93.例えば
木が揺れた。
そのことに気がついた瞬間、私は知らぬ間に隠れていた木から飛び出した。
ハッとした ロザリーが、私の腕を掴む。
「サラ様!」
「離して、ロザリー!」
振り払った彼女の腕は、木にぶつかってしまい、うっすら血を流す。
その血を見て、私の心臓はドクッ…と音を鳴らした。その音は、ロザリーを傷つけたという罪の意識からではなく、その血を吸ってしまいたいと思ったことから鳴った音…
その時、私は思わず笑ってしまった。
なんなのよ…結局さ。私は、結局バンパイアなんだ。
みんなに、『サラは、バンパイアじゃない』と言われて、安心した。でも、それは違うの。それは、自分自信を納得させるための、へりくつ。事実じゃないの…
『本当は、自分で自分の罪にケリをつけたかったんでしょ!?』
自分の声が、私の耳で反響する。自分の言葉は、自分に返ってくるとよく言われるが、ここまで模範解答な実例があるのだろうか?
私は一歩踏み出した。足音が立ち、みんなの注目が私に集まる。
風が吹いた。冷たい風が私の頰を撫で、緊張が一気に高まっていく。
「サタン。やめて」
悪魔の顔が、私の方を向いて嬉しそうな表情をした。
「サラ。そんなこと言っても、もう手遅れだよ。俺に対してひどいこと言ったのに、やり直せれるとでも思ったか?」
「…違うよ」
「サラはもう罪人だよ。罰さないと」
サタンは私に剣先を使って、顎をぐいっと持ち上げる。…一歩間違えたら、死んじゃう。
そして、彼はギラリと目を光らせ、私を切った。首を狙わず、右肩から斜めに…
私は切りつけられたが、痛みは何も感じられず、ただただ虚しさと、悲しみだけが私を包んでいく。
シャッ。
また切られた。首は飛ばない。傷が増えるだけ。
また切られた…ゆっくりと流れた涙は、何も伝えることができない。
パン。
「やめろ…!」
クレイグが撃ったかと思ったら、拳銃を握っていたのは、アンドリューだった。クレイグが彼の腕を握っていることから、きっと奪ったんだろうと推測できる。
「サラを傷つけるな!一度でも…一度でも好きって思った人間をそんな風に…」
「ごめんだけど、俺、人間じゃないから」
サタンの口から出た言葉は、冷たくって、乾燥していて…まったく感情がなかった。
そして、彼はまた剣を構える。
「やめろ!次やったら、殺すぞっ!」
威勢良く見せつけた剣は、残念ながら震えていて、まったく怖くなかった。
アンドリューは、強い。だけど、きっとサタンの次。だから、サタンは一切目の敵にしていない。
「殺したかったら、殺せば?」
そのセリフで、アンドリューの目がカッと見開かれる。
「…ふざけんなーっ!」
「やめろ、アンドリュー!」
クレイグの制止を振り切り、彼は悪魔に刃を向ける。しかし、近づいた瞬間、また黒い煙が現れ、アンドリューを突き放した。
彼の悲鳴は、これまで一度も聞いたことのないほど痛々しかった。
「…どうして?」
「何が?」
「…どうして、アンドリューを傷つけるの!?」
私の質問に、悪魔は高笑いで返答した。
「どうしてって…敵だからだろ?それ以外に、何か理由があるのか?」
「例えばそう…」
私は口を一回閉じてから、そっと言った。
「人間だったとか」




