41.運命だって
「ねえ。サラ。子供の頃のこと、覚えていない?」
アンドリューが、少し期待しているような雰囲気で、私に尋ねた。
「ごめんね…私、五歳までの思い出、全部忘れたの。お父さんもお母さんも…辛い記憶だからか、もう顔も思い出せないんだよ」
私がへらへらとしながら答えると、アンドリューは少し悲しげに、私から目を逸らした。
「そっか…だから、か…」
「え?何が?」
彼は真剣な顔で、私の目を見た。
「初恋って、覚えてる?」
「は、はつこ…い!?」
どう考えても動揺の塊としか思えない声を上げてしまった。
すると、アンドリューがくすくす笑ったあと、星に向かって言うように、ポツリと話し出した。
「俺が、ちょうど…五歳の頃だ。父さんと母さんが死んだんだ」
「え…?」
アンドリューは、そっと星空に手をかざした。泣き笑いに似た顔で。
そう言えば、天国ってどこにあるんだろう?あの星は、死んだ人の魂なのかな?
「か…二人共、バンパイアに殺されたんだ」
「そうだったの…」
アンドリューがバンパイアをためらいなく殺せるのは、親の仇と思っているからなのかしら?
「俺、その時に何もかも失った。もちろん、親父達は借金なんてしなかったけどね」
私は、幼いアンドリューとアンドリューの妹が、手をつないで泣いている姿が目に浮かんだ。私とアンドリューは、同じ、親をなくした子供。でも、アンドリューは死別、私は捨て子。全然、立場が違う。
「身寄りなんてなかったけど、俺は二人の死骸を持って、小高い丘に埋めたんだ。涙で明け暮れて…そんな時にね」
アンドリューは、空に向かって笑いかけた。
「君に出会ったんだ」
「…え?」
私に…出会った?
アンドリューの表情から嘘じゃないと思うけど、全く記憶にない。
「ねえ。アンドリュー。私、そんな記憶、全然…」
「『できれば。ううん。必ず会おう』」
彼が私のことを遮って、あの言葉を叫んだ。
「俺、サラと出会って、これは運命だって思った」
「…」
「…覚えていない?それとも、俺の勘違いだったのかな?」
アンドリューがはははと笑うと、彼はゆっくりと立ち上がった。
「帰ろう」
「思い出したよ。アンドリュー」
その時、私はなぜか泣いていた。この時はまだ分かっていなかったけど、多分、やっと会えたと、心からの感動で泣いていたんだと思う。
「思い出した…」
私が五歳の時。いや、売られる前日。
私は、雲を追いかけて、知らない丘まで来ていた。どこかわからなくて…でも、とっても綺麗な場所で。泣きそうで泣かない、という優柔不断な時間が流れていた。
でも、だんだん暗くなり、さすがに帰らないといけないと思い出すと、帰路の目安もない私はしくしくと小さく泣き始めた。
「う、うぐっ…!」
その時、誰か知らない男の子が、嗚咽を漏らしながら泣いているのに気がついた。
私が背を向けていた木の裏にいたので、いつ来たのかはわからなかった。
小さな男の子…真っ赤な髪に、緑色のベストを着ている男の子。
その子は、二つの少し盛り上がった土の上に、真っ白な花を乗せていた。
なんだかかわいそうだけど、可愛く見えて、私は男の子の方に近づいた。
「大丈夫?どうかしたの?」
私が尋ねると、彼は子犬のような顔を私に向けた。涙で潰されたくしゃくしゃな顔で、目が真っ赤にはれていた。
「…別に。なんでもないけど?」
男の子は、私に顔を背けた。小さな肩が、ピクピクと動いている。
「いいから、お姉ちゃんに話してみなさい」
「俺をガキ扱いするな!」
私に噛み付くように叫ぶと、彼はフラフラと座り込んだ。
「大丈夫…?」
「大丈夫じゃねーし…」
彼はじっと動かず、静かに涙を流す。
私は男の子の顔を、プライドのため、見ないようにしながら、盛り上がった土に向かって、私は手を合わせた。
「大切な人?」
「…父さんと母さん。金がないから、綺麗な星空を見れるここに埋めてあげたんだ」
「そっか…」
私は男の子方を向くと、ぽんぽんと頭を叩いた。
「な…っ!」
「ここなら天国も近いから、きっとお父さん達も喜んでいるよ」
「そう…なのか?」
「そうよ。こんな素敵な丘に埋めてもらったんだから…」
すると、彼は顔を腕に埋めながら、ポツリとつぶやいた。
「なあ。俺、二人が死ぬ前に、悪いことしちゃったんだ。そのこと、怒られる前に、旅立たれちゃった。後悔しても、しきれないよ…」
私は男の子と背中合わせに座った。
「私の母さんがね、言ってたんだ。人が死んだら、星になるんだって。だから、星に向かって、ごめんなさいしたらいいよ」
私が答えると、男の子は空を眺めた。まだ少し明るい空だけど、一番星が見え出している。
彼はブツブツと何かを言い、ふっと笑った。背中が動いていないから、もう泣き止んだみたいだ。
「あ!私、もう行かなきゃ…」
私はパッと立ち上がる。
「どこかわかるのか?」
「雲を追いかけて来たの。だから、よくわからなくて…」
すると、彼は一瞬目を閉じると、すぐに指差した。
「こっち。こっち行けば多分着くよ」
「なんで…?」
「風の方向」
彼がくったくない笑顔を浮かべると、そっと涙を拭いた。
「できれば。ううん。必ず会おう」




