82.黒い煙
標本のような姿にされてしまった私は、元仮面女の顔を睨むこともできず、ただただ怯えていた。
そして、また一本、闇の中から短剣を取り出した。
その時の表情が、怖かった。でも、釘付けになってしまった。その…怖さと美しさのあまり。
初めて会った時、私は思った。彼女は天使じゃないのか?って。
実際は堕天使だったけど、ほとんど間違えていなかった。
悲しいことに…いや、アンドリューの妹っていう理由もあるけど、やっぱり綺麗だった。
だから…目が離せない。私より、オディールという名が似合うぐらい、美しい。
取り出した短剣を私に向けるかと思いきや、壁やベットを傷付け出した。
ビリッと破いたり、ズグッと刺したり。その表情は狂気に満ちていて…怖い。
「この部屋、私好きだわ」
そして、また剣を突き立てる。今度は…クローゼットに。
「黒ばっかりで、とっても綺麗なゴシック調で、大好き。でもね…」
ふっと笑い、私に語りかけた。
「あなたの匂いがして、あなたが居たっていう証拠があって、大嫌い」
シャッ。
カーテンに手をかけ、短剣でばっさりと切った。しかし、カーテンが無くなっても、お外は真っ暗。太陽の姿は見えない。
「ねえ、どうしたらいいの?あんたの姿があるだけでイラつく。あんたの香りだけでイラつく」
すると、彼女はパッと短剣から手を離し、また闇の中から何かを取り出した。
あれ…鞭!?
パシン。
地面を叩きつけ、痛々しい音がする。
「だから、いっぱい傷付けて、いっぱいつらい目に遭わせて、殺してあげる」
すると、シャーロットは、なぜか私の方ではなく、ロザリーの方に足を運ぶ。
ロザリーの目から、大粒の涙が流れる。締め付けていた蛇が、ロザリーに向かって笑ったように見えた。
「ロザリーちゃん。怖い?」
「グスッ…グスン」
「そっか。怖いよね」
「…」
「大丈夫。すぐ死んじゃうから」
パシン。
部屋に鞭の音が響き渡る。
ロザリーの悲痛な声に、私は泣いてしまった。
パシン。
ロザリーが倒れ、荒い息をあげる。頰を真っ赤にし、顔を歪める。
彼女が大声で泣いても、助けは来ない。助けられない。
パシン。
「関係ないじゃない!」
私の声で、鞭の音が止む。
「あんたが嫌いなのは、私でしょ!?私を殺して、サタンを奪いたいんでしょ!?」
「…そうねえ」
「じゃあ、私を叩きなさいよ!」
私は歯をくいしばり、シャーロットを睨み付けた。
彼女は呆れたように、頭を抱えた。
「バカねえ、あんた」
「…え?」
「ロザリーを傷付けたら、あんたが傷つく。それだけが目的よ」
「!?」
なんて…なんて卑劣なの!?
ふと、倒れたロザリーが目に入った。
その目は、悲しみ、苦しみ、恥ずかしさ、辛さ。その全てがぐちゃぐちゃにして、彼女は感情の全てを私に訴える。
憎い。
こんな気持ちは初めて。
私の真っ黒でねっとりした感情が、心の中でゆっくりと染み渡っていく。
憎悪だ。この感情は、間違いなく憎悪。
「サ、サラ様…!」
ロザリーの叫びは、私が沈んだ黒い海の中で、粉のように消えていく。
「その、黒い煙はなんですか!?」
彼女は枯れそうな声で、私に訴える。
憎悪の奥からやってきた私の正気は、胸の方から出てくる黒煙を一瞥して、すぐに去っていく。
何だろう?…どうでもいい。
なぜか焦ったような表情をしたシャーロットは、すぐに私に向き直り、鞭で叩きだした。
それでも、私は彼女を睨む。憎悪の塊を、シャーロットに向ける。
痛い。焼けるように痛い。
でも、感じない。何とも思わない。
私の顔に鞭が攻撃した。ピリッとした痛みが走る。
でも、知らない。
憎い。それだけが私を支配している。
「やめろ…サラ!死ねっ!死ねっ…!」
鞭の勢いが増す。痛みが、連続で襲いかかる。
そして、黒い煙が増えていく。憎悪と比例して、黒い煙が現れる。
シャーロットが見えずらくなってきた。
前が見えなくなった。
胸が高鳴ってきた。
息が荒くなってきた。
そして…不意に冷静になった。
「…憎い」




