22.死人のシャツ
私は、感情を全て消して、毎日を過ごした。
そんなある日。こんなに暗い城でも、少し、暖かくなったある日。
あの、重い門が、久しぶりに開いた。
「思ったより、遅くなったわね」
「…」
私がロザリーに独り言のように言うと、彼女は重苦しくこうべを垂れた。
結局、本当にアンドリューはやって来なかった。必ず来るって言っていたけれど、人の約束ほど信用ならないものはない。…と、本に書いてあった。
本当は、来てくれると信じていたのに…でも、あの壁の高さじゃ、しょうがないだろう。
そうやって、自分で自分を納得させていた。
コンコン。
ノックがしても、私は反応するのを一時的に忘れていた。
もう一度、大きな音でノックがすると、私はハッとしてドアの方を向いた。
「…どうぞ」
ちょっとあくびをしながら、椅子に座りなおした。少し、服をパンパンと払う。
「やあ。オディールさん?」
一瞬、私は驚いたが、すぐに納得してその場に立った。この人が、縁談の相手…なのね。
私はぺこりと頭を下げる。
頭を上げて、私は彼の顔を見る。大きな牙が、彼の口から覗く。無駄に綺麗なことでして。
しかし、バンパイアという生き物は、さほど醜いものではないらしい。金色のふんわりした髪。真っ赤な目。鼻筋が通っていて、かなり美形と言えるのだろう。
だが、気に入らない…
彼の服は黒いタキシード。でも、シャツが…真っ赤だった。マーブル模様とは違う、気色悪い明るい赤と、暗い赤。
…誰の血と、誰の血と、誰の血が使われているの?
その言葉は、私の喉でブレーキがかかる。
「こんばんは。俺の名前は、サタン。悪魔、だなんて、失礼な名前だろう?」
私の手に、サタンの唇が触れる。ヒヤリとした感触に、私は思わず手を引きかけた。
心臓の音がうるさい。手が、思いっきり震えだす。
「しかし、君の名はオディールだったね。悪魔の娘と悪魔…お似合いだと思うよ」
お似合い…?そんなわけない。怖い…!ただただ、怖い!
覚悟を決めていたはずなのに、私は一気に怖気づいた。
すると、ロザリーがサタンの前に立ちはだかった。
「い、いいい、いくら縁談の相手だからと言って、こここ、こんな風に、女性をたぶらかしては、な、なりません!」
彼女の腕がブルブルと震える。きっと、ロザリーは、私が心変わりしてしまうんじゃないかと思ったのだろう。でも、大丈夫よ。あいつと結婚したところで、私の心は変わらないから。
すると、サタンがロザリーにぐっと顔を寄せた。
「どけ。人間の召使いのくせに、目障りなんだよ」
その豹変した声に、私は空気が凍ったのを感じた。
「ロザリー…大丈夫よ。下がって」
でも、彼女は私が声をかけても、動くことができない。彼が恐ろしく笑うと、ロザリーの首元に顔を近づいていく。
ピュ。
「サタン。やめろ」
私が護身用の短剣をすっと彼の首に向けると、サタンは楽しそうに舌打ちをした。
「サディスティックな人なんだ。ますます、好きになるかも」
あんたに言われたくないわ。
彼が意味深に笑った後、彼は部屋から出て行った。
赤いスープ。
ルシフェル伯爵にサタン。そして、サタンの母親が飲んでいる。
サタンの母親は、『ジュリア』と名乗った。
真っ黒の、喪服のようなドレス。私が言えたものではないが、黒い服のせいで、彼女の顔が暗く見える。
「ジュリア。君の息子は、とても美少年だな。赤いシャツが、よく似合っている」
「あら?白いシャツだったのですがねえ。誰の血かしら?」
ルシフェル伯爵とジュリアの高笑いが、無限にある天井を反響する。
サタンが、私にとびきりのスマイルを送る。でも、その牙から滴り落ちるスープは、とても恐ろしい光景だった。
「母さん。俺、オディールのこと気に入った。とっても、チャーミングな、素敵な女の子だよ」
…何をおっしゃる。私は彼とほとんど喋っていない。チャーミングも何もわからないくせに。
「サタン。実は、オディールもそうなんだよ。彼女もサタンのことが大好き、とね」
ルシフェル伯爵が私に目配せをさせながら、微笑んでくる。別に、私には関係ないことよ…
だいたい、バンパイアにとっての『好き』ってどういう意味よ。血を吸ったら、美味しそうってこと?
私はここから逃げたい気持ちを抑えながら、心の中で涙を流した。




