02.私の小さな世界
一日の出来事なんか、絶対覚えない。と、いうより、覚えられない。
だって、本当につまらないのですもの。覚えられるはずがない。
五歳までの記憶だって、ほとんど忘れた。
でも、一つだけ覚えている事がある。
私の誕生日の、十二月二十五日。
そう。私はクリスマスに生まれたんだ。
クリスマスでは、伯爵は夜になっても起きたりはしない。きっと、聖夜だからだろう。
なので、私たちはその日までに睡眠時間を増やし、クリスマスは一日中起きて、仲が良い召使いたちと遊ぶのだ。
引き取られた後で知ったのだが、召使いはみんなバンパイヤではなく、私と同じで人身売買で買われた人間だそうだ。だから、私と召使いとは友達のような関係だ。
そして、十七回目のクリスマスがもう少しで来るある日、召使いのロザリーが、私の部屋を訪ねた。
「お嬢様。クリスマスが近づいてきましたね」
「ロザリー。お嬢様はやめてくださる?」
私はそっと読みかけの本を閉じた。
ロザリーは、私と同い年の召使い。いつも、茶色の髪を二つに三つ編みでくくり、おさげにしている。そばかすが鼻の上にあるがチャームポイントで、彼女の自慢らしい。
すると、ロザリーはふふっと笑い、私に駆け寄った。
「オディール様。気持ちはわかりますが、こんなにも美しいあなたをお嬢様と言う以外、何と呼べばよろしいのですか?」
「あら、お口が達者ですこと」
私は苦笑いをしてため息をつき、真っ暗な窓の外を見た。
私のセミロングの黒髪が、闇に溶け込んでいき、白い肌と青い目を異様に目立たせる。
…この窓の奥の世界には行けないのね。
窓に映る私は、この世界には合わない顔をしていた。
オディールとは、白鳥の湖に登場する悪魔の娘の名前だ。妖艶、きらびやかという表現が似合うキャラクター。
だけど、どちらかというと私は大人しい方で、召使いは私のことをよくフランス人形のようだと言う。
ルシフェル伯爵がわざわざつけてくれた名前通りには、私は育たなかったみたい。
「ねえ、今年のクリスマスは何をしましょう?」
私は横目でトランプを見た。
「今年もトランプよね?絶対そうよね!」
私のお気に入りの、綺麗な絵柄のあのトランプ。毎年ポーカーもババ抜きも負けているけど、そんなの忘れちゃうぐらい綺麗。
…まあ、負けたとしても、クリスマス以外ではあんなに大人数でトランプはできないから、とっても楽しみ。
「まあ。そんなこと言って、また負けてしまうのでは?」
「し、失礼ね!」
負けてもいいのよ!別に!!
でも…とロザリーが呟くと、ニヤリと笑った。
「でも、オディール様。今年は街に行きましょう」
「え…?街へ?」
ロザリーはニヤリとした笑みを浮かべた。
「ええ。召使いみんなで何年も前から決めていたのです。ね?行きましょう?」
彼女はまるで姉におねだりをする妹のように手を引っ張った。
でも、私はルシフェル伯爵のあの大きな牙が私の脳裏を掠めた。
私はルシフェル伯爵と始めて会った時、ルシフェル伯爵と私との間で駆け引きが始まった。私が悪いことをしたら、ルシフェル伯爵に血を吸われて、死ぬ、または感染してバンパイア。何もしなかったら、私はいつまでも人間。
だから…私はあいつに逆らわない。そういう、戦いなの。
「きっと、ばれてしまうわ。それに…ばれたら、ロザリーの方がまずいんじゃない?」
「ああ、何を言い出すと思えば…」
すると、ロザリーは呆れた様子で、どかりとベットに座った。
あらら。召使いらしくない態度ね。
「あのですねえ。昨年、私達はあんなにどんちゃん騒ぎしたのに、ルシフェル伯爵様はピクリともしなかったのですよ?一日ぐらい、消えてたって大丈夫、大丈夫〜」
「あら、そう?」
そういえば、昨年はひどかった。私の広い部屋で踊ったり、歌ったり、椅子取りゲームをしたり…よく起きなかったわね。耳に何か悪いものが詰まっているんじゃないかって、期待してしまったぐらい。
街に…行ってもいいのかしら?
「じゃあ、トランプは?」
「街だって、真夜中にはみんな寝静まります。だから、帰ってからでも遊びましょう」
まあ、それもそうね。でも、ロザリーったら…悪い子ね。
「そうね。ロザリー…」
…考えるだけでも、しましょうか。
でも…心が躍る。冷静なんて保てない。
この森では降らない、雪っていうものが本当に降るのかしら…?真っ白で、ふわふわなのよね。
それに、きっとみんな、カラフルで素敵なドレスを着ているのよね。私は…デザインはいいかもしれないけど、黒ばかり。聖夜に真っ黒な服なんて、着て行ってもいいのかしら?
そんなことを悩み始めた自分に向けて、思わず失笑してしまった。
街へ行くだなんて、絶対ありえないのに…
なのに…おかしいわ。
とても、楽しい。
見失いかけていた感情に気づき、なぜか私はホッとした。




