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1―4 団長

「じゃあ、始めようか」


 穏やかに告げたカイルは剣を構えることもせず続ける。


「君たちに課すルールは一つ、私を殺すつもりで試験に臨むこと。……さあ、いつでもいいよ?」


 棒立ちのまま、神器を構えもせず。緊張も集中もせず、ただ平然とした様子で立つカイルに。


「――行きます」


 攻撃を宣誓したアリアの姿が揺らめき。


 激しい激突音は――しなかった。


「…………!」


 背後から・・・・の首を狙った横薙ぎのアリアの一撃を、カイルは振り返らず、上体を前に倒してかわしたのだ。アリアの凄まじい剣速ゆえに、その猛烈な余波が舞台の上を駆ける。


 体勢が崩れたカイルに詰め寄るのは二つの影。


「……はあっ!」

「……っ!」


 アルスとシャルレス、そして彼らが持つ神器〈アポロン〉と〈ミツハノメ〉。アルスはカイルの脳天を貫くような突きを放ち、シャルレスは上空から背に叩きつけるように短剣を振り下ろす。

 言葉を交わさずとも三人の連携は完璧だ。カイルの前、上、そして背後には剣を引き戻したアリアが待ち構えている。判断に手間取ればこの一瞬で勝負は決まっていた。


 しかしもちろん、“王属騎士団”団長であるカイルがそんな愚を犯すはずもなく。


「うん、いいね。悪くない」


 三人の剣が空を斬るのと同時にカイルの声が聞こえた。いつの間にかアルスとすれ違う形で、カイルはその背後に立っている。


 アルスの突きは決して鈍くなかった。だが、斬撃に比して刺突の攻撃範囲は単純に狭い。ゆえにカイルはアルスの突きの照準を見切ってかわしただけのこと。


 そして何より特筆すべきはカイルの移動速度。


 いくら攻撃範囲の狭い突きと言えど、易々と横をすれ違うことを許すほどアルスは甘くない。多少の軌道修正を行って追撃することも可能であり、事実としてアルスは突きを中断しかけた。

 しかし、追えなかった。アルスが二の撃を繰り出すより速く、カイルは包囲から抜け出していたのだ。


「……速いわね」

「うん。まあ、それ自体は……」

「想定内」


 認識を一つに定める三人。カイルが強いなんてことは戦う前から分かっており、驚いている暇などないのだ。もっとも、「恐ろしく速いはずだ」という想定内ではあっても、対処できる範囲内でないところには辟易とするしかない。


「……私の言葉の意味は分かってもらえたかな? 遠慮せず、全力で来たまえ。そうでないと試験の意味がない」


 「君たちの剣が私に触れることはない」。強がりでも何でもなく、カイルは厳然たる事実を述べていたのだ。どうであろうとアリアたちの一撃が自分カイルに届くことはないのだと。


 少なくとも今のままでは到底話にならないことは、アリアたちにも理解できた。


 だからこそ、三人はカイルの「全力」という言葉が意味するところへと手を伸ばす。


「顕れよ、焔と共に――」


 神器に宿るは焔。


「顕れよ、大気を響かせ――」


 神器が奏でるは共鳴。


「顕れよ、全てを濡らして――」


 神器を包むは純水。


「「「〈顕神デュオライズ〉」」」


 刹那、三種の輝きが辺りを支配した。


「――素晴らしい」


 カイルが漏らした賛辞は、光の中に立つ三人へと向けられたもの。


 一人は、紅く燃える焔の如き籠手アーム装飾冠サークレットを身に付け。

 一人は、高貴ながらも荒々しい金の輝きをその瞳に宿し。

 一人は、柔らかに漂う薄絹を体に纏わせ。


 〈顕神〉を発動させた三人の神器使いがそこに立っていた。


 放たれる覇気は先程までとは別格だ。それはすなわち、三人の戦闘能力が飛躍的に向上したことを示す。神器使いの奥義とも言われる〈顕神〉を行使した今、三人の剣は――


「……ッ」


 無音の気勢と共にカイルに放たれる突き。移動という過程を無視したかのような超高速のアルスの接近をカイルは寸前で首を捻ってかわす。

 だが、アルスの一撃はあくまで牽制。首を捻ったことによりカイルの重心はわずかに乱れ、体勢制御の精度がわずかに下がる。

 その隙にシャルレスは音なく背後に回り込み、斬撃ではなく足を払うための下段への蹴りを放った。正確な体勢制御を失いながらもシャルレスの意図を察知したカイルは宙に逃げる――が、そこには既にアリアが待ち構えている。


