84.好き。
「ゲホッ…ゲホッ!」
やっと、足が地面についた。煙が気管に入って苦しい。
目をこすりながら、周りを見渡した。うっ…さっきより煙たい。なかなか周りを確認できない。
ズッ。
この…地面は、土!?つまり、外ってことか。
俺は闇雲に腕を振って、何かを掴もうとする。木?森!?
しかし…この黒煙の量は異常だ。誰だ?誰から発せられた!
…まさか、そんなことないよな?まさか…まさか…
ゆっくりと見えてきた世界で、一番最初に見つけたのは、サラ。
普通なら、ここで困惑するんだろう。でも、俺は全く動揺しなかった。
彼女は俺が渡したネックレスを握りしめながら、うずくまっている。その心臓から、真っ黒な煙が流れ出している。
その煙は、もくもくと確実に目の前を黒に染めていく。
「…サラ」
俺は彼女に駆け寄って、抱きしめた。ぎゅっとテディベアを抱きしめるみたいな感じじゃなくて、まるですぐに溶けちゃう、ふわふわな雪だるまを抱くような…そんな風に抱きしめた。
「大丈夫、サラ。大丈夫だから…」
「…」
サラは、顔を上げることを拒む。俺はそっと黒煙を包み込んだ。消えてくれ…お願いだから。
だんだん、だんだん煙は消えていく。黒は目の前から消えていき、やっと周りが澄んでいく。
「サラ。ありがとう」
彼女はゆっくりと顔を上げた。目を泳がせながら、俺と目を合わせる。
その目は、とても潤んでいた。
アンドリューがいた。真っ暗な世界で、彼の赤髪が、綺麗に見えた。
見えていた彼の顔は、だんだんぼやけていく。
ごめんね…ごめんね、アンドリュー。
私、頑張っていたのに。
人間でいようって、頑張っていたのに。
憎しみを止めることができなかった。
「…ごめん、アンドリュー。本当に…本当にごめん…!」
心の底からの叫びは、森の中へサッと残酷に消えていく。
もう…居られない。アンドリューと、居られない。
「ハハハハハハ…!」
悪魔の声が、響き渡った。
ハッとして振り返ると、そこにはサタンとシャーロット。そして、反対側にはクレイグとロザリー。何が…あったの?
「ようこそ!バンパイアの世界へ!」
彼の声が、私の頭の中でガオンガオンと反響する。
バンパイアの世界…
私、魔術を使っちゃった。後戻りできないところまで来てしまった。
さっきの黒い煙だって、もしかしたら有害だったのかもしれない。
飛躍しやすい私の想像力は、自ら首を絞めつけていく。
「何を言ってるんですか!」
自称元メイドのロザリーが、泣き叫んだ。あ、もう蛇に巻かれていない。よかった…
「バンパイアの世界って!何言ってるんですか!?」
「へえ。聞きたいのか?それは…」
グッ。
「黙れ。キャラ被り」
くすんだ金髪のクレイグが、サタンのお腹をパンチし、黙らせた。
「悪魔野郎。絶対口きけねーようにしてやる」
「威勢がいいな。でも…」
サタンの目が、真っ赤に光る。
「いつまで続くなかなぁ!?」
狂った声。奇妙なほどに上がった口角。目玉が飛び出そうなぐらいに見開いた眼球。
「やめて!」
「サラ。大丈夫だ。クレイグは、あんなのに負けるタマじゃねえ」
アンドリューが私を一瞬でお姫様抱っこ…!?
なんで!?
「距離を取るぞ」
「ちょ、ちょっと、アンドリュー!」
彼は真剣な表情で、私たちは逃げた。
「逃すもんですか」
後方から、冷たいシャーロットの声がした。彼女が…彼女が追ってくる。
でも、そんな恐怖なんてどうでもいい。
彼にお…お姫様抱っこされている。
顔が紅潮していく。ああ…恥ずかしい。
「サラ」
目の前の彼が、息を切らしながら言った。
「俺は!サラが好きだ!だいっすきだ!」
ドクン。
…まただ!
また、私の悪魔が…バンパイアの感情が!
「サラは?サラはどうなんだよ!」
彼の声が、私の心臓をすっと通っていく。
ああ、だめだ。好きだわ。
アンドリューがいるだけで、この世界は色味を帯びていく。
私が黒でも、彼が変えて…ううん。
彼のおかげで、私は黒から色を作ろうとしているんだ。
わかったよ。アンドリュー。あなたが好きな理由。
あなたは勇気。あなたは希望。あなたは…私の色。
「あなたが好き。どんなことがあっても、あなたが好き!」




