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黒から私は色を作る  作者: 西川 涼
最終章
94/97

94.虚しい叫び

 怖い!

 そう思って私はサタンの顔から目をそらしたが、彼の表情は意外にもケロリとしていた。

 …どうして?


「じゃあ、教えてあげるよ」

 サタンの表情は、まるでお面を被ったかのように、冷ややかな表情で固まった。


「俺は元人間だ」

 …やっぱり。


「きっと、サラに惹かれたのはそこもあるんだろうなあ。俺も、人身売買でバンパイアになった身なんだよ。でも、俺は望んでバンパイアになったんだ」

 …望んで?

 その言葉に、アンドリューの血の気がさっと引いていく。シャーロットと重ねたんでしょう…


「親父もお袋も嫌いだったんだよ。だから、弱い二人を殺して、自らバンパイアがあらわれると言われる人身売買に参加した。そして、買ってもらった俺は、すぐにバンパイアに。すごいだろ?さすがのアンドリューくんでも、俺よりも先には人殺しをしていないだろうね」

 彼の含み笑いが、ここまで人をイラつかせるとは思ってもみなかった。アンドリューの目の色は恐怖から殺気に変わり、オーラが狂い出す。

 もしもアンドリューがバンパイアなら、今確実に黒い煙が出ているのであろう。


「サラは、俺なら恋愛感情を理解できるだろう?とほざいた。その通りだ。理解できる。()人間だったんだからな」

 そして、サタンの体から、黒煙があらわれる。

 …いや。やっぱり黒煙じゃない!ヌメッとしていて…これは何!?

 その黒いヌメヌメは、サタンの足元にあった草を溶かした。まずい…これがみんなにあたったら!?


「もうやめて!」

 私は思わず抱きついた。

 その相手は、最愛の人間ではなく、最悪なバンパイア。

 彼から出ていた奇妙な物体も、蒸発してどこかへ行ってしまう。


「お願い…お願いだから、罪を重ねないで!」

「やめろ!離せ、サラ!」

「いやだ!」


 私は背伸びをして、悪魔の唇を封じた。

 遠くから、女の子の悲鳴が上がる。ごめん、ロザリー…これしか浮かばなかったの!

 アンドリューは、どんな顔をしているんだろう?呆然として、涙を流して…そんな風にしているんだろうと考えるだけで、私の心はえぐられていった。

 少し離して息をつくと、サタンが背中を曲げて、私に強引にキスを求めた。

 苦しい…熱すぎる彼のキスは、私が息を吸う暇を与えてくれない。


「やっと、俺の魅力に気づいてくれたんだ」

 私はこの言葉に、返事をすることができない。する前に、また唇を重ねる。

 やっとサタンのキスから解放された私は、抱きつかされながら彼に問いかけられた。


「ねえ。もう、アンドリューくんは必要ないんでしょ?じゃあ、殺していい?」

 サタンから現れた黒い煙が、アンドリューを攻めていく。

「ダメ」

 私は演技で可愛く答えると、彼はしょんぼりと顔を歪める。


「私、あなたと居たいから…」

 今世紀最大の演技だわ…そう自賛しながら、私は泣いていた。

 こんな嘘、つきたくなかった。

 私って…嘘で塗り固められた女なんだ。嘘ばかりついて、真実ももう見えなくなってしまうぐらい。

 こんな人を…なんでアンドリューは愛してくれたんだろう?

 その答えを考える暇もなく、サタンは私の目を覗いた。

「じゃあ、俺はどうしたらいい?」


「…一緒に死んで」



 私のつぶやきにハッとした彼は、私から逃げようとした。

 でも、そんなことさせてやるかと、私は両手をクロスして、彼を固定する。


「サタンって…ばかね。忘れていた?私って、バンパイアなのよ?」

 なんなのよ…この言い方。

 なんだか、オディールみたい。悪魔の娘みたいじゃない。


「テレポートで今、どこへ行けば二人一緒に死ねるか、あなただって、見当ついているんじゃない?」

「なっ…!?」

 私は身じろぎをする彼を抑えながら、人間の三人に笑いかけた。


「やめろ、サラ!」

 クレイグが叫んだ。

「いいの。これしか方法は無いし…これでよかったのよ」

「でも、私、サラ様が死ぬだなんて…」

 ロザリーが泣きじゃくった。

「バンパイアは、この世にいちゃいけない。それは、もう決まっていることよ」

 私が笑いかけても、ロザリーは叫び続ける。


「やめて!お願いです!死なないで!死なないで!死なないで!!」

「黙れ、ロザリー!」

 この状況で、一番冷静なのはクレイグみたいだった。彼だけは、私の考えに理解してくれたようで、親のようにロザリーをなだめる。


「…アンドリュー」

「…」

 放心状態で涙だけを流している彼に、クレイグは一発殴った。


「おい。これが、最後なんだぞ!?」

「最後じゃねえ!」

 彼はクレイグに腕を掴まれながら叫んだ。


「逝くな!頼むから!俺なら問題ない。サラがバンパイアでも、全然大丈夫だから!お願いだから、逝かないでくれ!」

 …これ以上聞いていたら、きっと決心が鈍る。

 アンドリューの顔を、私はしっかり焼き付けておこう。

 私が死んでも、いつでも見つけられるように。

 そして、愛していた、という証拠のために。


「アンドリュー。私のこと、忘れないでね」


 私たちの周りに黒い煙が現れる。

 忌々しかった黒色が、なぜか今は愛おしい。

 煙はこの世界を惜しむように、ゆっくりと。ゆっくりと黒色に染めていく。


「さよなら、ロザリー。クレイグ。アンドリュー…大好き。永遠に」



 俺はクレイグの腕を振り払ってサラに手を伸ばした。

 でも、届くことなく、一瞬で消えてしまった。


「…サラ?」

 呼びかけても声がしない。代わりに聞こえた木の葉のささやきが、俺の感情に拍車をかけた。


「サラーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

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