66.絶望と絶望
「だって、私、アンドリューの妹だもの」
妹…?
俺は目をそらしていたが、ゆっくりと彼女の顔を見た。
…シャーロット!
知らないうちに、俺の握力が無くなってしまう。カランと乾いた音をさせて、剣が俺の手から落ちた。
冗談じゃねーよ…
過呼吸になりながら、俺は後ずさりしていく。足が震えている。手が震えている。
ダメだ…こ、殺せるわけがない!
「嘘だ…」
「嘘じゃないわ」
「だって…シャーロットの髪色は、赤みがかった茶髪だ!そんな黒と緑が混ざったような、奇妙な色じゃない!」
ふふふと笑うと、彼女は猫のように目を細めた。
「染めたの。この髪、綺麗でしょ?」
染めたって…ふざけんな!
父さんと母さんの髪色が混ざった、綺麗な髪だったのに…なんで、なんで!
「シャーロットが、そんなことするはずない!」
「じゃあ」
彼女は一気に間を詰めた。
「もっと近くで見てみたら?」
「…!」
短剣が速い!さっきから、ギリギリで避けている。
…まずい。さっき、剣を落としてしまったし、こんなに動揺しているのに、戦えるとは…
ダメだ!生きて帰らないといけない。サラを助けないといけないんだ!
俺は椅子の上を走って、剣を拾った。切り替えろ…どうせ…どうせ嘘だ!
パアン。
…銃?クレイグ!?
「アンドリュー。遅いぞ!」
彼の叫び声の後すぐに、また何発かの銃声がした。
場所は…天井!?
そうか。サラを助け出した日、俺たちを救出してもらった時に使った天井!
ふと俺は上を見る。やっぱりほとんど直していない!…日中は行動できないから、補修もほとんどしていなかったんだ!だったら、数発の銃で…壊れる!
バラバラバラ。
すっと明るい光が差し込む。太陽だ!
仮面女は、ちょうど太陽の下にいたのに、すぐに避けてしまった。
しかし、このおかげで、仮面女と俺の間に光の壁ができた。そして、偶然…いや、必然か。俺はクレイグサイドにいていた。
「これで逃げれないな、仮面女」
クレイグが銃を構える。拳銃が黒光りした。
「やめろ、クレイグ!」
俺は思わず彼の手から銃を払ってしまった。カランと音を立てながら、遠くに飛んで行ってしまう。
彼の呆然とした表情で、俺はやっと自分がやったことの重要さに気がついた。
「アンドリュー…?」
「何やってんだ、俺…」
「大丈夫か?」
…大丈夫じゃない!
クレイグがもう一丁の銃を取り出した頃には、仮面女…いや、シャーロットは消えていた。
「しっかりしろ、アンドリュー!」
「サラ…」
「おい、聞いているのか!?」
「サラ!」
気づいた頃には、街に向かって走っていた。正直どこにあるかわからなかったけど、でも、走った。
その時、俺の頭の中では、仮面女の声がこだましていた。
…俺は、妹を倒すことはできない。
ロザリーの声で、私はやっと目を覚ました。
…何があったの?
私は立ち上がると、体がカチンコチンになっていた。…床で寝てたんだ。
「サラ様!どうしたのですか!?地面なんかで寝ちゃって!」
「どうってこと…」
少し喋った瞬間に気がついた。…口に違和感がある。
もしかして…牙?
私は恐る恐る、手で歯を触った。…ある。
その時、私は絶望という意味を、本当に理解した。
知らないうちに、涙が出ていた。でも、中身は空っぽで、何も考えられない。
調べた本に書いてあった。バンパイアになったら、脳細胞に支障をきたすらしい。多分、それで考えられなくなってしまったんだろう。
「大丈夫ですか!?私、何か悪いことをしましたか?」
「してないわ」
私は彼女に向かって、歯が見えないように微笑みかけた。
…別に、血を吸いたいとは思わない。
要するに、私は理性のあるタイプのバンパイアってことかしら?
「なら良かったです。私なんか、森の中で放置されていたんですよ。風邪引いちゃって…」
そして、ロザリーは盛大にくしゃみをした。あらあら…鼻水垂らしちゃって。
「わかったから、横になっていなさい。私が朝食を用意するから…」
「すみません…」
彼女はスタスタとベットに向かった。
バンパイアって…意外と人間っぽいのね。というか、私は本当にバンパイアになってしまったの?
私は洗面台の鏡で、牙を見た。…やっぱりある。
小さくて、別に日常生活に支障はきたさないけど…
でも、確実に何かが変わった気がする。
何かが…消された気がする。
きっと、このまま黒に染まっちゃうのかしら?と、ちょっと感傷的になってみる。
…何思ってんのよ。元から黒じゃない…
不意にアンドリューの顔が浮かぶ。彼は、私がバンパイアになっちゃったって知ったら…どうするんだろう?
「サラ!」
バンとドアの音を立てて、ちょうど考えていた人が帰ってきた。
「アンドリュー!」
久しぶりに見た彼の顔は、とても疲れていて、眠たそうで、心配そうだった。
「おかえり、アンドリュー!大変だったね。クレイグは?」
すると、アンドリューは私の質問に答えず、急に抱きついた。
…服がボロボロ。髪も葉っぱだらけじゃない!
「大丈夫?」
「…」
「アンドリュー?」
「…サラだ。良かった…」
え?良かったって…
そう聞こうとした頃には、彼は私の肩に顔を乗せて眠っていた。
…これは、朝食が遅くなりそうね。




