21.悲しい取引
「伯爵様。取引しません?」
私の悪い笑みに、伯爵は高笑いを返した。
「ははは!バカな。わしが、お前なんぞの取引に乗るとでも思うたか!」
「乗ります。確実に」
私が真剣な目でやつを見つめると、彼は片方の口角を上げて見せた。
「オディール。さすがのお前でも、わかっているだろう?わしが、お前の考えるような、ただのバンパイアではないことを」
「わかっています。だって、『伯爵様』なのですもの」
私は一切瞬きをせず、伯爵様をにらみながら、真っ白なナプキンで口を拭く。
「伯爵様は恐れている。昨日、人知れずやってきた、賊に…」
「何故、そう思う?」
「壁が前より高くなっていた。カラスの数も増えている。どうせ、あなた様の操り人形のようなものでしょう?警備隊のつもりなのかしら…」
「ほう。お見事だ」
伯爵は私を鼻で笑った後、彼の顎で、話の催促をされる。
「私は必ず縁談を受けます。その代わり、私に魔術をかけない。それだけです」
「つまり、お前は、賊が誰か知っているということか」
「ただ単に、私は寒いのが苦手なだけです」
…彼の目が、赤く光ったような気がした。私の心を探っているのか…それとも、ただ楽しんでいるだけなのか。
すると、またばかにしたような、薄気味悪い笑い声がした。
「つくづく、お前はばかだな!魔術で服従させることだってできる。錯乱させることだってできる。なのに、この条件をわしが飲むとでも…?」
「私の味方は、この城の召使い達です。あなた様が、どれほどの魔術をお持ちなのかは存じ上げませんが、さっき、私を拷問できなかった程度の魔力。たくさんの召使いを一度に操ることができるほどではないかと」
私の嫌味は、伯爵様にはあまり効かなかった。むしろ、面白がっているように見える。
「カラスを操っているとわかっているなら、わしの力量もわかっているはずだ」
私は少し、唇を噛む。…この取引、負けそう。
「…召使いは、賊のことを知っています。ルシフェル伯爵様が恐れるほどの人間。もし、私に魔術をかけたら、やつは私を助けに来ますよ」
すると、伯爵様は急に言い返せなくなった。舌打ちがかすかに聞こえる。
「…交渉成立。で、よろしいですか?」
私の声で、彼はしぶしぶ、ワイングラスを上品に持ち上げる。
「では」
私も、ジュースの入ったグラスを掲げる。
「素敵な取引に」
喉を勢いよく流れたジュースの味は、何故か、あまり味がしなかった。
私の話の後、ロザリーは目を丸くした。
「どうして…アンドリューさんは、そんなに恐れられているのですか?」
「さあ…でも、伯爵様の行動から、かなり厳しいのはわかるでしょ?」
ロザリーが、目を泳がせながら、ゆっくりと頷いた。
まあ、壁が高くなっても、彼には関係無いのだろう。きっと、カラスだって意味がない。
でも、それでも、アンドリューは、もう来ないはずだ。だって、ここへ通じる道は、真っ暗で何も見えないもの。あの食料庫に通じる道を使ってもいいけれど、私の部屋までは遠く、城を一人でふらふらするのは危険だ。きっと、もうやって来ない。
「これじゃあ、アンドリューさんを守っているのか、守られているのかわかりませんね」
「ええ…」
そう呟きながら、私は窓の外を見た。
綺麗な夜空。星だらけの空だった。
「アンドリュー…」
会いたいわ。本当に…会いたい。バンパイアの嫁になんか、なりたくない。
ねえ。助けに来てよ。あの、くったくない笑顔で…私に喋りかけてよ。
「それが、恋ですよ」
ロザリーの悲しげな声が、この広い空をこだましていく。




