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1―1 漸進する意思

 悪魔デモンによる学園侵攻から二週間が経過した。


 改めて確認された学園側の被害は、主に各闘技場や校庭周辺の設備の損壊、そして避難中の生徒たちの軽度な負傷に留まった。時限的に発生する攻撃や、陣構築の足掛かりとなる魔道具アイテムが設置されていないかを確かめるための調査は今もなお行われているが、いまだそれらが発見されたという報告はされていない。


『今回の侵攻の件、まずは感謝を述べさせていただきたいと思います。一つの街区どころか王国全土にまで影響が出かねない未曾有の危機でしたが、貴女方の尽力により被害は最小限に抑えられました』


 王都に位置する“王属騎士団”の拠点、騎士城ギルド。その最奥の一室、騎士団長の私室件執務室件客間である部屋。

 とても騎士団長のものとは思えないほど質素な部屋に置かれた執務机の上に重なる数多の書類を検分しながら、“王属騎士団”団長カイルは〈天声リベレーション〉にてとある人物へと礼を述べた。


『こちらこそ、貴騎士団の応援に感謝する。ジニル殿を始めとする助力がなければ、とても我らだけでは対処しきれなかっただろう。改めて礼をしたい』


 可愛らしい声に似合わない堅い口調での返答に、カイルはまた一枚書類の確認を終えてから『光栄です。彼らにも伝えておきましょう』と言葉を返す。書類の吟味と〈天声〉での通信路チャンネルの維持、そして会話という、文字通りの完全な並列思考を易々とこなしながら、カイルはてきぱきと雑務を処理していた。


 〈天声〉の相手は神騎士学園ディバインスクール〈フローライト〉学園長、ミコト。異能“視知アンノウン”での侵攻予知に始まり、敵首魁の撃退にも成功した、今作戦における功労者の一人である。彼女がいなければ、事態がどのような結末を迎えていたか分からない。王国は彼女によって救われたと言っても過言ではないだろう。


 ミコトと悪魔の繋がりを危惧していたカイルだが、少なくとも今回のミコトの動きに不審な点は見当たらなかった。学園や王国のために彼女がとり得る最善手を常に選択していた印象が強く、悪魔に加担するようなそぶりは見られない。だからといって全幅の信頼を寄せることなどできるはずはないが、カイルがミコトへの警戒をわずかに緩めたのは事実だ。

 さらに今回は、ミコト以上に看過できない事態が発生していた。


『――それで、彼は一体どうなったんですか?』


 大体の被害状況については既にミコトから報告を受けている。被害確認には第三部隊からも応援が向かっているので、そちらからの情報を踏まえても学園に目立った被害がないことはカイルも把握していた。

 しかし唯一、無視できない情報もあった。それこそが――


『……いまだ行方不明だ。悪魔に連れ去られて以降、私の瞳をもってしても足取りを追えていない。現在地のみならず、その生死すらもだ――レインが生きているのかさえ分からない』


 ――学園の生徒、レインが悪魔に連れ去られた、ということ。


 “漆黒の勇者”の正体であるレイン。第三部隊長『巨星』のジニルの報告によれば、絶位級エクストラたる首獄狗種ケルベロスを召喚した悪魔と対峙していたという。詳細な戦闘の様子は掴めなかったが、連れ去られたということは、その時点で死んではいなかった――つまりは“絶位級”をも使役する悪魔と対等に斬り結んだということだ。

 学園の生徒が単独で“絶位級”以上の悪魔と互角に渡り合うなど到底信じられる話ではないが、レインにかぎってはカイルも納得せざるを得なかった。第零部隊にレインを勧誘したあの夜、カイルはそれだけの実力をレインから感じ取っていたのだ。


 発言者の意識下における発言の真偽を見抜くカイルの異能“真言トゥルース”は〈天声〉越しのミコトの言葉を真だと判断した。つまりミコトはミコトの意識において嘘をついていない。レインの後は追えておらず、生死は不明――それこそが、現状ミコトが知り得るレインについての嘘偽りない情報だということだ。


