4―1 ジニル・ヘルビア共同戦線
「さて……どうしますか…………」
一人呟くジニルが相対するのは、絶位級に位置する悪魔、首獄狗種。天災にも匹敵する脅威度は、常人が「数」で対応できる範囲をとうに越えている。現状、この場で首獄狗種の前に立つことができるのは“王属騎士団”第三部隊長、『巨星』のジニルのみ。
神器〈テミス〉の神能“聖鎖”とジニル自身の類まれなる剣術によって、首獄狗種の攻撃を反射することはできた。しかし、首獄狗種が纏う強靭な毛――黒鎧毛の威力減衰は凄まじく、三倍の反射でも本体には大したダメージを与えることができない。加えて、剥がれた毛も一瞬にして再生してしまう。
「ガアアアアアァァ!!」
「…………!」
ジニルに考える時間を与えずに突撃してくる首獄狗種。その巨躯にしては尋常でない速度で肉薄し、大きく顎を開いて放つ噛みつきは、獲物が金属だろうと易々と噛み砕くだろう。しかし噛みつきを予測していたジニルは牙の檻に捕まる寸前で後ろに飛んで回避すると、空中で少しも体勢を崩すことなく〈テミス〉を振るう。
「〈宙斬〉」
超速の二連撃はまさしく音速で宙を駆け、正確に首獄狗種の中央の頭の両眼を斬り裂いた。眼球に触れる瞬間に抵抗どころか音さえ生じなかったのは、ひとえにその斬撃の鋭さゆえ。
「ギャウウウァァア!!」
普通の悪魔ならば、目を潰された段階で多少動きが鈍る。魔素で外界を認知できる悪魔でも、目を失えば認知の精度は確実に落ちるからだ。
しかし――
「「グルルルル!!」」
ギロリとジニルを睨んだのは両脇の頭の双眸。中央の頭が目を潰されようとも、怯むことなくジニルに襲い来る。
頭部が三つ、すなわち目や耳なら六つ、鼻が三つあるために、首獄狗種の感覚は恐ろしく鋭い。たとえ一つを失っても、他の二つが欠損部分のはたらきを補うのだ。三つの頭を同時に無力化するには〈流水の撃〉を用いて首獄狗種自身の攻撃を反射するしかないのだが、それでは最後のトドメを刺すことができない。
「…………」
機敏な動きで追撃をかわしつつジニルは考える。
首獄狗種の核は犬や狼の心臓と同じ、首の根元からわずかに腹側に位置する。面倒な頭は落とさずに足下に潜り込めば、直接攻撃することは可能だ。しかし当然ながら〈流水の撃〉は使えず、黒鎧毛をどうにかして突破しなければならない。
さらに、首獄狗種は各頭部に補助核と呼ばれる小さな核を持つ。この補助核を破壊せずに本体の核を破壊した場合、三つの頭部はそれぞれ独立した体と新たに一つの頭を生み出し、双頭狗種と呼ばれる上位級の悪魔に変化する。つまり、本体の核だけを壊してしまうと、双頭狗種が三体生まれるということだ。双頭狗種は獰猛性と敏捷性に優れる悪魔であり、首獄狗種の討伐時にほぼ壊滅状態だった騎士団が、双頭狗種に蹂躙されたという記録が何度か残っている。
たとえ双頭狗種が三体生まれようとジニル一人で対処することは可能ではある。しかし第二闘技場に生徒たちが避難している以上、必ずしもジニルを狙ってくるとはかぎらない。最悪のパターンとしては三体が第二闘技場に殺到し、ジニルの足止めが間に合わず中の生徒たちに被害が及ぶ事態が考えられる。
リスクを考慮すれば双頭狗種を発生させるのは得策とは言えない。第一、〈流水の撃〉を使わずして黒鎧毛を突破する手段がない以上、本体の核だけを破壊する作戦は無謀だろう。
となれば、ジニルがすべきは対象の撃破ではなく時間を稼ぐこと。生徒たちの避難を優先し、第二闘技場から安全な場所へ移動するまで首獄狗種を抑えこむことだ。
――間隙を突き、ジニルの背後に回った首獄狗種。噛みつきではなく、前足で獲物を引き裂く一撃が背後からジニルへと迫る。
「甘いですよ」
