77.キス
私達は、走って馬小屋まで行った。
「早く…早く…!」
アンドリューが私達を急かす。その雰囲気が伝わったからか、馬達にも緊張が走る。
私は前の時のように、ウォルの上に跳び箱に似たジャンプで乗っかる。
「よろしくね。ウォル」
声をかけると、彼女らしくないほどのビックサウンドで、鼻を鳴らした。そして、闘牛のように、ヒズメをガシガシと地面に打ち付ける。
「突っ走れーっ!」
アンドリューが叫び、パシンと馬を叩いた。ヒヒーンという鳴き声が、リレーのピストルがわり。我先と馬達が走り出した。
風になる。とっても、気持ちがいい。
その時…一瞬だけ。一瞬だけだよ?
前を走るアンドリューの髪が、サラサラと風になびき、その姿に一瞬、キュンとした。
でも、その心は、恋愛感情とは違い、とても…生物的。
真っ赤を奪いたい。そんな、感情。
私の中に、黒が進入してきている。
着実に、ゆっくりと。
夜明け前、全員疲れ切って、森の中で倒れた。
馬達も、もう無理…という声が聞こえるような表情をしている。
「ダメだ…行かないと」
「アンドリュー、まだ動く気か!?」
「寝場所…だけ」
ふらふらなアンドリューは、クレイグの声を遮って、ゆっくりと歩き出す。
きっとテコでも動かない…と判断したクレイグは、ロザリーの近くに駆け寄る。
ラブラブなところに入っちゃダメね。私はそっとウォルのところまで移動した。
「ありがとう、ウォル…」
そう言っても、返事はない。
彼女は体を上下させながら、深く眠っている。
私も寝ようかな?
ウォルのお腹に身を寄せて、私は夢の中に入り込んだ。
起きた頃には、ウォル以外の馬は消えていた。
「…あれ?他の馬は?」
「逃した」
アンドリューが優しい目でウォルの頭を撫でた。とても大きな手。ウォルの毛並みを揃えるように、優しく撫でる。
いいな…
「お前も、自由だよ」
ポツリと彼が言うと、ウォルが腑抜けた声を出した。
「何を言ってるのよ!?ウォルは…一緒にいたいのよね?」
私が尋ねると、彼女は大きな頭を下げた。
「じゃあ、サラはウォルを危険な目にあわせていいのかよ!?」
「それは…」
私は、ウルウルとしたウォルの目を覗いた。綺麗な瞳…この瞳を殺しちゃいけないわ。
ゆっくりと、彼女の首に抱きついた。あったかい…生き物の暖かさ。
私はもう生き物じゃない。だから…だから…
「バイバイ、ウォル」
彼女はゆっくりと立ち上がる。顔が…見えないよ。
私は立つことができない。最後まで、見送れない。
でも、大好きだから。
バイバイ。
テントを張って、私達は眠った。
深い、深い眠りについた。
見張りは無しだけど、それでもよかった。
何と無く大丈夫だと思っていたし、とにかく…疲れていた。
そして、私は夢を見た。
私は真っ白な箱の中。一人でポツンと立っている。
ハッとすると、私の隣にマリオンが居た。そして、彼女は笑ってどこかへ消えてしまう。
それが、何人も続いた。
ジョニーさん。アレクさん。ウォル。召使いのみんな。
全員、笑ってどこかへ消える。
そして…ロザリーが隣に来た。
彼女はそばかすだらけの顔で、思いっきり笑った。大きく手を振り、去っていく。
次は、クレイグ。
彼は私にマジックを披露し、得意げな顔で去って行った。珍しい…クレイグのマジックが成功した。
「サラ」
優しい声に振り返った。赤茶色のサラサラヘア。子供っぽい、あどけない笑顔をする彼…
「アンドリュー…!」
そして、彼は少しだけ悲しそうな顔をした。丸い目が、ちょっとだけきらりと光る。
「大好き。ありがとう。さよなら」
そのスリーワードを告げると、私の頭をポンポンと叩き、くるりと背を向けた。
一歩。また、一歩。
彼は歩き出す。彼は、私から離れる。
「待って、アンドリュー!」
私は走ろうとする。でも、走れない。
ずっと、そこで足踏みをしてしまう。
「アンドリュー!アンドリュー!!」
消えた。急に、すっと。
私は泣きじゃくった。声が枯れるまで、泣いた。
「行かないで、アンドリュー!行かない…」
その時、ハッとした。
アンドリューが行ったんじゃない。私が…どこかへ引きずられていく。
どこへ?どこへ行くの!?
ぐらりと急に襲われた頭痛。冷気とともに、私の頭が冴える。
ここ…黒?
悲鳴をあげて飛び起きると、心配そうなアンドリューの顔が見えた。
…寒っ!
私は汗で体が冷えていたことに気がついた。そして、涙も…
「大丈夫?サラ」
「…」
私は何も答えられず、呆然としつづける。
なんで、こんな夢を見ちゃったんだろう。
ウォルとさよならしたからかな?マリオンとジョニーさんとアレクさんとも…
縁を切ってしまった。そうしないと傷つけてしまう。だから、離れたのに…
そしていつか…ロザリーやクレイグとも縁を切らないといけないのかな?
アンドリューとも…バイバイしちゃうのかな?
「アンドリュー…」
私は彼に抱きついた。それしかできない。
「サラ…どうしたんだよ」
「…」
「変な夢でも見たのか?」
私は小さく頷いた。
「怖かったね」
「…」
「大丈夫。今は夢じゃないよ」
そして、彼は私の顔を覗いた。とっても優しい、夢の中のアンドリューと同じ表情だった。
「大丈夫…」
アンドリューは、私の唇に唇を重ねた。
酔いしれるような口づけ。そして、だんだん強引になっていく口づけ。
あったかい…
「俺が守る。だから、大丈夫」
私が答える前に、彼はまた私の唇を奪う。熱いキスが、永遠に続くような気がした。
もし、このことがきっかけで私がバンパイアとバレてしまってもいい。
そして、アンドリューと引き裂かれてしまうことになってもいい。
今が続けば、それでいい。




