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黒から私は色を作る  作者: 西川 涼
都へ
39/97

39.私の意志

「俺のカウントで、飛び出せ。まっすぐ行けば、小さな丘がある。そこは、この街で一番最初に日が差す場所。俺が言いたいこと、わかるか?」

「ええ…」

 サラが答えると、俺はすぐに身構えた。

 目の前にいるバンパイアは、女。しかし、こいつから、近寄ってはならない…触ってはいけない何かが感じられる。親父を見送った時のような、触っちゃいけないオーラが。

 握り直した剣は、俺にただならぬ恐怖を与える。…サラのように、元気とか、やる気とか…そういうポジティブなものを与えて欲しいぜ。


「行くぞ。スリー、ツー…」

 俺は、バンパイアに向かって、走り出した。

「ワン!」

 そう叫んだ瞬間、俺は女に向かって剣をふりかざす。


 …は?

 この渾身の一撃を…短剣で普通に受けた!?

 後ろでバッと音が聞こえた。サラが逃げて行った。一目散に、こけながらも…

 相変わらず、ドジだなあ…

 俺は一度引くと、改めて体制を立て直した。


「…逃したところで意味はない。沢山のバンパイアがそこら中に散らばっている」

「でも、バンパイアさん達も、無敵じゃない…だろ?」

 俺は剣を構えながら尋ねた。

「何か、オディール殿はいいものでも持っているのか?」

「さあね」

 つーか、久しぶりに『オディール』だなんて単語聞いたな。

 ずっと、サラを守ってきた。サラって呼んでもいい、オディールと呼ばなくてもいい世界で、彼女と一緒に暮らしたい。

 …俺は、多くのものを失ってきた。だから、せめて彼女だけでも…サラだけでも守る。絶対に。

 だから、ここで死んでられない…

 きっと、もうすぐクレイグとアレクさんがやって来る。だから、それまで耐えるんだ。

『完全勝利は不可能』と、心に決めて。


「勝負だ…!」



 走っても、走ってもダメ!

 ずっと何かに追われている気がする。止まって振り返ったら、何かに食べられそうな…そんな気分。


『オディール…オディール…』


 私はハッとして、一瞬足を止めた。しかし、すぐに気を取り直して、走り出す。

 この声…ルシフェル伯爵!


『オディール…オディール…』


 やめて…やめて!

 耳鳴りのように響くその声は、私の血の中に何か悪いものを流していく。言うなれば、毒を回されているような…気持ち悪い。


『オディール…オディール…お前の名はオディール…』


「うるさい!もうやめて!」

 私は思わず足を止めて目と耳を塞いだ。

 ふと目を開けると、そこは比喩ではなく、本当に別世界だった。


 …色が…無い?

 そこは、黒の濃淡だけでできた世界。色が失われた世界だった。

 私は自分の服を見ると、灰色になってしまっていた。水色だったはずなのに…

 あれ?みずい…ろ?ミズイロって、どんな色?というか、色って何?色、色、いろ、イロ…?


「どうしたんだい?オディール」

 ゆっくりと顔を上げると、そこには優しい顔をした悪魔が立っていた。


「サタン…」

「ねえ。オディール。帰ろうよ。君がいなきゃいけない場所へ」

「いなきゃいけない…場所?」

 そして、彼は私のペンダントを手で隠しながら、私に笑いかけた。

「君は、バンパイアなんだよ。人間じゃない。人間といちゃダメ」

「え…?」

 私は必死になって首筋を触った。…噛まれていない。


「私は、まだバンパイアじゃないわ」

「でも、君は人間と一緒にいることは許されないんだ。君は、バンパイアに育てられた。だから、君はバンパイア」

 そして、彼は私に手を差し出す。

「君はオディール。君はバンパイア」

 私はペンダントを強く握りながら、ゆっくりと手を伸ばしていく。


 かちゃん!


 私はペンダントを壊してしまった。ロケットと十字架が外れてしまう。

 ロケットの写真を、私はまじまじと見つめる。一つの写真…ある男の人が、女の子と笑っている写真…男の人だけ、色づいて見える。


「君の名前は…」

「サラ。サラよ」

 私はポツリとつぶやいた。アンドリュー。アンドリューが言った。サラって。だから…だから。


「私はサラ」


 そう言った瞬間、首筋に殺気を感じた。

「…っ!」

 私は一瞬で振り返り、十字架を彼に向けた。


「消えて!今すぐ!私はサラ!オディールじゃない!」

 そう叫ぶと、サタンの表情がグニャリと歪んだ。

 ヨタヨタと私から遠ざかり、逃げ去って行った。

「アンドリュー…」

 気づいた時には、世界に色が戻っていた。

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