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黒から私は色を作る  作者: 西川 涼
最終章
96/97

96.最期の挨拶

 仮に、この世に天使がいるならば、彼女のことを指すのだろう。

 真っ白なワンピースに、ツヤツヤな黒髮。深海を思わせるような…真っ青な目。

 きっと、天国へ連れて行くんだろう。彼女は、天使にふさわしい。


 あれ?天使…?天国…??どうして、天国?

 俺は…殺し屋のようなもんだったんだぞ?

 バンパイアをたくさん殺して、家族まで手にかけて…そんな人間が、天使に迎えに来てもらうだなんて…


「ありえない」

『ありえなくないよ?』

 ふわっと舞い降りた彼女は、ニコッと笑って俺をすっと通って行った。

 …透き通っている。やっぱり…サラは死んだんだ。


 なのに、なんでだろう?喪失感というより、嬉しかった。

 もう、人間の辛さは終わったんだ。

 サラと一緒に…永遠に永遠に…


『ねえ、アンドリュー。覚えている?』

 俺の脳みそが、急に現実に引き戻す。


『生きるのをあきらめないでって、言ってくれたこと』

 川の流れのように、美しい声。サラの声は、俺の心臓にあったかい何かを流してくれる。


『お願い。アンドリューだけは、あきらめないで』

「…サラは、あきらめたのに?」

 俺のつぶやきに、彼女は困惑した表情で頭を傾げた。

 そして、俺は飼い主を亡くした犬のように、彼女にすがった。


「俺はサラがバンパイアでもよかった!それでも、愛していけるって自信もあった!なのに…なのに消えちまうだなんて」

『アンドリュー…』

 彼女が頭を撫でようとしたが、透けてしまう。

 掴もうとしても、掴めない。一生、掴む事はできない。


「…俺は、大切な人をみんな失った。もう、いいじゃん。諦めたって」

 もう、疲れた。

 この重力のある、体が重たい世界に居続けるのは。


『…アンドリュー。一回、黙って聞いてくれる?』

 俺が剣に手を伸ばした瞬間、彼女の声で動きが止まった。


『私、アンドリューを殺したくなかったの。いつも…いつもアンドリューを見るたび、心が高鳴ったからなの。でも、それは恋心ではなく…バンパイアとして、高鳴ったの。きっと、あなたの血は美味しいんだろうなって』

 すると、彼女は自傷的に笑った。

 …美味しそうな血って、見てわかるのかよ。思わず、俺の口に笑みがこぼれる。


『だんだん、私にはあなたの死か、私の死かの二択しか無くなっていったの。アンドリューを殺すだなんて…嫌だった。だから、死んだの』

 別に、俺は死んでよかったよ。だなんて言えなかった。

 それだけは、違う。多分、俺が求めていたこととは違う。

 だから、何も…言えない。


『大好きだから、死んだの』

 …なあ、サラさんよ。

 この世に、そんな理由で死んだ人間は何人いるんだろうね。愛する人を殺したくなかったからって…なんておかしな理由だ。


「どうしたらよかったんだろうな。他にもっといい方法…なかったのかな?」

『なかったよ。…なかった』


 彼女の涙声に、俺の心臓はキュッと締められる。

 俺は、そっと彼女を抱きしめた…ふりをした。

 本当に抱きしめたら、透き通ってしまって、きっと彼女が悲しむ。

 でも、なぜだか…俺はちゃんと抱きしめている錯覚に陥った。

 いや。本当に抱きしめていた。

 彼女の温もり、彼女の心臓の音、彼女の匂い…全部を感じることができたんだから。


『アンドリュー。最期にお願いがあるの』

「奇遇だね。俺もあるんだ」

 久しぶりに彼女に見せるような気がする。不敵で、ほんの少しナルシストな笑顔。

 そして、サラも笑った。満面の笑みで、それこそ、太陽のような笑顔。


『アンドリュー。生きて。私が生きれなかった分、精一杯生きて。そして…忘れないでね』

 彼女の涙が落ちる。地面にできるはずの小さな水たまりは、できなかった。


『本当は、忘れてって言いたい!私を忘れて…前へ進んでって言いたい!!でも、私できないの…ごめんね。最期まで…こんな女で』

「いいよ」


 気を使いすぎていた方が、サラらしくない。

 天然お嬢様なんだよ?だったら、ある程度図々しい方が、正解だ。

 それに…女ってのは甘えたもん勝ちなんだろ?多分だけどさ。

 だったら、最期(、、)の今こそ、甘えるべきじゃないか。

 すると、サラがハッと息を飲んだ。


「どうしたの?」

『そろそろ…時間切れみたいなの』

 俺はサラと同じ方向を見る。きっと、あそこに天使でもいるのだろう。


「サラ。女々しいこと言っていい?」

『うん…』

 その弱々しい声に、思わず嗚咽を漏らしそうになる。


「サラ。天国で俺を待ってて。きっと、気が遠くなるぐらい待たないといけないだろうけど、お願い」

 少し笑って、俺は彼女に語りかけた。


「知ってるか?悲劇の方の『白鳥の湖』」

『…うん。知ってる』

「俺たち、必ずオデットと王子のように、天国で幸せになろうな」

 彼女の姿が、だんだん薄くなっていく。


「さよならは永遠じゃない。必ず、もう一度再会しようっていうさよならだから…!」

 本当…ぐっちゃぐちゃな文法。

 消えてしまった腕の中にいた彼女。

 寂しい。でも、幸福感に襲われているのはなぜだろう?


「必ず会えるって、わかっているからなのかな?」

 俺の赤髪を使ってくすぐるように、風が通りすぎる。


「できれば。ううん。必ず会おう」


 空に揺らめく赤い光。

 彼女は朝日に包まれながら、そっと天国に旅立ったんだろう。

 ただ、悲しげに残った二組の服と灰は、全てが完結したことを意味していた。


 ふと太陽に照らされて輝いた、彼女のネックレス。俺が誕生日に渡した、小さなお花のネックレス。

 忘れないよ、サラ。

 俺は彼女の形見を優しく手で包み込み、熱い涙を一粒流した。

バットエンドか、ハッピーエンドか、

それがよくわからない作品ですよね。白鳥って。


黒からの方は…

読んだ方の解釈に任せます。


あと、一話。

エピローグまで、お付きあいください。

Bye, see you next story...

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