86.ばか正義
「私、あなたが憎いわ」
そんなセリフなのに、なぜか彼女の声は優しかった。
例えるならば…夜に読み聞かせをする母親のような声。
でも、その顔はあの忌々しい仮面のように見えて…怖い。綺麗すぎる三日月型の目が…とても。
「ねえ。サラさんはバンパイアになったばかりなのに、どうしてテレポートができたの?」
「テレポート…?」
テレポートって…他の場所に行くあれ?
「しかも、別の場所にいるサタン様達も連れて行くだなんて…」
私は顔を真っ青にしながら、横目でアンドリューを見た。
彼の目は、全く変わらない。ただただまっすぐな目で、濁りが全く無かった。
そんな美しい彼の顔を、私は一切見ることができなかった。
「あんたみたいな女が、バンパイアの力である憎しみを使えるだなんて…!しかも…」
シャーロットの目が、ふっと冷たくなる。
「無意識で!」
アンドリューの剣が、カチャンと音を立てた。
握り直したんだ。その手は青筋が出ていて、怒りが込められていると、簡単にわかった。
「…ちげーよ」
彼の赤い目が、シャーロットを捉えた。
「サラはバンパイアじゃねえ。サラは…サラだ」
その一瞬迷ったセリフに、どんな意味が隠されているか…その場にいた全員は理解できていたのだろう。
「あらそう。でもね…」
シュ。
え?
な…んでシャーロットが…!?
彼女の顔が、あのサタンの顔と重なる。悪魔のような、歪んだ顔…黒目が小さくなり、牙を剝きだす。
「あなたを殺すことには変わりはない」
「…!」
黒いボール…!?
「きゃあ!」
私のすぐ近くを、大きなボールがかすめる。すっと流れた赤い血は、私の頰を伝っていく。
「逃がさ…」
「黙れっ!」
アンドリューがシャーロットの首筋を切ろうとした。すぐに避けた彼女は…笑っている。
「おめーの敵は俺だ。サラに手を出すな!」
「それはあなた次第よ、アンドリュー殿!」
また彼女は、黒いボールを私に向かって投げた。速い…!
ドサッ。
き、木が倒れた!?
憎き太陽が、そっと私を襲おうとした。まずい…逃げなきゃ!
「サラ!俺はいいから、さっさと逃げろ!」
「わ、わかった!」
私は走って逃げようとする。
…あれ?
これでいいの?
私は少し立ち止まった。
あの時…シャーロットと初めて会った時と同じ。私は…あの時から変わっていないの?
様子がおかしい…
逃げろっつたのに、なんで止まる?
「アンドリュー、よそ見か?」
ボールがサラに向かって飛んでしまった。
…ざけんなっ!
俺はすぐに真っ二つに切った。
次のボールを出される前に、俺はシャーロットを切りつけた…が、いない!?
ど、どういうことだ!?
…後ろに殺気?
「ぐっ…!」
彼女に短剣を向けられ、すぐに俺は剣で守った。なんだよ…この規格外の速さは!
まさか…
「うっ」
俺はシャーロットに足を踏まれた。
…この靴のせいかよ!
「あっぢいんだよ!」
足をほんの少しやけどしながら、俺はシャーロットを跳ね返した。あの靴…高い熱を帯びている。
シャーロットから距離を取ると、また彼女はボールを取り出す。さっきよりも、十倍ぐらい多い!
「サラ、逃げろよ!」
俺はすぐにボールを切ったが、切れたのはたった二つ。残りが彼女に向かって行く。
「逃げろ!」
俺が叫んだ瞬間、たくさんの木々にボールがあたり、バタンバタンと倒れだした。
嘘…だろ?
「サラ…サラ…!」
走って彼女がいたところまで行く。いない…いない!
「あーあ。灰になっちゃ…」
カコン。
「なってないから。ばか仮面!」
彼女は両手に石を抱えて、シャーロットに投げつけた。
「…いつの間に」
俺は呟いた瞬間、悪い予感が頭をかすめた。
彼女は、走って木から逃げたのか?それとも…いや、考えんな。あれは、シャーロットの…バンパイアのたわごとだ。
「うっとうしいわね!」
シャーロットがまたボールを投げつけたが、サラが小石を投げて応戦…
「できてねーじゃん!」
すぐにサラの前に周り、ボールを無理矢理避けさせる。
あー。ほんと、この女は…天然通りすぎて、ばかだよ。
ちらりと見た背中で、彼女は真剣にシャーロットを睨んでいた。
…しゃーねーな。
「サラ。おとりになれ」




