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黒から私は色を作る  作者: 西川 涼
都へ
38/97

38.彼の意志

 涙が出てる。でも、きっと、泣き止むことは出来ない。

 訳が分からなかった。アンドリューが人を殺してる、という光景自体が、そもそも理解不能だった。

 さっきから、とにかくつまずく。そのたびに、自分の情けなさが増して行く。


 …止められなかったの?バンパイアから人間に戻す方法は?

 無理なのに、私はそんなことばかり考えてしまう。

 …情けないよ。

 たった、私一人のためだけに、たくさんの人がバンパイアになってしまって…

 不意に、私は『戻りたい』と思ってしまった。感情の欠片もなかったあの時に、戻りたい、と。



 …どこよ、ここ。

 私はヘナヘナと座り込んだ。風船の空気が抜けるように、私の気力も失われていく。


「どうしましたか?」

 ふと顔を上げると、フードを被った人が立っていた。その人の顔は影になって見えないが、多分、女の人。声が高かったから。

「動けないんです。何もかも、辛くて、悲しくて…もう、どこかに消えてしまいたい…」

「それは、お辛いですね…」

 そう言って、彼女は私に歩み寄った。

 この人は、天使なのかな?とても綺麗な声で、まるで今夜の月のようだった。

「では、一緒に消えますか?」

「…え?」

「私もここから消えないといけませんので…」

 すると、彼女はすっと手を出した。私は、何かに惹かれるように、ゆっくりと手を伸ばし…


「サラ!」

 私はハッとして、後ろを振り返った。

「サラ!早くそいつから…」

「アンドリュー、来ないで!」

「ばか!そいつは、バンパイアだっ!」

 彼に怒鳴られて、やっと私はバンパイア特有の寒気に襲われた。

 こ、この人…!


「さすが、銃士隊一の実力を誇った男の血を引くアンドリューさんね」

「…あ?」

 アンドリューの目が、一瞬赤く光る。目の前の女性の声が、急に冷たくなった。

「もっと早くさらうべきだったわ」

「俺を待ってたんだろう?」

 彼女がふんと鼻で笑った。そして、ゆっくりと後ろに下がり、彼女の顔を私達に…見せなかった。…仮面をつけてる。ふざけた、道化のような仮面。黒で書かれた口は不気味に上がり、目元はカラフルに彩られ、青い涙が描かれている。


「君もバンパイアになったらどうだ?アンドリュー殿のような、美しさと強さを持っているお前なら、きっとあの方も『本当の永遠の命』を与えてくださるだろう」

「黙れ」

「お前は、あの雑魚どもとは違う。理性を失い、なりふり構わず血を吸うやつらとは」

「つまり、お前はわざと理性のないバンパイアを…!」

 アンドリューが、私の前に立ち、剣を敵に向ける。

 すっと彼は私にペンダントを差し出した。バンパイアの女性がまだ話しているのに、完全に無視している…


「サラ。俺がやつを切りつけ出したら、すぐに逃げ出せ。バンパイアに襲われたら、これで対抗しろ」

 アンドリューが渡そうとしているペンダントを、私は受け取ることができない。

「動けない…私…もう、どうなっても…」

「サラは、俺のことを恨んでいるのか?」

 アンドリューが独り言のように、私に尋ねた。その背中は、たくましさの中に悲しみがにじみ出ていた。


「サラはバンパイアを殺す。ということは、罪だと思うか?」

「…え?」

「俺は、思わない。もちろん、バンパイアと言えども、殺人には変わりない。だが、こうとも考えられないか?」

 彼は少し涙の浮かんだ目で、私に笑って見せた。

「バンパイアになって永遠の命を得ても、それは自分の人生を束縛しているだけだ。命に終わりがないのは、死より辛い。俺は、そう思う」

 彼の頬を、水が伝っていった。

「俺の理論を押し付けているわけではない。だが、サラは大切な友達に、終わり無くあいつらに仕えることを、黙って見ていられるのか?」


 そう彼が笑うと、私の顔を引っ張った。止まっていた涙が、私の目から洪水のように流れ出す。

「…痛い」

「ああ。痛いよ。全部痛い。でも、痛みを理解できる間は、俺たちは人間だ」

 彼は私の手にペンダントを握らせると、すっとアンドリューは立ち上がり、もう一度バンパイアに剣を向けた。


「バンパイアを人に戻すことは、不可能。だが、根絶やしにすることはできる」

 そして、彼は剣を胸の前に構えた。

「せめて、魂が汚れる前に、天国に送ってやる。それが、俺たちができる、バンパイアに対する懺悔だ」

 一瞬で、彼のオーラが変わる。その背中は、本気のアンドリューの背中だった。

 そのオーラで、彼の周りの景色が、すべて変わったように見えた。

「覚悟しろ。俺の大事な人を、傷つけた罪だ」

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