反転したジニルの得物〈テミス〉が首獄狗種の右前足を撫でるように斬る。接触の瞬間に発動した“聖鎖”が右前足の動きを止め、ほぼ同時にジニルが直前までの運動の衝撃をそのまま跳ね返した。
「〈岩砕の撃〉」
ビキリ! と鈍い音が響く。衝撃が首獄狗種の前足を伝わり、内部まで破壊したのだ。零距離まで密着し、かつ一点に集中する物理攻撃ならば黒鎧毛も意味をなさない。
ただし、魔素を介した攻撃ではないためジニルの異能“媒苛”は効果を発揮せず、あくまで等倍での反射だ。砕けたのはせいぜい骨の一部に留まり、決して大きなダメージではない。
折れた片足を庇いながらも器用に後退した首獄狗種は、魔素再生にてすぐさま傷を修復する。仮に足を一本切断されたとしても容易く再生してみせるだろう。半端な傷では足止めにすらなり得ないのだから厄介だ。
「魔素切れも期待はできないですね…………」
再生を多用する悪魔に対しては、魔素不足による再生不能状態に追い込むのも一つの手だが、首獄狗種を始めとする絶位級以上の存在にはあまり有効ではない。そもそも蓄えている魔素量が膨大なのに加え、彼らの存在自身が魔素を呼び集めるからだ。特に首獄狗種は黒鎧毛にも大量に魔素が含まれており、再生できなくなるまで一体どれほどの時間がかかるのか見当もつかない。
状況をまとめると、首獄狗種を倒すのならば三つの頭部を破壊してから本体の核を破壊するのが最善。しかしジニルだけでは頭部を破壊するのが精一杯でトドメを刺すことはできない。本体の核だけを狙うのは難易度が高く、仮に成功しても生徒が犠牲になる可能性がある。
結論――ジニルには首獄狗種は倒せない。
「私だけなら…………ですがね」
絶位級が強敵であることは分かりきった事実。たとえ“王属騎士団”副団長と言えど一人では……ましてや守らなければならない人々を背負いながら勝てるはずはない。そんなことができるのならば、わざわざ絶位級などという大層な区分を作る必要などないのだ。
つまり絶位級とは明確な線引き。人間という種が敵わないと見なされる境界だ。台風や地震といった災害と同じ、人智の及ばない領域に君臨する怪物たちの総称と言ってもいい。事実、王国が定める悪魔の区分けに絶位級以上の名称はない。あったところで無意味だからだ。
――その意味で言えば、ウチの団長は「人」を辞めているのかもしれないが、とジニルは笑う。〈フローライト〉の学園長ミコトにしてもそうだ。彼らは種の限界を越えている。あるいは元から人ですらなかったか。
いずれにしろ、ジニルは「人」である。恐らくはこれからも「人」であるだろう。自分の限界とやらを悟ってしまうのに十分なほどジニルは研鑽を積んだ。ジニルは、自分は完成された、完成されてしまったと知っている。せめて体が万全であれば――いや、それも言い訳か。
ジニルだけでは、この悪魔は倒せないのだ。
「グルルルル…………!!」
首獄狗種は唸り、再びあの漆黒の球を生み出す。合計三つ、人ひとりを丸々飲み込めるほどの直径のそれらが、バチバチと爆ぜるときを待つ。
「分かっているでしょう、私にそれは通じない。痛い目を見たくないのなら大人しくしていることです」
〈テミス〉を下段に構え、ジニルは静かに威圧する。首獄狗種は言葉こそ話せないものの、学習できないほど馬鹿ではない。これまでの経験からジニルの攻撃反射は理解しているはずだが――
「グルアッッ!!」
吠えた首獄狗種がジニルに向けて放つ球――その数は二つ。
そしてもう一つ、寸前で向きを変えた右の頭が放つ球が向かう先は――第二闘技場。
「―――」
ジニルに向かい来る二つの球は軌道の途中で交わり一つの巨大な球となる。あれが爆ぜれば地面に穴が開く程度ではすまない。一帯を衝撃の奔流が荒れ狂い、第二闘技場を含めた建造物が崩壊する。防ぐには〈流水の撃〉で反射し、黒鎧毛の威力減衰を使って衝撃を殺すしかない。
