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黒から私は色を作る  作者: 西川 涼
チェンジ
22/97

22.死人のシャツ

 私は、感情を全て消して、毎日を過ごした。

 そんなある日。こんなに暗い城でも、少し、暖かくなったある日。

 あの、重い門が、久しぶりに開いた。


「思ったより、遅くなったわね」

「…」

 私がロザリーに独り言のように言うと、彼女は重苦しくこうべを垂れた。


 結局、本当にアンドリューはやって来なかった。必ず来るって言っていたけれど、人の約束ほど信用ならないものはない。…と、本に書いてあった。

 本当は、来てくれると信じていたのに…でも、あの壁の高さじゃ、しょうがないだろう。

 そうやって、自分で自分を納得させていた。



 コンコン。

 ノックがしても、私は反応するのを一時的に忘れていた。

 もう一度、大きな音でノックがすると、私はハッとしてドアの方を向いた。

「…どうぞ」

 ちょっとあくびをしながら、椅子に座りなおした。少し、服をパンパンと払う。


「やあ。オディールさん?」

 一瞬、私は驚いたが、すぐに納得してその場に立った。この人が、縁談の相手…なのね。

 私はぺこりと頭を下げる。

 頭を上げて、私は彼の顔を見る。大きな牙が、彼の口から覗く。無駄に綺麗なことでして。


 しかし、バンパイアという生き物は、さほど醜いものではないらしい。金色のふんわりした髪。真っ赤な目。鼻筋が通っていて、かなり美形と言えるのだろう。


 だが、気に入らない…

 彼の服は黒いタキシード。でも、シャツが…真っ赤だった。マーブル模様とは違う、気色悪い明るい赤と、暗い赤。

 …誰の血と、誰の血と、誰の血が使われているの?

 その言葉は、私の喉でブレーキがかかる。


「こんばんは。俺の名前は、サタン。悪魔、だなんて、失礼な名前だろう?」

 私の手に、サタンの唇が触れる。ヒヤリとした感触に、私は思わず手を引きかけた。

 心臓の音がうるさい。手が、思いっきり震えだす。

「しかし、君の名はオディールだったね。悪魔の娘と悪魔…お似合いだと思うよ」

 お似合い…?そんなわけない。怖い…!ただただ、怖い!

 覚悟を決めていたはずなのに、私は一気に怖気づいた。


 すると、ロザリーがサタンの前に立ちはだかった。

「い、いいい、いくら縁談の相手だからと言って、こここ、こんな風に、女性をたぶらかしては、な、なりません!」

 彼女の腕がブルブルと震える。きっと、ロザリーは、私が心変わりしてしまうんじゃないかと思ったのだろう。でも、大丈夫よ。あいつと結婚したところで、私の心は変わらないから。

 すると、サタンがロザリーにぐっと顔を寄せた。


「どけ。人間の召使いのくせに、目障りなんだよ」

 その豹変した声に、私は空気が凍ったのを感じた。

「ロザリー…大丈夫よ。下がって」

 でも、彼女は私が声をかけても、動くことができない。彼が恐ろしく笑うと、ロザリーの首元に顔を近づいていく。


 ピュ。


「サタン。やめろ」

 私が護身用の短剣をすっと彼の首に向けると、サタンは楽しそうに舌打ちをした。

「サディスティックな人なんだ。ますます、好きになるかも」

 あんたに言われたくないわ。

 彼が意味深に笑った後、彼は部屋から出て行った。



 赤いスープ。

 ルシフェル伯爵にサタン。そして、サタンの母親が飲んでいる。

 サタンの母親は、『ジュリア』と名乗った。

 真っ黒の、喪服のようなドレス。私が言えたものではないが、黒い服のせいで、彼女の顔が暗く見える。


「ジュリア。君の息子は、とても美少年だな。赤いシャツが、よく似合っている」

「あら?白いシャツだったのですがねえ。誰の血かしら?」

 ルシフェル伯爵とジュリアの高笑いが、無限にある天井を反響する。

 サタンが、私にとびきりのスマイルを送る。でも、その牙から滴り落ちるスープは、とても恐ろしい光景だった。


「母さん。俺、オディールのこと気に入った。とっても、チャーミングな、素敵な女の子だよ」

 …何をおっしゃる。私は彼とほとんど喋っていない。チャーミングも何もわからないくせに。

「サタン。実は、オディールもそうなんだよ。彼女もサタンのことが大好き、とね」

 ルシフェル伯爵が私に目配せをさせながら、微笑んでくる。別に、私には関係ないことよ…

 だいたい、バンパイアにとっての『好き』ってどういう意味よ。血を吸ったら、美味しそうってこと?

 私はここから逃げたい気持ちを抑えながら、心の中で涙を流した。

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