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『大厄災』

 辺りを包む夜の中。

 その赤髪の少女はただ、目の前に広がる光景を眺めていた。


 夜の闇を切り裂くように赤く燃える炎。崩れたレンガ造りの建物。何かの死体。石畳の道はところどころが陥没し、何処かからは悲鳴も聞こえてくる――。


 ――そんな惨状を。


 神王国ゴルジオン。

 武装大国とも言われる王国は今、未曾有の脅威に晒されていた。


「…………」


 赤い瞳に映る惨状に、何を言うでもなく少女は佇む。


 何が起きたのか? そんな疑問すらも浮かばない。幼いながらに、これが絶望かとすら思っていた。少女が今までに体験してきたどんな絶望よりも目の前の光景は絶望であり、抗うことなど無意味なものだった。


 少女は知る。自分がいかに無力であるかを。自分がいかに弱いのかを。

 その時だった。


「ギシャアアァァ……」


 不意に聞こえた、金属を擦り合わせたかのような不快な声に少女はゆっくりと振り向く。


 そこにいたのは異形の生物。

 二足歩行をしてはいるが手足は恐ろしく長くて細く、背からは翼が生えていた。上体が前傾しているのは、骨格の形からして人間とは違うからだろうか。爬虫類を思わせる骸骨のような頭が、これもまた冗談のように細い首の上に乗っていた。


 悪魔デモン。常人が抗うことなど出来ない化け物。最悪の生物とも呼ばれる異形の怪物。


 悪魔の落ち窪んだ目が今、少女を捉えた。


 ――ああ、私、ここで死ぬんだ。


 少女は直感的に悟った。

 悪魔の行動原理は至極単純だ。それ即ち。


「ギ……シャアアアアア!!」


 ――人間を殺すこと。


 巨大な翼を震わせ地面を滑るように飛んだ悪魔は、一瞬で少女の目の前に立っていた。


「…………」


 しかし、悪魔が鋭い爪の生えた腕を振りかぶるのを見てなお、少女は動じない。

 

 ――死ぬ。でも、別にいい。私なんていなくても――。


 少女を支配したのは、そんな諦観の念だった。

 諦め、少女が目を閉じようとした時――。


 ズパッ。


 そんな鋭い音がした。


「ギ……ッ!?」

「……?」


 ――悪魔の腕の肘から先が斬り落とされていた。


「ギッ……ギシャアアアア!?」


 痛覚があるのか、悪魔は凄まじい叫びを放った。切断面からは黒く濁った液体が溢れ出ている。間違いなく重傷だ。


「え……?」


 一体誰が――。少女が不思議に思った時、それ・・は姿を現す。


「異能――“翔躍アドバンス”」


 少女の前に遮るように立った男――いや、少年。

 その身に纏うのは黒いコートと凄まじい覇気。その身が放つのは紛れもない死の気配。


 黒髪の少年が、怖じ気づくことなく悪魔の前に立ちはだかっていた。


 そして、彼が呟いた時にはもう勝負はついていた。

 悪魔の体に走る無数の斬線。優に二十を超える鋭い傷は、既に致命的な損傷を与えている。


「ギシャ……アアアアァァ……」


 直後、悪魔は体の至るところから血を流して崩れ落ちた。

 

「……ぁ」

 

 少年は剣を握っていた。

 ――刀身からグリップまで、完全なる漆黒の剣を。


 辺りの闇よりも暗く黒い剣はしかし、わずかな炎の光を反射して美しく輝いている。凶暴で、それでいてどこか神秘的な剣。それが何なのかは、少女にも心当たりがあった。

 神器――。神の力が宿り、人外の力を呼び起こすという武器。


「あなたは……誰?」


 思わず少女は聞いていた。


「…………」


 少年は何も答えない。前を向いたままの顔は少女からは全く見えない。


「何で……私を助けてくれたの……?」


 しかし少女のその問いにだけ、少年はわずかに反応した。

 何かを答えることはない。けれど、わずかに首を回して振り返り、少女を初めて見た。同時に少女も少年の瞳だけを捉えた。


「……っ」


 悲しげで寂しげな。

 まるでほんのわずかな星を湛えた夜空のような、黒い瞳を――。

 

  ***

 

 これはいつかの記憶。


 『大厄災カタストロフ』。神王国ゴルジオンはこの日、大いなる災いに見舞われた。国を囲む防壁を突破してきた数千、数万という数の悪魔が国を蹂躙したのである。戦う力を持たない民は瞬く間に骸となり、生きている者も絶望に覆われた。


 しかしその中には、悪魔と戦う力を持つ者もいた。各地で発見された古代の武器であり神の力が宿ると言われる神器を操り、悪魔と対等に渡り合う強者たちだ。

 神騎士ディバインと称される彼らが国を死守し、王国の危機を救ったとされる。


 ――だが、彼らは知っている。いや、民さえもが知っている。


 大厄災の中、たった一人で幾千、幾万という悪魔を屠った者のことを。

 一体誰だったのかは今でもはっきりしていない。ただ分かっていることとすれば、その者は黒であったこと。服装も、髪も瞳も、手にしている神器さえもが黒であったこと。

 故に人々は、畏怖と感謝、隔絶の意味を込めて彼をこう呼んだ。


 ――“漆黒の勇者”、と。


 

 これは、そんな彼と彼ら彼女らの物語――。

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