しかしこの場でジニルが〈流水の撃〉を使った場合、第二闘技場へ向かう球を迎撃するのは間に合わない。この距離を瞬時に駆ける瞬発力はジニルにはない。
首獄狗種を第二闘技場へ近付けないよう距離を取ったのが仇となった。そして首獄狗種はジニルの過失――否、生徒を守るためにやむなくとった手段の脆弱性を見抜いた。
これが、人の限界。
「副団長ともあろう者が情けない…………」
ジニルは下を向き、迫る球から目を逸らした。
勝利を確信した首獄狗種が遠吠えをする瞬間。
「まさか……弟子に救われるとは」
――〈流水の撃・伍の威〉。
剣筋はもはや見えなかった。音なく反射した球は猛烈な勢いで飛び、首獄狗種の左の頭を直撃。
微かに瞬いた閃光は破壊の前兆。
直後、左の頭の半分が吹き飛んだ。
「グオッ!?」
球二つのエネルギーを五倍で反射したとき、その威力は当然ながら球一つの十倍に達する。つまり、〈流水の撃・参の威〉のさらに三倍以上。それが直撃すれば、多少威力を散らされたところで頭も吹き飛ぶだろう。
そして残る一つの球は――ジニルの頼れる弟子が斬っていた。
「神能“破滅”――〈万物の崩壊〉」
破壊の象徴、〈ハデス〉の神能である“破滅”。触れた一切を壊し消滅させるという単純無比な力が球を飲みこみ消失させる。衝撃は微塵も生じなかった。
第二闘技場を破壊するはずだった球を破壊した神器使いは、白銀の輝きを放ちながらジニルの横に並び立った。
「生徒の避難誘導と悪魔の処理に手間取り、到着が遅れました。――申し訳ありません、ジニル副団長」
〈フローライト〉の二年生にして“王属騎士団”元副団長、ヘルビア。ジニルにとっては、“王属騎士団”入団時の指導を受け持ったかつての弟子。
王国最強の騎士団である“王属騎士団”。その副団長を経験した二人が、首獄狗種の前に立った。
「謝ることはありませんよ。むしろ私の方こそ、手間をかけさせて申し訳ない。一人でもなんとかなると思っていたんですがねえ…………いやはや、伝承に聞く災厄は想像以上」
苦笑いするジニル。辺りを見回したヘルビアは瞬時に事態を理解する。
現在第二闘技場では団員先導のもと、生徒たちの移動の準備が進められている。闘技場に張られた〈魔障壁〉は万が一の被害を防ぐためだろうが、先程の球を見るに、耐えられても一撃……あるいは一撃も耐えられない可能性がある。
一方でジニルに目立った負傷は認められない。首獄狗種出現の通信からそれなりに時間が経っているが、あれだけの攻撃を前に傷一つ負っていないのだ。加えて周囲の建造物や地面に大きな損壊も見られず、ジニルの卓越した戦闘能力が窺える。
苦笑いするジニルはヘルビアにとっては新鮮で、少しだけ身近に感じた。ヘルビアが師事を仰いでいたときのジニルはいつも微笑んでいて――あるいは微笑み以外の表情を見せることはなくて、かえって不気味に感じたほどだ。まるで、本当の自分を隠すような笑い方だったから。
しかし今では理解できる。ジニルは常に「副団長」であろうとしていたのだ。どんな事態に陥ろうと折れることのない、隊員たちの精神的支柱に。副団長を経験したヘルビアだからこそ、ジニルが素を見せなかった理由が理解できた。
そんなジニルがヘルビアに素を見せるということは、それだけ参っているのだろう。それとも、ほんの少し、今までよりも信用してくれたのだろうか。
くだらない疑問の代わりに、ヘルビアは一つだけジニルに聞いた。
「……〈顕神〉は、まだ体への負担が大きすぎますか」
「…………」
回答は沈黙。ただ、面と向かって否定しないだけで答えは出ていた。
