06.森の香り
不思議の国のアリスの逆バージョンね。と、井戸の奥から上を見つめた。
井戸はまだ森の中にあるけど、深い森ではないから木漏れ日が幻想的に光っている。
「オディール様。私が登りきったら呼びますので、桶に足をかけてロープを握ってください」
「わかったわ」
私が答えた瞬間、彼女はロープをうまく使ってさっそうと登っていった。あの子…常習犯だわ。
「オディール様ー?」
「はーい」
私は桶に足をかけ、ロープをしっかりとつかんだ。
「つかんだわよー」
「了解です!絶対離さないでくださいよー」
その声がしたかと思ったら、急に私の体が持ち上がった。滑車の原理で私はずんずん登っていく。まっすぐに上に行く私は、振り落とされそうで、目を閉じないとロープを離してしまいそうだった。
「オディール様ーっ!」
横から声がして、思わず目見開いてそちらを向くと 、ロザリーが大きな石を持ちながら、笑って手を振っていた…
本当。この子…常習犯だわ。
するするとロザリーが落ちていき、私の方に光がだんだん近づいて来た。
やっと恐怖の時間が終わり、ぴたっと動きが止まったので、そっと井戸の枠に足を乗せる。
不器用に上に乗ると、バランスが崩れて、バタンと青々と茂った草っ原にダイブしてしまった。
「イタタタ…」
ああ、せっかくのドレスが…と考える前に、久しぶりの草の匂いに心が震えた。
立ち上がってみると、ずっと感じられなかったでこぼこな道の感触に感動した。
風がすっと流れていく…さわさわと音が鳴り、城の周りの森とは違う、爽やかな空気が通り抜けていった。
「すごい…」
知らない間に鳥肌が立ち、震えていないのに震えているような、変な気分に陥った。
ここでは、オディール様じゃない。バンパイアの娘じゃない。
初めて心から味わう「自由」というものは、かなり甘すぎたのかもしれない。
知らない間にまた登って来たロザリーは、私に笑いかけた。
「オディール様。どうです?久しぶりの外は」
「…久しぶりどころじゃないわ」
私はユーモアの効いた説明が思いついて、ロザリーに見えない方で、ニヤッと笑った。
「なんだか…前世の記憶が戻って来たみたいな気分よ。おかしいでしょ?」
「面白いことを言いますね」
…あら。さらっと流されじゃった。
ロザリーがぱっぱと、スカートのゴミを払っい、急いでマリオンばあさんの懐中時計確認した。
やっぱり、マリオンに念をおされたからか、時間ばかり気にするようになっている。
「ねえ。ロザリー。改めて思ったんだけど、あなた、かなりさらりとロープだけで登って来たわよね?」
「あの城にいる召使いは、ほとんど登れますよ?」
…あの人達、手のひらに滑車でもついているんじゃないの?
そうじゃなかったら、彼らの腕力、とてつもなくおかしいよね…?
街に行くまで、かなり時間がかかった。
久しぶりの森に足を取られたのも理由に入るが、それ以上に周りに気をとられていたからだと思う。…まあ、要するに、こけていたことを長々と綴っただけなんだけどね。
「心構えはよろしいですか?」
…この世界のどこに、街に入る前に心構えを尋ねる人がいるのかしら。と、心の中で笑いたかったが、やっぱり、尋ねてもらった方がいいかもしれないと思った。
心臓の動きがおかしい。
腹痛のファンファーレが起き、今ここに立っていることが理解できないせいか、スカートが小刻みに揺れてしまった。
ロザリーはせっかく尋ねてくれたにもかかわらず、私の手をさっと取った。
「大丈夫ですよ。さあ、行きましょう」
私は彼女に手を引かれて、ゆっくりと歩みだした。




