61.後ろの黒
いい匂い。
マリオンの料理は、私が病気の時だけ食べていた。その時、とても美味しくって、病気が治っても仮病を使った時があった。
ああ。もちろん、料理長のご馳走も美味しかったわよ?
でも、やっぱりルシフェル伯爵と一緒にご飯を食べるだけで、料理の質が落ちると思う。実際、あの人の寒さのおかげで、スープが一気に冷えちゃったし。
「サラ様。玉ねぎが足りないから、買ってきてくれますか?」
「わかったわ」
私は、何ができるかなーと楽しみにしながら、そーっと外に出た。
マリオンの背中…楽しそうね。
さて。玉ねぎ買いに行かなきゃ。
そういえば、いつロザリーとジョニーさんは帰ってくるのかしら?
というか、ジョニーさんは見つかるのかしら?私も探しに行こうかしら…?
でも、やみくもに探しに行っても意味がないだろうから、やっぱり玉ねぎを買いに行くことを優先することにした。
野菜屋さんに行くと、人はほとんどいなかった。店じまいの途中だしね。
さあ、玉ねぎ、玉ねぎっと…
一個でいいかしら?と私は野菜を買う。
買って外に出ようとしたら、ふと赤いトマトが目に入った。
思い出すな…アンドリューが私を助けてくれた時に空を飛んだトマト。あの混乱はひどかったわ…
あの時から、まだ一ヶ月ぐらいしか経っていない。驚きよね。そのくらいしか街に住んでいないのに、こんなにこの幸せな生活に慣れてきている。
時間が過ぎるのは早い。幸せな時間は、すぐに過ぎ去って行く。
私は星が輝く空を見上げながら、のんびりとこれまでのことを振り返った。
私は今回のことで、永遠ってことをちゃんと考えるようになった。
アンドリューとの生活は幸せ。ロザリーとクレイグの喧嘩を見るのも楽しい。マリオンとジョニーさんの熱々な様子を苦笑いしながら見るのも楽しい。
いつまで…続くのかな?
私に…永遠はあるのかな?なんとなく不安になった。
いつもあるの。まるで影のように、私の後ろに黒がある。
幸せになんかなれないって、私の影が言っている。
そして…その黒が、もうすぐ実体化しそうで…怖い。
帰ってきた頃には、ジョニーさんとロザリーがもう帰って来ていた。
部屋にはお肉のいい匂い…すぐに玉ねぎを持っていかなきゃ。
「ジョニーさん。ロザリー。お帰りなさい」
「あ、ああ…」
彼は少し目をそらしながら返事をした。やっぱり、まだちょっと気まずいのかな?
「マリオン。これ、玉ねぎ。間に合った?」
「サラ様!すみませんが、玉ねぎを切ってくれますか?」
「わかったわ」
私は忙しくて顔を向けてくれないマリオンに微笑んだ。ちょっと…こっち向いてちょうだいよ。
でも…なんとなく嬉しい。
私はマリオンがママのように見えた。きっと、私がママのことを覚えていないからね。
だけど、私はマリオンと一緒に台所に立てるのは、やっぱりママみたいで、ずっとこの時間が続けばいいな、って思いだした。
「サラ様?」
「ああ。ごめんなさい」
私は玉ねぎの皮をむき、包丁を出した。
半分にして、薄く切っていく。一応、毎日ロザリーと料理しているのよ?
トントントンと切ると、だんだん目から涙が出てきた。いったいな…
『ああ。痛いよ。全部痛い。でも、痛みを理解できる間は、俺たちは人間だ』
ちょっと。全然方向性が違う言葉じゃない。アンドリューの言葉が全然違う意味で出てきたわ…
いつ、帰ってくるかな?いつ、また彼の笑顔を見れるかな?
そう思うと、玉ねぎを切るスピードが速くなる。
「サラ様!どうしたんですか!?」
涙を流しながら玉ねぎを刻むって…客観的に見たら、気持ち悪いわね。