 しかし、カイルにとってはレインの生死よりも重要な問題があった。


『彼の動向はこの際どうでもいい。より根本的な問題があるでしょう』

『…………』


 沈黙するミコトが口を開くのを待たず、書類をる手を止めたカイルははっきりと切り出す。


『彼は――レインは悪魔なのか否か。今考えるべきはその一点では?』


 確かな重みを伴ったカイルの問いが、〈天声〉越しにミコトの表情を険しくさせた。


 ベルの配下と思われる悪魔、クリューエルとの戦闘の最中、瀕死へと追い込まれたレイン。まさに死を迎えるその瞬間、彼は高位の悪魔にのみ許された治癒能力、魔素再生オートリバイヴにより肉体を再生した。さらには〈制限解除・転リミットオフ・セカンド〉という術式を用いて、黒光りする爪に禍々しい角を持つ悪魔の姿へと転じたのだ。変化はそれに留まらず、クリューエルに何らかの術を行使された後、〈制限解除・堕リミットオフ・サード〉と詠唱された術式にて、胴に穿たれた中空に核らしき球体を浮かべた異形の姿へと変貌した。


 人の姿を捨てたレインは常識の埒外の力を発揮し、クリューエルを容易く戦闘不能に陥らせた。様子を見るかぎりでは敵味方の区別なく――それこそ友人であったはずのアリアをも手にかけようとしたという。


 ミコトの異能が。そして神王ウルズの異能“千里眼ルノウ”が全てを捉えていた。情報の重大性、そして情報露見による混乱を危惧したウルズの命により、これらの事実を知っているのはウルズ、ミコト、カイルのみ。目撃者であるアリアやアルス、シャルレスには箝口令かんこうれいが敷かれている。


 事の重大性はカイルも理解している。いや、むしろカイルこそが最も正しく事態を認識していると言えるかもしれない。神騎士学園の生徒が悪魔――それも国を揺るがしかねない脅威となる可能性を秘めている怪物であった……など、ややもすれば『大厄災カタストロフ』にも匹敵する緊急事態だ。神王が情報拡散を制限するのも当然と言える。


『幸いにも、今回は学園に実害はなかったのかもしれません。だが、彼が何を目論んで学園へと近付いたのか考えるべきだ。そしてさらには……彼の入学を後押しし、異例の推薦入学を認めた貴女にも嫌疑がかけられるでしょう』


 王国内部で暗躍していたベルはもとより、悪魔が生徒として忍び込んでいたのならば、その問題性は直接的な悪魔の襲撃を上回る。ベルを含めて組織的に行動していると仮定すれば、単独で潜入したと考えるよりも何らかの協力者の関与を疑う方が自然だろう。そしてミコトこそが、まさにレインの協力者として怪しまれるべき存在。


 状況によっては捕縛や更迭も考えられる。ミコト自身に関しても出自や経歴など不明な点があるのは確かだ。


『……私に関して不安を拭い去れないのは承知している。心配ならば拘束なり監禁なりすればいい。そうされても文句は言えない立場にあるのは確かだ』


 “真言”がミコトの真意を証明する。この場を誤魔化すための口上ではなく、本心からミコトは自身の危うさを理解しているのだ。


 しかしその上で、伝えたいことがあるとミコトは言葉を区切ってから言った。


『確かにレインは悪魔だったのかもしれない。しかし彼は決して人類を滅するものではない。彼は……人を尊び守ることができる存在だ。それだけは理解しておいてほしい』

『…………』


 ミコトの真摯な訴えに、カイルは沈黙した。


 レインへの疑いの目を少しでも逸らすためのハッタリ――と捉えるのが普通だろう。しかし、“真言”はそうではないと告げている。

 そもそも、もしレインが人類に仇なす存在ならば、わざわざ正体を晒してまで学園を守る意味がない。ミコトや神王の能力を考えれば誤魔化すこともできないと知っていたはずだ。そこまでして学園を守ったとして、悪魔であるレインに一体どんなメリットがあるのか。


 答えを出すにはあまりにも不確定な要素が多すぎる。レインには一度直接話を聞く必要があるだろう。


『……まあ、私もここで貴女を問い詰めたい訳ではありません。貴女の処遇については、神王様を含め後日会議を開く必要があるでしょう。少なくともそれまでは我々も協力するつもりです。当面の目標はレインの捜索、および救出になるでしょうから』


 ひとまずはミコトへの追及を諦めたカイル。ミコトは『感謝する』とだけ言って、それ以上の弁明はしなかった。


『それで、レイン君を連れ去った悪魔について、何か分かったことはありますか? こちらとしても協力したいところですが、正直に言って情報がなさすぎる。このままでは救出など夢のまた夢だ』


 レインの生存を仮定したカイル。わざわざ連れ去ったのならば殺す可能性は低い――という考えはあまりにも短絡的だが、今はそうであることを望むしかないのだ。疑惑の真偽を含め、王国にとってレインは簡単に切り捨てていい存在ではない。そしてカイルにとってもレインは、ミコトの身辺を探る上で重要な存在だ。このまま死んでもらっては、わざわざ第零部隊に勧誘した意味がなくなってしまう。


