表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/154

5―3 真性の悪魔

 オルタが放った〈大地憤然ディスガイア〉で第二校庭にぽっかりと開いた大穴。その中で吹き飛ばなかったのはわずかに三つの地点。


 オルタが構築した障壁に覆われた、アリアたち三人とレイン周辺の地点。オルタが立つ地点。そして――クリューエルを背にしたベルが立つ地点。


 怒気を隠そうともせずに辺りに振りまくのは、全ての元凶たる悪魔デモン、ベル。黒と白と透明が入り混じったその瞳は真っ直ぐにオルタを射抜いている。

 一方でオルタは、平然とした様子ながらも、先程よりもわずかに冷たさを増した笑みを浮かべていた。恐怖や不安ゆえではない。オルタがベルに向ける瞳は、獲物の品定めをする獣のそれに似ていた。


「久しいな、オルタ。また会えて嬉しいよ」


 とても額面通りには受け取れないベルの言葉には、圧倒的な怒りが込められている。クリューエルと同じく、ベルもまたオルタに対して抑えがたい怒りを感じているのだ。


「こちらこそ、君と再会できてよかった。息災・・で何より」


 ベルの腹を見ながら言葉を返すオルタ。ミコトに受けた痛々しい傷を嘲る挑発に、ベルが怒りを強くする。


「下衆が……! 簡単に死ぬとは思っていなかったが、我らが王から隠れ、よもや人間と手を組んでいたとは。どこまでもふざけた屑だ」

「昔馴染みに対して酷い言い様だね。かつては共に戦った仲だろう?」

「…………ッ」


 ことごとくオルタはベルの神経を逆撫でする。限界を迎えかけたベルの腕がぴくりと動いたが、思いとどまったのか、魔法を使うことはなかった。ここで戦うことの無意味さは十分に知っているからだ。


 ベルがわざわざ危険をおかしてまで第二校庭ここに来た理由は、クリューエルの救助と、レイン、そしてオルタの確認を行うため。実際に目で見ることで、ベルはオルタの脅威を再認識していた。


「ベル、様……ここは私が…………!」


 ベルの背後で地面に這いつくばるクリューエルが呻くように声を上げた。ベル同様、オルタに対して激しい怒りを持つがゆえに自我を保っていられるが、〈偽りの覚醒〉の反動により、本来ならばまともに物も話せないほどの苦痛に苛まれているはずだ。


 起き上がろうとするクリューエルをベルは制止した。


「黙って寝ていろ。お前が口を出せる場面はとうに過ぎた」


 この世に三体しかいない“真性の悪魔オリジナル”が一体、オルタ。大戦初期にはレインと並ぶ戦果を上げていた正真正銘の怪物。後の裏切りにより悪魔からの評価は著しく低いが、一方でオルタこそが最終的に悪魔最大の戦果を生み出したとの声もある。なぜなら――


「奴こそが魔法を創った存在・・・・・・・・。簡単に手を出していい相手ではない」


 ――オルタ、またの名を「天災術士ジーニアス」。この世界に魔法をもたらした者。


 その特異体質こそが“魔法マジック”。魔素を対価に想像イメージした現象を引き起こす万能の力。オルタが天才ジーニアスと呼ばれる由縁は、魔素が現象を引き起こす原理そのものを解析し、万人が扱える形に整理したことにある。後に人類が幾多の世代をかけて到達する過程を、たった一人で成し遂げたのである。


 知能の高い悪魔はこれらの理論を理解し、“魔法”という特異体質を擬似的に扱えた。魔法が戦力の拡充にどれだけの効果を与えたかは言わずとも明確だろう。オルタがいなければ、あるいは古の大戦もあれだけ拮抗することはなかったのかもしれない。


「貴様と戦うつもりはない。どうやらレインの暴走は防がれたようだが、確実に制限リミットは壊されつつある。災厄が復活する日はそう遠くないだろう。その確認をしに来ただけだ」


 アリアの横に倒れるレインへと視線を向けたベルは、そう呟くと右手を横に上げ、陣を創った。ベルたちの本拠地へと戻るための転移陣だ。黒く渦巻く陣をくぐれば、ひとまずは安全を確保できる。


