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黒から私は色を作る  作者: 西川 涼
最後のクリスマス
3/97

03.モノクロ

 トントントン…

 私の部屋の近くから、足音がした。


「ロザリー。おさぼりしてるの?」

「そうですが?」

 なに食わぬ顔で答えちゃって。

 私は毎日伯爵の恐怖に怯えながら生きているせいか、耳がよく効くようになったのでしょう。きっとロザリーには聞こえないのね。


「も、もしかして…」

「そのもしかして、よ」

 ロザリーがあたふたしだしているのを傍目に、私はおもしろがりながらクローゼットを見た。

 

「そういえば、秋物の服を片付けたような…」

 すると、ロザリーがいそいそとクローゼットの中に入った。

 でも、今クローゼットにあるのは冬物のドレス。かさばってなかなか入らない。

 

 私はクローゼットの中から二、三着取り出し、スペースを作った。


「ありがとうございます!オディール様」

「いいから。早く入りなさい」

 私がパタンとクローゼットを閉じた時、同時にドアが開き、給仕のマリオンばあさん(もちろん、これはこっそりつけたあだ名)が入って来た。

 

「オディール様。晩餐の時間です」

「ええ。わかったわ」

 後ろのクローゼットに手をかけて、ロザリーが飛び出してこないように支える。


「…オディール様?」

「すぐ行くわ、すぐ行くわ!」

 …マリオンが目にシワの寄せて私を見つめる。し、視線がいたいわ…


「オディール様。行きましょう」

「わ、わかったわよ…」

 私はそっとクローゼットから離れた。

 ラッキーなことに、扉は全く動かなかった。よし…早くマリオンばあさんを外に出さなきゃ…


 わぁぁぁっ!

 どだどだどだどだ…


「これは、えっと…」

「オディール様。ロザリーは、クローゼットに入ってまでして、あなた様の服を洗いたいそうですね」

 彼女の血の気がさっと引いていく。ロザリーはふるふると頭を振るが、やっぱり意味が無いらしい。こんな寒い日に水で手洗いだなんて…


「わ、私が招き入れたの。だから、私もロザリーと…」

「晩餐の時間です」

 …頑固者。

 私は思わずマリオンから目を背けた。


「行きたくありません。今日も、こちらに運んでくださらない?」

「今日は、必ず晩餐に出ろという命令です」

 …今日は?

 でも、街に行く提案をされ、こんなに面白い事があったのよ?隠し通す自信がない。

 だけど…行かなかったら、この人が怒られてしまう…よね。


「わかりました」

 私は重い腰を上げた。

 …ごめんなさい、ロザリー。


 ふと思い出して、私は振り返った。


「あの、マリオン…お湯で洗った方が、よく汚れが落ちると思うの。そう!今日は寒いから…だから…」

 私がうじうじしているのを見て、彼女は優しくため息をついた。


「わかりました。ロザリー。お湯でも、スープでも、何使ってもいいから、ちゃんと洗いなさいよ」

「は、はい!」

 ごめんね。私ができることはこのくらいしかできないの。


 でも、ロザリーはにっこりと笑って、私を見送ってくれた。

 …まあ、やっぱり後でこっぴどく怒られたのは、しょうがなかったけど。




 私は、できるだけ長く手を洗った。

 落ち着こう。 落ち着かなくちゃ。

 ふわふわしている状態で、ルシフェル伯爵に会っちゃだめ。



 私がこの城に来て間もないころ、私はうさぎを見つけたことがあった。もちろん、城の中から見つけたんだけどね。

 その日の晩餐。嘘をつく、だなんて全然したことがない私は、表情からすぐにルシフェル伯爵に何か隠しごとをしているとばれてしまった。


 その間もなく、うさぎは見つかってしまい、翌日の晩餐に生肉で現れた。吐き気と悲しみがぐちゃぐちゃに入り混ざった感情…今でも、はっきりと覚えている。

 それから…私は『meet』と呼ばれる分類の肉は、一切食べられなくなってしまった。


 そのおかげ…と言っていいのか…?私はさすがに学んだ。嘘も、ある程度つけるようになった。

 だけど、今は無理。嘘をつける気がしない。

 頑張って…無表情を保たなければ。



 ドアを開けると、長いテーブルの端に、ルシフェル伯爵が座っていた。

 今日も、彼の目の前には、真っ赤なスープが置いている。何のスープか…想像しない方が、身のためだ。


「遅れて申し訳ございません」

 すっと召使が動かしてくれたイスに、そっと座った。


 もう、喋らない。絶対、喋らない。

 目の前のスプーンに映る自分に、そう意気込んだ。

 マリオンがやって来ると、大豆がたくさん乗っている前菜を置いた。


「オディール。大事な話がある」

「…」

 私はフォークを持ってサラダに取り掛かり、沈黙を保つ。

 ルシフェル伯爵の言葉を無視したのに、彼も何もなかったかのように振る舞う。


「いい縁談がある。年が明けた後に行うので、心しておけ」

 縁談…?

 あまりにも唐突な話で、私は思わず声をあげてしまう。


「…誰と?」

「私のいとこの息子にあたる人だ。」

 …相関図が、頭に浮かばない。

 私はナイフとフォークを置いて、思わずため息をついた


 普通、女性はみんなここで、父親と言い合いを始めるのだろう。

 だけど…そもそもこの人は父親じゃないし、言い合いをする気になんかなれない。何も、感情が生まれない。

 もちろん、感情を押し殺しているからではない。


 女性にとって結婚は、大切なことなのに、きっとわたしは…モノクロの世界に生きているから…何とも思えないんだ。

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