64.バイバイ
束縛。
その言葉が、私の頭によぎった。
危険ってわかってる。だけど、もう…すべがない。私の足に限界が来ちゃった。震えながら、へなへなとその場に座り込んだ。
もう…ダメだ。
アンドリュー…助けてよ!私の騎士なんでしょ!?
そんなことを心で叫んでも、彼に届くはずがない。
「君にあるのは、二つの道」
サタンが一歩前に歩いた。
「一つは俺の嫁になることだ。その場合、俺はサラをバンパイアにはしない」
「…!?」
…真剣な目。アンドリューがよくする目だ。
サタンがこんな目をするだなんて、知らなかった。
「…信用できるわけないでしょ?」
「俺はルシフェル伯爵が嫌いなんだよ。バンパイアを残したいっていう意思はあいつだけのもので、俺は違う。サラと同じ種族になりたいけど、永遠に一緒にいてくれるなら、人間でいい。むしろ、人間でいてほしい」
…わけわかんない。彼の思惑が、全くわかんない。
なのに、目はじっと私をとらえている。
「この前、私をバンパイアにしようとしたじゃない?」
「あの時とは、変わったんだ」
サタンの口角が、ふっと上がる。…悪魔の笑みだ。
一瞬…一瞬だけど、人間らしいと思ったのに。
彼は…人間だったころがあったのかしら?そうじゃないと、あんな顔をした理由が本当にわかんないよ。
「何かたくらんでいるの?」
私の質問に答えず、彼は私の顎をぐっと上げた。
「いいや。ただのベジタリアンフィアンセの気持ちさ」
すると、彼は自分の牙を自慢するように、にんまりと笑う。…全く信用できない。
「二つ目の道を言ってやろう」
すると、サタン顎を持っていなかった手で、私の頰をすっと撫でた。
「今回は、君を見逃そう。何もかもなかったことにして、俺はこのドアから消える」
彼は顎で、私の奥を指した。
そして、まるで舐め回すような手つきで、私の顔を撫でまくった。
払いたいのに…なのに、私は硬直したまま。動けなくって、寒くって。魔術ではない、バンパイアの冷たさだわ。
この時、私は誓った。
絶対、サタンのお嫁さんなんかならない。
もし、サタンが人間なら違っていたのかもしれない。もう少し、考える余地はあったのかもしれない。
人間だからしない行動、バンパイアだからする行動もあると思う。
でも…私はきっと、サタンが人間でも、アンドリューを選ぶ。アンドリューは格別。普通の人とは違う、運命の人だもん。
「その代わり、お前は俺と同じ種族になれ」
私の考えていたことは、サタンの声で遮られた。
…ちょっと待って。同じ…種族って?
「バンパイアになれってこと?」
「ああ」
「…おかしいじゃない!さっきと矛盾している!」
「矛盾していようが、俺はこんな変な条件を出せる。その権利がある」
「…」
権利が…あるわ。
すっと涙がこぼれた。頭が真っ白になる。
…どちらを選んでも、アンドリューと結ばれることはない。
この時、やっと私は硬直から解放された。
顔を両手で覆い隠す。涙で、私の手はビショビショに濡れる。真夜中ということを忘れて、私は大声で泣きじゃくった。声が枯れるくらい、泣きじゃくった。
誰か…気づいて。そう願って。願って。願って。願って。
でも、誰も来ない。猫一匹の鳴き声もしない。
…ここに…私は一人ぼっちなんだ。
私の肩に、彼の手がポンと置かれた。
「選べ」
…冷たいよ。サタンの声。気温。何もかも。
「アンドリュー…」
「は?」
「アンドリュー…」
「…」
「アンドリュー…!」
キュッと心臓が縮まった。涙が止まった。
痛いよ。全部…痛いよ。
『ああ。痛いよ。全部痛い。でも、痛みを理解できる間は、俺たちは人間だ』
私は、人間を比喩的意味で捨てるか、人間を本当に捨てるか…
でも、どちらでも…私は痛みを理解できなくなるだろう。
「アンドリューって野郎の方がいいんだな?」
「…」
「俺よりも!あの男の方が大事なんだな!」
「…私は、あなたを好きになれない。アンドリューが好き」
歪んでいたサタンの顔は、もっと歪んでいく。
「初めての感情なの」
私はサタンに駆け寄った。口を震えながら、私は必死にお願いした。
「サタン。あなたならわかるでしょう?好きって感情を捨てたくないの!お願い…お願いだから私を…助けてください…」
泣き崩れた。彼の目を、もう見れなくなった。
まるで、走馬灯のように…私の記憶がフラッシュバックされた。
アンドリューの困った顔。驚いた顔。悲しそうな顔。笑顔。
私は俯いていると、ネックレスのチャームがあたった。
忘れていた。ずっと、一緒だから。一緒だから気付かなかった。
クリスマスにアンドリューがくれたネックレス。小さなお花のネックレス。
クリスマスの時の記憶が蘇った。色とりどりの花火。教会の鐘の音。アンドリューの叫び声。
『幸せを忘れんな』
アンドリュー。あなたのおかげで、幸せです。どんなことがあっても、幸せです。
「眠れ、オディール。君は二つ目の道を選んだ。せめて、楽に逝かせるよ」
次回から新章です。
両方の話を一回まとめたあと、二人は再会します。
そろそろ佳境です。
最後まで、頑張っていきます!
Bye, see you next story...




