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黒から私は色を作る  作者: 西川 涼
最終章
88/97

88.兄妹

 私の目は、呆然としたまま、彼女の頭をしっかりと捉え続けていた。首から下が無くなった、物言わぬ頭を。

 なのに、何故だろう?目を見開いた彼女の表情は、どうしてか優しい顔をしていた。やっと、何かから解放されたような…そんな感じだった。

 そんなことを考えていると、もくもくと黒煙が彼女から出てきた。すると、シャーロットの髪が赤毛に戻り、『ああ、二人は本当に兄妹なんだ』と思えるような風貌に変わっていった。


 バタン。


 私の右横に、彼女の体は倒れた。おかげで、私の服には返り血がほとんど付かなかった。隣の血の海は、私の横で広がっていく。


「生暖かい」

 私はすっと頰を撫でた。手に付いた赤色を見て、私の心に何かがこみ上げてきた。


「シャーロット、ねえ。あれは、あなたの本心だったの?」

 ザッと後ろで足音が聞こえた。

「あなたって、アンドリューのこと嫌いなの?」

 私の背中を、彼はそっと抱きしめた。

「そんなわけないでしょ?だって…世界でたった一人の、お兄ちゃんなんだもん」

 小さな嗚咽が、背中から聞こえる。

 きっと、私は今、後ろを振り返ってはいけない。彼がそうさせないように、ぎゅっと抱きしめる。


 いいよ。泣いても。

 そう言えないかわりに、私は動かないでいた。

 シャーロット。私もこうなっちゃうの?

 私は嫌だ。バンパイアって、認めたくない。バンパイアとして、私は死にたくない。

 後ろの彼に、殺されたくない。


「俺…」

 アンドリューが嗚咽をしながら、喋りだした。

「バンパイアにしちまったのは、俺なんだよ。シャーロットを突き放したからだ。そのせいで、罪を重ねてしまって…最悪だ」

 彼は、そっと私から手を離した。頭だけ背中に預けて彼は笑う。

「大好きって言えなかった。あいつを、地獄に送ってしまった。全部…俺のせいなのに」

 違うよって。そう言いたのに。

 私の口は、その形に動くことはない。


 ふと、私はバンパイア荒らしの時に私を襲った、バンパイアのシェフの姿を思い出した。アンドリューは、一瞬で首をはねた。ためらいもなく、一瞬で。

 アンドリューは、あの時と同じようにシャーロットを殺した。

 ためらわなかった。

 これは、彼のポリシーからか?それとも、冷酷だからか…?

 その問題に、私は答えを出すことができない。

 不意に背中から重みが無くなった。


「アンドリュー…?」

「…ごめん」

 彼は、シャーロットを見ないように、私にマッチを渡した。


「燃やして」

「でも…」

「お願い」

 アンドリューは、シャーロットから逃げようとした。罪から、逃げようとした。


「待って!」

「…」

「アンドリューが燃やして」

「…やだ」

「アンドリュー、言ってたじゃない!両親を勝手に燃やされて、嫌だったって」

「…」

「でも、違うんでしょ?本当は、自分で自分の罪にケリをつけたかったんでしょ!?」

 彼は、全く動かない。ポケットに手を突っ込み、下を向いて、背を向けて。どんな顔をしているんだろう?きっと…辛そうな顔をしているんだろうな。そんな風な顔に…しちゃったんだろうな。


「ちょっと待ってて!」

 私はそっとシャーロットの体を、地面に寝かせた。そして、彼女の目を手で閉ざし、体の近くに優しく置いた。

 そんなに時間が経ってしまったのか、シャーロットの体は硬直が初まっていた。

 彼女の首の切れ目が目立たないように、私は落ち葉で隠した。そして、落ち葉を体にもかけてあげ、汚れたバンパイアの服を隠す。

 落ち葉の色と混ざった彼女の髪のおかげで、シャーロットは秋の妖精みたいだった。豊作を祝福するような、美しい妖精に見えた。


「お別れして」

 私がアンドリューを見て笑いかけると、彼の目から大粒の涙が現れた。

 シャーロット。久しぶりに見たんじゃない?アンドリューの泣き顔。


「私は遠くへ行く。アンドリューがいくら泣いても、いくら叫んでも、絶対に聞こえないような、遠いところへ」

 犬のようにくしゃくしゃにしながら、彼は頑張って笑ってくれた。そして、シャーロットに抱きつこうとするのをためらいながら、泣き続けた。

 まだ私、行ってないのに。

 私は、彼の横にマッチを置いて、森の中へ消えて行った。

 でも、それだけ遠くへ行っても、彼の声は聞こえてしまう。痛みや苦しみ。全部聞こえてしまう。


「いいよ、アンドリュー。泣いて。最期にシャーロットへできること、全部してあげて」

 そして、私は両手で耳をふさぐ。


 それは、彼の声を聞きたくなかったからなのか、大切な人でも殺した彼の行動からなのか。

 そのことを理解するのには、待ち時間だけじゃ足りないようだった。

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