19.敵の襲撃
コツン、コツン。
真っ暗な穴から、一人の足音が聞こえる。それにつれて、アンドリューの姿がだんだん薄くなっていく。
「アンドリューさんは、相当の切れ者なのか、ただのばかなのか…本気でわからなくなりますね」
逆光で彼女の顔はわからないが、きっと、呆れながらも、信用した顔をしているのだろう。俗に言う、『ツンデレ』とは、こう言うことを指すのかしら?
「さあ。オディール様。早く行きましょう。この通路を、早く隠さないと…」
「そうね」
ロザリーと私が中に入ると、彼女は鎖を強く引っ張った。静かに背中のドアが閉まっていく。パタンと少しホコリを立てながら、私達は閉じ込められた。
「アンドリュー。すぐそこにいるのでしょう?できれば止まってくれない?真っ暗で何も見えないの」
「早く慣れろ。あと…声潜めて」
彼の緊迫した空気に、私とロザリーは思わず手をつないだ。
アンドリューのおかげでか、すぐにこの秘密通路がただの通り道じゃないことがわかった。…いや、秘密通路の時点で、普通じゃないけれど。
何かわからない物が。とてつもなく、大きな何かが…近づいている気がする。でも、いくら目が慣れてきたと言えど、その正体に気づくことができない。
「気づくか?多くの殺気、多くの目が、俺達を睨んでいる。それも…人間じゃない」
その時、私は急に恐ろしい予感をしてしまった。…まさか、ル、ルシフェル伯爵…!?
パアァァァン…!
アンドリューが、不意に手を鳴らした。あまりにも大きな音で、私の肩がピクリと震える。
「…カラスだ。なのに…奴ら、消えねーぞ!」
「…」
アンドリュー。だから、それは違うと思うわよ。
「くそっ…100羽はいるぜ。こいつら、カラスのくせに、すごい殺気を出しやがる。…ただのカラスじゃないらしいな」
私は、カラスだなんて見つけられない。なのに、彼は数までわかっている。アンドリューって…なんだかんだ言って、すごい人なのかも…
「ロザリー。今から、俺が石を投げる。それとは反対に逃げて、一旦身を隠せ」
彼女は答える代わりに、私の前に立って身構える。
カツン。カラカラカラ…
「行きましょう」
ロザリーが私の肩を持って、横に逃げる。
「カァ、カァー!」
アンドリューが声マネをすると、一気に彼めがけてくちばしが飛びかかる。
「そんなに下手だったか?」
彼がにやりと笑って、剣を鞘から出した。その剣先が、少し不気味にに光る。
…まるで、小さな台風が現れたかのようだ。攻撃してきたカラスが、一気に体制を崩していく。
「今晩のメニューは、焼き鳥だっ!」
そう言った瞬間、彼はカラスの身体に、穴を開けた。
「あ…!」
その無残さに、私は思わず腰を抜かして、地面に手をついてしまった。すると、汚らしい白い棒に私は触れてしまった。…これが、白骨死体と完全に理解するには、かなり時間がかかった。
「きゃ、きゃぁぁぁぁーーーーー!」
腕が震えると同時に、私は、自分が命の危機にあっていることに気がついた。
カラスが全部、私に向かってやってくる…!声に出ない恐ろしさに、私の目を閉じることしかできなかった。
その瞬間、目の前に大きな何かが立ちはだかった。
「…っ!」
アンドリューの痛々しい声がする。彼はすぐに立て直し、見事な剣さばきでカラスを倒していく。
「ロザリー!すぐに彼女を抱えて、外に出ろ!俺もすぐに追う!」
「わかった!」
ロザリーが私の肩を持って、ゆっくり歩かせる。
アンドリューが怪我をしたのは…私のせい?
「早く行け!オディール!」
間違えてサラと言わないんだから、まだ、精神的には大丈夫なはずだ。
彼は、私達の後ろを守りながら、カラスの大群を確実に減らしていく。
「もう、外に出れます!」
ロザリーの声と同時に、目の前が開けていく。
アンドリューが、間一髪でカラスを秘密通路に閉じ込めた。
思わず、同時にため息をついた。
「さあ。早く行きましょう。アンドリューさん」
ロザリーは一切感謝せず、冷たい態度で彼を案内した。
「ロザリー。二人にしてくれない?」
私がお願いすると、彼女は目を大げさに開けてリアクションして見せた。でも、すぐに折れ、わざとらしく呆れた仕草をした。ロザリーがアンドリューを一瞬睨むと、肩をすくめながら立ち去った。
「アンドリュー。ありがとうね」
「お前。嘘ついただろ?」
私の感謝の言葉を、すぐに遮った。
「…こっちでも、オディールと呼ばれているじゃないか。城の外だから、偽名を使った訳じゃないんだろ?」
「…」
「サラって名前が、お前の名前なのか?オディールが、お前の名前なのか?はっきりしろ!」
私は黙ってそっぽを向いたが、彼の強い眼差しに負けてしまい、しょうがなく彼の目を見た。
「サラってのがね。私の本当の名前。でも…それを知っているのは、あなたと伯爵だけなの」
「よくわかんねーんだけど?」
「…私がここに来た時、伯爵が私の名前が気に入らなくて、オディールって名前をつけたの」
「だから、ロザリーも…」
「…うん」
私がしゅんとしながら、彼を上目遣いに見た。すると、アンドリューが重々しい表情で、私を見つめる。
「つまり、サラは…」
そこで言葉を止めると、彼は私から目を逸らした。
「…ごめん」
「いいのよ。嘘ついていた私の方が悪いわ」
そう、私はからりと笑うと、アンドリューが私の頭にそっと手を乗せた。
「また来る。必ず…来るよ。今度は、迷わないように気をつける。そして、ロザリーに見つからないように、もね」
いたずらっぽく笑うと、彼は、食料庫の穴に姿を消した。




