78.なにがあっても
口づけが終わると、ふと私は思い出したように、テントから顔を出した。
「どうかした?」
「ううん。別に…」
思わず安堵のため息が出る。木漏れ日一つもない、真っ暗な森。暗い場所はあんまり好きじゃないけど、今は助かったと思うべきだ。
「ロザリー達は?」
「二人で薪を取りに行ってる」
アンドリューが私の手を握った。
彼の美しい瞳は、私をとらえ続ける。
「あのさ。辛いことがあったら、なんでも言ってよね。俺ばっか色々言って…なんか悪いし」
「そんなことないよ」
私は微笑んで彼を安心させようとしたのに、逆に彼の顔を曇らせてしまった。
アンドリューはしきりに口を開けたり塞いだりして、何か言葉にしたいらしくても、うまくできていない。その魚みたいな姿に思わず笑ってしまった。
「ねえ、アンドリュー」
「何?」
「外に出よう?」
「え…?ええ!?」
私が彼の腕をとって、強引にテントから出た。
きっと、外は明るいんだろう。でも、森が全部影にしてしまい、夜みたいに真っ暗。夜以上に怖い。
おばけがやってきても、おかしくない雰囲気。
でも、アンドリューの姿だけはっきりと見えて、その姿が、もう見ることができない太陽のように見えて。
彼の赤髪が、私の暗くなってしまった世界に、色をつけ出す。
「髪…綺麗だよね」
「え?」
アンドリューは微笑みながら、私の髪を触った。彼の細い指が、私の肌をくすぐる。
「初めて見た時から思ってた。君の漆黒の髪と、海のような真っ青な目。すっごい綺麗だなって」
「だったら、私はアンドリューの髪が好き。赤髪って、どこでもすぐに見つかるじゃない?」
「からかってんのか?」
私が微笑んで返事すると、彼は肩をすくめた。
私は、自分の容姿が、あんまり好きじゃなかった。真っ暗な城に住んでいて、もし金髪なら、まだ気持ちが楽だったのかもしれない。でも、真っ黒な色で、よく悲しくなっていたりした。
…あの時はまだバンパイアじゃなかったのに、バンパイアになってしまった気分で。暗い気持ちにさせた黒が、私は嫌いだった。
でも、アンドリューに褒められた。私の黒髮を、綺麗と言ってくれた。
それだけなのに、とても自分の髪が、愛しく思うようになった。不思議よね、アンドリューって。
アンドリューが急に真剣な目になると、私の頭を強引に彼の肩に預けた。
「お願いがある」
「なに?」
私の声が、少し震えていた。アンドリューの首筋が…近い。
心臓がバクバクと音を上げた。私の理性とは違うどこからか、彼を殺せと命じている。
「生きることを諦めんなよ。俺は…何があっても、サラが好きだから」
このセリフで、私の悪魔がまた囁いた。
『殺せ。彼を殺せ』
違う…違うよ!
『好きな男を、殺せ』
「違う!」
私はアンドリューを突き放して、座り込んだ。
消えろ…消えろ、サタン!あんたなんか、要らない!
アンドリューだけでいい。彼とずっと笑って過ごしたい!
だから、やめて!
私の…私の人生に口出ししないで!
『みーつけた』
ハッとして、私は体を縮めた。間違いない。悪魔だ。
みーつけたって?まさか、この近くに…?
「サラ!」
アンドリューがしゃがんで、私の顔を覗いた。
私は泣きながら、彼に笑いかけた。牙が見えてしまったかもしれないぐらい、思いっきり笑った。
「アンドリュー…私、あなたのこ…」
目の前が、急に回り出す。
まるで…そう。
『オズの魔法使い』の冒頭。ドロシーが、竜巻に巻き込まれた時のような。
そんな、恐ろしい予感。
私は、彼女のように楽しい気分ではない。
「とが好き!」
私が頭を回しながら叫び、目を開けると、その景色は、真っ暗な森じゃなかった。
見覚えがある。とても、見覚えがある場所。
でも、今は私がいた頃とは違い…まるで、獣をここで飼っているのか?と思うぐらい、ぐっちゃぐちゃだった。
まさか…ここ…
「私がオディールだった頃の…部屋?」




