20.決心
部屋に戻り、私はアンドリューとの再会の余韻に浸っていた。すると、ロザリーが私の目の前で手のひらをブンブンと振った。
「オディール様…あなた様は、アンドリューさんにちゃんと婚約について説明したのですか?」
「え、ええ…」
でも、その話のせいで、私が大泣きしてしまったことは、言わないでおこう。
「お相手が、バンパイアということは?」
「まだ…」
すると彼女は、片手を腰に当てながら、自分の目を手の平で覆い隠した。
「では、なぜあいつは、あんなにつきまとってくるのですか!?」
「ロザリー。アンドリューは、雪の上に落ちた私の命を助けたのよ。第一、彼は迷ったからここに来てしまったの。つきまとうは、違うんじゃない?」
「…申し訳ございません」
ロザリーがふてくされながら、消えかけた暖炉に薪を投げ入れた。真っ赤な炎が、彼女の顔を美しく染めていった。彼女のそばかすが気にならないぐらい、とても綺麗に…
「…もういいです」
「えっ?」
私のふぬけた声に、ロザリーがため息混じりに私の方に向き直った。
「オディール様は、アンドリューさんのこと好きなのでしょう?」
…好き?
そんなこと言われても…私は、好きの意味だなんて、よくわからない。
「もういいです。認めますよ。それで、結婚をやめたってもいいです」
そして、彼女は「でも…」と言うと、私を鋭い目で見つめた。
「ご自分の幸せ以外にも、他人の幸せも考えた行動を心がけてください」
「他人の幸せ?」
「ええ。まだわかりませんが…」
ロザリーが、唇を少し噛んだ。
「もしかしたら、オディール様の行動が、アンドリューさんを傷つけるかもしれない。ということです」
その言葉を聞いた瞬間、自分が青ざめていくのに気がついた。
アンドリューが傷つく…私をカラスから守ってくれた時のように…?いや、きっと、それだけで済まされない。あの、白骨死体のように…なってしまうんだ!そんなの、そんなの…
「お相手は、バンパイアということを、お忘れなきよう」
彼女は胸に手を当てながら、私に頭を下げた。
その次の日、城の壁が前までよりも高くなっていた。理由は…わかっている。もしかしたら、拷問されるのは、時間の問題かもしれない。
そして、何故か、カラスの数が今まで以上に増えていた。アンドリューが、たくさん倒したはずなのに…
…ルシフェル伯爵の魔の手が、確実にやってきているのに、私は気づいていないふりをしていた。
ある日、私はロザリーに頼んで、マリオンを呼び出した。
しかし、仕事が忙しかったからなのか、晩餐までやって来なかった。
「オディール様。遅れて申し訳ございませんが、もうすぐ晩餐です。短めに頼めますか?」
「ええ。最初から、話すことは決まっていたから」
「もしかして…」
マリオンは私の心を読み取るように、私の目を覗き込んだ。
「私は、バンパイアと結婚する決心がつきました」
すると、彼女の表情が、石像のように固まった。何も、言い返せない、という顔で。
「マリオン。あのね。私のせいで傷つけたくない人がいるの。それは、街で会った人もそうだけど、マリオン。あなたのためでもあるの。私がバンパイアと結婚せず、逃げたら…きっと、あなたは残って時間稼ぎをするでしょう?そんなの…私、耐えられないわ。だから、私は結婚する」
「しかし、拷問は!?」
「私がなんとか説得して、ルシフェル伯爵を黙らせるわ。わかった?」
私の圧に負けたのか、マリオンはしゅんと肩を落とした。
「私の幸せは、オディール様の幸せです。どうか、自由になってくださいませ…」
彼女はきっと、逃げるための用意や、覚悟がもう出来ていたのだろう。でも、私は、マリオンを死なせたくない。だから…ごめんなさい。
そう心で謝ると、私はマリオンの横を静かに通って、晩餐に向かった。
案の定、ルシフェル伯爵の顔は、真っ赤であった。クリスマスの時のマリオンによく似た色に染まっている。
「オディール。昨日、賊が入って、わしのカラスを滅茶苦茶にされた。心当たりはあるか?」
「いいえ。何も」
薄暗い部屋の中、やつの目がギラリと光ったように感じた。
「オディール。正直に…」
「縁談の件。あれは、いつになるのですか?」
私が尋ねると、彼は一瞬目の光が鈍った。
「あ、ああ…近日中にはこの城を訪れるそうだ」
「そうですか…」
私がゆっくりとサラダを噛み締めると、急に寒気が襲ってきた。これが、拷問の術ね。と、今度は冷静に考えられる。
「オディール。何を企んでいる?」
「何も」
私の耳元で恐ろしい声が聞こえるが、私はなんとも思わない。さすが、十二年間も無心を貫いてきただけあるわね。
もっと寒気が増すが、今は冬だ。厚着をしすぎている私には、冷静を保つことぐらい、ちょろいものであった。
「食事中に立ち歩くなど、はしたないことは、おやめになられたらいかがですか?」
私が隣の顔をギロリと睨むと、意外にも大人しく彼は戻って行った。
席に着くのを確認すると、私はナイフとフォークを皿に置いた。
「伯爵様。取引しません?」
私は、伯爵が気に入りそうな、悪い笑みを浮かべる。