「へえ…………」


 オルタは不敵に微笑むと、ベルが創った陣を見つめた。


「幾つかの陣を中継する長距離の瞬間転移陣か。行き先は“降臨の地アドベンティス”かな?」

「…………!」


 一目見ただけで転移陣の仕組みと終点を見抜いたオルタ。“魔法”を持つオルタにとっては眼前の魔法の理論ロジックを見抜くことなど造作もない。


「それと、私と戦うかどうかは君が決めることじゃないよ」


 続けてオルタはパキンと指を鳴らす。途端、ベルが創った陣がベルの意思に反して閉じた。


「――全ては私が決める。さあ、存分に戦おう」


 ベルの逃げ場を封じたオルタは、カードを辺りに漂わせ、深い笑みを浮かべた。


「…………」


 転移が叶わなくなったベル。重傷を負い、〈偽りの覚醒フェイクバースト〉の効果も切れかけている今、オルタと戦うのはあまりにも無謀。万全の状態でさえ勝てるか分からない難敵相手にどこまで食い下がれるかがベルの命運を分ける。


 「死」を覚悟して、ベルは戦闘態勢をとった。


「〈久遠の呪詛(エンドレスカース)〉」


 ベルの特異体質“瘴心ダーティ”によって蛇の形をとった瘴気がオルタへと向かう。一度絡み付かれれば、終わることのない苦痛に苛まれ、やがて精神が崩壊する危険な呪詛だ。


 ベルも悪魔としてはかなりの術士だが、オルタは純粋な魔法で勝負していい相手ではない。恐らくベルが放つ魔法の全てを理解し超越することが可能だろう。ゆえにベルは魔法単体での攻撃を避け、現段階では唯一優位性を保てる特異体質にてオルタを封じ込めようとした。


「恐ろしい呪いだねぇ。でも、当たらなきゃ意味ないよ?」


 しかし、当然ながらオルタもそれは承知の上。瘴気に下手に抗うことはせず、カードを陣として障壁を張る。


「〈魔障壁・祓デウォール・エクソ〉」


 普通の魔障壁とは異なる、ぼんやりと白く輝く障壁がオルタを包んだ。


 純白の障壁は呪いを浄化する。魔障壁に触れた途端、瘴気の蛇は形を失い、靄のように拡散した。“障心”さえオルタには届かない。

 しかし靄は消えることなく障壁にまとわりつき、オルタを包囲する。


「…………?」


 オルタが眉を潜める。靄が周囲の魔素をかき乱し、視界のみならず魔素からの情報を不透明にしたのだ。


 煩わしく感じたオルタは障壁を内部から砕き割る。粉々に散った障壁の破片が靄を巻き込んで消え、オルタは視界を確保した。予期していた通り、ベルの姿はない。


 見回してみると、倒れていたはずのクリューエルの姿もなく、オルタはベルの逃走を疑った。あの短時間で陣を創るのは難しいと思うが、事前に何らかの準備をしていれば不可能とは言えない。

 特異体質に魔法を重ね、悪魔相手にも通用する目隠しを仕込んでいたとはオルタも予想できなかった。そもそも、オルタの本能がベルの殺気を感知していたために、とても逃げるとは思えなかったのだ。


「ふうん…………?」


 殺気は勘違いか――と首を捻るオルタ。


 そのときだった。


「――〈永劫なる呪怨アシールカース〉ッ!」


 その上空から突如降ってきた漆黒の大蛇が、オルタを飲み込んだ。


「…………!?」


 瘴気の中でもがくオルタ。しかしもがけばもがくほど瘴気は崩れオルタを侵食する。瘴気は辺りの魔素をも侵食し、内部での魔法の使用を封じた。


 最大級の“障心”による侵食。飲み込まれたが最後、いかなる術士でも逃れることはできない。

 抵抗していたオルタの動きは徐々に鈍くなり、三十秒もすると完全に沈黙した。


 大蛇がどろりと崩れ、一つの影が這い出る。


「……はっ……はっ…………」


 瘴気から這い出たのは下半身を失ったベル。その表情は苦悶に満ちており、〈偽りの覚醒〉も完全に切れていた。大きすぎる代償がベルの精神を蝕んでいるのだ。


 オルタの目隠しをした瞬間、ベルは瞬時にクリューエルと自身の体を破壊した。周囲の魔素を手足のように扱うオルタの感知能力の前では生半可な隠蔽は無意味だからだ。生体反応と魔素反応を極限まで隠すには、肉体そのものを破壊するしかない。

