ、マグカップの中のココアを見た。黒くゆっくりと渦巻くそれを見る内に、再び後悔が頭をよぎる。


 ――もっと早く……倒していれば。


 その気になればいくらでも出来ただろう。様子見など考えずに〈竜頭雫焔フレアヒュドラ〉で全て喰らってしまえば良かったのだ。そうすればみすみす悪魔を一体逃がしてしまうことも無かったのに。

 体のことだってそうだ。体が万全の状態でなかったのだから仕方ない、という慰めすらアリアには何の意味も成さない。自分の体のことを知っていない時点で神器使いとして失格だ。

 

 深い悔恨を感じて自嘲しているアリアに、看護教官は静かに言った。


「さっき学園長がここに来てね。言ってたわよ。『悪いことをした』って」


 不可解な教官の言葉にアリアは思わず聞き返す。


「悪いこと……?」

「『君一人に負担をかけない作戦もとれたのに、神器使いに頼ってしまった。あの時了承した自分のせいだ』ですって。一緒に行った他の生徒たちも申し訳ないって言ってたわよ」

「そんな……結局逃がしたのには代わりありません。もしかしたら後々大きな災厄にすらなり得るかも……」


 そう。悪魔は成長することが知られている。例え今は下位級ロウだとしても、長い時を生き、経験や知恵を手に入れればいずれとてつもない強さになることもある。その種を自ら蒔いてしまったも同然なのだ。

 しかし教官は優しく言った。


「まあ……ね。でも、人間ってそんなに完璧に何かを為せる生き物じゃないでしょ?」

「え…………」

「失敗するのが人間なのよ。教官だってそう。……皆失敗して、後悔して、それを繰り返して強くなるの。失敗することがないなら、私みたいな看護教官なんて必要無いじゃない」

「それは…………」


 しかしだとしても、アリアは――。


「もし逃がした悪魔が強くなって襲ってきたら、逆に返り討ちにすればいい」


「…………!」


 聞こえたのは、ミコトの声。

 保健室の入り口にミコトはいつのまにか立っていた。


「学園長……!」

「すまなかったな、今回は。思ったほど重症でなくて良かったが……私のミスだ」

「ち、違います! 本当に悪いのは私で……私がもっと上手くやっていれば……」

「いや、私のミスだよ。『君一人では対処出来ない』という可能性を考慮しなかった」

「…………っ」


 ミコトの言葉。言外に『まさかあの程度の悪魔すら倒せないとは』という意図が含まれているようにアリアは感じた。


 アリアは下を向き、唇を噛み締めた。


「私、は…………」

「重ねて言うが、君の責任ではない。作戦の指揮をとった私の失敗だ。どうやら体もまだ本調子ではないようだし、ゆっくり休みたまえ」


 それだけを言うと、ミコトはもう言うことはないというように背を向けて、歩き出そうとした。


 ――それでも。


「……私が失敗しました。その事実は覆りません。でも!」


 黙っていることは出来なかった。アリアのプライドが許さなかった。

 見下されたまま、尻拭いをしてもらうことだけは、絶対に嫌だった。


「自分の力不足を痛感しました。私ではまだまだ戦えない。“漆黒の勇者”になんて並べない……っ」


 認めたくはない事実。それでも、認めなければならない。そうしなければ、自分は前に進めない。


「私、は…………っ」

「――もし自分が弱いと思っているのなら」


 しかしその時、ミコトはアリアを遮る。


「さっき言った通りだ。強くなれ。失敗を繰り返すな」

「…………」

「私が言えたことではないが……きっと、彼ならそうするだろう。君が目指す者の姿を追え。君には目標を追い求めることが出来る力があるはずだ」

「あ…………」


 口調こそ厳しくても、振り向いたミコトはいつものように微笑んでいた。


「分かりづらい学園長よねえ。素直に言えばいいのに」


 アリアの横で、看護教官が小さく言った。


 教官の言葉でやっとアリアはミコトの真意を知った。

 そしてミコトの言った「彼」が誰を指しているかも、分かりすぎるほど分かって。


「……分かりました。頑張ります。次こそ、失敗しないように」

「うん」


 唇を噛み締めたまま、上を向いてアリアはきっぱりと宣言した。


  ***


「レイン。頼みがあるわ」


 悪魔の襲撃の翌日、放課後。教室内にてレインが帰る準備をしていると、唐突にアリアに声をかけられた。


「お、おう? 何だよ、急に」


 突然の言葉にレインは驚いたようにアリアを見た。もちろんアリアが言いたい内容は、レインもある程度予測出来ていたが――。


「私に剣を教えて。前に約束したでしょ」


「…………ですよね」


 帰る準備をする手を止めて、レインは真っ直ぐアリアを見据えた。


 アリアの体はいまだ完璧な状態ではない。そもそも、神能を使えなくなるようなダメージが、たった一日やそこらで癒える訳がないのだ。


 それでも、アリアは少しでも早く、強くなりたいと思った。悪魔の襲撃がいつかは分からないが、次こそ自分が納得出来る戦果を上げられるように。願わくば、少しでも“漆黒の勇者”に追い付けるように。


