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黒から私は色を作る  作者: 西川 涼
チェンジ
21/97

21.悲しい取引

「伯爵様。取引しません?」

 私の悪い笑みに、伯爵は高笑いを返した。


「ははは!バカな。わしが、お前なんぞの取引に乗るとでも思うたか!」

「乗ります。確実に」

 私が真剣な目でやつを見つめると、彼は片方の口角を上げて見せた。


「オディール。さすがのお前でも、わかっているだろう?わしが、お前の考えるような、ただのバンパイアではないことを」

「わかっています。だって、『伯爵様』なのですもの」

 私は一切瞬きをせず、伯爵様をにらみながら、真っ白なナプキンで口を拭く。


「伯爵様は恐れている。昨日、人知れずやってきた、賊に…」

「何故、そう思う?」

「壁が前より高くなっていた。カラスの数も増えている。どうせ、あなた様の操り人形のようなものでしょう?警備隊のつもりなのかしら…」

「ほう。お見事だ」

 伯爵は私を鼻で笑った後、彼の顎で、話の催促をされる。


「私は必ず縁談を受けます。その代わり、私に魔術をかけない。それだけです」

「つまり、お前は、賊が誰か知っているということか」

「ただ単に、私は寒いのが苦手なだけです」

 …彼の目が、赤く光ったような気がした。私の心を探っているのか…それとも、ただ楽しんでいるだけなのか。

 すると、またばかにしたような、薄気味悪い笑い声がした。


「つくづく、お前はばかだな!魔術で服従させることだってできる。錯乱させることだってできる。なのに、この条件をわしが飲むとでも…?」

「私の味方は、この城の召使い達です。あなた様が、どれほどの魔術をお持ちなのかは存じ上げませんが、さっき、私を拷問できなかった程度の魔力。たくさんの召使いを一度に操ることができるほどではないかと」

 私の嫌味は、伯爵様にはあまり効かなかった。むしろ、面白がっているように見える。


「カラスを操っているとわかっているなら、わしの力量もわかっているはずだ」

 私は少し、唇を噛む。…この取引、負けそう。

「…召使いは、賊のことを知っています。ルシフェル伯爵様が恐れるほどの人間。もし、私に魔術をかけたら、やつは私を助けに来ますよ」

 すると、伯爵様は急に言い返せなくなった。舌打ちがかすかに聞こえる。


「…交渉成立。で、よろしいですか?」

 私の声で、彼はしぶしぶ、ワイングラスを上品に持ち上げる。

「では」

 私も、ジュースの入ったグラスを掲げる。

「素敵な取引に」

 喉を勢いよく流れたジュースの味は、何故か、あまり味がしなかった。



 私の話の後、ロザリーは目を丸くした。

「どうして…アンドリューさんは、そんなに恐れられているのですか?」

「さあ…でも、伯爵様の行動から、かなり厳しいのはわかるでしょ?」

 ロザリーが、目を泳がせながら、ゆっくりと頷いた。


 まあ、壁が高くなっても、彼には関係無いのだろう。きっと、カラスだって意味がない。

 でも、それでも、アンドリューは、もう来ないはずだ。だって、ここへ通じる道は、真っ暗で何も見えないもの。あの食料庫に通じる道を使ってもいいけれど、私の部屋までは遠く、城を一人でふらふらするのは危険だ。きっと、もうやって来ない。


「これじゃあ、アンドリューさんを守っているのか、守られているのかわかりませんね」

「ええ…」

 そう呟きながら、私は窓の外を見た。

 綺麗な夜空。星だらけの空だった。


「アンドリュー…」

 会いたいわ。本当に…会いたい。バンパイアの嫁になんか、なりたくない。

 ねえ。助けに来てよ。あの、くったくない笑顔で…私に喋りかけてよ。



「それが、恋ですよ」

 ロザリーの悲しげな声が、この広い空をこだましていく。

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