79.狂気
後ろで何か重い物が、ボロボロと落ちた音がした。
ハッとして振り返ると、ロザリーがワナワナしながら、薪を落としていた。
「こんな…こんな部屋じゃ…!」
そして、彼女はフラフラとしながら座り込んだ。意気消沈というように、肩を落としていた。
でも、気持ちはわかる。
野生の獣がつけたような、壁の爪あと。蜘蛛の巣状に割れてしまった、鏡台。もう、火をつけられない、ドロドロな蝋がこびりついた、シャンデリア。
…ここが、私が前までいた部屋とは思えない。
「大丈夫ですか?サラ様!」
「ええ。大丈夫…」
なわけない。さっきまで森にいたのに、知らぬ間に城に来てしまった。それに、森で勝負しようと思っていたのに、結局、ロザリーの計画がめちゃくちゃになってしまった。
ああ。本当に最悪…
「あなたは、綺麗だ」
聞き覚えのある女の声で、私は振り返った。
彼女は鞭の要領で、蛇をロザリーに巻きつかせた。毒々しい、変な色の蛇…
「綺麗すぎて、気持ち悪い。私、あんたのことだいっきらい」
「シャーロット…」
目の前に佇む女性を、私は睨みつける。
黒に緑が混ざった、気持ち悪い色の髪。チャイナドレスのような、スリットの入ったドレス。私より、年下のはずなのに…とても大人の女性に見える。
「へえー。あいつ、ちゃんと話したんだな」
「あいつ!?」
私はシャーロットの発言に、思わず顔をしかめた。やっぱり…この人、シャーロットじゃない。
アンドリューの妹には見えない。アンドリューみたいに、優しい人じゃない。
…私、こんな風になっちゃうの?
彼女はただならぬ闇の象徴のように見えて、言い返す気力がなかった。
「誰ですか?この女は…」
ロザリーの声で、私はやっと声を出せるようになった。
「仮面女よ…」
「え?でも、仮面を…」
「つける理由が無くなったの。アンドリューに…妹だってバレたから」
「え!?」
そう彼女が息を飲んだ瞬間、蛇がシャーッ!と叫んだ。威嚇され、ロザリーの目に涙が浮かぶ。
「ふーん。あんたがロザリー?」
蛇の恐怖で、彼女は答えることができない。
しかし、シャーロットはマイペースに、ロザリーに巻き付いた蛇と戯れ出した。
「あなたの計画、最高だな。賢い人は、大好きだ」
ふっと笑って、蛇の頭を指でなでた。そして、急にパチンと指を鳴らすと、蛇がロザリーを締めだした。彼女は心から苦しそうな声を出す。
「やめて!やめて、お願い!」
「カラスを巻くのは、とても良かった。でも、良心でカラスを逃したのはいけなかった…森にサラ殿がいることがわかったからな」
「あなた…!」
「見つけたあんた達をテレポートさせるのは、とても簡単だった。あとは、サタン様に気づかれないように、お前を消すだけ…」
…え?
消すって!?
「バンパイアだって、殺そうと思えば殺せるんだ」
彼女は恐ろしい顔を向けた後、短剣を取り出した。
「でも、すぐ殺しちゃ、面白くないでしょ?」
「キャア!」
シャーロットが私の服を切った。太ももに、ピリッとした痛み。
そして、私の顔に剣先を向ける。間一髪で避けたが、頰に痛みが走る。
「ちょろちょろ逃げ回って。しかも、反撃もしないし。だいっきらい。綺麗すぎて、だいっきらい」
彼女のどす黒い声で、私は鳥肌が立つ。
目が真っ赤。その赤が、暗い部屋で不気味に光る。
ゆらりと陽炎のように動いた短剣は、私の服と壁をぶさりと刺した。それを、何本も…う、動けない…!
「逃さない。あんたは、ここで死ぬ。サタン様は…私のもの」