 レインはアリアの瞳を見て、何を思っているかをおおよそ察する。

 自分も同じ道を通ってきたからこそ、推測は容易だった。


「体は大丈夫なのか? 倒れたって聞いたけど」

「一日休んだからもう平気よ。少し疲れてただけ」


「……今回の結果は?」


 答えこそ分かっていたが、敢えてレインは聞いた。アリアは唇を噛み締めて、しかし偽る様子なく答える。


「…………一体逃したわ。だから、私は今度こそ失敗しないようにしたい。強くなりたいの」

「…………」


 アリアの真っ直ぐな瞳を見て、レインはしばらく黙っていた。


 レインが何を考えているのかはアリアには全く分からない。分からないが、アリアはずっとレインを見続けた。


「……そう簡単に強くなれるなんてことはない。分かってるだろ」

「もちろん。今までだってずっとそうだったし、身にしみて分かってる。けどだからって、休んでられない。休んでたら、あの人には追い付けない」


 アリアは真正面から言いきった。レインは再び黙りこんだが、しばらく経って――。


「……はあ。分かった、教えられることは教えてやる。けど、どれだけ役に立つかは分からないからな」


 そう、呆れたように言った。


「…………! あ、ありがとう!」


 思わずアリアは大きな声を出していた。あまりの大きさに、教室に残っていた数人の生徒たちがアリアたちの方を見た。


「こ、こほん。じゃあ、早速お願い。場所は闘技場で良いわよね?」

「え、まさか今日からやるの? いくら何でもそれは……」

「休んでられないって言ったでしょ! ほら、早く!」

「いや、待てって…………!」


 半ば巻き込む形で、アリアはレインと闘技場へ向かった。

 

  ***


「はあ……、じゃあとりあえず、今から指導を始める訳だけど」

「うん」


 十分後、試合を行った第一闘技場の舞台の上に、レインとアリアは立っていた。もちろん既にそれぞれの武器は抜かれ、準備は万端だ。


 闘技場は本来、大きな試合や大会、授業等で使われるのが主だが、放課後や昼休みには生徒に解放されるのだ。かなり広いために複数人での使用や大技の確認も可能であり、意外と人気は高い。

 が、どうやら今日は誰も使用する者はいないようだ。

 というより誰かいた場合、二人が修練するのは厳しいだろう。何せ神器使いとそれに匹敵する強さの聖具使いだ。まともに打ち合えば巻き込んでしまう可能性は否めない。


 そんな訳でこれ幸いと――レインはため息を吐きつつ――修練を始めることにしたのだが。


「最初に言っておくけど、俺がお前に剣で教えられることは無い」

「え?」


 いきなりレインは、ばっさりと言い切った。


「正直、剣の腕は俺とさほど変わらないと思う。剣ってのは自分なりの磨き方があるし、俺が俺のやり方を教えても、いつ身に付くか……いや、そもそも使えるようになるかも分からない」