ヘルビアが副団長となった直接の理由であるジニルの負傷。遠征中に隊員を庇って負った怪我――いや、怪我自体は些細なかすり傷だったのだが、その傷を負わせた悪魔の特異体質が厄介だった。消えることなく肉体を蝕む毒がジニルを冒したのだ。
悪魔自体は即座に討伐されたのだが、毒はその後一ヶ月に渡りジニルを苦しめ、最終的には満足に食事することもできなくなるまでジニルを衰弱させた。“王属騎士団”や、その要請を受けた王国中の治癒術式の使い手が総力を挙げて治療したおかげで一命は取り留めたものの、黙っていれば一週間ほどで死んでいてもおかしくなかったという。
それほどの重体になってから、まだ半年と少し程度しか経っていない。そんなジニルがここまで動けているのはジニルの驚異的な回復力ゆえだが、まだまだ本調子とは言えない状態だ。生身で神の力を再現する〈顕神〉は余りにも負担が大きすぎる。
「……全て言い訳です。守れなければ、理由など無意味ですから」
微笑んでジニルは呟く。その視線は真っ直ぐ首獄狗種に向けられていて、いつもより鋭かった。
ジニルは前を向いたまま、ヘルビアに問う。
「時にヘルビア君。〈ハデス〉の力ならば、あの首獄狗種の核を破壊できますか?」
「……はい、問題ありません。補助核だろうと本体の核だろうと、直接触れることさえできれば」
ヘルビアは簡潔に答えた。ジニルは冗長な回答を好まない。無駄な臆測や理由付けは排除して、ヘルビアは事実のみを述べる。
かくして、答えを聞いたジニルは、いつもの微笑みをヘルビアに向けた。
「ならば君は、核を壊すことだけを考えなさい。タイミングは指示します」
――瞬間、怖気がヘルビアの背を撫でた。
ジニルを不気味に感じていたもう一つの理由を思い出す。微笑みが隠していたのはジニルの素――そして、鬼。底知れぬものを腹に飼っているのだと、いつかヘルビアは気付いたからだ。
「私から距離を取って下さい。恐らく首獄狗種は先程と同じようにあの球をバラバラに放つはずです。私と君と、そして第二闘技場へ。自身へ向かってくる球の処理はできますね?」
「はい。ですが、第二闘技場への攻撃は…………?」
「彼らも“王属騎士団”の団員です。一撃……いや、二撃は耐えられるでしょう。不安ですか?」
ヘルビアは首を振る。第三部隊はいずれもヘルビアより長く騎士団に在籍している者ばかりだ。多くの団員が神器という武器こそ持っていなくとも、その経験や知識は決してヘルビアに劣らない。そんな歴戦の猛者を心配するなど、無礼以外の何物でもないだろう。
「ならば指示に従いなさい。そして忘れないように。私か君か、いずれかが失敗すれば、恐らくもう首獄狗種を止めることはできません。その事を肝に銘じなさい」
ジニルの言葉に、ヘルビアが頷いた瞬間だった。
――首獄狗種がヘルビアのすぐ横に現れたのは。
「…………!」
ジニルが素早く反応し、ヘルビアの前に立つ――が、ガクリと膝が折れた。万全の体勢を整えることができず、首獄狗種の前足が容赦なくジニルを打ち据えた。
「か…………ッ!」
吹き飛び、遠く離れた地面に叩き付けられるジニル。
しかしヘルビアはジニルに目を遣ることはなかった。ヘルビアを庇った結果の事態だとしても、ここでヘルビアが動じれば首獄狗種の追撃を受ける。それではジニルが体を張った意味がない。
「〈万物の崩壊〉」
振りかぶり、ジニルを打ち据えた前足に対して振り抜かれた〈ハデス〉。“破滅”の前には黒鎧毛など意味を成さない。抵抗なく、首獄狗種の太い右前足が両断された。
「グウゥウアア!?」
恐らく初めて経験する、黒鎧毛の通用しない相手。痛みに唾液を撒き散らしながら叫んだ首獄狗種は素早く反転しヘルビアから離れる。
しかし、大きく飛んで片足で着地した刹那、首獄狗種が感じたのは悪寒。
「…………!?」