 本来ならば肉体全てを喪失すると再生に時間がかかりすぎてしまうが、〈偽りの覚醒〉がある今ならば幾分早く再生することができる。むしろオルタの注意を逸らすという点では多少の時間をおいて再生する必要があったため、ベルは肉体を完全に破壊し、ほぼ核のみの状態でオルタの上空へと潜んだ。


 思惑通りオルタはベルの逃走を疑い警戒をわずかに緩めた。その瞬間に、ベルは最大まで解放した特異体質“瘴心”にてオルタを飲み込んだのだ。


 再生途中で〈偽りの覚醒〉が解け、五体の揃っていない状態だが、オルタをころせたのは僥倖以外の何物でもない。上手くいけば忠実な傀儡として手札に加えることもできるだろう。そうなればレインの復活を待つ必要もなくなる。


「ぐ…………が…………」


 頭が割れるような苦痛に耐えながらベルは這ってクリューエルの下へと向かう。ベルとは違い、〈偽りの覚醒〉が切れた状態で肉体を失ったクリューエルは再生がほぼ行われず、核のみで苦痛に苛まれているはずだ。一刻も早く救出して本拠地へと戻り、再生させてならなければならない。

 レインやオルタ相手では役に立たないが、人間を滅ぼす上で頭数は必要だ。少なくとも“四選魔カルテット”は悪魔としては最上位付近に位置する個体たちのため、無闇に切り捨ててしまう訳にはいかない。


 ゆっくりと這うベル。その手がついにクリューエルの核を手にしたときだった。


「いやぁ、なかなか強力な呪いだったよ。私じゃなかったら簡単に壊れてただろうね」


 背後から、ベルがもっとも聞きたくなかった声が聞こえた。


「…………!」


 あり得ない。そんなはずはない。認めたくない。ありとあらゆる否定がベルの脳内を埋め尽くした。しかし現実は何よりも非情だ。


 気力を振り絞って後ろを向いたベルが見たのは、瘴気に包まれたままのオルタ。


「馬鹿な…………!」


 “瘴心”は確かに威力を発揮している。つまり今もオルタは心を握り潰され、苦痛に灼かれているはずなのに。


 オルタが指を鳴らすと、瘴気が祓われ、あの得体の知れない笑みを浮かべるオルタがそこに立っていた。


 防御魔法を使うことはできなかったはず。事前に耐性を高めているようにも見えなかった。ならば唯一考えられるとすれば――


「元から……壊れてるのか…………!?」


 最初から壊れている・・・・・・・・・。“障心”が蝕むよりも先に、精神が崩壊しているというのか。


「……魔法は魔素を制御して扱う術。さらに言えば、そこら中を飛び回るエネルギーを扱うわざ。それら一つ一つを扱うには、到底まともな精神じゃいられないんだよ」


 オルタはベルをして怖気が走る笑みを浮かべた。


 本来、精神が崩壊した時点で悪魔を含む生物は能動的な活動を停止する。しかし例外的に、オルタやレインは精神が崩壊した状態で誕生し、成長した。つまりは精神に代わる「何か」が彼らを動かしているのである。同時に、壊れた精神が彼らに異常性を付与した。オルタの場合は、魔素を操る上で、精神の崩壊が有利に働いたのだ。


 それこそが“真性の悪魔”の隔絶した強さの理由。彼らは奇跡的に誕生した異分子イレギュラーなのである。


「うーん……もう楽しくなさそうだし、終わらせようか」


 ベルの周囲に漂った三枚のカード。眩く発光した後にベルに張り付き、そして――


「〈魔体爆散デモンブレイク〉」


 “皆爆ブラスト”を再現した魔法が、ベルの核ごと第二校庭を吹き飛ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