「で、でもそれじゃあ……」

「だから、それ以外――剣以外で教えられることを教えてやる。例えば……魔法、とかな」


 レインはにやりと笑いつつ、アリアに言った。


「魔法……?」

「これなら俺にも少しは自信があるし、お前に勝ってるとこだろ。あとは基本的な身体能力だけど……これは自分でどうにかしろ」

「むっ…………」


 レインが途中にちらりと言った言葉にアリアは反応した。もとより、負けず嫌いなところに関しては大いに自覚がある。分かっていても直せない程度には。


「そうは言ってもまだ分からないじゃない? 何ならここで試してみてもいいわよ?」

「じゃあこれの透明化。術式は言わなくても分かるよな?」


 レインがアリアに手渡したのは自らの背に吊っていたあの白い剣。レイン自身がいつも行っている透明化をやってみろと言っているのだ。


「ば、馬鹿にしないでよ。私だってこれくらいはね…………」


 左手で鞘を水平になるよう下から支え、右手でその表面を撫でる。さりげなくこなしてみせるつもりだったが実際は――。


「……何だよ、この半透明化は」

「…………」


 鞘はまだら模様に透明、いやむしろ空中に中途半端な物質を浮かび上がらせたような姿になった。


「お、おかしいわね。普段はこんなじゃないんだから。いつもなら全然余裕でこれくらい……」

「分かった分かった、じゃあ魔法を教えるのは止めるよ。そうだな、それなら……」

「え、ちょっと!?」


 レインの予想外の反応にアリアは慌てた。

 負けず嫌いとはアリアの場合、自分が劣っていると知っているが故に起こるのであって、自分よりも上であろうレインに魔法を教えてもらえないのは損に他ならない。


「別に認めてない訳じゃないのよ? ただ私の方が上なだけであって、例えそうでも少しは学べることも……」

「いや、だったら効率悪いしやる必要ないだろ。とは言っても他に何があるかな…………」


 あくまで魔法を教えようとはしないレイン。空を見上げうんうん唸っているレインの横でアリアは困り果て――。


「…………うー……」

「そうだなぁ……。アリア……って何で泣いてんの!?」


 べそをかいていた。


「魔法教えて下さい……っ」

「え、あ、ああ、分かった。とりあえず泣くの止めて……」

「分かった……ぐすっ」


 そんなこんなで、レインによる指導が始まった。


  ***


「では今度こそ、指導を始めます。まずは魔法についての知識の確認からだな」

「えー、そんなのいいわよ。さっさと実践的な練習にしましょう」

「あのな…………」


 すっかりいつもの調子に戻ったアリアに、レインはため息を吐く。


「魔法が何かも知らずに正しく使える訳がないだろ。原理を知って効率的に魔法が使えれば、威力は簡単に跳ね上がる」

「はーい……」


 つまらなそうに返事をするアリアにもう一度ため息を吐きつつ、レインは魔法についてを話し始めた。


「ったく……。まずそもそも――」


 ――魔法とは何か。

 それは遥か昔から論じられてきた問いであり、明確な答えは今なお出ていない。

 だがそれでも、もし魔法を違う言葉で言い表すとすれば――答えは“人為的な、自然或いは超越現象の再現”ということになるだろう。


 魔法という現象が初めて確認されたのは遥か遥か昔、それこそ数千年前に書かれたと言われる、古代文字の古文書に記されているほどのことだとされる。空気中にほんの小さな火を生み出すだけの簡単なものだったらしいが、それが人間に大きな影響を与えたことは言うまでもない。以来人間は、魔法という現象についてを探究するようになる。


 現在の理論で考えられている魔法の過程は主に三つ。“集中”、“詠唱”、“行使”だ。これらの一つでも欠ければ魔法は発動しないとされ、最も重要な要素となる。


 魔法の流れとしては「周りのエネルギーを使って現象を引き起こす」というだけなのだが、この時必要になるのが“魔素”と呼ばれる物質だ。


 空気中や水中、生物の体内など、あらゆる場所に存在するのが魔素である。直接視認することは出来ないが、ある程度魔法の経験を積めば感覚的に察知することが出来るようになる。

 魔素は莫大なエネルギーを持ち、それを用いて現象を引き起こす。つまり魔法とは、直接的に現象を引き起こすのではなく、魔素を操ることによって間接的に現象を引き起こすのだ。


 その時必要なのが、先程の三つの過程という訳である。


 まず“集中”。どんな現象を起こしたいのか想像イメージし、魔素を引き寄せる。一番基本的で、かつ魔法の根幹となる過程だ。戦闘中に行うのは中々難しかったりする。


 次に“詠唱”。集めた魔素に命令を与え、現象を引き起こす準備をさせる。魔法において最も難しいのはこの段階であり、術者の腕前は、主に詠唱を上手く出来るかどうかで判断される。

 また、予め魔法陣等の準備をしておくことで、詠唱を容易に行うことが出来るのだが、戦闘中に行うのは言うまでもなく難しい。なので、魔法に応じた式句を唱えるのが一般的だ。上級者であれば口に出さず脳内で詠唱することで、術式の内容を悟られることを防いだりもする。


 そして最後に“行使”。準備を終えた魔素を操り、現象を引き起こす。この過程を敢えて行わず集中を保つことで、発動寸前のまま魔法を保持することも可能だ。もちろん相応の精神力は必要だが。