発生源は――ジニル。吐血しながらもゆらりと立ち上がったジニルの顔……笑みの消えた、殺気に満ちた眼差しが、絶位級たる首獄狗種を射竦めた。
本能が発する警鐘に従って、首獄狗種は自身が放てる最大の攻撃、すなわち全てを破壊する球を生み出す。
『……さあ、準備はいいですか、ヘルビア君。少々無茶をしますが…………巻き込まれないでくださいね』
〈天声〉にて届いたジニルの思念をヘルビアが訝しむ間もなく、首獄狗種は球を放った。ジニルの予想通り、ジニル、ヘルビア、第二闘技場の三方向へ。
――球が自身に向かって飛んでくる中、ヘルビアの広い視野の中で様々なことが起こった。
まずは視界右側、第二闘技場へ飛ぶ球に突如雷が落ち、同時に闘技場を覆う障壁が厚くなった。恐らくは第二闘技場内の神器使いの団員によるものだろう。球は威力を散らされ、障壁の耐久力は大きく向上した。あれならば耐えることができる。
次に視界中央、自身に接近する球をヘルビアは斬る。“破滅”の力で球は破壊され、被害をもたらすことなく消失する。ジニルの指示に従い、ヘルビアは首獄狗種へと詰め寄る。
そして視界左側、ジニル――その姿は。
「―――」
思わず、ヘルビアは言葉を失った。
その身を包むのは純白の衣。全身を金属で覆う〈ハデス〉と異なり、布をメインとして肩や腰など局所のみを金属の防具でカバーしている。頭部には両目を隠す黒い布が巻かれていた。
かつて一度だけ見たことがある、〈テミス〉の〈顕神〉。視界が制限されるが、視覚以外の全感覚が強化され、ジニルが得意とする攻撃反射をより精緻に行うことを可能にする。
ヘルビアをもってして、ジニルの剣閃は捉えられなかった。
「〈流水の撃・弐拾の威〉」
二十倍の攻撃反射。もとより圧倒的な破壊力を秘めていた球は、もはや絶望的な破壊力を内包して首獄狗種を飲み込んだ。黒鎧毛の威力減衰など焼け石に水。何かを叫ぶこともできず首獄狗種の頭部は爆ぜ、爆発の余波が周囲をも襲った。
木々は倒れ、地面は抉れ、建造物すら悉くが倒壊していく。寸前の〈天声〉の意味を知ったヘルビアは、しかし荒れ狂う衝撃を物ともせずに首獄狗種へと駆けた。
ついに辿り着いた首獄狗種は、頭部どころか首の根元までが爆ぜ飛んでいた。足下から高く飛び上がったヘルビアは、肉の合間に微かに見える煌めきへと〈ハデス〉を突き入れる。
「〈尽壊の一振り〉」
触れた一切を壊滅させる究極の一撃。〈ハデス〉は再生しようとする周りの肉を物ともせずに、煌めく物体――核へと触れ。
硬質な破砕音を響かせ、伝承に語り継がれる絶位級、首獄狗種は討伐されたのだ。
***
「ジニル副団長……どうしてあんな無茶を」
生徒たちと共に第一闘技場へと避難する道すがら、殿を務めるヘルビアは前を行くジニルに尋ねた。
体の限界を無視した〈顕神〉により、ジニルは歩くのもやっとなほどにまで消耗していた。ヘルビアが師事を仰いでいた頃のジニルならば、決してこんなことはしなかったはずだ。倒すことにリスクを負うならば、倒さずにリスクを回避する――そんな考え方をしていたはず。
ジニルは振り返り、優しい微笑みをヘルビアに向けた。
「君がいたから……ですかね。もし私が倒れても、君ならば上手くやってくれると信じていましたから」
「…………」
思わぬ答えにヘルビアは戸惑った。本心で言っているのかどうかも分からず、どう言葉を返せばいいかすぐに思い浮かばない。
ただ、せっかくの信頼を否定するのも適切ではないように思った。代わりにヘルビアは、皮肉混じりに苦言を呈する。
「首獄狗種がもう現れないと決まった訳ではありません。継戦を意識した立ち回りをしてもらわなければ困ります」
「はは、違いない。次からはもっと上手くやるようにしますよ」
こうして、ジニルとヘルビアの共同戦線は、ひとまずの勝利を手にしたのだった。