『少なくとも、今回の侵攻を企てたベルらと対立しているのは間違いない。ベルはレインを殺そうと――あるいは何らかの形で利用しようとしていた。仲間だったのならば横から奪い取る必要はあるまい。そして、これはあくまで参考程度だが、直接その悪魔――オルタに接触したアリアらには、我々と敵対するつもりはないと語っている。……事実、アリアたちは殺されるどころか敵の攻撃から守られていたようだ』

『…………なるほど』


 ミコトの情報に対して、カイルは間を置いて頷いた。


 正体不明の悪魔――オルタの意図が読めないというのが素直な所感だ。学園の危機に突然現れ、レインを攫ってどこかへ逃げた。ミコトの異能や“王属騎士団”の諜報力をもってして追えないのだから、並大抵の悪魔とは異なる能力を持つのは間違いない。


『深手を負っていたとはいえ、ベルをも容易に退けたのも確認済みだ。どれほどの実力を持つのかとても計り知れない。学園に矛を向けなかったのは幸いと言えるだろうが……真意は全く不明だな』


 ミコトの異能“視知”は過去をも見抜く。第二校庭で行われていたことは全て把握され、カイルにも伝わっていた。もちろんその情報も、“真言”を通して虚偽の報告ではないことを確認している。


 ミコトが苦戦したベルに容易く致命傷を与えたというオルタ。ベルが重傷を負っていた事実を考慮したとしても、とても無視できる話ではない。ミコトの実力を知るカイルだからこそ、オルタの異常性がよく分かる。

 カイルはミコトと並ぶ強者だ。“王属騎士団”の団長という肩書きに恥じない、文字通り王国屈指の神騎士ディバインである。むしろそれほどの騎士であるカイルに匹敵する彼女の方が特異とも言えるのだが、そのミコトと同等以上の力を有するということは、オルタはカイルをして「勝てる」と断言できない脅威であることを意味する。つまりオルタは、たった一体で王国を壊滅させかねないのだ。


 正直なところ、ベル相手ならば事態がどう転ぼうと対処できるとカイルは踏んでいた。実際に学園が襲撃され、逐一入ってくる報告を聞くかぎり、例えば“王属騎士団”の戦力を結集させればベルを含めて掃討が可能だとカイルは判断した。敵は絶位級を始めとする想定外の戦力を有していたものの、こちらの総戦力を上回るほどではなかった。もちろん、ベル自体が陽動である可能性などを考えれば断言はできないが、明確に人類を蹂躙できる脅威は確認できなかったのだ。


『確かに……幸い、だったのでしょうね』


 ――しかしオルタこそが、その脅威となりうる。


 現時点でオルタに対応できる人員はカイルの見識中でも数えられるほど。考えたくはないが、もしオルタと正面から敵対することになれば、決して小さくない被害が出るだろう。


『貴女を信じる訳ではありませんが……貴女の言葉だけは、“真言”を抜きにしても信じるしかなさそうです』


 「この世界の安寧は脆く危機的な状態にある」。かつてミコトはそう言っていた。王国を揺るがす危機――机上の想定ではなく、確かに存在する脅威として、カイルは始めて「危機」を実感したのだ。


『とにかく、今すぐに講じられる策はなさそうですね。捜索は引き続き行っていきます。何か情報を掴むまで待つしかないでしょう』


 『そうだな』とミコトも同意した。焦ったところで、手がかりがない今は何もできない。無意味に気をもむよりも他のことに余力を割くべきだろう。


 学園が襲撃されたことによる影響は既に王国全域に広がっている。各重要拠点の警戒体制の見直しや監視体制強化は当然として、神王国最強の騎士を決める“騎王戦”の中止も先日正式に決定された。いつ悪魔が襲い来るか不明な状態で、優秀な騎士を数ヵ所に集める訳にはいかないからだ。それに伴い〈フローライト〉でも校内戦の実施が見送られた。


『……今が変化のときなのかもしれない。『大厄災』を始めとして、悪魔が動きだしている。奪われないためには力が必要だ。この状況を打破するにたる、新しい力がな』

『随分と迂遠な言い方ですね。何が言いたいのですか?』


 業を煮やしたカイルに、ミコトはわずかに間を置いて言った。


『不躾だが頼みたいことがある。私のためではなく、平和を願うものとして、人類を守るための願いだ』


 そして、ミコトはその願いをカイルへと告げた。

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