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黒から私は色を作る  作者: 西川 涼
すれ違い 〜サラサイド〜
55/97

55.風は答える

 アンドリュー…

 彼の話しを、私は鮮明に覚えている。

 彼の声。彼の抑揚。彼の悲しい横顔。


 …どうしたらいいか、まだ決められていない。

 ただ決めていることは、アンドリューが帰ってくるまでに、結論を出す。ということだけだ。



「サラ様。どうかされましたか?」

 ぼーっとしていた私は、ハッとしてロザリーを見た。

 勘付かれたら、まずいわ…

 これは、私とアンドリューとの問題。ロザリーを関わらせてはいけない。


「なんでもないわ…」

「…嘘つくんですか?」

 彼女の澄んだ瞳に、私が映る。


「ついていないわ」

 私が無理矢理笑ってみせると、ロザリーはため息をつきながら、紅茶をカップに注いだ。

 彼女はわざとギリギリまで紅茶を注ぐと、少し冷たい目で私を見た。


「一つ言っておきます」

 ロザリーが私に背を向けると、小さな声で呟くように言った。

「嘘というものには、たくさんの考えがあります。ついてはいけない嘘は絶対ついてはいけない、ということは変わらないと思いますが、ついてもいい嘘があるという人もいます」

 ついてもいい嘘…

 それは、アンドリューとクレイグがついていた両親の死のこともさすのかしら?


「しかし、嘘は必ず誰かを傷つける。それだけは、変わりません」

 その言葉は、私の心をえぐった。

 アンドリュー達の嘘に、私は傷ついた。とっても、傷ついた。でも、それは…

「傷つくのは、嘘つかれた方だけではありません。嘘をつく方も、傷つきます。だから…」

 彼女は、美しいお辞儀をした。


「サラ様が傷ついて欲しくない。私はそれを一番に考えていることを、どうか、お忘れなきよう」

 嘘をついた人間も傷つく。

 ロザリーは、私に傷ついて欲しくない。


 でもね。ロザリー。

 嘘をつく人間も、傷つく覚悟はできているの。

 それでも、嘘を突き通したら、相手が傷つかないとわかっているから、嘘をつくの。相手が嫌わないってわかっているから、嘘をつくの。


 だからお願い。

 嘘をつかせて。



 私は丘に行くと、風を感じた。持っている白い花が、さわさわと音を立てる。

 どこだったかしら?アンドリューの両親は…


 彼は多分遺骨を埋めていた。

 だから、もしかしてどこかへ行ってしまったのかもしれないし、今踏んでしまっているのかもしれない。

 …もし、そうだったら失礼だな。

 私は、アンドリューと初めて会った時のような、途方もない気持ちになっている。

 どうしよう…

 その時、ふっと違う方向から風が吹いた。


「ビルさん…ですか?」

 そして、風が私を後押しするように、ちょっと強く吹いた。

「もしかして、アンドリューのお母さんも?」

 私はふっと笑うと、風に勧められるままに歩いていく。

 あったかい風…ここにいるのね。


「ここだ…」

 わかるわ。

 目に浮かぶ。あの時、アンドリューが膨らんだ土の上に、花を置いていた場所。

 …よかった。ちゃんと来れたわ。


「ご冥福、お祈りしています」

 私は、花を置いた後、そっと手を組んで神に祈った。


「アンドリューと私、ケンカしちゃったんです。両親の話し、私が問い詰めてしまったから…」

 はあ。と息をついてしまった。彼の悲しそうな目、今でも忘れない。

「どうしたらいいかわからなくて、私は彼のペンダントを返したんです。机に置いておいたら、多分持って行ってくれると思って…そしたら、必ず彼は帰って来れると考えたんです。もう一回、会いたくて。ちゃんと話したくて…」

 土に、ポツリと水が落ちる。すると、また風が私の周りを吹いたような気がした。


「どうしたらいいですか?帰ってきたら、どうしたら…」

 その瞬間、私がいる丘に咲いている花に、風が強く吹いた。そして、花びらがひらひらと舞い上がり、ゆっくりと落ちて行く。


『真実を知ることは、罪じゃないわ』


 美しい声が、丘に響きわたった。

 この声…アンドリューのお母さん?


『ただ、その真実をちゃんと理解し、昔の重荷を下ろしてあげることが、大切なのよ』

「重荷を…」

 でも、どうやって?どうしたら、彼の重荷を…

 その瞬間、近くの大木からガサガサと音がした。これは…ビルさん?


『同情されることは、アンドリューにとって一番嫌いなことだ。だが、というより、だからこそだ。彼の心からの声に耳を傾け、君の愛で黒いあいつの心の色を、変えてあげてくれ』

 …アンドリューの心を。


 そうね。

 私の力は少ないかもしれない。でも、彼の心を変える自信ならあるわ。

 あんな屈託無い笑顔をするアンドリューですもの。必ず、変えられる。


「わかったわ」

 そして、いつの間にか暗くなってきた空に浮かぶ一番星に向かって、私は「ありがとう」と呟いた。

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