23.悪魔の口説き
「…オディール様?」
「お願い。黙っていて」
私は、ロザリーの声を遮った。
きっと、自分の後ろ姿は、悲哀に満ちた背中なのだろう。でも、本当の私の感情とは、全然シンクロしていなかった。
空っぽな感情。それ以外、何も当てはまらない。
私のまぶたが、ゆっくりと下がっていく。すべて、なかったことにするように。すべて、黒にしてしまうように…
その時、私は涙を流したことを、気づくことができなかった。
…彼女は、気づいたが。
黙っていても、結婚式が近づくだけ。でも、そのことについて、私は特になんとも思わなかった。
自分がバンパイアになるのは嫌だ。ロザリーとさよならするのだって…
でも、諦めている。もう…どうでもいい。そう思わないと、なんだか変になりそうだから。
「なあ。オディールさん」
私が窓から目を離し、招き入れていないはずの客を確認した。
「サタン。いつきたの?」
「さっきですよ」
すると、私の近くに彼は跪いた。その姿が一瞬アンドリューと重なるが、すぐに現実に戻らさせる。目の真剣さが、やっぱり違う。
「いつになったら、俺の方を向いてくれるのですか?」
「…どういうこと?」
「俺は知ってるんですよ。不法侵入者に恋をしたらしいですね」
そのセリフに、私は一瞬歯ぎしりをしかけた。ルシフェル伯爵ね…アンドリューのこと、そんな風に言ったのは。
「やっぱり、同じ種族のことを好きになってしまうのはわかります。俺なんて、バンパイアってわかるだけで、運命を感じますからね」
…それは、絶滅危惧種だからでしょ?ちょっと気の抜けた声に、私は思いっきり呆れてしまう。
「だいたい、君はバンパイアに育てられたのでしょう?自分のことを、もうバンパイアと思っちゃった方が…」
「あんな伯爵さんが、私を育てたと思うの?」
私の挑戦的な視線に、サタンは呆れ顔を浮かべる。
「でも、これまで生きてこれたのは、ルシフェル伯爵様のおかげなのでしょう?」
「サタン。理屈詰めに解釈しないで。あいつは金で私買ったの。金で育ててきたの。生きてこれたのは、伯爵様のおかげかもしれないけど、育ててもらったとは意味が違うわ」
すると、急に彼は私の目を真剣に覗いた。
「でも、君は俺と結婚するために、もらわれた子なのだろう?」
「…そうだけど」
そして、サタンは私の横に座った。
「じゃあ、好きになれよ。俺のものになれよ」
「…!」
その強引さに、むかつくを通り越して、呆れてくる。彼は私に色気を出してくるが、そもそも、ロザリーに牙を剥いた男だ。好きになるわけない。
「それとも…今、君を無理矢理俺のものにしようかな?」
その冷徹な声に、私は背筋を凍らせた。振り向きたくない。振り向いたら、何か悪いものを見てしまう気がしたから。
でも、その心の欲求より、もっと違う欲求が勝ってしまったみたいで、嫌でも後を振り返ってしまった。
後にあったのは、私の予測通り、彼の真っ白な牙だった。 その牙の奥から見える歯肉が、彼の歯の白さを際立たせていた。
「…なんてね。そんな方法で捕まえるだなんて、俺のポリシーに合わないから」
そんな優しいセリフを言われても、私の心は悪い意味で高鳴る。
…気に入らない。やっぱりこの人、嫌いにしかなれない。
でも、結婚式まではバンパイアになる事はないだろう。
その事実だけで、私はなんとなくほっとしてしまったのだ。
「アンドリューさん。本気で、オディール様のことを守ると誓ってください」
「…ロザリーらしくないな。何か企んでるだろ?」
彼女は図星と言わんばかりの表情を見せて、俺に向かって堂々とため息をついた。ロザリーはしょうがないと心の中から聞こえるかのような態度で、俺にほぼ不可能な計画を話した。
俺の嫌いなタイプの計画だった。無鉄砲で、成功率が低くて…でも、俺にやれと言わんばかりの計画。
「…本気か?」
「本気ですけど?」
「相手は、伯爵なんだろ?」
「伯爵相手だったら諦めていいんですか?」
…こいつ、正論吐きやがって。ほんとにこいつ、召使いにはもったいない人材だ。
「しゃーねーな。乗ってやるよ。でも、期待するな。俺は、万能人ではない」
おかしいな。期待するなと言ったはずなのに、彼女はサラにしか見せない満面の笑みを浮かべていた。