 流れるような美しい連携に、カイルは笑みを深めた。


「はあああああっ!」


 カイルとアリアは最高到達点に達しており速度は零、これ以上に攻撃を当てやすい状況はない。アリアは加減なしの全力の縦斬りをカイルに見舞う。


 ――〈顕神〉を行使した今、三人の剣は“王属騎士団”団長にも届かんとしていた。王国でも有数の強さを誇るであろう男の頭に吸い込まれるように〈ヘスティア〉が向かい――


「……はっ?」


 ――カイルをすり抜けた。


 眼前で起こった出来事をアリアは理解できなかった。アリアの目が確かならば、今、カイルは。


「〈流転ルテン〉」


 素手で・・・ヘスティア・・・・・を受け流した・・・・・。覆いを付けた神器を持つ右手とは逆の左手で、〈ヘスティア〉をいなしたのだ。


 従来の剣を用いて相手の力の向きを変える受け流しとは異なり、〈ヘスティア〉の刀身を真横から押して軌道を変えさせた。しかも〈ヘスティア〉が振り下ろされている最中に、だ。


 初めてアリアは戦慄する。眼前の男は、もはや自分とは時間感覚が異なるのだ。瞬間的に異常速度を発揮するミコトとは違い、カイルは恐らく単純に行動速度が桁違いなのである。


 しかし呆けている時間はない。次撃のために、空を斬った〈ヘスティア〉をもう一度振りかぶろうとしたアリア。

 アリアが腕に力を込めた瞬間に、振りかぶるよりも早く、カイルが刀身を横に蹴った。


「……っ!?」


 真横への予想外の力は〈ヘスティア〉を強く握りしめていたアリアにも伝わり、意図せず体が回転する。一方でカイルは剣を蹴った反発で横に吹き飛び、真下で着地時を狙っていたアルスたちから離れた地点に着地した。


 同時にアリアが地に降り、カイルを見据える。


 カイルは余裕の表情でアリアたちを眺めている。とても集中しているようには見えないが、例え今三人で詰め寄っても先程までと同じようにかわされてしまうだろう。攻撃を当てられる未来がまるで見えない。

 それに、カイルは一切剣を使っていない。攻撃はおろか防御にすら剣を振っていないのだ。一般に、ある程度の力量があるのならば、剣を用いた防御の方が安定して立ち回ることができるはずだが、カイルはそうしていない。剣を防御に使えない理由があるのか、それとも――三人への手加減なのか。


 試験ゆえに仕方ないのかもしれないが、侮辱にも似た扱いにアリアの体が熱くなる。加えて、そんなカイルの防御を突破できない自分にも――


「…………ふぅ」


 ――深呼吸で思考をリセットするアリア。今考えるべきはそんなことではない。いかにしてカイルに一撃を当てるか、それだけだ。


『〈全方同期リンク〉』


 脳裏に響いたシャルレスの声と共に、アルスとシャルレスの思念がアリアに接続される。シャルレスの異能“受心トレース”を利用した感覚共有が行われ、お互いの状態をより明確に把握できるようになった三人は、再び剣を構えた。


 三人の雰囲気が変わったことを悟ったのか、カイルもまた微かに目を細めた。集中の段階を一つ上げ、カイルの意識下で世界は遅延する。異能でも神能でもない、カイルが研鑽の末に辿り着いた境地だ。


 常人、いや神器使いの中でも圧倒的な身体能力を持つカイルの時間感覚は、アリアの推測通り他人とは異なる。正確には、並外れた知覚能力と思考能力が、超高速の情報処理を可能にしているのだ。自身が動く速度に対応できるように思考速度が加速された結果、カイルは人間の常識を超越した。


 もっとも、これはカイルのみが得られた能力ではない。研鑽を詰めば自然と到達するものであり、副団長の面々やミコトも似たような感覚を有している。さらに言えば、自覚がないだけでアリアたちも常人よりは世界が遅延して見えているはずだ。そうでなければ、高速で動く自身を制御できるはずがない。

 ただし、その中でもカイルの域は別格であり、現段階ではアリアたちが太刀打ちできるものではなかった。


 そんなカイルがほんのわずかにでも警戒心を高める三人の気配。三人がかりとはいえ、たかが学生にカイルが危機感を持つことの異常さをアリアたちが知る由はない。


 互いの集中が極まった瞬間、静寂は打ち破られた。


「〈絶焔剣フレアブレイド〉!!」


 先行するアリアの燃え盛る一撃。焔を纏った〈ヘスティア〉の叩きつけが、真正面からカイルを襲う。


 先程までとは違う力任せの攻撃――とカイルが違和を感じた瞬間、その肌を冷気が撫でた。


「――〈瞬間凝固フリーズ〉」


 ビキッ! と独特な音と共にカイルの周囲に氷壁が出現する。アリアが向かい来る方向以外全てを包囲する、神能“蒼淵アビス”による束縛。


「〈響き渡る空間ビブルーム〉!」


 さらにカイルを包む空間が震える。それ自体に威力はないが、単に不快感を与えるだけのものには思えない。何よりもカイルの本能が、「黙っていてはいけない」と警鐘を鳴らしていた。


