88.兄妹
私の目は、呆然としたまま、彼女の頭をしっかりと捉え続けていた。首から下が無くなった、物言わぬ頭を。
なのに、何故だろう?目を見開いた彼女の表情は、どうしてか優しい顔をしていた。やっと、何かから解放されたような…そんな感じだった。
そんなことを考えていると、もくもくと黒煙が彼女から出てきた。すると、シャーロットの髪が赤毛に戻り、『ああ、二人は本当に兄妹なんだ』と思えるような風貌に変わっていった。
バタン。
私の右横に、彼女の体は倒れた。おかげで、私の服には返り血がほとんど付かなかった。隣の血の海は、私の横で広がっていく。
「生暖かい」
私はすっと頰を撫でた。手に付いた赤色を見て、私の心に何かがこみ上げてきた。
「シャーロット、ねえ。あれは、あなたの本心だったの?」
ザッと後ろで足音が聞こえた。
「あなたって、アンドリューのこと嫌いなの?」
私の背中を、彼はそっと抱きしめた。
「そんなわけないでしょ?だって…世界でたった一人の、お兄ちゃんなんだもん」
小さな嗚咽が、背中から聞こえる。
きっと、私は今、後ろを振り返ってはいけない。彼がそうさせないように、ぎゅっと抱きしめる。
いいよ。泣いても。
そう言えないかわりに、私は動かないでいた。
シャーロット。私もこうなっちゃうの?
私は嫌だ。バンパイアって、認めたくない。バンパイアとして、私は死にたくない。
後ろの彼に、殺されたくない。
「俺…」
アンドリューが嗚咽をしながら、喋りだした。
「バンパイアにしちまったのは、俺なんだよ。シャーロットを突き放したからだ。そのせいで、罪を重ねてしまって…最悪だ」
彼は、そっと私から手を離した。頭だけ背中に預けて彼は笑う。
「大好きって言えなかった。あいつを、地獄に送ってしまった。全部…俺のせいなのに」
違うよって。そう言いたのに。
私の口は、その形に動くことはない。
ふと、私はバンパイア荒らしの時に私を襲った、バンパイアのシェフの姿を思い出した。アンドリューは、一瞬で首をはねた。ためらいもなく、一瞬で。
アンドリューは、あの時と同じようにシャーロットを殺した。
ためらわなかった。
これは、彼のポリシーからか?それとも、冷酷だからか…?
その問題に、私は答えを出すことができない。
不意に背中から重みが無くなった。
「アンドリュー…?」
「…ごめん」
彼は、シャーロットを見ないように、私にマッチを渡した。
「燃やして」
「でも…」
「お願い」
アンドリューは、シャーロットから逃げようとした。罪から、逃げようとした。
「待って!」
「…」
「アンドリューが燃やして」
「…やだ」
「アンドリュー、言ってたじゃない!両親を勝手に燃やされて、嫌だったって」
「…」
「でも、違うんでしょ?本当は、自分で自分の罪にケリをつけたかったんでしょ!?」
彼は、全く動かない。ポケットに手を突っ込み、下を向いて、背を向けて。どんな顔をしているんだろう?きっと…辛そうな顔をしているんだろうな。そんな風な顔に…しちゃったんだろうな。
「ちょっと待ってて!」
私はそっとシャーロットの体を、地面に寝かせた。そして、彼女の目を手で閉ざし、体の近くに優しく置いた。
そんなに時間が経ってしまったのか、シャーロットの体は硬直が初まっていた。
彼女の首の切れ目が目立たないように、私は落ち葉で隠した。そして、落ち葉を体にもかけてあげ、汚れたバンパイアの服を隠す。
落ち葉の色と混ざった彼女の髪のおかげで、シャーロットは秋の妖精みたいだった。豊作を祝福するような、美しい妖精に見えた。
「お別れして」
私がアンドリューを見て笑いかけると、彼の目から大粒の涙が現れた。
シャーロット。久しぶりに見たんじゃない?アンドリューの泣き顔。
「私は遠くへ行く。アンドリューがいくら泣いても、いくら叫んでも、絶対に聞こえないような、遠いところへ」
犬のようにくしゃくしゃにしながら、彼は頑張って笑ってくれた。そして、シャーロットに抱きつこうとするのをためらいながら、泣き続けた。
まだ私、行ってないのに。
私は、彼の横にマッチを置いて、森の中へ消えて行った。
でも、それだけ遠くへ行っても、彼の声は聞こえてしまう。痛みや苦しみ。全部聞こえてしまう。
「いいよ、アンドリュー。泣いて。最期にシャーロットへできること、全部してあげて」
そして、私は両手で耳をふさぐ。
それは、彼の声を聞きたくなかったからなのか、大切な人でも殺した彼の行動からなのか。
そのことを理解するのには、待ち時間だけじゃ足りないようだった。