「――まあこれが魔法についての基本的な知識ってとこだな。理解したか?」

「理解するも何も、全部授業で教えてもらったわよ。そもそもこれを理解してなかったら、魔法なんて使えないでしょ」

「お、おう……」


 ――レインの懇切丁寧な説明を無駄な時間だったと切り捨て、アリアは早速剣を構えた。〈ヘスティア〉がぎらりと光る。


「口で説明されるより、実戦の中で教えてもらう方が分かりやすいわ。さっさと始めましょう」

「結局そっちの方が早いか……。ま、いいや。んじゃ、とりあえず始めるけど、目標を決めるぞ。その方がやり易い」

「目標?」


 レインとしては、アリアを強くすると言ってもゴールがどこか分からない。そういう意味で、アリアだけでなくレインとしても、目標があった方が良いのだ。


「お前の目標は、俺に魔法で一撃当てること。魔法だからな? 剣は無し」

「いいけど……それだけじゃ、やる気出ないわね。簡単すぎるもの」

「まだ言うか……」


 相変わらず自信満々な態度にレインは何度目とも知れないため息を吐きつつ、一つ付け加える。


「なら、俺に当てられたら何でも一つ言うことを聞いてやるよ。それならやる気出るだろ?」

「……っ、な、何でも!?」

「お、おう、何でも。俺が出来る範囲内でなら」


 食い気味に聞き返してきたアリアに驚きつつレインは答えた。するとアリアは一人考え込むように呟き始める。


「な、何でも…………」

「あの……アリアさん?」

「え!? あ、ああ大丈夫よ。決してあんなことやこんなことしてもらおうなんて考えてないから!」

「それってどんなこと!?」

「大丈夫よ! 加減は守るわ!」

「何の!?」


 何かとてつもない不安に駆られたレインは、少しだけ、付け足してしまった条件に後悔した。

 いくら何でも節度を守った願い事にしてくれる……はずだ。多分。……きっと。


 少しずつ自信を失っていくレインに対して、当のアリアは一度こほんと咳払いをし、いつも通りに――少なくとも見た感じは――落ち着いていた。


「分かったわ。その条件付きで目標にする。魔法で一撃当てればいいのね?」

「あ、ああ。魔法で、だからな」

「でもそんな簡単なことでいいの? あっという間に終わるわよ」

「あのな、自信を持つことは良いことだけど油断はしない方がいいぞ。自信と油断は違うんだ。そもそも、もとから出来ることを目標にするはずがないだろ」

「そう。じゃあ――」


 アリアは〈ヘスティア〉をレインに向けた。


「え」


 そして、集中――。


「ちょ、いきなり……!?」


「〈焔球フレイム〉」


 詠唱を当たり前のように脳内で行ったアリアは、躊躇することなく剣先に生まれた焔の球をレインに放った。


 速い。レインの予想を遥かに超えて。


 ――逃げられない。


「嘘――」


 ――直撃。

 悲壮感あふれる呟きをかき消す爆音が闘技場に響いた。


「ふう……。だから言ったのに」


 朦々と辺りに立ちこめる煙を見ながらアリアは呟いた。


 アリアが行使したのはごくごく基本的な魔法、〈焔球〉。拳大の大きさの焔の球を生み出し、発射する魔法だ。が、今の〈焔球〉の威力は普通の比ではない。

 レインより低いとはいえ、ずば抜けたアリアの魔法適性。神器使いとしての戦闘の経験によって、アリアの魔法はかなりの高みまで達していた。行使までの速度も本来より遥かに短い。


「私の魔法を見たことがなかったのが敗因ね。あんたより適性は低いかもしれないけど、自信がない訳じゃ――」


「――いや、見たことはあったよ。おかげで何とか反応出来た」


「…………なっ!?」


 ぼふっ、と。煙の中から現れたのは、半透明な半球の障壁を纏ったレインの姿だった。


「あの時の鎖はさすがに逃げられなかったけどな。それにしても不意打ちとか、中々センスはあるよ」

「くっ……〈魔障壁デウォール〉か……」


 レインが行使したのもまた、基本的な魔法、〈魔障壁〉。魔素の力を用いて堅い防御殻を展開させる魔法だが、堅さはこの通りだ。

 試合の時には〈ヘスティア〉の神能から生み出された〈竜頭雫焔フレアヒュドラ〉の一撃さえ弾いたほどであり、生半可な魔法では、割るどころか傷一つ付けることすら出来ないだろう。


「そんなの卑怯よ! 割れないじゃない!」

「だ、誰も防御しないとは言ってないだろ!? そうじゃなきゃあんな条件付け足すか!」

「くっ…………!」


 レインの魔法能力が高いことは百も承知だ。あの〈魔障壁〉を割るということがどれだけ難しいかは、アリアでなくともわかることだろう。


 ようやくこの修練の難易度に気付いたアリアは、しかし、もう一度剣を構え直した。


「いいわ、やって見せる。覚悟しなさい――レイン!」


 こうして、アリアが強くなるための修練は始まった。

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