27.さよなら、黒。
…ちっ。
あれ、結構やばい毒が塗ってあるぜ。
あの太刀が地面をかするたび、大理石っぽい地面が、ちょっと溶ける。当たったら、まずいぜ…
大きな太刀を避けるため、距離をとって、走り回る。…いっこうに近づけない。これじゃ、永遠に仕掛けられねー。
「アンドリュー、危ない!」
クレイグの声がして、パッと殺気がする方を向いた。
…は、伯爵!?
大きな牙を持ったじじいが、飛びながら襲いかかってきた。
「どりゃぁぁーー!」
クレイグが叫びながら、伯爵を横に切り倒した。
「お一人様、ごあんなーい」
「ばか。首切らねーと、殺せないんだぜ?」
「あれ?そうだっけ?」
クレイグが余裕の笑みで、とぼけて見せる。
背中合わせに立つ彼は、とても頼りになった。いつものクレイグとは、大違いだ。
「まあ、助かった」
「どーも」
「やっぱり、お前はマジシャンより、剣士の方が向いてる。俺と互角でやりあえるんだから」
「んー。考えとく」
そう言って、彼は自分の剣を、伯爵にすっと向ける。さっきとは違う、真剣な顔で。
「逃げよう」
「…は?」
「結構あいつ切ったんだけどさ…全然終わんなくって。面倒だし、ずらかろうぜ」
「おい、クレイグ!」
俺が怒鳴った瞬間、彼は俺の足を地面にのめり込ます勢いで踏んだ。
「お前の役目は、彼女を守ることだ。ここで、犬死することじゃねえ」
…珍しく、正論言いやがって。
「作戦、あるんだよな?」
俺の耳に、彼は小声で説明する。
「そんなこと、わざわざ言う必要ない」
「えー?」
クレイグ…余裕だな。
まあいい。始めるか。
目覚めた時、その光景に目を疑った。
…え?私の…部屋!?
もう、来るとは一切思っていなかったので、本気で驚いた。布団の匂いが、なぜか懐かしく感じる。
「オディール様!ああ。やっと起きましたね」
ロザリーの顔が、泣き笑いで、私に抱きついた。
「オディール様!オディール様!」
「ロザリー…!もしかして、私が死んじゃったとでも思った?」
「いいえ!計画が狂いそうで、ヒステリーを起こしそうになったんです」
…けろりと言わないで。そんなに、なぜ?みたいな顔しないで…
「さて。起きた後すぐで申し訳ございませんが、早く行きますよ」
「い、行くって、どこへ?」
すると、彼女は人差し指を、上に向けた。
嫌いな作戦だ。こんなに不安がある。だけど…心のどっかで、このスリルを味わっている自分もいる。
…あー。おかしいな。
「アンドリューよ。友人を犠牲にするのかい?」
「えー?そんな風に見えるー?」
クレイグが、サタンと対峙する。
あいつは、いつもそうだ。強い敵に対して、口の態度と身体の態度に、差ができる。
声は、挑発しまくっている。かなり、態度がでかい。なのに、体勢は全然違う。顎を引いて、鷹のように睨みつける。敵を尊敬しているように。
これは、普通かもしれない。でも、彼のおかしな殺気の出し方は、俺には真似できない。
「わしを甘く見るなよ」
「ふっ…見てねーよ」
伯爵さんが、バンパイアらしいマントを、コウモリのように広げる。
サラを何年もの間、拘束できていたんだ。結構な力量があるのは、言われなくてもわかるさ。
「いくら楽な相手だとしても、絶対切るな」
「ああ」
クレイグの計画…いや、絶対、あの切れるメイドの計画だろうが、そのためには、伯爵は『しばらく』切っちゃいけない。
そのくらいなら、誰だってできるさ。
ただ…タイミングだけだ。
伯爵は、思いの外強かった。空を飛んでくれているだけで、結構危ない。上に避けられないのは、かなりきつかった。
ただ、サタンの戦いの後じゃ、かなり楽だった。
不意に、クレイグの方を向いた。…押されている。
攻めは諦めて、剣は持っていないから身軽だけど、疲れが見え出している。
…いつだ。いつ来るんだ!
バリ…バリバリバリ!
木のクズが落ちてきて、思わず上を向いた。…時間だ。
俺は瞬時に伯爵を切りつけた。不意を突かれて、さすがの伯爵も、しばらくは動かないだろう。
その後、俺はすぐに振り返った。
「アンドリュー!」
「行くぞ!」
声をかけられ、俺はクレイグの方へ走り出した。
「いっせーのっ」「せ!」
俺は彼の手で作られた踏み台に乗り、一気に飛ばしてくれた。俺はクレイグの頭を超え、宙を舞う。
「さらばだっ!サタン!」
すると、すぐにサタンは、俺の攻撃をあの太刀で抑えた。
…ビンゴ!
俺の後ろから現れたクレイグが、サタンの腕をガシッと持った。
クレイグがサタンの骨のどこかを外し、太刀がするりと落ちる。彼はサタンの腕を掴んで、振り回す。
「ふっ飛べーー!!」
彼はハンマー投げの要領で、サタンを壁に投げつけた。
凄まじい音を立てて、やつは打ち付けられる。
彼はサタンを見て、鼻で笑った。
「キャラ被りしやがって…髪を血の色で染めろ」
「そうなると、俺と被るんだけど?」
すると、後ろでまた、凄まじい音を立てて、何かが…屋根が落ちてきた。
眩しいけど…これは、未来への光だ。
「助けに来ましたよー」
おせーよ。毒舌メイドと…天然お嬢様。
「堂々と出て行って、大丈夫なの?」
「ああ。伯爵は結構疲れているはずだし、サタンは壁に埋め込まれている。安心しろ」
…壁に…?
ちょっと、手荒いんじゃない?まあ、いいか。
「さあ。お嬢様?」
「アンドリュー。ひどいわ」
私はふっと笑って、彼の手に私の手を重ねる。大きな手で、私の心がちょっと落ち着く。
なれない馬に私はゆっくりと乗った。動物の命の音がする…目の前の色が、カラフルになっていく。
「逃げよう。サラ」
アンドリューが私の後ろに乗り、馬をパシッと叩いた。
私がアンドリューに笑いかけると、彼も笑う。
素敵な世界に、私は足を踏み入れた。




