55.風は答える
アンドリュー…
彼の話しを、私は鮮明に覚えている。
彼の声。彼の抑揚。彼の悲しい横顔。
…どうしたらいいか、まだ決められていない。
ただ決めていることは、アンドリューが帰ってくるまでに、結論を出す。ということだけだ。
「サラ様。どうかされましたか?」
ぼーっとしていた私は、ハッとしてロザリーを見た。
勘付かれたら、まずいわ…
これは、私とアンドリューとの問題。ロザリーを関わらせてはいけない。
「なんでもないわ…」
「…嘘つくんですか?」
彼女の澄んだ瞳に、私が映る。
「ついていないわ」
私が無理矢理笑ってみせると、ロザリーはため息をつきながら、紅茶をカップに注いだ。
彼女はわざとギリギリまで紅茶を注ぐと、少し冷たい目で私を見た。
「一つ言っておきます」
ロザリーが私に背を向けると、小さな声で呟くように言った。
「嘘というものには、たくさんの考えがあります。ついてはいけない嘘は絶対ついてはいけない、ということは変わらないと思いますが、ついてもいい嘘があるという人もいます」
ついてもいい嘘…
それは、アンドリューとクレイグがついていた両親の死のこともさすのかしら?
「しかし、嘘は必ず誰かを傷つける。それだけは、変わりません」
その言葉は、私の心をえぐった。
アンドリュー達の嘘に、私は傷ついた。とっても、傷ついた。でも、それは…
「傷つくのは、嘘つかれた方だけではありません。嘘をつく方も、傷つきます。だから…」
彼女は、美しいお辞儀をした。
「サラ様が傷ついて欲しくない。私はそれを一番に考えていることを、どうか、お忘れなきよう」
嘘をついた人間も傷つく。
ロザリーは、私に傷ついて欲しくない。
でもね。ロザリー。
嘘をつく人間も、傷つく覚悟はできているの。
それでも、嘘を突き通したら、相手が傷つかないとわかっているから、嘘をつくの。相手が嫌わないってわかっているから、嘘をつくの。
だからお願い。
嘘をつかせて。
私は丘に行くと、風を感じた。持っている白い花が、さわさわと音を立てる。
どこだったかしら?アンドリューの両親は…
彼は多分遺骨を埋めていた。
だから、もしかしてどこかへ行ってしまったのかもしれないし、今踏んでしまっているのかもしれない。
…もし、そうだったら失礼だな。
私は、アンドリューと初めて会った時のような、途方もない気持ちになっている。
どうしよう…
その時、ふっと違う方向から風が吹いた。
「ビルさん…ですか?」
そして、風が私を後押しするように、ちょっと強く吹いた。
「もしかして、アンドリューのお母さんも?」
私はふっと笑うと、風に勧められるままに歩いていく。
あったかい風…ここにいるのね。
「ここだ…」
わかるわ。
目に浮かぶ。あの時、アンドリューが膨らんだ土の上に、花を置いていた場所。
…よかった。ちゃんと来れたわ。
「ご冥福、お祈りしています」
私は、花を置いた後、そっと手を組んで神に祈った。
「アンドリューと私、ケンカしちゃったんです。両親の話し、私が問い詰めてしまったから…」
はあ。と息をついてしまった。彼の悲しそうな目、今でも忘れない。
「どうしたらいいかわからなくて、私は彼のペンダントを返したんです。机に置いておいたら、多分持って行ってくれると思って…そしたら、必ず彼は帰って来れると考えたんです。もう一回、会いたくて。ちゃんと話したくて…」
土に、ポツリと水が落ちる。すると、また風が私の周りを吹いたような気がした。
「どうしたらいいですか?帰ってきたら、どうしたら…」
その瞬間、私がいる丘に咲いている花に、風が強く吹いた。そして、花びらがひらひらと舞い上がり、ゆっくりと落ちて行く。
『真実を知ることは、罪じゃないわ』
美しい声が、丘に響きわたった。
この声…アンドリューのお母さん?
『ただ、その真実をちゃんと理解し、昔の重荷を下ろしてあげることが、大切なのよ』
「重荷を…」
でも、どうやって?どうしたら、彼の重荷を…
その瞬間、近くの大木からガサガサと音がした。これは…ビルさん?
『同情されることは、アンドリューにとって一番嫌いなことだ。だが、というより、だからこそだ。彼の心からの声に耳を傾け、君の愛で黒いあいつの心の色を、変えてあげてくれ』
…アンドリューの心を。
そうね。
私の力は少ないかもしれない。でも、彼の心を変える自信ならあるわ。
あんな屈託無い笑顔をするアンドリューですもの。必ず、変えられる。
「わかったわ」
そして、いつの間にか暗くなってきた空に浮かぶ一番星に向かって、私は「ありがとう」と呟いた。




