92.幼い
クレイグがサタンめがけて銃をぶっ放す。
しかし、奴は上空、クレイグは地面。バリアーしか撃てられない。だんだんイライラしだす彼は、ちょっとずつ標的がずれていってしまう。
まずい…こいつ、いつになったら降りてくるんだ…!
バタン。
前方で、アリスのような服装の女子がこけていた。
サラ…!早く…早く逃げろ!
「もーいーかーい?」
甘ったるい声に狂気が混ざり、彼女たちに恐怖を与える。実際、二人とも涙目だ。
「クレイグ!」
「わかってるよ!」
相棒はサタンの耳を狙って銃を放った。
音もなく落ちたやつの右耳は、どす黒い血にまみれていた。
そして一瞬、彼の黒煙が薄くなる。
「…じゃーま」
黒がぐらりと動いて、真っ赤な目がこちらを睨んできた。
…赤い目が陽炎に見える。ゆらっと揺れた彼の眼。その目から現れる殺気に、俺は思わず動揺してしまう。
意識が俺の方に向いている隙を見て、サラたちがサタンの右から逃げていく。
しかし、サタンは一度も振り向いたり、反応したりしなかった。
もしかして、あいつ…
「…聞こえていない?」
サタンが面倒くさそうに、右耳を拾う。一切表情を変えずに、もともとあった場所に右耳をあてる。
グチャっと音を立てながら、耳を引っ付けた。
…魔術。でも、一時的に、聴覚を潰すことができる…!?
「クレイグ。これ、使えるぞ?」
「あ。同じこと思った」
彼は宝石のようにキラッと目を輝かせ、ニヤリと笑いかける。クレイグは…勝算しかないという顔をしていた。
「飛ぶ前にやれ」
「了解」
クレイグが左腕を曲げて、右腕をまっすぐにして銃を構える。
パアアン。
飛んだ。奴の左耳が、空へ飛んだ。
今だ!
俺は走り高飛びをするように、左側から攻撃にかかる。
サタンが俺の方を向いた。でも、片耳が聞こえていないから、足音にほんの少しだけ時差が出る。俺の力を存分に発揮すりゃあ、負けるわけねえ!
カン。
あー。受けられちゃった。
でも、これで…
「…ちゃんと戦える」
クスリと笑ったあと、俺は距離を詰めながら、攻撃していく。
クレイグが右耳を飛ばした。これで、音は聞こえない…!
さすがに動揺したんだろう。黒煙がさっと薄くなる。
俺は一点に絞って攻撃する。あっちは二刀流で応戦するが、俺が隙を見せなきゃ問題じゃない。
それに…音が聞こえないから、俺の気配にも…クレイグの気配にも感じることはないだろう。
彼はそっとサタンの後ろへ、全く殺気を漂わせずに動く。
「うっとうしい…」
「だったら、返してみろよ!!」
彼の腹へ向けて、突きをする。サタンは避けながら俺の足元を狙うが、小さく飛び上がって片方の剣を落とす。…剣が一本に減った!
俺がふっと笑った瞬間、サタンからの黒煙が増えていった。もくもくと増えていき、さっきサラに怒った時と同じぐらいの煙が現れる。
「…死ね」
久しぶりに、サタンの声がクリアに聞こえた。これって…やばい!
すっと俺の腕を切ろうとする。避けようとしたが…間に合わなかった!
「ぐはっ…!」
腕が切られはしなかったが、さっきよりも、深い傷。いっだ…
毒が回るのを感じる。心臓の鼓動が、俺の死を急がせる。
パン。
クレイグがサタンの脳天を撃とうとしたが、さらりと避ける。どうして…聞こえないはずなのに!
瞬間移動みたいなつむじ風が起こり、戻ってくると耳が戻っていた。これ…ガチだぞ?
「くっそ…!」
「アンドリュー、やめろ!」
俺は左手で剣を握り、悪魔を切ろうとした。
なのに…なのに、黒煙が俺の目の前に捲き上る。彼が真剣な目で俺を睨んだかと思うと、恐ろしい笑顔をした瞬間に、黒煙が俺に襲いかかってきた。
「…え?」
黒い煙は俺を宙に飛ばし、木にぶつけた。
全身にやってくる、電気のような痛み。
その痛みは、自らの幼さを感じさせる。




