94.虚しい叫び
怖い!
そう思って私はサタンの顔から目をそらしたが、彼の表情は意外にもケロリとしていた。
…どうして?
「じゃあ、教えてあげるよ」
サタンの表情は、まるでお面を被ったかのように、冷ややかな表情で固まった。
「俺は元人間だ」
…やっぱり。
「きっと、サラに惹かれたのはそこもあるんだろうなあ。俺も、人身売買でバンパイアになった身なんだよ。でも、俺は望んでバンパイアになったんだ」
…望んで?
その言葉に、アンドリューの血の気がさっと引いていく。シャーロットと重ねたんでしょう…
「親父もお袋も嫌いだったんだよ。だから、弱い二人を殺して、自らバンパイアがあらわれると言われる人身売買に参加した。そして、買ってもらった俺は、すぐにバンパイアに。すごいだろ?さすがのアンドリューくんでも、俺よりも先には人殺しをしていないだろうね」
彼の含み笑いが、ここまで人をイラつかせるとは思ってもみなかった。アンドリューの目の色は恐怖から殺気に変わり、オーラが狂い出す。
もしもアンドリューがバンパイアなら、今確実に黒い煙が出ているのであろう。
「サラは、俺なら恋愛感情を理解できるだろう?とほざいた。その通りだ。理解できる。元人間だったんだからな」
そして、サタンの体から、黒煙があらわれる。
…いや。やっぱり黒煙じゃない!ヌメッとしていて…これは何!?
その黒いヌメヌメは、サタンの足元にあった草を溶かした。まずい…これがみんなにあたったら!?
「もうやめて!」
私は思わず抱きついた。
その相手は、最愛の人間ではなく、最悪なバンパイア。
彼から出ていた奇妙な物体も、蒸発してどこかへ行ってしまう。
「お願い…お願いだから、罪を重ねないで!」
「やめろ!離せ、サラ!」
「いやだ!」
私は背伸びをして、悪魔の唇を封じた。
遠くから、女の子の悲鳴が上がる。ごめん、ロザリー…これしか浮かばなかったの!
アンドリューは、どんな顔をしているんだろう?呆然として、涙を流して…そんな風にしているんだろうと考えるだけで、私の心はえぐられていった。
少し離して息をつくと、サタンが背中を曲げて、私に強引にキスを求めた。
苦しい…熱すぎる彼のキスは、私が息を吸う暇を与えてくれない。
「やっと、俺の魅力に気づいてくれたんだ」
私はこの言葉に、返事をすることができない。する前に、また唇を重ねる。
やっとサタンのキスから解放された私は、抱きつかされながら彼に問いかけられた。
「ねえ。もう、アンドリューくんは必要ないんでしょ?じゃあ、殺していい?」
サタンから現れた黒い煙が、アンドリューを攻めていく。
「ダメ」
私は演技で可愛く答えると、彼はしょんぼりと顔を歪める。
「私、あなたと居たいから…」
今世紀最大の演技だわ…そう自賛しながら、私は泣いていた。
こんな嘘、つきたくなかった。
私って…嘘で塗り固められた女なんだ。嘘ばかりついて、真実ももう見えなくなってしまうぐらい。
こんな人を…なんでアンドリューは愛してくれたんだろう?
その答えを考える暇もなく、サタンは私の目を覗いた。
「じゃあ、俺はどうしたらいい?」
「…一緒に死んで」
私のつぶやきにハッとした彼は、私から逃げようとした。
でも、そんなことさせてやるかと、私は両手をクロスして、彼を固定する。
「サタンって…ばかね。忘れていた?私って、バンパイアなのよ?」
なんなのよ…この言い方。
なんだか、オディールみたい。悪魔の娘みたいじゃない。
「テレポートで今、どこへ行けば二人一緒に死ねるか、あなただって、見当ついているんじゃない?」
「なっ…!?」
私は身じろぎをする彼を抑えながら、人間の三人に笑いかけた。
「やめろ、サラ!」
クレイグが叫んだ。
「いいの。これしか方法は無いし…これでよかったのよ」
「でも、私、サラ様が死ぬだなんて…」
ロザリーが泣きじゃくった。
「バンパイアは、この世にいちゃいけない。それは、もう決まっていることよ」
私が笑いかけても、ロザリーは叫び続ける。
「やめて!お願いです!死なないで!死なないで!死なないで!!」
「黙れ、ロザリー!」
この状況で、一番冷静なのはクレイグみたいだった。彼だけは、私の考えに理解してくれたようで、親のようにロザリーをなだめる。
「…アンドリュー」
「…」
放心状態で涙だけを流している彼に、クレイグは一発殴った。
「おい。これが、最後なんだぞ!?」
「最後じゃねえ!」
彼はクレイグに腕を掴まれながら叫んだ。
「逝くな!頼むから!俺なら問題ない。サラがバンパイアでも、全然大丈夫だから!お願いだから、逝かないでくれ!」
…これ以上聞いていたら、きっと決心が鈍る。
アンドリューの顔を、私はしっかり焼き付けておこう。
私が死んでも、いつでも見つけられるように。
そして、愛していた、という証拠のために。
「アンドリュー。私のこと、忘れないでね」
私たちの周りに黒い煙が現れる。
忌々しかった黒色が、なぜか今は愛おしい。
煙はこの世界を惜しむように、ゆっくりと。ゆっくりと黒色に染めていく。
「さよなら、ロザリー。クレイグ。アンドリュー…大好き。永遠に」
俺はクレイグの腕を振り払ってサラに手を伸ばした。
でも、届くことなく、一瞬で消えてしまった。
「…サラ?」
呼びかけても声がしない。代わりに聞こえた木の葉のささやきが、俺の感情に拍車をかけた。
「サラーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」




