96.最期の挨拶
仮に、この世に天使がいるならば、彼女のことを指すのだろう。
真っ白なワンピースに、ツヤツヤな黒髮。深海を思わせるような…真っ青な目。
きっと、天国へ連れて行くんだろう。彼女は、天使にふさわしい。
あれ?天使…?天国…??どうして、天国?
俺は…殺し屋のようなもんだったんだぞ?
バンパイアをたくさん殺して、家族まで手にかけて…そんな人間が、天使に迎えに来てもらうだなんて…
「ありえない」
『ありえなくないよ?』
ふわっと舞い降りた彼女は、ニコッと笑って俺をすっと通って行った。
…透き通っている。やっぱり…サラは死んだんだ。
なのに、なんでだろう?喪失感というより、嬉しかった。
もう、人間の辛さは終わったんだ。
サラと一緒に…永遠に永遠に…
『ねえ、アンドリュー。覚えている?』
俺の脳みそが、急に現実に引き戻す。
『生きるのをあきらめないでって、言ってくれたこと』
川の流れのように、美しい声。サラの声は、俺の心臓にあったかい何かを流してくれる。
『お願い。アンドリューだけは、あきらめないで』
「…サラは、あきらめたのに?」
俺のつぶやきに、彼女は困惑した表情で頭を傾げた。
そして、俺は飼い主を亡くした犬のように、彼女にすがった。
「俺はサラがバンパイアでもよかった!それでも、愛していけるって自信もあった!なのに…なのに消えちまうだなんて」
『アンドリュー…』
彼女が頭を撫でようとしたが、透けてしまう。
掴もうとしても、掴めない。一生、掴む事はできない。
「…俺は、大切な人をみんな失った。もう、いいじゃん。諦めたって」
もう、疲れた。
この重力のある、体が重たい世界に居続けるのは。
『…アンドリュー。一回、黙って聞いてくれる?』
俺が剣に手を伸ばした瞬間、彼女の声で動きが止まった。
『私、アンドリューを殺したくなかったの。いつも…いつもアンドリューを見るたび、心が高鳴ったからなの。でも、それは恋心ではなく…バンパイアとして、高鳴ったの。きっと、あなたの血は美味しいんだろうなって』
すると、彼女は自傷的に笑った。
…美味しそうな血って、見てわかるのかよ。思わず、俺の口に笑みがこぼれる。
『だんだん、私にはあなたの死か、私の死かの二択しか無くなっていったの。アンドリューを殺すだなんて…嫌だった。だから、死んだの』
別に、俺は死んでよかったよ。だなんて言えなかった。
それだけは、違う。多分、俺が求めていたこととは違う。
だから、何も…言えない。
『大好きだから、死んだの』
…なあ、サラさんよ。
この世に、そんな理由で死んだ人間は何人いるんだろうね。愛する人を殺したくなかったからって…なんておかしな理由だ。
「どうしたらよかったんだろうな。他にもっといい方法…なかったのかな?」
『なかったよ。…なかった』
彼女の涙声に、俺の心臓はキュッと締められる。
俺は、そっと彼女を抱きしめた…ふりをした。
本当に抱きしめたら、透き通ってしまって、きっと彼女が悲しむ。
でも、なぜだか…俺はちゃんと抱きしめている錯覚に陥った。
いや。本当に抱きしめていた。
彼女の温もり、彼女の心臓の音、彼女の匂い…全部を感じることができたんだから。
『アンドリュー。最期にお願いがあるの』
「奇遇だね。俺もあるんだ」
久しぶりに彼女に見せるような気がする。不敵で、ほんの少しナルシストな笑顔。
そして、サラも笑った。満面の笑みで、それこそ、太陽のような笑顔。
『アンドリュー。生きて。私が生きれなかった分、精一杯生きて。そして…忘れないでね』
彼女の涙が落ちる。地面にできるはずの小さな水たまりは、できなかった。
『本当は、忘れてって言いたい!私を忘れて…前へ進んでって言いたい!!でも、私できないの…ごめんね。最期まで…こんな女で』
「いいよ」
気を使いすぎていた方が、サラらしくない。
天然お嬢様なんだよ?だったら、ある程度図々しい方が、正解だ。
それに…女ってのは甘えたもん勝ちなんだろ?多分だけどさ。
だったら、最期の今こそ、甘えるべきじゃないか。
すると、サラがハッと息を飲んだ。
「どうしたの?」
『そろそろ…時間切れみたいなの』
俺はサラと同じ方向を見る。きっと、あそこに天使でもいるのだろう。
「サラ。女々しいこと言っていい?」
『うん…』
その弱々しい声に、思わず嗚咽を漏らしそうになる。
「サラ。天国で俺を待ってて。きっと、気が遠くなるぐらい待たないといけないだろうけど、お願い」
少し笑って、俺は彼女に語りかけた。
「知ってるか?悲劇の方の『白鳥の湖』」
『…うん。知ってる』
「俺たち、必ずオデットと王子のように、天国で幸せになろうな」
彼女の姿が、だんだん薄くなっていく。
「さよならは永遠じゃない。必ず、もう一度再会しようっていうさよならだから…!」
本当…ぐっちゃぐちゃな文法。
消えてしまった腕の中にいた彼女。
寂しい。でも、幸福感に襲われているのはなぜだろう?
「必ず会えるって、わかっているからなのかな?」
俺の赤髪を使ってくすぐるように、風が通りすぎる。
「できれば。ううん。必ず会おう」
空に揺らめく赤い光。
彼女は朝日に包まれながら、そっと天国に旅立ったんだろう。
ただ、悲しげに残った二組の服と灰は、全てが完結したことを意味していた。
ふと太陽に照らされて輝いた、彼女のネックレス。俺が誕生日に渡した、小さなお花のネックレス。
忘れないよ、サラ。
俺は彼女の形見を優しく手で包み込み、熱い涙を一粒流した。
バットエンドか、ハッピーエンドか、
それがよくわからない作品ですよね。白鳥って。
黒からの方は…
読んだ方の解釈に任せます。
あと、一話。
エピローグまで、お付きあいください。
Bye, see you next story...