「……これは剣なしでは防げないな」


 カイルはぽつりと呟き、ついに剣を構える。


 〈ヘスティア〉の焔が、〈響き渡る空間〉の影響を受けた範囲、そしてカイルに到達する寸前。


「〈散斬チギリ〉」


 微かなタメの後、剣は振るわれた。


 ―――キンッ、と軽やかな音が響いたと同時。


 氷が・・振動が・・・焔が霧散した・・・・・・


「「「―――ッ」」」


 現象の意味を捉えられず三人が言葉を失う中、一歩も動かずに無傷でやり過ごしたカイルは優しく微笑む。


「言っておくが、異能や神能ではないよ。君たちがいずれこの領域へと至る日が来ることを期待しておこう」


 アリアたちの実力を見切ったのか、ついにカイルは反撃に転じる。まず最初に狙われたのは、渾身の一撃を軽々と防がれたことで微かに動揺したアリア。


 修練を積み精神を鍛えているアリアの硬直時間は隙とも呼べないほどわずか。いや、もはや動揺したことに気付くことが難しいほど微小な時間。しかしながら、カイルにとっては十分といって余りある猶予だ。


「〈閃孔センコウ〉」


 瞬きの間に閃いたカイルの腕。神器の柄の下部――ポメルがアリアの腹に埋まっていた。


「かっ……」


 殴られたのだと知覚することすら一拍遅れるほどの速度。〈孤狼の勘シックスセンス〉は発動せず――否、発動はしたが、予知した瞬間にはもう攻撃が迫ってきていた。攻撃の速度自体が異常に速いのだ。


 重い一撃をまともに受け、抵抗することもできずアリアは吹き飛ばされる。


「アリアさん!」


 力なく宙を舞うアリアを目で追ったアルスは、そこで自分の失態に気付く。


「どんなときも冷静でいなくてはね、第三王子殿」


 音なく、かつ高速で距離を詰めていたカイル。逃げる時間などあるはずもなく。


 致命的な一撃となるはずだったカイルの横薙ぎは、しかしアルスの残像を斬った。


「ん?」

「〈霞の行〉……!」


 咄嗟に〈霞の行〉にてカイルから距離を取ったアルスは、体勢を立て直して反撃に向かおうとした。この試験で初めてカイルの意表をついた行動であり、唯一のチャンスだと悟ったからだ。


「なかなか面白い。鍛えればより脅威になると思うよ」


 しかしそんなチャンスも、霞すら斬り払うカイルによって消滅する。いつの間にかアルスの背後に立っていたカイルは、無防備な首に手刀を落とした。


 その場に崩れたアルス。あっという間に二人を倒したカイルは、ゆっくりと辺りを見回す。


 舞台上にもう一人の姿はない。逃げるはずはないし、そもそもカイルは逃げる余裕など与えていない。単純に自分が見えていないだけだと知り、深く息を吐く。


「ふむ……どうしたものか…………」


 刹那、瞬いたカイルの右腕。ガキン! と金属音が響き、死角から右脇腹を狙ったシャルレスの短剣を正確に防ぐ。


「…………!」


 絶対的な不意討ちにもかかわらず、難なくシャルレスの剣を弾いてみせたカイル。それは同時にシャルレスの位置をカイルに知らせることに繋がる。


 シャルレスの移動により生じる微かな音や風。一度場所を把握してしまえば、そこから追跡していくのはそう困難ではない。カイルは確実にシャルレスの居場所を割り出す。


「……そこ!」


 躊躇なくカイルは神器を投擲した。高速で飛翔する神器は狙いたがわずシャルレスの予想地点――新たに風が発生した位置を射抜く。

 そう、何の抵抗もなく通過・・した。


 シャルレスは“蒼淵アビス”を用いて現在位置とは異なる場所で水を相転移させ、急激な体積変化によって微弱な風を起こしたのだ。カイルを誘導し、シャルレス自身は真正面からカイルに近付いている。


 手を伸ばせば触れる位置にまで接近したシャルレスを邪魔するものはない。万全の状態でシャルレスは短剣をカイルの胸へと突き立て――


「君も優秀だね。もう少し気配を薄めることができていれば、また違った結末になったかもしれない」


 ――ることはできず、短剣の刀身を指で挟まれていた。


「な……!」


 明らかに力を込めづらい挟み方であるはずなのに、短剣はびくともしない。押すことも引くこともできず、シャルレスが硬直した瞬間、その鳩尾に掌底が叩き込まれた。


 抗うことなどできるはずもなく――シャルレスの意識は暗転し、舞台に倒れた。


 舞台の上に立つのはただ一人。


「これで試験は終了だ。実に有意義な時間だったよ。……もう聞こえてはいないだろうが」


 息一つ切らさずに三人を地に伏せたカイルは、いつものように微笑みながらそう告げた。

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