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黒から私は色を作る  作者: 西川 涼
最終章
83/97

83.八方塞り

 黒に支配された女は、正気を失った。

 女はこの時ついに、本当の意味でバンパイアになってしまった。

 彼女は無意識の内に…魔術を使用してしまったのだ。


 バンパイアの魔術は、憎しみ、苦しみ、怒りをエネルギーとする。

 彼女の黒い力は全てを包み込み、彼の元へ。



 サタンのオーラに、俺はあぜんとした。

 だらんと下がった頭。ゆらりと揺れる真っ赤な目。これまでに、こんなにも気色の悪い目は見たことがない。

 その姿は、とてもサタンらしくなく、まるで…まるで…


「理性のないバンパイアみたいだな」

 隣でクレイグのピリッととした声がした。さっきは俺がクレイグの理性を取り戻してやったのに今度は俺かよ…と苦笑する。

「そこまで堕ちてしまったのか?」

 彼の舌打に、俺は冷静に答えた。


「あのサタンだ。理性を失ったとしても、おそらく百パーセント失った訳ではないだろう」

「確かに」

 そして、クレイグはかっこよく拳銃を構える。


 悪魔の坊ちゃん。感情に任せて、戦って何になる…?そんなに…サラが大切なのかよ?

 彼女を泣かせておいて…あいつは何を考えてんだ?

 ぐらりと重心を正しながら、彼は闇の中から何かを取り出した。今回は太刀じゃない…二本の洋刀だ。

 その姿はさっきとは違い、全く上品じゃない。…狂気に満ちている。

 なのにサタンの不敵な笑みは全く変わらず、俺たちに恐怖以上の何かを感じさせる。


「なんだ?あれ」

 クレイグが尋ねると、俺は思わず自分の目を疑った。

 …黒い煙?

 近くに目をやるが、火がついている様子はない。

 発生源は…サタン!?

 どういうことだよ!?

 俺はゆっくりと息を吐いて、冷静になってから呟いた。


「やばいのが来るな…」

「やばいのが来るねー」

 クレイグに不敵な笑顔が戻ってくる。イケメンな横顔は、少し顎を引いていて、鷹のような鋭い目をしていた。

 出た。クレイグの変な殺気の出し方。俺には真似できない、彼の尊敬できる点。


「アンドリュー。どうする?」

「男は黙って先制攻撃」

「だね」


 パン。


 銃口から、火花が飛び散る。

 しかし、悪魔は剣で跳ね返しやがった。受けた、じゃない。跳ね返した、だ。

 俺たちは、ピーターパンのように空を舞う。

 俺は剣、クレイグは銃で、重力に引き寄せられながら、悪魔に対抗する。


 先に銃声。そのあとすぐに、俺はサタンを切りつける。

 金属が弾を弾く音。金属が金属とぶつかり合う音。どっちも受けた!?

 すぐにクレイグが敵の頭に向かって蹴りを放ったが、それも剣で受けられてしまった。

 そんでもって、俺たちは奴の剣に跳ね返され、体ごと吹っ飛ぶ。


「どあっ!」

 俺は壁にぶつかってしまいそうになったが、意識を取り戻した俺は、足をバネにし、壁を使ったバク宙の要領で、なんとか地面に着地した。

 おかしい…こいつの全てがおかしい!

 パワーが異常で、殺気も異常で…まるで、あの黒煙が、悪魔にエネルギーを送っているかのようだった。


「俺は接近戦で行く。だから、クレイグは…」

「アシストだろ?わかってるぜっ!」

 チーターのように速く、俺はサタンに攻撃する。火花が飛び散る…くそっ!

 クレイグがサタンの後ろに回り、銃を放つ。


 ぶすっと音が鳴る。あ、あたった…?

 なのに…サタンの表情は、全く変わらない。あの、忌々しい顔は…変わらない。

 なんなんだよ!?こいつ、銀の弾丸でも、なんで倒れねえ!?


 カラン。


 …え?なんで、弾が落ちた!?


「そろそろいいかい?」

「…!?」

 サタンの目が、ルビーのように輝く。

 俺がうろたえた瞬間、悪魔の剣が俺の懐に入ろうとする。

 距離を取って避けたが、もう片方の腕が伸びる。

 ジャンプしたら、上に剣が。右に避けたら、右に剣が。左に、左。しゃがんだら、下。

 これじゃあ、イタチごっこだ!それに…体力の限界で俺が潰れる。


「アンドリュー!」


 パン。


 ハッとして、俺は一気に距離を取る。そして、俺にクレイグが何かを口に詰め込んだ。

「うぐっ」

 俺の口に、冷たい感触。これって…


「どまぁど!?」

「食ってから言え、バカモン」

 俺は、グッと飲み込んで、口を拭いた。


「なんで、今トマトなんだ!」

「リコピンがたっぷりでとっても美味し…」

「そういう話じゃねえ!」

「大丈夫。それ、あの時のトマトだから」

 …あの時の?すっと血の気が引いて行く。

 ま、まさかのトマト戦闘の時の!?

 俺は思わず口をおさえた。


「おえーっ!」

「嘘だよ。ばーか」

「言っていい嘘と悪い嘘…」

「はいはい。だーまれ」

 俺は睨みながら、クレイグの顔を見た。彼の顔は…余裕な顔。どうして?

「ちょっと冷静になれ。お前らしくない」

「…ごめん」

 俺がふてくされると、奴は猫のように目を細めて笑った。


「いいことわかったよ」

 彼は俺の顔に、すっと近く。


「あの煙。バリアーだよ」

「…!?」

「胴体は無理ってこと。狙うなら…」

 クレイグが自分の脳みそに銃口をあてる。


「早く言えよバーカ」

「ごめんごめん」

 ニカッと笑うと、相棒が俺の前に立つ。


「立場、トレード…」

「ちょ、待て」

「は?何…」

「いいから!黙れ」

 …風が変わった。サタンからの黒のオーラが薄れる。他の方から…闇が来る。

 俺は、サタンがいる場所とは反対方向を向いた。これって…まさか?


「サ…」

 竜巻。真っ黒な竜巻。

 それは、だんだんだんだん大きくなり、俺たちを包み込みそうな勢い…いや、包み込んだ。


「くそっ!またかよ!」

 俺は黒から逃げられない。



 そこで見た景色を、俺は忘れることができない。

 中心に居た彼女の姿。

 彼女の憎しみの塊を、


 俺は忘れることができない。

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