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黒から私は色を作る  作者: 西川 涼
最終章
87/97

87.助けられなかった

 俺はシャーロットにバレないように小声で指示を出した。

 無謀だろ?だから、やめとけ。さっさと逃げろ。

 そう言おうと思ったのに、彼女の目は真剣そのものだった。マジでやる気かよ…

 まあ、いっか。正直言って、これ以外の選択肢を思いつくことはできない。


「頼むぞ」

「わかった!」

 彼女は五歳の少女を思わせる笑顔を俺に向け、トコトコと走っていった。さっそうと、ではない。それだけで本当に心配…

 いや。あいつは一応、十七だ。そうそう簡単に死ぬ…ああ、もういい。心配は置いといて、さっさと終わらせよう。


「シャーロット」

「逃さないわよ」

「ああ。わかってる」

 平然と答えた俺に、彼女は戸惑いを隠せていなかった。

 わかってんだよ…一応、俺は兄貴なんだ。


「さあ。始めよう」

 剣は、彼女の方に、まっすぐと向けられる。

「すぐに終わるわ」

 シャーロットがまたボールを出す。でもよ。わかっちゃったんだよ、その攻略法。


「そのボール、憎しみのパワーからできるっつたよな?」

 俺はボールを切った後、彼女に笑いかけてみせた。


「じゃあ、気を散らしたらどうなるんだろうな?」

「なっ!?」

 やっぱり。彼女は他のバンパイアとは違うんだ。


「風貌や髪色を変え、自らを偽った理由。それは、お前がバンパイアになりきっていないから。その自信の無さは、お前の目が泳いでいることが証明している」

 そして…なぜ、サラにテレポートについてあんなに問い詰めたか?先を越されたと思ったから…そうだろ?

 俺自身が思いついた推理を、自分自身で否定したくなる。違うよ…多分。そんなわけ、無いに決まっている。

 俺はイラつきを隠しながら、シャーロットを睨んだ。バンパイアを消せば…きっと、サラと幸せになれるんだ!


「泳いでいない…」

「泳いでいる!」


 カンッ。


 出ました。あの、短剣。

 集中力が無くなったら、もう黒ボールは出せなくなる。

 さあ、こっからだ!


 俺が剣を横に向けて切ろうとしたが、彼女は間一髪で避ける。首筋に向けたら、上にジャンプ。

 やっぱり…靴のことを忘れている。

 今だけ忘れさせよう。今だけ、だ。

 さあ、いつ来る?天然お嬢様!


「きゃあーーーーーーー!!!!」

 彼女の甲高い声で、俺の頭が『イタイ、イタイ、イタイ!』と叫んだ。

 み、耳が…というより、頭がーっ!


「やめて、アンドリュー!お願いだから、やめて!」

 サラが泣きじゃくりながら、俺たちに訴えかける。

「いくらバンパイアだからって、兄妹で剣を交えるだなんて…そんな悲しいこと、私二人にして欲しくない!お願い…お願いだから、もうやめて…!」

 …これって、演技なんだよな?

 なぜか、俺の目から塩水が流れた。んなこと言うなよ…信念が揺らぎそうで…やめろよ。


「くそっ!」

 俺がシャーロットの足元を切ろうとして、彼女はハッとする。かなり使える、あの靴に…


「お人好しね。サラって」

 彼女は一瞬でサラの元へ向かう。よし、チャンス!

 俺は袖で、水を止める。



 演技じゃないよ。私の本心を、ただ話しただけ。ただ叫んだだけ。

 アンドリューは、こんなことを求めた訳ではないだろう。きっと…決心が揺らいでしまったに違いない。

 でも、これが私なの。

 どこかで信じたいの。バンパイアだって、人間と仲良くできるって。そうじゃ無いと…私、悲しくなっちゃうから。


「お人好しね。サラって」

 冷徹な声に、私はハッとした。ど、動揺が終わった!?

 これって…アンドリュー勝てるの!?

 シャーロットは煙の出る靴を使いこなし、私の近くへ一瞬で来る。


「いだっ…」

 髪を掴まれ、上から目線で彼女は私を睨んだ。


「綺麗事言ってんじゃないわよ」

「…」

「なんなのよ!あんたって!」

「ダメなの!?」

 ふと、シャーロットの手が少し緩む。


「綺麗事じゃダメなの!?綺麗事を信じちゃいけないの!?」

 その時、私には恐怖ではなく、何かが心にストンと落ちるような、変な感情が現れた。

 アンドリューに助けてもらえるってわかってるのに…なんだか、死期を悟ったみたいじゃない。

 すると、シャーロットは怪訝そうに顔を歪めた。


「なんで笑っているのよ?」

「…改めて、私って変な人って思ったのよ」

「はぁ!?」

 彼女の手が、自然と上に引っ張っていく。イタイ、イタイ。ぶちぶち言ってるよ…

 少しだけ涙目になり、痛みを耐えながら、そっと笑った。


「綺麗事言わないとやってらんないのよ。でも、それでもいいじゃない。私、兄妹なんていないから…ずっと一人ぼっちだったから、仲良くしてほしいよ」

「…うるさい」

「この世にたっくさんの人がいると思う。でもね。あなたのお兄ちゃんは、アンドリューだけなのよ?」

「うるさい!」

 彼女が私の足に、熱い靴を乗せた。そして、グリグリと、地面に押し付けていく。

 地獄のような痛みが、私の足に襲いかかる。


「あんたに何がわかるのよ!?小さい頃から、誰とも会わないで生活してきた私の感情の何がわかるのよ!」

「私だってそうだった!」

「…じゃあ、そのたった一人のお兄ちゃんが、どうしてあんなに冷たかったの?なんで!?」

 彼女の涙に気づいて、私は何も言えなくなってしまった。

 …辛かったんだ。

 二人は、どうしたらいいかわからず、ずっと冷たい態度を取っちゃったんだ。

 そんな時、この悲しい兄妹は敵同士になってしまった。憎しみが生まれちゃっても…おかしくない。

 救うことができないの?二人を…助けることは?


 シュ。


 目の前で、人間らしく泣いていた彼女の頭が、空へ舞う。

 シャーロットの涙と赤い血しぶきが、混ざり合って地面へ落ちた。


 悲鳴をあげられない。あげられないほど…私は呆然とした。

 …ねえ、アンドリュー。あなたは大切な妹を、助けることはできなかったの?

 私は…最初から、何もできなかったの?

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